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「僕にはものづくりしかない」カイブツの職人デザイナー

人生から仕事を取ったら、何が残るのかーー。趣味、家族、ペットなど、それぞれ回答はさまざまだろう。今回インタビューに応えてくれた石井さんはそんな質問に、「僕からデザインの仕事を取り上げたら、何も残らない」と即答した。過去に自分のイラストを「社会に通用しない」と言われたこともあった、と振り返るが、デザイン会社への就職からWEB業界への転職を経て、今年で社会人6年目。今は『井上雄彦 最後のマンガ展』などの仕事で知られるカイブツ社に入り、自身の可能性を模索している。着実に活躍の場を広げる石井さんのこれまでの道のりと、仕事観に迫った。

Profile

石井 正信

1985年生まれ。静岡県三島市出身。日本大学芸術学部デザイン学科コミュニケーションデザインコース(当時)を卒業後、デイリーフレッシュ株式会社に新卒入社。グラフィックデザイナーとして2年間従事する。2010年に株式会社カイブツに転職。現在は、イラスト、グラフィックデザイン、WEBデザインに留まらず、撮影やプロダクトデザインまで多岐に渡る業務を担う。また、雑誌『Web Designing』の表紙を描くなど、個人としても活躍の場を広げている。2012年には同誌企画「10人の次世代クリエイター」の1人に選ばれた。

「描きたいもの」と「求められるもの」のギャップ

―今の仕事に興味を持ったのはいつ頃ですか?

石井:小さい頃から絵を描くことが好きでした。進路がなんとなく決まったのは、中学生の時ですね。勉強が全然できなくて、 両親に「おまえは絵が得意だから、日本大学の芸術学部を目指したらどうか」と言われて。小学校の教員である両親は早々に息子の学力に見切りをつけていたようです(笑)。ちょうど近所に日大の付属高校があったし、日芸って面白そうだったから、絵を描く仕事が出来たらいいな、くらいの感じで漠然と進路を決めました。

—そのまま、付属高校には無事に入学できたのですか?

石井 正信

石井:はい。でも高校に受かったからと言って、日芸に進めるわけではないので(笑)、推薦を取りやすいという美術部に入部しました。入る前は「地味な感じかなぁ」と想像していたのですが、いざ足を踏み入れてみると、みんな汚いつなぎを来たりヘッドフォンしたりしていて、部長に至ってはピアスだらけ。いい意味で想像と違っていて、充実した高校生活を送ることができました。

―絵を描くことにのめり込んだ学生生活だったんですね。影響を受けた作家はいますか?

石井:漫画家の大友克洋さん、井上雄彦さんですかね。作品を挙げると、大友さんの『AKIRA』や『童夢』はよく読みました。それから、ゲームやマンガのキャラクターデザインで有名な寺田克也さんの作品にも衝撃を受けましたね。ただ僕が大学生の頃に描きたいものがグロテスクな表現だったので、先生や周りの人たちから「キミの絵は商業に向かない」と、半ば見放されて(笑)。 それをあまりにも言われすぎて、次第に、自分でも「僕の描きたいものと世の中のニーズが合致していない」と自覚するようになったほどです。

―「商業的に向いていない」と言われて、たとえば作家を目指す道は選択肢になかったのでしょうか?

石井:漫画家には憧れました。でも、大学時代に週刊マンガの作品投稿で入賞するような、本気で漫画家志望な友人がいて。彼を見ていたら、僕には無理だと感じてしまったんです。自分は、イラストだなと。それが今の世の中に求められていないのなら、イラスト素材を発注する側、つまり広告業界に入ってアートディレクターになれば、自分のイラストを使えるかもしれない、という考えもありました。それは大学で、アートディレクターの秋山具義さんの授業を受講していた影響もありますね。

―そんなきっかけもあって、卒業後は、秋山具義さんが率いるデイリーフレッシュ社に入社したんですね。

石井:もともとは、大手の広告代理店に入ろうと思って頑張っていたんですよ。でも第一志望の会社で選考に残ることができず……。あまりにショックで引きこもり、自分の好きな絵ばかり描いている時期が続きました(笑)。それでふと気づけば、就職先も決まらないまま卒業はもう目前。結局、秋山さんに菓子折りを持っていき入社させていただいたんですけど、入ってみたら先輩方との知識と能力が圧倒的に違いすぎて、自分の無力さを痛感しましたね。それで、ひたすら勉強したのを覚えています。

紙からWEBへ こんなに違った「デザイナー」の仕事

―努力家ですね。スキルアップのためにどんなことを心掛けましたか?

石井:わからないことは、放置しないですぐに調べることです。性格的に、効率がいい方が好きなので、技能をうやむやにしたまま手作業でやるのが嫌なんです。覚えるまでは少し大変でも、デザイナーとして仕事をする以上は、プロとしての技量を身につけておきたい。そして何より、先輩たちに早く追いつきたいという想いが原動力になりました。ただ、最近気づいたのは、作業がいくら早くなっても、ゴールが見えていなければ堂々巡りで、意味がないということ。仕上がりのイメージをしっかり想定することの大切さを痛感しました。

―そんな中、カイブツ社への転職を決めるに至るまで、どんな心境の変化があったのでしょうか。

石井 正信

石井:デイリーフレッシュでは、タレントを起用した紙の広告、マンガの表紙、秋山さんのTwitterのキャラクターアイコン制作など、色々な仕事を経験させてもらいました。会社自体が、蜷川実花さんやホンマタカシさんなど有名写真家の作品を使ったグラッフィック広告を得意としていて、紙媒体の案件がメイン。仕事をするうちに、デザイナーとしてもっと他のことも挑戦してみたいと思うようになったんです。それを当時の先輩に相談したら、「それならカイブツという会社が面白い」と教えてくれました。調べてみると、「井上雄彦 最後のマンガ展」など、ほんと幅広い制作物を手掛けていて、一目惚れに近い感じでしたね。

―井上雄彦さんは、石井さんが影響された作家の1人ですよね。

石井:そうなんです。だけど、ミーハーだと思われたくないから、面接でも冷静を装って、井上雄彦ファンだということは必死に隠しましたけど(笑)。それに、WEBや紙、モバイルなど幅広い媒体の企画制作を手掛ける、枠に囚われない自由な発想力とセンスに惹かれたんです。入社後に携わった業務は本当に幅広くて、はじめはビックリしました。例えば、WEB制作に必要な写真素材は、撮影から、加工、補正まで全て自分たちでやる。これって、前職から考えるとありえないことなんです。他にも、撮影用のジオラマの制作、企業の展示ブースで使う道具づくりまでやることもあって、もはや、デザイナーの枠を超えている。

―それほど幅広いのは、カイブツ社だからこそでしょうか?

石井:そうかもしれませんが、たまに自分が何屋かわからないことがあります(笑)。前職では、僕自身はあくまでも、グラフィックデザインやイラストなど、与えられた作業を全うする立場。そして大物写真家の作品を扱っていたこともあって、写真は手袋をはめて厳重体制で扱うし、色調補正などできるはずがありませんでした。だから会社や媒体が変わるだけで、同じ「デザイナー」という職種でも仕事のフローや内容がこれほどまでに違うものかと驚きました。

―実際、慣れない業務に戸惑うことも多かったと思います。

石井:転職した当初は、素材のファイルの適正な書き出しが「png」なのか「jpg」なのかさえわからないレベル(笑)。だからたくさんの人に迷惑をかけながら、地道に勉強しました。それから、前職との一番の違いは「チームで作る」という意識。デザイナーでも企画から参加することもあるので、1つの案件を外部のパートナー会社も含めたチームみんなでアイデアを出し合ってブレストしていく過程は刺激的だし、何よりもモチベーションが上がりますね。

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中2病が解けて、イラストの作風も変化した

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—お話を伺っていると、仕事の幅を広げつつも、物事を突き詰める職人気質的な人なのかな、と思います。

石井:確かに、仕事かプライベートに関わらず、好きなことをひたすら追求するタイプです。仕事のいい所は、限られた費用と時間が明確にあること。でないと、永遠に修正し続けてしまいそうで……(笑)。というのも、僕、自分の仕事にいつも完全という意味では納得が出来ないんですよ。漠然とした劣等感がずっとあって、「この仕上がりでいいのか?」と自問自答ばかりしています。

—雑誌『Web Designing』(2012年1月号)内で「新世代クリエイター」の1人に選出されるなど、周りからの高い評価はどう受け止めていますか?

石井:正直、非常に恐縮しました。自分で良いのかと……。代表が、僕の能力以上の評価で広報してくれているおかげですね、きっと。褒められたり評価されたりするのは、とても嬉しい反面、プレッシャーでもあります。世に出すものはカイブツの名を汚さないようなクオリティに仕上げたいとは常に考えていますね。それがイコール、自分が納得する作品でもあるはずなんです。

—『Web Designing』では表紙のイラストも描いていると伺っています。


雑誌『Web Designing』2013年11月号 表紙イラスト

石井:雑誌の担当者さんが僕のイラストを気に入ってくれて、これまでに3回ほど描かせていただきました。直近で言うと、PARTYの中村洋基さんの特集が組まれていた、2013年11月号の表紙。中村さんとは仕事やプライベートでもお付き合いさせていただいていて、普段からサイボーグみたいな人だなと感じていたんです(笑)。この表紙は「特集=中村さんを解剖する」という発想から描き上げたイラスト。アクリル画の筆で描いた絵をスキャンして、フォトショップで仕上げています。

—先ほど仰っていた学生の頃のグロテスクな作風から、表現が変わったりしていますか?

石井:多少は変わりましたね。自分の絵を説明するのは難しいですが、「コミックリアル」と表現したらいいのかな。超リアルではなくて、漫画の文脈がどことなく入っているテイスト。学生の頃に比べると、グロいものはあまり描こうとは思わなくなってきました。たぶん、クライアントワークを重ねるうちに、大学時代から引きずっていた中2病のようなものが、だんだん解けてきたからだと思います(笑)。

僕からものづくりを取ったら、きっと何も残らない

—デザインやイラスト一筋、という印象を受けますが、他に趣味は?

石井:そうですね……。小さい頃から釣りはずっと大好きです。だけど、釣りって少し地味なイメージがあるじゃないですか(笑)。だからあんまり一緒に行く人もいなかったんですが、去年、広告関係の釣り好きたちを集めて「BURITSU(ブリッツ)」という釣りのチームを立ち上げたんですよ。実は、今日着ているパーカーも、BURITSUのチームパーカーです。ホームページやグッズの通販サイト、Twwiterとfacebookもやっていて、ロゴのデザインは僕が担当しました。こう考えると、結局デザインと切り離せてないですけどね……。

—公式サイトまであるんですね(笑)。

石井:発足して約1年なのに、ぐいぐいやってます(笑)。最初は釣りに行くだけのチームだったのですが、せっかくみんなクリエイティブを仕事にしているんだから、つくれるものはつくっちゃおうという話になって。デザイナーの視点で釣り業界を見てみると、テコ入れ出来そうな余地がけっこうあると思うんです。だから自分たちの力で、好きな釣りをもっとかっこよく、もっと面白くできたら最高だなぁと思って。いつかこれがきっかけで、釣りに関する仕事に繋がったら嬉しいです。

—遊びと仕事の境目が、ほどよく曖昧なのが面白いですね。

石井 正信

石井:仕事が遊びだとは思わないけれど、かといって、単なる作業的なスタンスで向き合いたくはないです。今はデザイン1つするにしても、効率だけ考えてパソコンでガガーッと進めるんじゃなくて、一旦、筆で手描きしてからつくるとか、自分自身が制作過程を楽んだり、持ち味をいかせるやり方が出来たらいいな、って思うようになりました。その方が、成果物により自分らしさが出るような気がしていますし。

—お話を聞いていると、自ら道を切り拓いていくたくましさを感じます。

石井:もっている能力だけではどうにもならないので、前に突き進む以外に選択肢がないんですよ(笑)。もともと大本にイラストがあって、その外にグラフィックがあり、今はそこから派生したものづくりをやっている。そんな色々と出来る状況を楽しみつつ、全力で向かっていきたいです。やっぱり常に自分の精一杯を尽くしていないと、周りが期待してくれている地点には到底、辿り着けないと思うんです。いつか自分でも完璧と思えるものをつくりたい、という気持ちが強くあります。

—なるほど。常に全力投球といいますか。では、例えば石井さんがこの仕事をしていなかったら、何をしていたと思いますか?

石井:うーん、どうでしょうね……。僕は器用じゃないので、今まで、自分の手の内にあるカード、つまりイラストやデザインのスキルを最大限使って生きてきたんです。だから、もしこの仕事をしていなかったら、やりたいことなんて全く見つからなかったと思うんですよ。それくらい、この仕事は面白いし、自分の全てだと思っています。

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DAIWA社のリール「CERTATE」

普段は情報を詰め込みまくっているので、自然の中で釣りに没頭する時間が1番のリフレッシュになります。最近は、月に数回ほど。金曜の夜に準備して、休日の朝イチから出かけることが多いです。釣り道具は、手入れが肝心だけど、このリールは、マグシート加工だからサビやホコリに強くて、メンテナンスが簡単なところ気に入っています。案件のローンチ前など仕事が忙しい時は、助かりますよ。釣りの面白さは、ポイント、季節、天気、時間など色んな要素を読み解いていくところ。気持ちはまさに、自然を相手に知能戦を繰り広げるトレジャーハンターです(笑)。
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