Interview 私としごと

遊ぶように仕事したい。好きなことを全部やってきた、元サブカル少年の仕事観。

株式会社SCRAP
松田 直樹(制作ディレクター)

振り返ってみれば、演劇、音楽、映画など、自分の好きなことを全てやってきたと言う松田直樹さん。現在は、株式会社SCRAPにて、国内外で人気を博すイベント、「リアル脱出ゲーム」の企画制作を行っている。「遊ぶように仕事したい」と言い、それを理想にもわがままにも終わらせずに突き進んできた松田さんのお仕事遍歴と仕事観はどんなものだろう?

プロフィール

松田 直樹

1985年、京都市生まれ。同志社大学在学中より、「劇団」という枠を超えた活動を特徴とするヨーロッパ企画に在籍し、京都のインディペンデントフェス“ボロフェスタ”の運営に携わりながら、大学卒業後は映画に俳優として出演。その映画の宣伝をきっかけに映画業界に興味を持ち、映画会社就職のため上京。現在は「リアル脱出ゲーム」などでお馴染みのSCRAPにて企画制作ディレクターを務める。

インタビュー・テキスト:藤田ひとみ+CINRA編集部 撮影:すがわらよしみ(2014/4/23)

サブカル少年が社会へ踏み出した、はじめの一歩。

―経歴を拝見すると、演劇、音楽、映画とカルチャー一色! という感じですが、そういうものが好きになったきっかけは何だったんですか?

松田:部活で仲良かった先輩が音楽好きで、色々教えてもらったのが入り口でした。高校時代にはライブやフェスに行ったり、浪人時代は暇だったので、ひたすら『Quick Japan』や『relax』を読み漁ったりと、いわゆるサブカル少年でしたね(笑)。あんまり演劇に興味があったわけでもないんですが、ヨーロッパ企画は主宰の上田さんが、『Quick Japan』にコラムを掲載していたのを読んで知りました。

―なるほど。そんなヨーロッパ企画に入ったきっかけは?

松田 直樹

松田:大学に入ってみたら、ヨーロッパ企画が新入生歓迎の期間に、勧誘していたんです。実は、僕が入った当時はヨーロッパ企画が大学のサークルだったんですよ。既に卒業していたはずの旗揚げメンバーに、入らないかと声をかけられたのがきっかけで演出助手とか、裏方としてツアー公演について回ったりしていました。

—ヨーロッパ企画と言えば、『サマータイムマシン・ブルース』や『曲がれ! スプーン』など、映画化された戯曲を持つ人気劇団ですよね。

松田:ちょうど僕がいた頃、映画化された作品もいくつかあって。関わり始めてからすぐに何も知らずに参加した打ち上げで、映画に出演していた上野樹里さんがいたりして、「すごい所に来てしまった!」と驚きました。今でも鮮明に覚えています(笑)。今まで読んだり聞いたりしていた世界に、大学入学と同時に飛び込んでしまった感じで。

—いきなり世界が開けた感じですね。では、演劇の次は音楽。京都のライブイベント『ボロフェスタ』にはどういう風に関わっていたんですか?

松田:昔から、好きなもの全部に関わりたいという気持ちがあったので、高校時代にお客さんとして参加していたボロフェスタにもスタッフとして関わってみたかったんです。ヨーロッパ企画とも縁があるイベントだったので、ミーティングに参加するようになり、ブッキング等させてもらっていました。

—ブッキング。ここでも早くも大仕事ですね。

松田:手探りな中で自分たちで舞台装飾もするし、アーティストのアテンドもするし、かなりDIYなフェスです。毎年ボランティアスタッフが100人ぐらい集まるんですけど、あえてマニュアルを作らずに毎回全部をゼロから作り上げていたり。効率は悪いけど、だからこそ毎回新しい発見があって、楽しいんです。

毎日ボッコボコに打ちのめされる映画会社時代。

―演劇に音楽にと、好きなことにどっぷり浸かった大学生活だったと思います。卒業後の就職は、どう考えていたんですか?

松田:それが特にあんまり考えていなくて(笑)。映画には興味があったので、就職というわけでもなく、役者として柴田剛監督の京都を舞台にした映画『掘川中立売』に出演しました。柴田監督をはじめ、制作スタッフみんなが京都の町家で一緒に寝泊まりしながら撮影している感じが、なんだかヒッピーみたいですごくカッコ良くって。ヨーロッパ企画経由で出演させてもらえることになったんですが、その後もちょくちょく遊びに行ってました(笑)。

―役者として映画出演……。近そうでまたずいぶんと飛躍している気もします。

松田 直樹

松田:そうですね。その後も、小林達夫監督の『カントリーガール』という作品に出演しました。出演をきっかけに、そのまま宣伝も携わっています。そういう経験もあって、映画会社で働きたいなって思い始めたんです。

―俳優ではなく?

松田:俳優っていう「個」の仕事をしてみたら、一人でやる仕事には向いてないって気づいたんです。俳優って、自分や役に向き合う孤独な時間が多いんですよ。そうやって自分のことを考えるよりも、他人のことを考えるのが得意なのかもしれません。高校まではサッカーをずっとやっていたので、チームワークで成し遂げることが好きだったし、そっちの方が向いているな、と。よく考えれば映画に興味を持ったのも、そこがきっかけでしたね。監督がいて、役者がいて、スタッフがいて。決して一人では成し得ないことを作り上げていく。演劇もフェスも、同じ理由で魅力を感じたんだと思います。

―なるほど。それで映画会社へ?

松田:僕は生まれも育ちも京都だったので、東京のカルチャーに興味があって、とにかく東京で働きたいっていうモチベーションもありました。その時、ちょうどTwitterで見かけた映画会社の社員募集に応募して。映画の配給や宣伝がしたくて入ったんです。でも、そこは自社でイベントスペースを持っていて、映画上映やライブイベントも行うちょっと変わった映画会社でした。面接の段階で経歴を見ながら、「じゃあ君はイベントの現場ね」と判断され、結局イベント業務全般を任されることになりました。

―これまで培ってきたノウハウが活かせそうな職場ですね。

松田:それが、ここでは毎日ボッコボッコに打ちのめされていましたね(笑)。現場では僕以外、ほぼ全員がアルバイトスタッフだったので、朝から晩までフラフラになりながら死にものぐるいで毎日働いていました。全般を任されるということは、つまりイベント全部の業務の責任を持つということです。でも僕は音響調整や上映方法、機材の使い方も何も、全然知らない状態だった。会社で必死に機材の説明書を読みながら、経験したことのない業務が次から次へと襲いかかる日々……。かなりキツかったですけど、変わったイベントも行うスペースだったので、来場されるお客さんとの出会いは印象的でしたね。ブッキングから映画監督やイベンターとのやりとり、企画進行や宣伝、精算までイベントに関わる一連の流れを全て一人でやっていたので、ここで学んだことは計り知れません。

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「予期しないことが起きると、アドレナリンが出ちゃうんですよね(笑)。」

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