Interview 私としごと

ゲーム業界以外に選択肢はない。夢を叶えるために歩んできた道

株式会社セガゲームス
城崎 雅夫(ディレクター)

劇的な変化の最中にあるゲーム業界。技術の進歩によって家庭用ゲームにおける映像表現は映画に匹敵するまでに至り、その一方でスマートフォンの台頭によってゲームのあり方自体が変わろうとしている。城崎雅夫さんは、まさにそんな過渡期にあるゲーム業界でプランナーとして活躍している。小学生の頃から決してぶれることのなかった夢を実現させた城崎さんは、今、次なるステップを踏もうとしている。

プロフィール

城崎 雅夫

1985年生まれ、京都府出身。2007年に株式会社セガ入社。プランナーとして『龍が如く』シリーズや『サカつく6』に参画する。現在はディレクターとしてiOS・Android向けアプリケーションの開発に携わっている。

インタビュー・テキスト:村上広大 撮影:すがわらよしみ(2015/7/14)

小学校の卒業文集に書いた「ゲーム屋になる」という夢

―城崎さんがゲーム業界に携わろうと思ったきっかけは何だったんですか?

城崎:僕は出身が京都なんですけど、実家の近くに大手のゲーム会社があって、そこの社員さんと仲良くさせていただいており、そこでいろんな話を聞いたりしていたんです。なので、仕事としてゲームというものがすごく身近な存在だったんですよね。だから、将来は何かしらゲーム制作に携わる仕事に就きたいと自然に思うようになりました。小学校の卒業文集にはゲーム屋になるって書いてましたし。

城崎 雅夫

―遊び道具としてのゲームも好きでした?

城崎:ハマっていたのはボードゲームばかりでしたね。特にマジック:ザ・ギャザリングというカードゲーム。47都道府県どこにでもカード屋があるし、毎週末どこかしらで全国大会があるんです。試合の度に遠征して、日本全国を駆け回っていました。高校生の頃には優勝できるようになったりして、自分で大会を主催したりもして。

—高校生で大会主催まで……! あくまで趣味だったゲームを進路として意識したのはいつ頃でしたか?

城崎:高校3年生のときですね。将来をリアルに考えたら、やっぱりゲームだなと。だから大学より専門学校に行く方がいいなと思って、関西にあるゲーム系専門学校のオープンキャンパスに片っ端から行ってみました。ここだって思うところに決めた後はすごく早かったです。みんながこれから本腰入れて受験勉強するかっていう9月には合格通知をもらっていましたから、誰も遊んでくれなくて。当時の彼女ですら相手にしてくれませんでした(笑)。

学内外の賞を総なめ! フルスイングで勝ち取ってきた優勝の数々

―専門学校ではどんな生活を?

城崎:ゲームの企画開発について学ぶコースに入ったんですけど、僕は企画職に就きたかったので、企画の先生にへばりついて、個人的に質問しながらゲームの企画書を作るようになって。最初の数ヶ月は真面目に出席していたんですけどね……。家にPCがなかったので、一応学校には毎日ちゃんと通って、教室には行かずに実習室で企画書を作り続けていました。

―企画書は3年間でどれくらい書いたんですか?

城崎:何本だろう……。草案だけのも入れると40〜50くらいはあると思います。企画書には、ゲームのシステムも、楽しさも、意義も、あらすじも、ありとあらゆることを書くんです。だから書いたら書いた分だけうまくなると思っていたし、大学ではなく専門学校に通うことを選んだ時点で、自分はゲーム業界に入れないと無意味だと思っていて。その強迫観念もあって、次から次に取り組んでいましたね。

城崎 雅夫

―在学中には企業主催のコンテストで賞を受賞されたそうですね。

城崎:当時某ゲーム雑誌が主催する「ゲーム甲子園」っていうプロアマを問わないゲーム企画コンテストがあって、2年生と3年生のときに企画部門賞を連続で獲得しました。ただ、学内で毎年開催されているコンテストでは1年生、2年生と連続で優勝を逃し、“学内では評価されないけど、学外では評価される男”と呼ばれてました(笑)。

―無冠の帝王みたいですね(笑)。

城崎:そうなんです、それがすごく悔しくて。普通は3年生になると、後輩に譲るじゃないですけど、学内コンテストに応募する人ってほとんどいなくなるんです。でも僕は、3年生になっても周りにいる一番優秀なデザイナーやエンジニアを集めて応募して、しかも絶対に優勝するための作戦を考えたんです。

―作戦ですか。

城崎:賞の選考が1次、2次、最終って3段階あって、1次は学校の先生が集まって優れた企画を10個まで絞るんです。その後、各ゲーム会社のプロが最後の3人を選定して、プレゼンテーションで優勝を決めるんですね。で、よくよくルールを読んだら、提出する企画は1人1個っていう規制が何もなかったんですよ。これだ! と思って練りに練った企画を5個も出したら、5個全部が1次選考を通過して。選考に残ってるうち半分が僕の企画だから、もうこの時点で勝利を確信したんですけど、万全を期して最終プレゼンテーションでは実際にプログラミングした映像を流したりして。満票で優勝しましたね。

―完全勝利! みたいな(笑)。

城崎:決勝戦は後輩の女の子2人が相手だったんですけど、そんなの関係なくフルスイングでしたね。コンテストが終わった後に周りから「大人げねぇ」とか大バッシング受けましたけど(笑)。そのままの勢いで卒業制作でも優勝して、卒業までの半年間は人生で一番楽しかったです。

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どんなに優秀なプランナーでも、一人ではゲームを作れない

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