その哲学に憧れていたミナ ペルホネンが、今では私の仕事場に

株式会社ミナ 井上彩(『ミナ ペルホネン』デザイナー)

気になる

Share :

国内外の生地産地と連携して素材を開発し、手描きの図案からオリジナルの生地を製作するアパレルブランド、ミナ ペルホネン。1995年の立ち上げから「特別な日常服」をテーマに、世の女性を魅了している。当ブランドでテキスタイルの企画・デザインを担当しているのが、井上彩さんだ。大手アパレルにて勤務ののち、フランスでテキスタイルデザインを学んだという彼女。大学生活から現在までのキャリアについて伺った。
  • Profile

    井上彩

    青山学院大学 国際政治経済学部 / 桑沢デザイン研究所を卒業後、大手アパレルにて、企画として4年間勤務。その後、フランスへ渡りテキスタイルデザインを学ぶ。帰国後、国産にこだわりものづくりをしているアパレルでの企画デザイン経験を経て、2015年に株式会社ミナに入社。現在テキスタイルチームのスタッフとして活躍中。

大学で国際経済を学びながら、夜はファッションの専門学校に通った

ー井上さんは、大学入学後に専門学校に入学されたのですね。最初からファッションやデザインの学校に進学しなかったのは、何か理由があったんでしょうか?

井上:元々は語学が好きだったので、それを活かした仕事をしたいと思っていました。10才から14才まで父親の仕事の関係でロンドンに住んでいて、最初の頃は、当たり前なんですけど言葉が通じないということに、純粋にすごく驚きました。でも英語を覚えれば覚えるほど、どんどん人とコミュニケーションが取れるようになる。その変化が新鮮で、快感を覚えました。帰国後は、英語をメインに勉強できる青山学院の附属高校に入学して、そのまま大学へ進学しました。

ーということは、ものづくりに関心を持ったのは大学に入ってから?

井上:いえ。小さい頃からずっと、絵を描いたり何かを作ったりすることは好きでした。だけど仕事にしたいとまでは考えておらず。大学に進学してから、「本当はどういう仕事をしたいんだろう?」と考えることが増えてきました。友人の中には美大に進んだ子もいて、その姿を見ていたら「私もチャレンジしても良いのかも」と思えてきたんです。それで大学2年生のときから、ダブルスクールで桑沢デザイン研究所の夜間部に通い始めました。

ーなかでもファッションの道を志したのは、なぜだったのでしょう。

井上:「絵を描ける仕事ってなんだろう?」と考えて、ファッションデザインかな、と。洋服が出来上がるまでのプロセスには、テキスタイルだったりデザイン画だったり、絵を描く仕事が多いのかなと思っていたんです。それで昼間は大学で勉強をして、夜はファッションの勉強という生活を2年送りました。

ーかなりタフな学生生活ですね。就活の時は、どんな企業を?

井上:思い切ってダブルスクールしたので、デザインができる企業・職種に絞って就活をしました。周りからは「選択肢をそんなに狭めなくても……」と心配もされましたが、最後までこだわりを捨てずに探し続けて、無事にアパレル企業にデザイナーとして入社できました。

ーダブルスクールの甲斐がありましたね! 希望通り、デザインのお仕事は実現できましたか?

井上:配属されたのが手頃な価格のブランドで、そこで4年間デザイナーをしていました。使える素材や原価に制限はありましたが、自分でデザインを考えることはできていました。ただ実際に服が作られるのは、自分の手を離れたところで。そのうち「自分のデザインはどのように生地となり形となり、製品になるのだろう」という関心が膨らみ、4年経ったところで退職を決めました。

4年勤めた会社を辞めて一念発起。言葉の通じないフランスへ

ーその後、フランスへ留学したと伺いました。会社を退職してまで留学しようと思った理由は、何だったのでしょう?

井上:それまで担当していたブランドでは、オリジナル生地の色や柄を作らせていただいていました。そうした作業を任せてもらっているうちに、テキスタイルデザインへの興味が増していったんです。専門学校でテキスタイルを学んだわけではなかったので、詳しく勉強するため留学を決めました。日本で学ぶこともできるけど、好きな語学に触れながら海外でいろいろな人と出会って視野を広げたいと思い、住んだことのないフランスを選びました。

ー現地では、デザイン専門学校に通っていたのですか?

井上:学校ではなく、若手テキスタイルデザイナーのアトリエで実際に制作をしながら学んでいました。本当は現地の専門学校に通うつもりで、オープンキャンパスにも行ったのですが、学生の作品を見ていたら「基礎から学び直すのではなく、4年働いた経験を活かしてステップアップできる方法はないだろうか」と感じたんです。現地の先生にその想いを伝えたところ、卒業生がやっているアトリエを紹介してもらえました。

ー行動力がすごいですね……! フランスでの生活を通して、日本との違いを感じることも多かったのではないでしょうか?

井上:最初の頃、ホームステイをしながら通っていた語学学校には様々な国の人が学びに来ており、みんな自分の国や近隣国の歴史にとても詳しくて衝撃を受けました。「日本はどうなの?」と聞かれても、なんとなくしか答えられず。私は、日本を知っているつもりで何も知らないんだな、と痛感しました。また現地では自分の意見を順序立ててディスカッションする機会が多く、みんな起承転結をしっかり立てたプレゼンテーションが上手で、それはとても大切なスキルだなと思いました。

Next Page
目指すのは、人生に寄り添える服。
代表・皆川明とディスカッションしながら作るデザイン

目指すのは、人生に寄り添える服。
代表・皆川明とディスカッションしながら作るデザイン

ーフランスではなく、日本で働くことを決めたのはなぜですか?

井上:現実的に、長く働くにはビザや言語という壁もありました。そのことで得られるチャンスが狭まってしまうよりは、日本で実務経験を積んだほうが良いんじゃないかと考えて、帰国を決めました。もしフランスで働きたくなったら、自信をつけてからまた戻ればいいとも思ったので。

ーキャリアプランも柔軟ですね。国内のブランドでも、ミナ ペルホネンに入社したのは?

井上:テキスタイルを追求しているブランドでしたし、ミナのものづくりへの姿勢と哲学には昔から憧れがありました。新卒時代、仕事で行き詰まったときにはよくミナのお店を覗きに行ったりもしていました。それに、私自身「長く大切にされるプロダクトに携わりたいな」という想いをずっと持っていたこともあって。フランスから帰国してしばらくした頃にミナが求人していることを知って、縁があり入社に至りました。

ーミナ ペルホネンで井上さんのデザインが初めて採用されたのは、いつ頃ですか?

井上:入社して半年後くらいですね。大々的なプレゼンをしたわけではなくて、たくさん描き溜めていたラフスケッチを皆川に見てもらううちに、「こういうタッチが面白いかもね」とアドバイスをもらえるようになりました。

ー代表・皆川明さんとも、カジュアルにやり取りされているのは意外です。

井上:図案を描くのは皆川であることが多いのですが、スタッフのアイデアがベースになることもあって、みんなで話し合いながら作り上げているんです。熱意を持った人の意見をフレキシブルに受け入れてくれる会社です。

ーフランスで学んだディスカッションが、現在の仕事に活かされているのでしょうか。

井上:そうですね。普段から「最終決定者が自分だとしたら、どうするか?」と考えて動いていますし、チームのみんなも同じです。皆川の考えを聞いたときにそのまま受け入れて実行するのではなくて、自分の意見はしっかり伝えるようにしています。

人と比較しない。やりたいことを選び続けた結果が、今歩んでいる道

ー井上さんは図案を描くデザイナーとしても活動されていますが、仕事をする上で意識してることはありますか?

井上:ミナ ペルホネンは、毎シーズン多くの柄が生まれるブランドです。シーズンが始まってから意識するのでは間に合わないので、普段から考えていますし、インプットも意識的に行っています。たとえば映画を観たり、展覧会に行ったり、寝る前に好きな画集を眺めたり。できれば旅行に行きたいですけど、時間がないときは旅先について調べて空想だけしてみたり。

ー普段の生活も、海外で学ばれた視点や語学も、すべて現在のキャリアにつながっているように思います。

井上:今の実務でも語学が活きる機会があるので、学んできたことは役立っていると思います。一般大学出身だからといって、同業種の他の人と違うと感じることや、誰かと比較することもありません。実際、ミナにもあらゆるバックグラウンドの人がいるので「自分がやりたいことを選んで行動に移してきた結果が、たまたまこういう道だった」くらいに捉えています。

ー最後に、今後はどんなデザインがしたいですか?

井上:自分が関わるデザインに触れた方にとって、「楽しい」や「嬉しい」など、何かしらのポジティブな感情が生まれるようなデザインをしたいなと思います。

  • Favorite item

    小澤征爾『ボクの音楽武者修行』

    小澤征爾さんがまだ無名だった頃に、船で欧州のいろんな国を旅して音楽に触れた当時のことが書いてあるエッセイ本です。学生時代に本屋さんでたまたま見つけて買ったのですが、何回読んでも元気をもらっています。