Interview 私としごと

「見知らぬ場所だからといって諦めたくなかった」東京のラジオファンが単身大阪移住してFM802で働くまで。

株式会社FM802
横山佳奈(広報)

日本一長い商店街と呼ばれる大阪・天神橋筋。そのど真ん中にスタジオを構えるラジオ局が、FM802だ。人気番組を世に送るだけでなく、『FM802 RADIO CRAZY』や『FM802 MINAMI WHEEL』など、大規模な音楽イベントの主催でも知られる。そんなFM802の広報を務める横山さんは、幼少の頃から生粋のラジオファンだった。東京生まれ・東京育ちの彼女が、単身大阪へ向かった背景にある熱意とは?

プロフィール

横山佳奈

上智大学卒業後、ベネッセコーポレーションに入社。マーケティング部での業務を経て、FM802へ転職。現在は広報を担当。

取材・文:山本梨央 撮影:原祥子(2016/11/8)

ラジオをたくさん聴いて、公開収録にも通うように。投稿を読んでもらえる喜びも。

—幼少期はどんな環境で育ったんですか?

横山:子供の頃から今の職に就くまで、東京で生まれ育ちました。テレビがない家だったのでセーラームーンとかモーニング娘。が流行っていても、楽曲はなんとなくわかるのに何人組かも分からない(笑)。そういう周囲とのギャップは時々ありましたね。家では、両親の趣味でモーツァルトとかバッハとかクラシックの音楽に加えて、ビートルズとか、ローリングストーンズ、ピンクフロイドが流れていて。ただ、「これがピンクフロイドというバンドだ」という認識があまりなく、なんとなく風景として流れていたという感じですね。ラジオもこの頃から聴いていました。

横山 佳奈

―どんな番組が印象的でしたか?
横山:一番の思い出は、学生向けの番組ですね。投稿もたくさんしていました。その番組以外にも、暇さえあれば公開生放送や公開収録イベントなどにも通っていました。公開生放送って、裏方の人の動きも見えるじゃないですか。なので「このタイミングでメッセージを持ってくるんだ」とか「曲の間にメッセージを準備するんだ」という気付きも得られて。投稿を読んでもらうために、曲の前など、投稿メールを送るタイミングを考えたりしましたね(笑)。自分のメッセージが読まれるようになると、短く要約してもわかるようなメールのほうが読まれるのかと学んだり(笑)。

—それだけ熱心なラジオファンだったんですね。

横山:はい。この番組はメインのリスナーが中高生の番組で、電話を繋ぐ企画を頻繁にやっていたんです。ある日、不登校の子が学校に行けなくなってしまった原因などを電話で赤裸々に語る放送を耳にして。私が通っていたのは中高一貫の女子校で、いじめや不登校がほとんどなかったんです。だから新聞やテレビだけで見る、かけ離れた問題だと思っていた。正直、本当に実在するのかなという疑問すらあったんですけど、ラジオを通して自分と同世代の普通の女の子が電話で話しながら泣いているのが衝撃で。初めてリアリティをもって感じて、教育を勉強したいなと思いました。それがきっかけとなって、進学先は上智大学の教育学科を選んだんです。

「教育」一筋の大学生時代

―大学に入ってからは、教育関係の勉強を?

横山:そうですね。あとは心理学や社会学を学んだりしていました。大学では社会学がメインだったんですけど、一人ひとりに接することにも興味があり、個別指導の塾でもバイトを始めました。

横山 佳奈

―大学卒業後の就職先は?

横山:ベネッセコーポレーションに新卒の社員として入りました。配属先はマーケティングの部署だったので直接子どもの悩みを解決するのではなく、別の部署で作ってもらった教材を売る仕事でした。主にダイレクトメールを作っていましたね。小学一年生担当だったんですけど、子どもたちを集めて、チラシを見たらどこから順に目が動くのか、どのくらいの発達段階でお試し見本が解けるのかなどを調べるのはとても興味深くて面白かったです。ダイレクトメールはまず前年の応答率を調べて分析し、どこを改善するか企画として考える。次に自分でラフを描いて、文章も書くし、キッズモデルの撮影もするしイラストの発注もする。実際にものを作っていく過程が楽しかったです。

―マーケティングといいつつ、編集者にも近いお仕事だったんですね。

横山:そうですね。教材作りではなくても、その点ではある程度やりたいことができていた部分があるかもしれないです。ラジオもそうですけどダイレクトメールも誰に届いているかって目に見えないじゃないですか。だから、想像しながら作業するという意味では似てるかなと思います。

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今しゃべったことに、今リアクションがある。
やっぱり生放送ってすごい。

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