Interview 私としごと

「自分がしっかり役割を果たさなければ、新しい音楽を広く届けられない」アーティストを支える覚悟と信念

ビートインク有限会社
若鍋匠太(レーベルマネジャー)

UnderworldやBrian Eno、Aphex Twinなどワールドワイドな人気を誇るミュージシャンの楽曲を数多く日本に送り出してきた音楽制作会社ビートインク。契約レーベルやアーティストのマネージメント、CD・レコードの制作、リリース、プロモーション、イベントの企画・運営に至るまで、その業務内容は幅広い。そんなビートインクで、レーベル部門「Beat Records」のマネージャーを務めるのが若鍋匠太さんだ。アーティストが制作に集中できる環境作りをすることや、そのための労力を決して惜しまないことを大切にしているという若鍋さんに、音楽を仕事にすることの醍醐味を訊いた。

プロフィール

若鍋匠太

音楽レーベルやイベントプロデュース、マネジメントなど、多岐にわたる事業を展開するビートインクにて、インディペンデント・レーベル「Beat Records」のマネージャーを務める。海外渉外、音楽作品のプロジェクトマネジメント、A&R、アートプロジェクトのコーディネーションなどを担当。

取材・文:梶山ひろみ 撮影:すがわらよしみ(2017/1/11)

音楽にのめり込んだのは、留学先で出会ったホストファミリーの影響?

—音楽に目覚めたきっかけは何だったのでしょうか?

若鍋:僕が音楽に興味を持ち始めたのは小学校高学年の頃。当時は日本のCDバブルだったんですよ。L’Arc~en~Cielが3枚同時にCDを出したり、ミリオンヒットも連発したりという時代だったので、日本のトップチャートを気にして見たりしていました。あとは、父親がビートルズやフランク・シナトラとかを聴いていたので、「まだまだ知らない音楽がたくさんあるぞ」と感じ、それから洋楽を聴き始めました。

―お父様の影響も大きかったのですね。自発的に聴き始めたのは?

若鍋:J-WAVEの『TOKIO HOT 100』などのラジオ番組を聴き、Nirvanaとか、Blur、OASISといった洋楽に触れるようになりました。ただ、マニアックだったかと言われるとそうではなかったです。その後、高校3年生でアメリカに1年留学するのですが、そこでの出会いが大きかったですね。ホストファミリーに運良く同い年の男の子がいて、その彼と嘘みたいに気が合ったんです。お互い音楽もアートもファッションも好きだったから、感性がすごく近かったんですよね。それで一緒にいろんな音楽を聴くようになりました。

—たとえばどんな曲を?

若鍋:それこそ、今仕事で関わっているレーベルのWarp RecordsやNinja Tuneが出していた作品とか。何も前知識がない状態でホストブラザーや、その友達とみんなで聴いていました。そこから、いわゆるメインストリームではない音楽の世界というものがあって、それはすごく深そうだということに気付いたんです。

Underworldのいちファンだった自分が、カール・ハイドと共にイベントを作り上げる

―音楽業界は狭き門だと思いますが、入社はどのような経緯で?

若鍋:アメリカでコミュニティ・カレッジを卒業して、日本へ戻りました。就職はせずアルバイトをして過ごしていたんですが、高校留学時に一緒に遊んでいた友達のひとりが日本へ留学しに来ていて、その友達がビートインクでバイトをしていたんですよ。それで、「外注で翻訳する人を探してるんだけど、どう?」と彼から誘ってもらい、外部スタッフとして関わるようになりました。その後いろいろと手伝っているうちに社員になり、今に至ります。

―業務内容を教えてください。

若鍋:洋楽を中心に、CDなどを国内に流通させる仕事です。どういう作品が発表されるのかを把握して、宣伝プランや商品の製作がきちんと管理されているか、売り上げはどうか……という感じで、全体をチェックしています。ビートインクに関しては、付き合いが長いという理由から信頼関係が築けていて、アーティストとダイレクトなやりとりをする場合もあります。アーティストが来日した際にはアテンドもします。関わるアーティスト数は、正直、数えられないですね(笑)。

―たとえば、もともとファンだったアーティストと仕事をする場合、うれしさの反面、葛藤もあるのでは?

若鍋:葛藤というのとはちょっと違いますけど、リスナーでいた時の方が、気は楽だったなと思う瞬間はもちろんあります。でも、それと同じかそれ以上に、誰かが僕らのような役割を担わないと、「このアーティストの作品がきちんと世に出ない」とか、「日本の音楽ファンに届かない」という気持ちになるんです。いちファンであることとスタッフとして関わる上での内面におけるギャップくらい、犠牲にしてもいい犠牲なのかなと。

―「この人と一緒に仕事ができてよかった」と思うことはありますか?

若鍋:印象に残っているのは、入社当初の2007年に幕張メッセで行われた、Underworldがキュレーションする2万人規模の音楽イベント『OBLIVION BALL』ですね。Underworldのメンバーであり、デザイン集団「TOMATO」に所属するカール・ハイドの存在が大きかったです。その時は、TOMATOが夜通しライブペインティングをやることになったんですが、彼のアーティスト性に直に触れることができたのは感動でした。「こんな感じで仕事してるんだ」とか「カール・ハイドとリック・スミスの人柄があって、Underworldのチームは成り立っているんだな」など、ファンや仕事の境を超えた驚きがたくさんありましたね。そういうことが分かってくると、単純に「音楽が好きだ」という気持ち以上の「思い入れ」が生まれます。

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正解がない仕事だからこそ、やる意義はある。

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