Interview 私としごと

音楽のときめきを次世代にリレーしたい

株式会社キューンミュージック
みるく(川崎 恵子)(レーベルビジネス本部制作部)

ソニーミュージックのレーベル「Ki/oon Music」(キューンミュージック)で、現在ガールズロックバンド「ねごと」のディレクターを務める「みるく」さん。15年近く音楽畑を歩いてきた叩き上げの実力派で、ライブハウスの店長からキャリアをスタートさせた経験から「ゼロからイチにする仕事」をモットーとしてアーティストの発掘や育成、音源制作、プロモーションまで幅広く手掛けている。「音楽業界で働くことの楽しさをもっと伝えたい」と語る「みるく」さんにとっての音楽の仕事とは?

プロフィール

みるく(川崎 恵子)

1977年生まれ、東京都出身。大学卒業後、株式会社G.T.Oに就職。ライブハウス「四谷フォーバレー」の店長を勤める。傍ら株式会社インパートメントにて邦楽レーベル立ち上げ、CDの音源制作から流通までを経験。G.T.Oを退職後、ソニーミュージック SDグループでインディーズレーベル部署に転職。その後SD内U-Projectに異動、インディーズマネージメント&レーベルでアーティストの発掘から育成、CDの音源制作から流通までを担当。2008年の閃光ライオットで出会った「ねごと」とともにキューンミュージックに異動した。

インタビュー・テキスト:宮崎智之 撮影:すがわらよしみ(2013/5/24)

検事志望からライブハウスの店長に

―お仕事のことを聞く前に、まずは「みるく」というお名前に関して質問させてください。名刺を拝見したら本名の後に、「みるく」と書いてありますが……。

みるく:はい(笑)。大学卒業後に一時期、VJとして活動していたんですよね。私はちょっとHOTで可愛い映像を流すのが好きで、ネーミングもそういう感じのもので考えていたら「みるく」という名前を思いついたんです。それ以来、皆から「みるく」と呼ばれるようになり……。何度か「もうそろそろやめよう」と思ったものの、今の会社にきた時には、名刺やホワイトボードに「みるく」と書いてあって(笑)。

—(笑)。では、「みるく」さんとお呼びしてもいいんですか?

みるく:もちろんです。アーティストにもそう呼ばれていますから。でも、最近は年下のアーティストを担当することが多いので、「みる姉(ねえ)」なんて呼ばれています(笑)。

―もともと、みるくさんが音楽業界を志したきっかけはなんだったのでしょうか? 幼い時から音楽が好きで、この業界に憧れていた、とか。

みるく(川崎 恵子)

みるく:実は私、中学生の頃から検事になるのが夢で、最終的には国連で働きたいって思っていたんです。それで大学は法学部に入学し、法律事務所でアルバイトを始めたんですけど、そこで法律だけでは人を救うことができないんじゃないかと感じてしまって。そんなこともあり、現実を目の当たりにしたというか、長年の検事になりたいという夢は次第に消えていったんですよね。とはいえ、そのとき既に大学3年生。今さら違う道に進むことへの不安は、とっても大きくて。

―検事を目指していたとは意外です……。でもそこから、どういう経緯で音楽業界を志すようになったんですか?

みるく:それでゼロから考え直すためロンドンに一人旅をしに行き、現地であらゆるものを見て回ったんです。そこで感じたのが、どんな場所にも音楽が流れているということ。もちろん、音楽がなくても生きてはいけるんだけど、音楽がないとどこか味気のないものになってしまうというか。そんなパズルでいう最後のワンピースが、音楽なんじゃないかと思ったんです。そしてなにより、「音楽は人を傷つけない」と思って、これを仕事にしようと決めたんです。ただ、当然音楽業界のことは全くの無知。まだ卒業までに1年くらい就職に余裕があったので、まずはウルトラヴァイブというレコード会社でアルバイトを始めました。

―卒業後は、ライブハウス「四谷フォーバレー」の店長になったそうですが、なぜライブハウスだったのでしょうか?

みるく:そもそも検事になりたいと思ったのは、「誰かを救いたい、誰かの役に立ちたい」という想いがあったからなんです。だから音楽業界も、「音楽を作る人の役に立ちたい」という想いで目指したというか。でも、アルバイトを通して、一生懸命ともに音楽を作ってきたバンドとも別れがくることがあるという厳しい現実を目の当たりにして……。アーティストと長く付き合っていくためには、もっと初めの段階から関わっていかなければ駄目だなと思うようになったんです。それで、音楽業界の「入り口」でもあるライブハウスで働くことに決めました。

「演奏」は育成できるけど、「オーラ」は育成できない

―ライブハウスではどのようなお仕事をしていたのですか?

みるく:雇われ店長ですが、一応経営者の身でもあったのでバンドのブッキングから光熱費やアルバイト代の計算までありとあらゆる業務を経験しました。それまでは発売されたCDを聞いて、「このアーティストはきそうだね!」なんて話していたのですが、ライブハウスにはまだまだCDを発売する以前のアマチュアバンドがたくさん。その中からデビューしていくバンドも多く見てきたし、デビューしても消えていってしまうバンドもたくさんいました。でも昔から「自分の好きなアーティストが売れる!」っていう感覚はずっと持っていて。今でも、ここのライブハウスで学んだ経験が私の礎になっています。

―といいますと、具体的には?

みるく(川崎 恵子)

みるく:やっぱり一番大きいのは、バンドにはちゃんと基礎体力をつけてあげないと駄目だなっていうことです。デビューとなると浮き足立ってしまうのは当たり前。誰かが機材の運搬とか物販とか、裏方の仕事をしてくれるとなると、「自分たちは音楽だけをやっていればいい」と思ってしまいがちです。少なくとも私がバンドと一緒に仕事するときは、「今、裏では色んな人が動いているよ」と伝えるようにしています。もちろん、1つのバンドとずっと一緒にやっていくのがベストですが、それができなくなった時も自分たちの力で歩んでいけるように育成していくことの大切さも学びましたね。

―その後、邦楽レーベルを立ち上げたとお伺いしましたが、それはどのようないきさつがあったのでしょうか?

みるく:店長になって2年くらい経った頃から、ライブハウスの枠以上は応援できないことにフラストレーションを感じるようになってきて。ちゃんとCDを作って、リリースツアーをしてもっとお客さんを増やすということをやってみたくなったんです。それを会社に提案したら「やってみろ!」ということになったのですが、なんせノウハウがない(笑)。そこで、手探りでやっていった結果、他の会社と一緒に、邦楽のインディーレーベルを立ち上げることにしました。

―自らレーベルを立ち上げるって凄いですね。実際に立ち上げてみていかがでした?

みるく:レーベルっていうのは、アーティストをデビューさせる機能を担うものだと思っています。それがライブハウスとは決定的に違うところ。小さなレーベルだったので、店舗で取り扱ってもらえる枚数を決めるなど、制作から流通までの行程をすべて自分の手で経験することができて。今までライブハウスで見てきた現場とは違って、より業界の仕組みを全方位に見ることが出来ましたね。それで、ソニーミュージック SDグループでインディーズマネージメントやアーティストの発掘から育成などを手掛けるU-Projectに転職し、その後、現在の部署に異動したんです。

―現在、担当している「ねごと」は10代限定のロックフェス「閃光ライオット」から発掘してきたと伺っています。新人を発掘する際に、大切にしている要素はありますか?

みるく:う〜ん……そうですね。経験から培った直感なので言葉にするのは難しいのですが、やっぱりオーラですかね。オーラさえあれば演奏が多少駄目でも育成はできます。でも、オーラは育成することができないと思っていて。

―では、「ねごと」にはオーラがあったと。

みるく:「ねごと」に限らず、良いアーティストはみんなオーラを持っていますね。当時「閃光ライオット」でリハーサルを覗いたとき、メンバーが「よろしくお願いします!」と入ってきた瞬間、「あの娘たち、何番目に演奏するの?」とスタッフに聞いていましたから。私はアーティストと一緒に仕事をするときに「どういう人がこの音楽を作っているんだろう」という「人間力」を大切にするんです。「人間力」と言っても別に良いところだけではなくて、世間から見たら悪い個性でもいい。とにかく、そのアーティストに人を惹きつける「人間力」がなければ、心を揺さぶるような音楽は作れないと思っています。

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