Interview 私としごと

万物をチャラく演出したい! フジテレビ史上最年少演出家がテレビ制作にかける想い

株式会社フジテレビジョン
萩原 啓太 (演出)

毎週日曜日にフジテレビ系列で放送されている『人生のパイセンTV』をご存知ですか? 尊敬すべきちょっと“おバカ”な先輩たちを「パイセン」と呼び、彼らから人生を楽しむコツを学んでいくという同番組は、ハイテンションなナレーションと、 “チャラい”演出で注目を集めています。この番組の演出を務め、自らも番組に度々登場しているのが、マイアミ・ケータこと萩原啓太さん。番組開始の2015年10月当初29歳でフジテレビ史上最年少演出にのぼり詰め、業界の風雲児として注目を集めている萩原さんに仕事の価値観について尋ねてみました。

プロフィール

萩原 啓太(マイアミ・ケータ)

1986年生まれ、東京都出身。血液型A型。『笑っていいとも!』『もしもツアーズ』『キスマイBUSAIKU!?』『AKB48選抜総選挙』などに携わる。2015年10月『人生のパイセンTV』で初めて演出を担当。フジテレビ最年少演出家(29歳)として注目を集めている。

インタビュー・テキスト:冨手公嘉 撮影:すがわらよしみ(2016/7/21)

野球一筋。チャラくなかった大学時代

ー学生時代はどのように過ごされていたのでしょうか?

萩原:僕は中学高校大学と野球一筋でした。大学では怪我をしてしまって、現役選手を続けられなくなってしまったので、付属の高校の学生たちに学生コーチとして野球を教えることを4年間続けていました。特待生が入ってきた年代で、運良く甲子園も行けたんです。4年間でおよそ500人近くもの後輩をコーチングしていたことになりますね。そんな中で、僕は2軍の子達をなんとか1軍に入れてあげたい、試合に出してあげたいという想いが強くて。それは今の番組作りでも活きているかもしれません。

ー意外とチャラくないんですね(笑)。表に出るのが好きなタイプではなかったのでしょうか?

萩原:そうですね(笑)。サークルも入ったことありませんし。ただ野球はたいして上手くないけど、宴会芸をやらせたらナンバーワンみたいな自負はあったかもしれません。どちらかというとムードメーカーで、部室をドカドカ笑わせたりしていて。人に面白いと思ってもらうことに対しては誰にも負けないぞ、みたいな気持ちはありました。そのなかで人に面白いと思ってもらえる仕事に就きたいなという気持ちが強くて、テレビの世界を選んだんです。

—テレビの世界を志すということは、相当なテレビっ子だったんですね。

萩原:小さい頃は特にそうでしたね。中学生になってからは部活動が忙しくなったので、リアルタイムで見れたのは『学校へ行こう!!』『ガチンコファイトクラブ』などのバラエティ番組。大学になってから『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』とか『とんねるずのみなさんのおかげでした』を後追いで見て、やっぱりテレビって面白いしすごいな、と思っていたんです。学園祭なんかでも芸人さんのネタを参考にお笑いネタを披露していましたね。

テレビ制作現場の楽しさを伝えたい

ーそこから晴れてフジテレビに入社するわけですが、就活はテレビ一筋だったんですか?

萩原:そうですね。周囲には止められましたけど、テレビ番組を作る仕事がどうしてもしたくって、キー局しか受けませんでした。人数も多かったのでなんとか目立とうとストライプのスーツにピンクのネクタイをつけて面接行ったりして(笑)。3分で10人とかの面接だったので、とにかく人と違うことをやって目立たないといけないな、と思ってました。

ーお話を聞いているとムードメーカーで、人前に出ることが好きそうな印象を受けたのですが、テレビの世界を目指すにあたり、出る側ではなく、作る側の世界に憧れたのはどうしてでしょうか?

萩原:目立つのも宴会芸を披露するのも好きなんですけど、もともと作ることが好きだったんです。映画も小さい頃から好きで、制作者としてエンドロールに自分の名前を載せたいなという憧れも強くて。例えばフジテレビだったら27時間の総合演出を務める片岡飛鳥さんって「どんなヤバい天才なんだろう?」みたいな興味が強かったんですよ。出る側よりやっぱり物を作っている人は最強だという気持ちがあって。

ー入社してから自分の番組を持つまではどんなことを?

萩原:『笑っていいとも!』や『もしもツアーズ』のADをしていました。こういう長寿番組は、もうフォーマットが完成しているんですよ。ADが変わっても、どう転んでも同じ様式美に辿り着く。逆に、レールがしっかり敷かれているから、はみ出すと怒られるわけです。その分、ロケの段取りなど「必須科目」を全部学べた番組でもありました。「方程式が決まっちゃってるから自分がやる必要はない」と悩んだりもしましたが、今となって考えれば色んな先輩から基礎を学べた貴重な時間でしたね。

ー『人生のパイセンTV』では自らがマイアミというキャラで出たり、ロケに出てカメラも回したりディレクターの仕事も兼任していますよね。

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萩原:はい。そういう人は他にいないですけど、それで全部できたら無敵じゃないですか(笑)。自分が企画したものに自分が出て自分で編集すると、ロケをしながら構成も組み立てられる。全部がドキュメンタリーの番組なので、そのほうが思い通りに構築できるなと思ってチャレンジしている部分なんです。

ーそれだけ労力が増えると大変そうですよね。

萩原:大変なことも多いですね。最初は番組の認知度も低かったから、街角でインタビューしても「フジテレビなわけないじゃん!」とアダルトビデオのスカウトと間違えられたり(笑)。上司や周囲には自分がバンバン出ることをすごく反対されました。「お前出過ぎだよ」って言われるなかで、「わかってますわかってます」と言いながら、「うるさいな、黙って見てろよ」って思っていたりもします(笑)。テレビ局に入ると寝られなくて、スパルタなんでしょ? みたいな感じのイメージを持たれてしまっていると、面白い若者がテレビの世界に憧れて入ってこないじゃないですか。だから僕は「こんなに楽しい現場はないんだよ」というのを伝えたいんです。いくら周りに何を言われようが、「バカですよね(笑)」とか言いながら、やり続けたいなと思ってます。

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