Interview 私としごと

経理からCGデザイナーへ、やりたい仕事を自分でつかみとる方法。

A4A株式会社
加藤 実里(CGデザイナー・経理)

A4A株式会社に所属する加藤実里さんは、現在CGデザイナーとしてクリエイティブディレクター・東市篤憲のもとで活動している。だが、そこに至るまでの軌跡はじつにユニークで、まさに人との出会いなしでは語れないものだった。

プロフィール

加藤 実里

1991年生まれ。宮城県出身。東北芸術工科大学デザイン工学部企画構想学科在学中にA4Aでのインターンを経験し、卒業とともに入社。現在はCGデザイナー兼経理として活動している。

インタビュー・テキスト:村上広大 撮影:すがわら よしみ(2014/11/25)

「デザインを考えることを学ぶ」美大進学で変わった人生のレール

―東北芸術工科大学出身とのことですが、小さい頃からものづくりに興味があったんですか?

加藤:うちの家庭は特に母親が厳しくて、門限にもうるさかったし、土日も友達と遊んではダメ、宿泊することなどもってのほかでした。だから、一人で部屋にいることが多くて、必然的にマンガとか本を読む機会が多かったんです。その影響で小学生、中学生の頃は絵を描くことが好きでした。出版社の編集部にマンガを投稿していた時期もあります。でも、高校に入ったらちょっとアングラな感じというか、暗い人間だと思われる風潮があって(笑)、描かなくなってしまいましたね。

―それで、何をしていたんですか?

加藤 実里

加藤:バスケ部のマネージャーをやりながら、バンドでベースを弾いたりしていました。バンドはボーカルの趣味でoasisのコピーをしたりして。個人的には相対性理論が好きだったんですけど、今考えてみれば、A4Aを知ったきっかけも相対性理論でした。でもそんなに本格的にやっていたわけでもないので、普通の女子高生だったと思いますよ。私の通っていた学校は大学の付属高校だったので、当初はそのまま内部進学する予定で。

—なのに、美大を志した、と。

加藤:高校3年生のときに、憧れていた小山薫堂さんが教授を務める大学があるということを人づてに知って。それが東北芸術工科大学の企画構想学科だったんです。詳しく調べてみると「デザインを考えることを学ぶ」とあったので、これなら私にもできると思って受験を決意しました。父が学生時代に漫画家のアシスタントをしていたこともあり、美大受験については応援してくれましたね。自己推薦だったんですが、面接で手相を見ることができるという話をしたら、小山さんに「じゃあ、僕と副学長の相性を見てよ」と言われ……。その場で相性診断したら「君、おもしろい」って。そのせいもあってか入学が決まりました(笑)。

—手相で合格とは、また珍しい経緯ですね(笑)。実際に入学してみてどうでしたか?

加藤:当時は宮城に住んでいたんですけど、親からは実家から通うことを条件に入学を許可してもらったので、通学は山形まで往復4時間。なかなか大変でしたね。でも、小山さんをはじめ、その道のプロの方々に学べる環境は贅沢だったと思います。そして何より、そこでいろんな人に出会える機会をもらえたからこそ、今の自分があると思っているんです。

「被災地の生活を経験したおかげで、タフになっていたのかもしれません」

―宮城から通っていたということは、学生時代に東日本大震災を経験したんですか?

加藤:はい。大学2年生のときに被災したんですけど、1ヶ月くらい水も食べ物も十分に取ることができなかったし、電気もガスも通っていなかったのでお風呂にも入れなくて。とにかく普通の生活が送れないストレスが大変でした。それでも子どもの頃によく遊んだ地元の海で、たくさんの人が亡くなっているから、みんなつらいとも言えず……。電気が復旧して、テレビはつくようになったんですが、なかなか見ることができませんでしたね。

―なぜ見れなかったんですか?

加藤:自分がお風呂にさえ入ることができない生活を送っている間、テレビにはおしゃれをした可愛い女の子達が映っている。それを見るのがいやだったんですよね。CMも東北を応援するようなものが多く流れていましたが、なんだか距離を感じてしまって。そんな時、ある保険会社のCMが目に留まりました。宮城の空が映っているだけのシンプルなものなのですが、それがとても心に響いたんですよね。それで、映像という仕事への関心が大きくなって。

―映像制作会社でのインターンも、それがきっかけで?

加藤 実里

加藤:はい。大学3年生の夏に1ヶ月ほど東京に出てインターンとして雇ってもらって。それも大学での縁がきっかけでした。東北芸術工科大学では他の学科の授業も取ることができて、そのときは映像学科の授業を取っていたんです。そこにいらしたゲスト講師の方の話がとてもおもしろかったんですね。授業が終わってから挨拶して、それから何度かお会いする機会があって、ある時、お手伝いしたいという話をしたら、都内で泊まる場所を確保できるなら働きに来てもいいよって。

―具体的に、どんな仕事を任されたんですか?

加藤:アシスタントのアシスタントみたいな感じでしたね、雑用全般を何でもやるみたいな。でも、とても楽しかったです。働きだして3日目くらいにUNIQLOのジーンズのCM制作の現場に連れていってもらえることになったのですが、人が足りないということで出演することになったんです(笑)。現場にいるのは、憧れていた監督やスタイリストばかり。インターンというだけでこんなところに来れるんだ! と驚いたことを覚えています。しかも皆さんすごく優しくて、「インターンなんだからはやく帰りなよ」とか気遣ってくれるんですよ。ただ、私としては現場のことを学びに来ているつもりでいたので、そこはもう遠慮せずこき使ってくださいって宣言して。それからはほとんど家にも帰らず、ずっと行動を共にしていました。でも、つらいとかは全然思わず、とにかく夢中になりましたね。被災地の生活を経験していたおかげで、タフになっていたというのもあるかもしれません(笑)。

―インターンで東京に行っていたときはご両親からは何か言われなかったんですか? けっこう厳しい家庭ということで、許可が下りない可能性もあったと思うのですが。

加藤:それは平気でしたね。後になって「そういえばうちの親、厳しかったわ」って気づいたくらい(笑)。実際に聞いてみたことがあったんですが、遊んでいるのか本気なのかは、さすがに見ていればわかるって言われて。信頼してくれていたんだなって感じましたね。ユニクロのCMに関わったと言えば、とても喜んでくれましたし。それまでは親との間に距離を感じていたというか、私のことを理解してもらえていないと思っていたから、どう接すればいいかわからなかったんです。でも、その時くらいから親と打ち解けられるようになりました。母親に電話で相談をするなんて、上京するまで一度もありませんでしたから(笑)。

Next Page
経理として入社、そしてCGデザイナーへ。

この業界で人材を募集中の企業