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「日本を自分の手で動かしたい」外資系金融からHouzz日本支社長に転身した女性起業家

理想の住まいを実現するコミュニティサイト、Houzz(ハウズ)をご存知だろうか。現在、Houzzは世界14か国で展開されており、2015年4月に『Houzz Japan』がローンチ。日本法人の代表を務めるのが、加藤愛子さんだ。加藤さんは世界最大級の金融グループであるゴールドマン・サックスに在籍していた超エリート。そんな羨むような華々しい経歴を持つキャリアウーマンが、なぜ住まいにまつわるサービスを展開するに至ったのか。その背景には、アメリカで過ごした幼少期が深く関わっていた。

Profile

加藤 愛子

幼少期を米国ワシントン D.C.、サンフランシスコ、ミシガンで過ごす。シカゴ大学経済学部を卒業後、米国投資銀行ゴールドマンサックスのロンドン、および東京オフィスに勤務。INSEAD(フランス・シンガポール)でMBAを取得後、ビューティー・トレンド・ジャパン株式会社の代表取締役に就任し、化粧品のサブスクリプションサービス、GLOSSYBOX 日本法人を創業。初年度の黒字化に成功する。その後、ニューヨークを拠点にベンチャー企業の海外展開に関するコンサルティングを行う。2014年11月より現職。

きっかけは“おにぎり”!? アメリカで日本の魅力に気付く

ー加藤さんは幼少期から大学までをアメリカで過ごされたそうですが、ご自身の価値観を形成する上で、その影響は大きいのでしょうか。

加藤:そうですね。まず、アメリカの教育は自分自身をよく知るための教育だと思います。私も自然と海外から見た日本、日本人として見た日本というものを意識的に考えるようになっていました。幼い頃から日本の文化がどういうものなのかを常に考えていました。そして日本を知らない人にそれをどう伝えるかということを意識していた気がします。たとえば、小学校ではランチを学校で買う人と自宅から持っていく人と二通りに分かれていて、私はお弁当派でしたが、たまに母がおにぎりをつくってくれる日がありました。それを見た外国人の友人たちが「これはスシ?」って食いついてくるんです。はじめて「おにぎり」という存在を知ったのだと思います。そういう友人たちとの会話を通して、その「おにぎり」というものが何なのか、いかにバラエティーに富んでおいしいものなのか、彼らが分かるように説明するようになりました。そのうちにおにぎりの魅力をうまく伝えられるようになったのか、「おにぎりと交換しよう」って言いながら、物々交換でもらえるものがどんどんグレードアップしていく(笑)。外国人からすれば、おにぎりは形も味も全く新しいものだったのです。日本では当たり前のものが、その良さをしっかりと相手に伝えることによって、すごく価値あるものに変身する。小学校の低学年ながら日本の文化は本当に魅力的なものだと実感できました。

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ーやっぱり日本とアメリカでは、教育のあり方も違うんでしょうか?

加藤:そうですね。たとえば歴史の授業でも、「真珠湾について日本人としてどう思うか?」など、センシティブな質問もよくありました。アメリカでは、自分の祖先の国の歴史をすごく重要視していて、幼い頃から必ずと言っていいほどみんなそれについて語れるんです。歴史以外にも、自分がどんな職業に就きたいか、大切にしたい趣味は何かなど、それ以外のこだわりにも言えるのかもしれません。アメリカでは自分自身について意識的に考えて自分の意見を言う、または行動に移すということが自然でした。

「日本のために何かしたい」というパッション

ー将来の夢やビジョンは進学していく中でどう変化していきましたか?

加藤:幼い頃から「人のためになることをやりたい」とぼんやり考えていました。アメリカにいると、学校でボランティア活動を経験します。近くの老人ホームで楽器の演奏をしたり、恵まれない地域の小学校で子どもたちに教える機会もありました。様々な環境に身を置いて、いろんなバックグランドの人と触れ合うことで、他人のために何かしたいと意識するようになりました。

ー具体的に、「こんな職業に就きたい」と思ったことは?

加藤:父が法律関係の仕事をしていたので、弁護士になりたい、と思った時期もありましたし、国連やNPOで働きたいと思うこともありました。結果的に、自分の強みや、目指したいゴールを考えてみたのですが、なかなかこれという職業が見つからなくて。漠然と「人のためになる仕事がしたい」という気持ちと、幼い頃からあった日本に対する気持ちとが混ざって、「もっと日本のために何かしたい」と。この想いが明確になったのが、金融関係の仕事をしていた時でした。

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ー加藤さんは、世界的に有名な投資銀行ゴールドマン・サックスに在籍していたんですよね。

加藤:はい。リーマンショックも経験しました。当時私は日本株の営業を担当していたのですが、リーマンショックの影響で、外資系の金融機関が次々と日本株から撤退していき、どの銀行も事業を縮小していくのを目の当たりにしました。その状況下で、自分の力では何もできないことがすごく歯痒くて。世界的に不況になって世の中が変化していく最中にいたので、私一人でコントロールできるものではなく、日本株の営業をしていても自分では何の価値も提供できていないと感じるようになって。とてももどかしかったです。

ーそれで次のステージに行こうと。

加藤:そうですね。それがきっかけで金融業界を離れようと思いました。それからは「日本を自分の手で動かしていきたい」と考えるようになったんです。人生という限られた時間の中、どうやったらできるだけ短期間で大きなインパクトを、自らの手で与えられるだろう? そう考え抜いて思いついた環境が、ベンチャー企業でした。

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人生の転機は、自分でコントロールできる

人生の転機は、自分でコントロールできる

ーゴールドマン・サックス退職後は、フランスのビジネススクールに留学したとお聞きしました。そこでMBAを取得されたんですよね。

加藤:そうです。ビジネススクールはMBAを取得するために留学するのではなく、それ以外にも目的を持つことが必要だと思います。もちろん資格としては非常にいいものだと思うんですけど、私は肩書きっていうものにあまりこだわりを持っていなくて。ビジネススクールに行く目的って人によって違うと思いますが、私の場合はそれまで接点がなかった業界の人との繋がりを作ることでした。金融ではなく自分のバックグラウンドとも違うような人と接点を持ちたかったんです。とにかく環境を変えて、刺激が欲しかった。だったら、きっかけ作りのために学校に行けばいいと。ビジネススクールって2年制が多いんですけど、私は当時20代後半で、2年だと長いなと思ってしまって。そこで築いた関係というのは在学期間中に終わるものではなく、きっと、人生の中ずっと続くのではないかと思い、あえて1年制を選びました。

ー加藤さんは聞く限りとても華々しい経歴ですが、当時の肩書きが役に立つことも多かったのでは?

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加藤:たしかに、ゴールドマン・サックスの頃は、会社の名前が通っていることもあり営業をかけてもアポイントが取りやすかったです。次に外資系ベンチャーの日本法人を立ち上げたときには全く知名度がない中で営業電話をかけなくてはいけませんでした。はじめてお話する方には会社名すらちゃんと発音してもらえないくらい(笑)。ただ、両方の道を経験したあと、結局は人と人との繋がりが重要なのだと感じました。掲げる看板がなくなった分、とにかく熱意を伝える必要があった。そうしたら、いろいろな方が助けてくれて、応援してくださったんです。だからこそ、今でも自分自身の目標や目的をしっかりと持ち、パッションを持って相手に伝えるということを常に意識しています。

ーそれほどのやりがいがありながら、さらに次のステップに目を据えたのはなぜでしょう?

加藤:人生が転換するタイミングはいつ来るのかわからないですよね。自分でコントロールできないことも多々あると思います。ただ、そんな中、私はタイミングを待つというよりも種をたくさん蒔いてきたのではないかと思います。さらっとでもいいので、会う人会う人に「私はこういうことをやりたい」とか「一緒にこういうことをやりませんか?」と伝え続ける。そうすると、いずれそれを思い出してくださる方がいらっしゃると思っています。実は私、最初は全くHouzzのことも知らなかったんです(笑)。でも、「やりたいこと」の種を蒔いているうちに、知人がHouzzであれば私の人生の目標に近づけるのではないかと、紹介してくれました。そうして出会ったHouzzは直感的に自分が歩む道だと思える企業だったんです。

日本の素晴らしい“住まい”を、世界に伝えたい

ーHouzzを選んだ決め手はどんなところに?

加藤: Houzzの創業者たちは、彼女ら自身が家づくりにすごく大変な想いをしたからこそ、そのためのソリューションとしてHouzzを作りました。当時のこのサービスや業界に対するパッションを7年経っても維持していて、そのためにコンセプトはずっとぶれていません。これまで、成長の過程で方針がぶれてしまっている企業を多く見てきたなか、そういう彼女らの姿勢に私はとても共感し、このサービスを世界中で広めるチームに加わりたいと強く感じました。今、Houzzは特に本国のアメリカでは知名度がありますが、日本ではまだ立ち上がったばかりのため知名度が低く、プラットフォームとしてもまだまだこれからというところ。「日本を自分の手で動かしたい」という気持ちと共鳴したんです。

ー海外と日本の住まい事情にはどんな違いがあると感じますか?

加藤:住まいの専門家と住まい手や施主さんとの間に最も大きなギャップがあるのが日本ではないかと感じます。というのも、欧米では常に自分の暮らしが変われば住まいも進化させようと手を加える方が多いです。日本の場合、一度新しく建てた家に何十年も住んで、何か壊れたら修繕のためにリフォームしたり、取り壊して立て直すことが多いように感じます。つまりは、住まいと、暮らしや生活が非常に遠い存在である気がします。日本では多くの方が非常に多忙な生活を送られていますが、家で過ごす時間を増やしていただきたい、寝に帰るだけの住まいを減らしたいと強く感じます。

ーもっと住まいに対して意欲的になってもらうために、何が必要だと考えますか?

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加藤:おそらく業者選びをする際は、とても大きなお買い物ですので、安心してお仕事をお願いできる人を見つけたいですよね。そうすると、最も重要なのは業者さんと施主さんの間での信頼関係としっかりとしたコミュニケーションだと思うんです。もちろん、自分が欲しい空間をイメージすることは重要ですが、それ以上にそれをしっかり相手に伝えていくことが、住まいづくりでも必要です。そういったコミュニケーションをより簡単にするのがHouzzなんです。ある意味、出会い系サイトみたいですね(笑)。専門家と住まい手がうまく繋がってコミュニケーションを取れたら、必ずいい住まいが生まれるはずです。Houzzではその繋ぎ役として私たちができることを常に考えています。

ーHouzzがきっかけとなって、日本の建築に注目が集まるようになれば、「もっと日本の良さを海外に発信したい」という想いが叶いますね。

加藤:日本には最先端と評価されるものが多い中、住まいの領域では埋もれているものがたくさんあると思います。海外で活躍されている建築家やデザイナーの方々は多くいらっしゃいますが、まだ知られていない専門家や技術も多くあります。海外でもよく使われている壁紙のデザインも実は日本の印刷会社がデザインしていたことも最近知りました。また、海外で日本庭園や和室のある住宅を建てる人も実は多くいます。そういう事実がまだまだ知られていなくて。Houzzを通じて海外の方にも知っていただきたいですし、逆に日本の皆さんにも、世界における日本のプレゼンスの高さを知っていただくきっかけをつくりたいですね。日本から発信したものが海外で認められて、逆輸入的に戻ってくる。これまでになかった住まいの情報がHouzzで手に入れられる日が来ると期待しています。

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スマートフォンのカメラをよく使いますが、ふとしたときにカメラを取り出し、集中してその瞬間を収めることってすごく大切だと思います。海外育ちの私にとって、家の中に家族写真や自分が好きな風景、自分を表す写真を飾ることは、ある意味自身をより深く理解し、意識するきっかけになっていると思います。自分が多くの時間を過ごす空間に写真を飾ることによって、写真に写っている人や風景、ものが自分にとってどのような価値を持っているのか、考える機会も増えます。私の父も私が幼い頃に自分のオフィスで家族写真を置いていました。Houzzでも各国のオフィスではスタッフの家族写真や友人との写真を必ず飾っています。自分自身を見つめ直したり、自分にとって大切なものを常に意識したりするきっかけになると思います。そんな意味で、カメラや、そのカメラで撮影された写真は私にとってはとても大事な存在です。
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