Interview 私としごと

望みは、強く想えば、叶うもの

ワイデン+ケネディ トウキョウ
真木 大輔(アート ディレクター)

ナイキの広告プロモーションをはじめ、斬新なクリエイティビティを提供し続ける、Wieden+Kennedy(以下、ワイデンアンドケネディ)。世界の広告業界で知らない者はいないクリエイティブエージェンシーだ。今回ご登場いただく真木さんは現在、ワイデンアンドケネディの東京支社でアートディレクターとして働いている。高校から海外に渡り、現地のカルチャーを通じて感性を磨いてきた。「将来の計画を立てるのではなく、流れに身を任せながらやりたいことを楽しんできた」という真木さんに、ご自身の“働き”について語っていただいた。

プロフィール

真木 大輔

1980年10月10日生まれ。全寮制の中学時代、留学を志す友人の影響を受け、高校入学と同時に留学。カナダやサンフランシスコでファインアートやグラフィックデザインを学び、卒業後は世界的ブランディング企業ランドーアソシエイツに入社。Wieden+Kennedy Tokyoへの転職をきっかけに日本へ帰国し、現在はアートディレクターとして働いている。

インタビュー・テキスト:たろちん 撮影:すがわらよしみ(2013/6/7)

「絵を描くこと」の延長にグラフィックがある

―真木さんは、15歳の時に一人でカナダの高校に入学しているんですね。

真木:中学の時、周りに留学するっていう友達が多かったんです。元々僕もアメリカの映画やバスケが好きで、海外に対する憧れはあったので、自分も行ってみようかなと。なんというか、あんまり深く考えずにノリで決めちゃったというか(笑)。

—ノリでそこから10年以上海外生活に(笑)。でも、高校から留学ってことに、不安はなかったんですか?

真木 大輔

真木:特になかったです。中学から全寮制だったので、親元を離れて生活するのに慣れていたというのもありますね。留学前は、英語はもちろん全般的に勉強ができなかったんだけれど、現地の公立高校に行ったら、なぜか「出来る子!」みたいに言われて……(笑)。歳が若かったせいか、向こうの生活にも、英語での会話にも比較的すぐに馴染めましたね。

 
―意外にすんなりと(笑)。
それで大学もそのまま海外で進学していますが、日本に戻ろうとは思わなかったんですか?

真木:そうですね。特に戻る必要性を、その時は感じられなかったんですよ。改めて日本の大学に入るための勉強を始めるのは大変ですし、向こうの生活にもすごく満足していたので。まぁでも、海外での進学を選んだというよりは、自分にはそれしか考えられなかった、というニュアンスの方が近いです。

―なるほど。大学では美大を選んでいますが、その頃から今のお仕事を意識されてたんでしょうか?

真木:いえいえ、広告業界を志していたわけではないんです。ただ元々、小さい頃から絵を描くのが大好きだったので、最初は漠然と絵描きになりたいと思ってました。それで2年間、カナダの大学でファインアートを勉強していて。でも、夏休みに日本へ帰国していた時に、多摩美でグラフィックデザインを学んでいる、とある先輩に出会ったんです。その先輩から色々話を聞いているうちに影響を受けて、そっちのほうが面白そうだなと。そう感じてからは迷わず、グラフィックデザインを学ぼうとカナダからサンフランシスコの大学に編入したんです。

―となると、グラフィックデザインとの出会いが大きな転機になったんですね。

真木:そうかもしれませんね。それでも深く考えたというよりは、なんか直感的に面白そうだなって飛びついた感じというか。サンフランシスコを選んだのも、グラフィックの有名な教授がいるとかそういう直接的な理由では全くなくて。その頃パンクが大好きだったんですけど、サンフランシスコにはパンクバンドがとても多かったんです。だから、そこで大学生活を送っていたら「ライブたくさん見れるかも……」というのもあって(笑)。

―アメリカのカルチャーもどっぷり味わえると(笑)。では仕事について意識しはじめたのはいつ頃だったんでしょう?

真木:大学を編入したことで周りより2〜3年遅れていたので、そろそろ腰を据えて卒業後の仕事を考えなきゃな、と思うようになってからですかね。グラフィックを好きになったのも絵を描くのが好きだったことの延長で、筆とペンを使っていたのがマウスとイラストレーターになったという感じです。今思えば、小さい頃はロゴなどを模写するのが好きだったので、もともと今の仕事に繋がることに興味は強かったのかもしれませんね。

「個」を尊重する環境

―卒業後はサンフランシスコで、世界的なデザインカンパニーであるランドーアソシエイツに就職していますが、これはどういった経緯で?

真木:アメリカでは大学の卒業制作展に色んなデザイン会社の人が作品を見に来てくれるんですけど、そこで「うちに来てみないか」と誘われたのがきっかけでしたね。特に美大だとそういうことは少なくないです。ただ、ランドーは元から働いてみたいと思っていた会社だったので、声を掛けてもらえた時は本当に嬉しくて。

―海外にいると一口に言っても、「学生として学ぶ」のと「社会人として働く」のとでは大きく違うと思いますが、やっぱり働き始めた時は大変でした?

真木 大輔

真木:いや、めっちゃ楽しかったです(笑)。西海岸の会社って、朝9時に出勤して夕方5時には皆帰っちゃうようなところなんです。もちろん忙しい時は忙しいけど、基本的には早く終わらせてちゃんと早く帰る、みたいな。そしていわゆる「組織の歯車になる」的な空気はあまりなくて、そういう風潮が、僕自身にも合っていたと思います。

―日本より個人を尊重する感じでしょうかね。でも、日本での就職という選択肢はなかったんですか?

真木:将来いつか日本に帰るにしても、まずはアメリカの会社で経験を積んでから帰ろうと思っていました。だから向こうで就職するのは自分にとってすごく自然なことでした。それで、実際に自分が求めていたような仕事もやらせてもらえて。

―求めていたことができる環境だったんですね。

真木:そうかもしれませんね。逆に、学生時代に苦労を重ねたのだから、卒業した今の自分ならなんでもできるというか。課題に追われながら生活していた学生時代と違って、好きな仕事で給料をもらえて自由な時間も増えて、ほんとに楽しかったです。

―そしてランドーで約3年間働いた後、ワイデンアンドケネディに転職して日本に帰国したんですよね。何かきっかけがあったんでしょうか?

真木:もともとワイデンの作品は、すごく自由な発想があっていいなと思っていたんです。こんなところで働いたら面白そうだな、という話を会社の先輩にしていたら、偶然「ワイデンの東京支社で働いてる知り合いがいるよ」と言われて。15歳の時に海外に出て、その時が28歳くらい。人生の半分くらいを海外で暮らしてたので、そろそろ日本に帰る時期としてもちょうどいいかなと思い、そこで紹介してもらって今に至ります。

―そうなんですね。現在働いているワイデンアンドケネディも外資系の企業ですが、例えば、外資の会社の特徴ってどんなところだと思います?

真木:日本の会社で働いたことがないので想像でしかないんですが、外資の企業は個人を尊重してくれるところがあるかもしれませんね。たとえばワイデンでは、アートディレクターやクリエイティブ・ディレクターがこう決めたからそれに従う、というのではなくて、デザイナー側からも「僕はこう思う」って意見を出して話し合える関係性がちゃんとある。みんな仲が良いというのもありますけど、一人ひとりがお互いをちゃんとリスペクトしながら、人と人として意見を言い合えるのはあると思います。

好きなことを無意識レベルで追い求める

—ワイデンアンドケネディに入ってから一番印象に残っている仕事は何でしょうか?

真木:長いスパンで担当していたNIKE BASEBALLの仕事が印象に残ってます。

真木 大輔

 もともとはデザイナーとして入社したんですけど、この案件ではデザインからアートディレクター的なところまで幅広くやらせてもらって、携わる密度が濃かったのでとても勉強になりましたね。それまでは実際に手を動かす「デザイナー」というポジションが中心だったのですが、これが「アートディレクター」になるきっかけとなった仕事でもあります。

—アートディレクターになってから、仕事の仕方が変わったりしましたか?

真木:やっぱりディレクションもしなければならないので、自分で手を動かしてデザインをする時間はどうしても減りましたね。仕事には役割分担があるし、アートディレクターとしての仕事も楽しいけど、自分で手を動かすことも続けていきたいなとは思ってます。できれば、アートディレクターとデザイナーの境界を曖昧なままで仕事をしていたい(笑)。それはプライベートでもよくて、「生涯現役」じゃないけど、根本的に絵を描くのが好きというのが根底にあるので、常に自分の手を動かしてモノを作り出せる人間で居続けたいとは思いますね。

—では真木さんが仕事をする上で、大切にしているこだわりやポリシーはありますか?

真木:なんでしょうかね……。あまり作品で自分の個性を主張しようとは思わないんですけど、無意識レベルで自分の好きなもののエッセンスは入っているとは思います。それは音楽だったり絵だったりカルチャーだったり、その時、自分がかっこいいと感じているものといいますか。

—自分の好きなものに対する「熱」が強いんでしょうね。確かに、留学から現在に至るまでのお話を伺っていても、そんな芯の強さを感じます。

真木 大輔

真木:僕、「5年後の自分はどうなっている」とか、そういう人生プランを立てないんですよ(笑)。ただ、その時々で「こうなりたい」とは強く思う。そしてそれがいつも叶っている。ただそれだけなんです。「ワイデンに行きたい」と思ったら入れたり、前職のランドーもそうだったし。中学の時に周りの流れに乗って留学して、好きなことをやってきて、やりたい仕事にも運良く就けて、そうやってずっと今に繋がっている気がします。

—理想がそれだけ叶っている背景には、運というだけでなく真木さんが縁を引きつけているようにも感じますが?

真木:別に強く願ってる訳でもないんですが、思ったことを口に出して周りに言う事は多いですね(笑)。「これを、やりたい」って。僕、常に「こうしたい、ああしたい」っていうのはあって、やりたいことが無くなったことがないんですよ。それだけ、好きなものに対する気持ちは曲げずにやってきたつもりです。

—なるほど。常にその意識が強いんでしょうね。では最後に、人生を通しての大きな野望みたいなものはあったりしますか?

真木:計画的なものではないですけど、将来もその時一番やりたいと思っていることを、楽しみながらできたらいいな、とは思っています。一番の理想は「趣味と仕事が一緒」であるというこというか。今も、自分のやりたいことをやってきたその線上にいるから、肩書きが変わっても根本は変わっていないんです。これからもそれを続けていきたいですね。

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真木 大輔
『Fuck You Heroes』 Glen E. Friedman
ヒップホップ、パンク、スケートなどストリートカルチャーに根付いたものの写真を撮っている方の写真集です。学生の頃、ニューヨークの友達の家で見て「面白いな」と思って、購入しました。しばらく仕舞ってあったんですけど、久しぶりに引っ張りだして開いてみたら、やっぱり今見てもとても魅力的に感じて。映っている人の目つきだったり、そこから感じられるエネルギーがすごくいいなと思います。

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