Interview 私としごと

「世話焼かれ体質」だった東大生が、週刊少年ジャンプ編集部で活躍するまで

株式会社集英社
村越 周(編集者)

日本一売れている漫画雑誌としておなじみの週刊少年ジャンプ。その編集部に在籍する漫画編集者として、村越周さんは人気作『暗殺教室』を担当している。その一方で、マンガ誌アプリ『ジャンプ+』ではとんかつ屋の息子がDJに目覚めてクラブシーンで活躍する奇作『とんかつDJアゲ太郎』の担当も。アニメ化や実写映画化までされた人気作と、これからの展開にすべてが掛かっている期待作。そのどちらにも携わることで見えてきたものとは? 村越さんの半生とともに綴る。

プロフィール

村越 周

埼玉県出身。1988年生まれ。開成高校から東京大学へと進学。東京大学文学部卒業後に新卒で集英社に入社。第3編集部に配属され、現在は週刊少年ジャンプで『暗殺教室』、ジャンプ+で『とんかつDJアゲ太郎』の編集を担当。

インタビュー・テキスト:村上広大 撮影:返田岳(2015/2/19)

高3夏まで野球漬け。そして友人に支えられながら東京大学へ

―村越さんは新卒で集英社に入社されていますが、小さい頃から漫画が好きだったんですか?

村越:いえ、小さい頃は野球ばかりやっていましたね。小学校3年生のときの担任の先生が近所の野球チームでコーチをやっていて、その人に誘われて友だちと一緒にやるようになって。放課後は、家に帰ったらすぐにグローブを持って学校のグラウンドに行くような日々を過ごしていました。漫画は『スラムダンク』『ドラゴンボール』『ちびまる子ちゃん』あたりの有名な作品をコミックスで読むくらい。あと『ドカベン』とか『キャプテン』とか、野球漫画は読んでました。だから、編集部でたまに「過去のニッチな連載あるある」とかで盛り上がったりするんですけど、全然参加できないんですよ(笑)。

―ずっと野球漬けの毎日だったんですね。

村越 周

村越:実は高校では野球部と軽音を兼部してたんですけど、特に野球は高三の夏までがっつり頑張って、東東京大会でベスト16まで進みました。開成高校という学校だったんですが、当時の野球部のことが最近ドラマ化された『弱くても勝てます』のモデルになったんですよ。

—開成高校といえば進学校ですが、勉強も得意だったんですか?

村越:いや、地元から出て高校に入ってみたら、僕より出来る人ばっかりで。クラスで自分だけ化学の追試を受けたり、模試もどん底だったり、成績が悪すぎて進学塾の入塾を拒否されたこともありました(笑)。本格的に大学受験をはじめたのは部活を引退した高3の夏から。優秀な友だちに引っ張られて、運よく大学に合格したという感じです。

—とはいえ、東大ですよね(笑)?

村越:その半年間は頑張りましたよ。友達と点数競ったりして。部活が終わってスイッチが切り替わったらやる気が出てきたのと、野球が終わったら他にすることがなかったので、集中できたんでしょうね。なんとか進学できました。と言っても前期入学は5点くらい足りなくて不合格。後期で英作文とすごく長い国語の論述を運よく乗り切って。東大のなかでも一番入りやすいであろう文科三類に滑り込むことができたんです。

「村越の就職をなんとかする会」を先輩に開いてもらって入社した集英社

―大学ではどんなことを学んだんですか?

村越:東大って1、2年の成績で入れる研究室が優先的に決まるんですね。例えば社会学なんかは人気が高いので成績のいい人しか入れないんです。でも僕はそこでも成績がものすごく悪くて、とにかく選択肢がなかった。その中で一番名前がいいなと思った美学芸術学研究室がたまたま定員割れで、入ることができました(笑)。美学って、既にある価値体系を学ぶ美術史と違って、アートの価値が何で決まるのか、みたいなことを学ぶ学問。毎週のゼミがすごく楽しかったですね。あとはバンドでベース弾いてました。こっちもけっこう一生懸命やっていて。

―集英社に入社しようと思ったのはどうしてだったんですか?

村越 周

村越:とにかくメジャー志向というか、やるなら影響力のあるところがよくて、そこそこ有名なところに行きたいなという(笑)。だから就職活動も出版社にこだわっていたわけでもなかったんですね。自分のなかで決めていたのは、音楽は仕事にしないこと、お金の計算が苦手なので金融系は受けないことという2つだけ。あとは飲料メーカーとか不動産とか、好きな商品やサービスを出しているところを手当たり次第に受けました。

―大学でも音楽をやるくらい好きだったのに、仕事にしようと思わなかったのはなぜだったのでしょう?

村越:音楽に関しては売れるもの=好きなものというのが必ずしもあてはまらなくて。もちろん売れてる音楽で好きなものも沢山あるんですが、自分の仕事にするには何か違和感があり。とはいえ、就活1年目はそんなことすら何も考えてなくて、いくつか受けてみたら全然ダメで、就職浪人したんですけどね。あまりにも僕がもたもたしているから、サークルの先輩がみかねて「村越の就活をなんとかする会」なるものを開いてくれて(笑)。そんなこんなで周りの人のおかげで、就活が何をするものなのか、一年遅れて実感が沸き、次の年に頑張ってなんとか決まったという感じです。大学受験といい就活といい、世話焼かれ体質みたいですね(笑)。いろんな人に感謝してます。

―就職活動でどんなことを話したか覚えていますか?

村越:バイトの話ですね。大学時代4年間、実家から徒歩2分の地元のスーパーでレジを打ってまして。同じ棚でも新商品を投入するタイミングが会社によって違っていて、それがうまい会社とうまくない会社があるんです。たとえばバレンタイン商戦の仕掛け方とか。あとは、大体どの時期にどんな雰囲気の人が何を買っていくかとか、ささいな話ばかりしてました。あとは高校で野球をしていた頃の話はやっぱり男性からの食いつきがよかったので、これは使えると思ってよく話していましたね。集英社が決まった時点で全部辞退してしまったので、最終面接を受けないで終わってしまった会社もあるんですけれど、なんとか滑り込めてよかったです。

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