Interview 私としごと

逃げて、逃げて、ようやく見えてきた僕の道

株式会社ニーテンゴディー
石井 龍(プロジェクトマネージャー)

少年時代は、水泳、野球、サッカー、バドミントン。青春時代は、音楽、小説、バイト……。どれもそこそこ頑張ったけど、すべて長くは続かなかった。石井さんは「自分は色んなことから逃げてきた」と過去を振り返る。そんな彼が人生で初めて、この先も情熱を注いでいきたいと願う仕事がある。それが「ソーシャルTV局」。この前例のない業界を、同世代の仲間たちと切り開いていくために、考え、悩み、汗を流す。「将来なんて考えず、アバウトに生きてきたフツーの人」から、「やりたいことをすべてやれている自分」にまで成長した石井さんの道のりとは?

プロフィール

石井 龍

1988年生まれ。神奈川県川崎市出身。横浜市在住。法政大学日本文学部日本文学科卒業後、株式会社ANSWRに新卒入社。2011年に同社から分社化された株式会社ニーテンゴディーに異動する。現在は、プロジェクトマネージャーとして、企画、構成、ブッキング、司会などの番組制作、MVやジャケットの制作進行、インタビュー記事の編集業務など、多岐にわたる業務を担う。右投右打。

インタビュー・テキスト:早川すみれ 撮影:すがわらよしみ(2013/6/19)

正直、将来なんてわからない

―小さい頃から、インターネットには慣れ親しんできたんですか?

石井:職業柄そう思われがちなんですが、全くそんなことはなくて。家にもネットはなかったし、小さい頃はかなりのスポーツ少年でした。3〜4歳頃に始めた水泳ではジュニアオリンピックに、中学生の頃にやっていた野球のクラブチームは関東リーグで優勝したり。当時一緒にやっていた友達は、甲子園やオリンピック選手になっているくらいのレベルで、本格的にやっていたんです。この外見だから、意外だって、よく言われますけど(笑)。

—確かに意外です(笑)。それでスポーツはずっと続けてきたんですか?

石井 龍

石井:中学生まではハードな練習を続けていたけれど、やっぱり、この頃って遊びたいでしょう。もっと遊ぶ時間も欲しいし、もう少し勉強もしたいと思い始めて。それで高校に進学するのと同時に、スポーツは全部やめました。そこからは、ごく一般の高校生。僕ってとにかく飽き症で、何事も長続きしませんでした。この頃から、文学に興味が出て来たというのは大きいけれど、基本はひたすら遊んで、バイトして、ダラダラしてるような、めちゃくちゃフツーの生活でした。

―文学。なんとなく、今の仕事に繋がっていそうですが。

石井:漫画はもともと好きだったんですけどね。そもそも文学に興味を持ったのも、現実から逃げようとしていたからだと思います(笑)。それで高校生の頃には、漠然と「編集」や「撮影」に関わる仕事への憧れはあったものの、「絶対にこうなりたい!」という確固たる意志なんてなくて。正直、将来って、どうなるかわかんないじゃないですか。だから、すごいアバウトにしか考えていませんでした。今でもそうなんですが、基本的に、できれば楽がしたい性格なんです。将来のためとか、何かのために血眼になって無理をしたくない。親は僕の性格をわかっているので半分あきらめていて、好きなように生きればいいという感じで育てられましたが、おばあちゃんからはずっと心配されていました。

―確かに、石井さんは「ゆとり世代」と言われる世代……。

石井:そうなんですよ(笑)。ほんとに、僕のこれまでの人生って全部がエスカレーター式なんです。大学の付属校に中学から入ったので勉強もしなくてよかったし、ずっと「頑張ること」から逃げてきた。中学の時は野球の練習がキツくてキツくて、『天地無用! GXP』など、深夜アニメにも逃避していましたしね(笑)。試験という試験も、入社する時の面接しか受けたことがないし、大学生の時にゼミで書いていた小説は「豪華客船で旅に出る」という内容で。もう、根っから「逃げ姿勢」丸出しですね……(笑)。

フツーの大学生が、松本零士にインタビュー

―とはいえ、少しは頑張らないと、この業界に入るのは難しいと思うんですが?

石井:あ、はい(笑)。大学2年生の時、ANSWRがウェブに移行する前に発行していた『Public / image.magazine』というフリーペーパーをタワレコで見つけて。読んでみたらすごく面白くて、僕もフリーペーパーをつくってみようと思い立ったんです。それで、地元や大学の友人を誘ったり、都内近郊のギャラリーでやっていた展示会を廻り、そこで見つけた作家さんたちに声をかけて。

―自分でつくってみようと思うなんて、かなりの行動力ですよね。それはどういったフリーペーパーだったんですか?

石井:まず、ひとつのテーマを決めて、ファッション、アート、漫画、写真、グラフィック、イラストなど、それぞれのジャンルからアプローチした作品をカタログ的に載せました。そこで僕が、人生で初めてインタビューをしたのが、松本零士さんだったんです。当時の記事を読み返したら、構成も文章も全然なってないし、これでよくやってたなぁって、恥ずかしくなりますけどね。

―でも初めてのインタビューが松本零士さんって、凄いですね。

石井 龍

石井:編集長とまで言えないけど、一応まとめ役として1年間かけて、制作から発行までをやり遂げました。そのリリースパーティーも、大学の先輩だったミュージシャンを招いて主催したり。こういうイベントやフリーペーパーの制作自体は楽しかったですが、制作費のための広告営業が全然だめだったんですよ。結局、費用が50〜60万円くらいかかってしまって……。

―予算面では厳しかったけど、無事、発行までやり遂げたと。

石井:そうですね。でも、このフリーペーパーが、今の道に進むきっかけになったと思います。完成したものをANSWRの代表に見てもらったことで、大学3年生の時に、インターンでWEBマガジン『PUBLIC-IMAGE.ORG』に携わることができたんです。自分自身のフリーペーパーづくりのきっかけになったものに、直接関われることになったというのは、本当に嬉しかったですね。

―なるほど。それで、自分の進む道を見出したと。

石井:大学4年生の時、はじめは周りの友人と同じように就活のガイダンスを受けたり、説明会にも行ったんですが、自分の進む道とはやっぱり違うなって感じて。その頃、ANSWRではインターンからアルバイトになり、WEBマガジンになった『PUBLIC-IMAGE.ORG』で、脚本家の佐藤大さん率いるStoryRidersさんの連載コンテンツを担当したり、アイドルやネットレーベル、ボカロPといったネット発のクリエイターなどのインタビューもしていましたね。それで、卒業と同時に入社させてもらいました。

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原動力は、ミーハーなまでのリスペクト感

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