直感に素直に、心が動くものを追い求める

有限会社euphoria FACTORY 菅原 信子(編集)

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トラベルカルチャー誌『TRANSIT』の妹分として期待される、日常と旅の世界観を繋ぐ女性誌『BIRD』。この旅情溢れる雑誌を、編集長と二人三脚で制作しているのが菅原信子さんだ。現在のユーフォリアファクトリーに入社したのは1年半ほど前だが、社会人になってこのかた、「編集者」という仕事をひたむきに続けてきた。祖母と並んで本や映画に親しんだ幼少期も、学園祭のパンフレットづくりに夢中になった高校生の頃も、好きなものにはいつも夢中でのめり込んでいたという菅原さん。そして、いかに良き「編集者」になるかという目標に向かって、今も自身の編集道まっしぐら。その軌跡と、仕事について伺った。
  • インタビュー・テキスト:小野民
  • 撮影:高見知香
  • Profile

    菅原 信子

    1982年生まれ。東京都出身。学習院大学経済学部卒業後、編集プロダクション、リクルートの住宅雑誌編集、医療系出版社を経て、2012年5月にユーフォリアファクトリーへ入社し、現職。季刊誌『BIRD』の編集をメインに、ファッションブランドのカタログ制作や、人材会社WEBサイトの編集、原稿執筆などを行う。

好きなことを仕事にして生きていきたい

―菅原さんは、現在まで何度か転職を経験されていますが、「編集者」という職種は共通していますね。

菅原:子どもの頃から同居していた祖母の影響で本は好きでした。祖母と一緒にいるときは本を読んだり、映画を観たりということが多くて。小学生の時にヒッチコックの映画を観ていたり、中学生で曾野綾子の『天井の青』を読んで衝撃を受けたりしていましたね。だから周りの友だちがジャニーズで盛り上がっているときにも、全然そこにはハマれなかったです(笑)。

—小学生でヒッチコックとは、なかなか早熟ですね(笑)。

菅原 信子

菅原:もちろん、少女マンガも大好きでしたよ。最初に憧れた職業も、実はマンガ家やイラストレーター。小学生のときは美術部に入っていましたが、中学・高校と進むうちに、興味の対象がマンガから『CUTiE』や『mcSister』といった女性誌に変わっていって。年齢を重ねると共に誌面を飾るきれいな写真やモデルさんなど、ビジュアルの美しさに惹かれていったんだと思います。

―当時は「マンガ家」は目指しても、「編集者」という職種は目指さなかったのですか?

菅原:目指すというか、そのときは編集者という仕事自体を知らなかったんです。今思えば、高校2年生のときに学園祭のパンフレットを有志のメンバーでつくったのが編集の原体験かもしれません。5、6人の友だちと夜遅くまでファミレスでいろいろな写真をコラージュしたり、全校生徒に向けてアンケートを取ったり。そういう作業って、まさに編集そのものなんですよね。でも当時はそんなことを考えもせず、ただひたすら楽しくて、とにかく夢中になって。そういう経験をしながらも、当時はリアリストだったんで、就職の時につぶしがきくようにと、大学は経済学部に進みました(笑)。

―大学時代には、何か心境の変化がありましたか?

菅原:大学に入ってみると、自分の好きなことを突き詰めている人たちにたくさん出会ったんです。みんな学生だからDJとかキャンプとか、趣味の範囲ではあるんだけれど、遊びの質と深さが想像の域を超えていた。それまで通っていた中高が小さな女子校だったこともあり、「世界はこんなに広いんだ!」と衝撃で、いつも刺激を受けてばっかり。だからそんな周りの影響もあって、自分の好きなことを仕事にして生きていきたいと思うようになりました。

―それで、好きな本や雑誌をつくることを目指すわけですね。

菅原:はい。まずは出版社に入ればなんとかなるだろうと就職活動をしましたが、結局決まったのは卒業間近。小さな編集プロダクションで、ガイドブックやテレビ番組のムック本をつくる会社でした。編集という仕事を初めて体験して、いろいろな人と出会える刺激はあったのですが、結局、半年で辞めてしまって。新卒だった私はそこで編集の可能性を知った反面、逆に自分のやりたいことが、その職場では実現できないと感じてしまったんです。だから、再スタートは早い方がいいと思い、退職を決意しました。

自分の直感に嘘はつけない

―思い切って見切りをつけたんですね。でも、次の就職先を探すのは大変だったのでは?

菅原:そうですね。編集者として経験を積みたいと思っても、求人の多くは、編集経験3年以上とか。その中で唯一、リクルートの住宅情報誌の編集は、未経験者でも応募できたんです。面接では、「未経験の人よりは編集の経験あります」といって、住宅について何も知らないのに「家、好きです!」と強引にアピールして(笑)。とにかく編集ができればどんなジャンルでもいいと思い、飛び込みました。

―リクルートでは、どんな仕事を?

菅原 信子

菅原:入社当初は編集部で週刊の住宅情報誌を、途中からは2人体制で『都心に住む』という月刊誌を担当しました。編集ができても知識がなければ仕事にならないので、入社してから住宅ローンのことなど、ゼロから不動産の勉強もしました。そこでは、記事作成だけでなく、どうやって広告を入れるか、クライアントにどう説明するか、部数を上げるにはどうすればいいかなど、1冊の雑誌を読者に届けるまでの全ての過程を学ぶことができましたね。

―それだけ幅広く経験できたら、やりがいも大きそうですね。

菅原:そうですね。自分の仕事だけでなく、周りに理想の編集者像となる先輩も多くいたので、本当に刺激的で、毎日忙しかったけど良い経験になりました。結局リクルートでは6年半働いて、「編集」という仕事はある程度できるようになっていたけど、ふとしたときに自分は「編集」に比べ「書く」ことが弱いなと気づいたんです。それで書くことを訓練しようと転職をしました。入社したのは、厚生労働省などから発信される医療系のニュースをMRの人に配信している会社。いかに固い資料を、文章を整えて読みやすくするかにこだわるという職人仕事で、そこで書くスキルは磨かれたと思います。

―不動産から医療系と、また大きな方向転換ですね。戸惑ったこともあったのでは?

菅原:仕事面ではほとんどありませんでしたね。それより、一番大きく変わったのは働き方。その会社では残業もほとんどないような、規則正しい生活だったんです。それが最初は嬉しくて、余った時間でDVDを観あさったりしてました。でもそんな毎日が過ぎるのと共に「書くことを訓練するための仕事」という意識が日々強くなっていき、そういう感覚で毎日が塗りつぶされていくのが耐えられなくなってきて。自分が好きなことに、納得するまで没頭する時間の大切さに気づきはじめたんです。

―といいますと?

菅原:職人的に質を高める仕事ももちろん大切です。だけど、私が心から求めているのは、感性やセンスを生かす仕事。それが私の人生には大事なことだと思ったんです。それで結局10ヶ月で退職して、フリーランスになりました。私はなんというか、ダメだと思ったときに見切りをつけるのが早いんです。その場所にずっといたいか、いたくないかは、頭よりも心で分かる。その直感に嘘をつけないというか、気持ちがそうなったら、やっぱりカラダがついていかないんですよね。

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心からの「面白そう」に辿り着く

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—自分の気持ちに真っすぐ向き合ってきた結果なんですね。では、フリーランスのときにはどんなことを?

菅原:「会社を辞めたので取材しますよ」とか触れ回って、原稿を書かせてもらっていましたが、ほぼ無職状態でした(笑)。でも、なぜかすごく晴れ晴れした気持ちだったんです。特に次のビジョンが明確になくても、なるようになるだろうと割り切っていましたし。だから、無職だからって焦ることもなく、美術館や博物館、あとはよく図書館に行って、勉強していました。

—勉強といいますと?

菅原 信子

菅原:仕事を通して自分が無知だと痛感することが多かったから、勉強する時間が必要だという想いも強くあったんです。勉強といっても好きなことばかりに偏っていますけどね(笑)。たとえば、南アフリカについて調べたらヨーロッパのことを知るようになる。岡倉天心の『茶の本』を読んだら千利休につながって日本史への理解が深まったりする。それも一冊の本を丁寧に読み込むというより、たくさんの本から必要な情報を集めてくるのが好きでした。ひとつの入り口から体系的に知識を得ていく楽しさを知ったのは、この時期ですね。分からないことがあったら調べて、その中で分からない事があったらまた調べて、という繰り返しというか。

—なんだか調べ方も雑誌的ですね。

菅原:特に意図してる訳でもないんですけどね。結局3ヵ月くらいそんな生活をしてたんですが、そのとき勉強したことは今まで全部役に立っています。そもそも私は周りからの助言に従うよりも、自分の直感をすごく信じて生きていて、賢い人間ではないんです(笑)。だからこのときも充電期間みたいな感じで、自分の今後のビジョンが見えたら動きだせばいいか、といった感じで毎日を過ごしていました。

—そんな中、現在のユーフォリアファクトリー入社へのいきさつは何だったんでしょうか?

菅原:リクルート時代にお世話になっていた方が、ユーフォリアファクトリーの社員になっていて、声を掛けてくれたんです。私自身とても旅が好きだったし、雑誌『TRANSIT』をつくっている会社だということに強く惹かれました。話を聞くと、編集だけでなく書くことが必要とされると聞いていたので、自分が積んだ訓練を昇華させるいいチャンスだとも思いましたし。何より、自分がやりたい仕事に対して嘘がないと思ったこと、直感で「面白そう!」と思えたこと。それが最大の決め手ですね。

一冊入魂 全てはこの本のためにある

—これまで菅原さんがスキルを磨いてきた上で、自分に素直に向き合ってきたからこそ出会えた仕事のように思えます。入社後はどんな業務を?

菅原:入社当時は、クライアントから依頼された記事の編集が大半でした。今は雑誌『BIRD』の編集がメインです。これはもともと『TRANSIT』のガールズ版ということで、編集長の林が一人でつくっていた雑誌なんです。それを定期刊行物にしようということで、私がアサインされました。話をいただいたときは、高校時代から憧れていた女性誌だったので、「やっと辿りついた!」と感激しましたね。今はほとんど『BIRD』にかかりきりですが、他にはカタログ制作や、他の媒体の編集もやっています。

—『TRANSIT』『BIRD』といえば旅。なにか印象に残っている取材はありますか?

菅原 信子

菅原:『TRANSIT』の取材で、スペインのバレアレス諸島に2週間行ったことがありました。島巡りをする取材で、楽しいと同時に、すごく大変で……(笑)。リクルート時代にも海外取材の経験はありましたが、『TRANSIT』では主観的な文章を書くことも求められます。それに、スケジュール的にロケハンもできないし、目に映るすべてが絵になるような状況で、カメラマンさんをどうディレクションすればいいのかも一苦労。行ってみなくちゃ分からないことも多いから、朝から晩までかけずり回ったのはいい思い出ですね(苦笑)。

—華やかな誌面の裏側には、多くの努力があるのですね。では、そんなユーフォリアファクトリーに入社してみて、特に刺激的だったことはなんでしょうか?

菅原:それは一冊の雑誌に全てを捧げる、「一冊入魂」みたいなスタンス。本当に、この会社にいる人、誰1人、手を抜かない姿勢には驚きました。1冊の本をつくるのに、執念みたいなものが会社全体にあって、ひたすら地味に地道に、調べて書いて調べて書いてをやり続ける。『TRANSIT』の編集長も全く妥協をしない人で、関わるスタッフもみんなそのスピリットを受け継いでいます。「いいものをつくりたい」という気持ちに溢れた人ばかりなので、ここにいると、いつも背筋が伸びる想いです。

—そんなのものづくりに対する熱が、多くの読者の心を動かすかも知れませんね。

菅原:そうであって欲しいですね。林も私も思いついた企画に納得しない限りは、一歩も前に進めないタイプなんです。いつも『BIRD』ってどんな雑誌だろうかと原点に立ち戻り、方向性や細かな表現方法をしつこく話し合って。立ち話でそんな話をしていて、あっという間に1時間経っていたなんてこともザラですし(笑)。連載でも、もっといい表現方法があると思えば途中でレイアウトや紙を変更したりします。編集って、同じ企画を同じようにやることはきっとない仕事。だから常に自分も成長していかなくちゃいけないし、新しいことに挑戦できる環境が、今はすごく楽しいです。

—常に刺激のある毎日を送っているんですね。では最後に、今後の目標などをお聞かせください。

菅原:とにかく今は『BIRD』のことで頭がいっぱいです。まだまだひよっこの雑誌ですから、より多くの人に読んでもらうためにどうすればいいかをずっと考えています。そして長期的な夢としては、書籍をつくってみたくて。今現在、やってみたいテーマが明確にあるわけではないけれど、きっといいタイミングでいいテーマに出会うものだろうと考えています。今までも色々と運良く出会えて来たからよかったけど、そのときそのときの、自分の心を動かすものに私は真剣で向き合っていたい。いつもそう思いますね。

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    『世界でいちばん貧しくて美しいオーケストラ:エル・システマの奇跡』トリシア・タンストール著 / 原賀真紀子訳

    今秋来日したミラノ「スカラ座」の公演に行ったとき、指揮者、グスターボ・ドゥダメルについて知りたくて買った本です。ドゥダメルはベネズエラのスーパースターで、エル・システマ出身。エル・システマというのはスラムの子どもたちに合唱や演奏を教え、貧困や暴力の連鎖を断ち切ろうという取組みです。この本をきっかけにエル・システマにも興味がわいて、ベネズエラについても気になり出しました。何かを深く知りたいというきっかけは、こんな風に一冊の本から始まることが多いのかもしれません。
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    有限会社euphoria factory

    創刊10周年を迎えた自社発行のトラベル文化誌『TRANSIT(トランジット)』をはじめとする出版と企業ニーズに応じたコミュニケーションツール制作の、2つの事業を手がけるeuphoria factory(ユーフォリアファクトリー)。

    『TRANSIT』は、毎号海外取材に赴きクオリティにこだわった撮りおろし写真や臨場感ある紀行文で構成する取材記事、その国の歴史・経済・文化を掘り下げる記事の幅広さが評価され、多くの読者から支持を得てきました。

    同時に、制作会社としても『TRANSIT』に対する姿勢と同様、企画・構成・デザインからライティングの質に至るまでこだわりを持って臨み、「お客様と共により良い完成品を作り上げる」ことを目指して制作会社としての成長を続けてきました。

    上記事業の案件増加と新規WEBメディアの立ち上げにともない、企業運営の要となる営業職を募集します。

    少人数で構成された職場なので、大規模な会社に比べ一人ひとりの担う業務内容は幅広いですが、上流から一貫して案件に携われる分、多様な経験値とスキルが身につく点が強みです。

    メディアの在り方や情報発信の方法が絶え間なく移り変わる今、変化を好機として捉え、自由な発想で企画を考えらえる好奇心旺盛な方を歓迎します。

    出版業界での経験の有無を問わず、幅広い業界からのご応募をお待ちしています。

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