CINRA

飲み代はケチらない。スナックも経営する編集者が語る「食と仕事」の関係

多忙な毎日のなかで、心に安らぎを与えてくれる「美味しいごはん」。良質なコンテンツを世に送り出すべく知恵をしぼり、日々制作に励むクリエイターのなかにも、食事から仕事の活力を得ている人は多いはず。そんな「食べる」と「つくる」の関係性を探る本連載、第1回目にご登場いただくのは、コンテンツメーカー・ノオト代表の宮脇淳さんです。

宮脇さんは編集者として20年のキャリアを持ち、現在は企業メディアの制作・プロデュースや「コワーキングスナック」の運営など、幅広い領域で活躍しています。取材場所に選んだのは、五反田の「立喰すし 都々井」。美味しい寿司をつまみながら、ビール片手にお話をうかがいました。
  • 取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
  • 撮影:有坂政晴(STUH)
  • 編集:服部桃子(CINRA)

Profile

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宮脇 淳

コンテンツ メーカー 有限会社ノオト代表。1973年3月生まれ。和歌山市出身。品川経済新聞、和歌山経済新聞編集長(兼務)。コワーキングスペース「CONTENTZ」管理人。『R25』ほか、企業メディアからマーケティング・広告までさまざまな領域でコンテンツ制作を手がける。宣伝会議「編集・ライター養成講座」で10年以上講師を務めている。

絶品ヅケマグロに舌鼓。「ほぼ毎日、『五反田ヒルズ』で飲んでいます」

—取材にあたり、宮脇さんの「お気に入りのお店」をうかがったところ、真っ先に挙げていただいたのが都々井さんでした。ここへはどれくらいのペースで通っているんですか?

宮脇:少なくとも週1回は必ず。先週は3回来ましたね。過去最高記録は、週8回です。

宮脇 淳さん

宮脇 淳さん

—1週間の日数を超えちゃってますね(笑)。

宮脇:このあたりで知り合いに会うと、都々井に行きたいって言われることが多いんですよ。「おれ、さっき行ったから」って言っても、強引にね(笑)。そうすると、1日2回になったりします。

—ちなみに、好きなネタは?

宮脇:必ず食べるのはヅケマグロと、コハダ、平目の昆布締め。それから、いまはかんぴょうのわさび巻きが好きです。普通のわさび巻きもおすすめですよ。ここのは、練りわさびじゃなく刻みわさびを使っていて、つぶつぶの食感が特徴です。ビールにも合いますね。

(左上から)〆サバ、マダイ、ヅケマグロ、コハダ、シマアジ、平目の昆布締め

(左上から)〆サバ、マダイ、ヅケマグロ、コハダ、シマアジ、平目の昆布締め

かんぴょうのわさび巻き

かんぴょうのわさび巻き

—どのような方と来ることが多いのですか?

宮脇:友人はもちろんですが、ライターさんやクライアントといった、仕事関係の人ともよく来ますよ。立ち食いがいやじゃない人だったら、だいたいここへ誘います。カジュアルですし、椅子がないぶん人との距離感が近い。初対面でも、ここへ来ると親密になれる気がしますね。

それに、都々井が入る「五反田ヒルズ」には小料理屋や飲み屋が集まっているので、二軒目、三軒目にも流れやすい。ほぼ毎日、このビル内のどこかで飲んでいます。

五反田ヒルズ(正式名は「リバーライトビル」)。小料理屋やバー、スナックなど、約50軒の飲食店が集まる

五反田ヒルズ(正式名は「リバーライトビル」)。小料理屋やバー、スナックなど、約50軒の飲食店が集まる

—そのなかでも、都々井さんは断トツに利用頻度が高いと。なぜ、そこまで通ってしまうのでしょうか?

宮脇:気軽に立ち寄って、さくっと食べられるのがいいですよね。それでいて、寿司にはとても手間をかけている。このマグロの漬け具合なんて、絶妙ですよね。しっかり仕事をしているんだけど、やりすぎず、素材を生かしている。それって、ぼくら編集の仕事にも通じるところがあるんじゃないかなと思います。編集者が原稿に手を加えすぎてしまうと、ライターさんの持ち味が消えてしまいますからね。

黙々と寿司を握る津々井の職人さんたち

黙々と寿司を握る津々井の職人さんたち

深酒して終電を逃しても。飲み屋が自分の「サードプレイス」

—宮脇さんは、お酒もかなり飲まれると。

宮脇:好きですね。ただ、食事が栄養補給とすると、酒は毒だと思っています。『禁酒セラピー』という本にもそう書いてありましたから(笑)。

でも、お酒って、ふとしたことでうつろになってしまう自分の心を救ってくれるというか、日常とは少し違う時間を体験させてくれるんですよね。体には毒でも、心への栄養素はめちゃくちゃあるといいますか。だからつい深酒してしまうこともあるんですけど……。昨日も深夜まで大塚で飲んで、知り合いと渋谷で合流したら、終電で帰れなくなりました(笑)。

—お一人でも飲まれますか?

宮脇:飲みますね。一人でスナックに行くこともあります。居合わせたお客さんと、どうでもいい話をしながらゲラゲラ笑って。ぼくにとって、そういう飲み屋がサードプレイスのような場所になっているんだと思います。仕事とも家庭とも関係のない場所で、精神のバランスをとる。それで、仕事も頑張れる。

—宮脇さんはご自身でも五反田ヒルズ内で、飲みながら仕事ができる「コワーキングスナック」を経営されていますよね。いわば、自ら憩いの場をつくったという感じでしょうか。

宮脇:ただ、自分の店ではホスト側の立場なので、会話にはわりと気を遣います。だから、自分の店が終わって、日付が変わってから五反田ヒルズの別のスナックで楽しいお酒を飲むこともありますね。周りのお客さんは、いい歳して恋バナで盛り上がったりしていますから。

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「編集者的視点」は、バーやスナックにも活かせる

「編集者的視点」は、バーやスナックにも活かせる

—宮脇さんが運営するコワーキングスナックは全面禁煙と、スナックとしては非常に珍しいスタイルですね。

宮脇:3年前のオープン当初から全面禁煙にしました。禁煙のスナックって、いまでもほとんどないと思います。着席して灰皿ないかと聞かれて「禁煙なんです」と告げると帰ってしまう人もいますが、それが逆に、たばこを吸わないお客さんが通ってくれる付加価値だと考えています。

それに、うちのスナックはカラオケがないんですよ。その代わりにWi-Fiが飛んでいて、電源が使えます。カウンターに立つママやチーママのほとんどは若いライターさんで、質問の練習にもなるし、仕事に慣れるとどんどんコミュニケーション力が上がってくるんですよね。従来のスナックにはないものをパッケージしたような店にしました。

おそらく今後、数年も経てば「禁酒」のバーやスナックも出てくるんじゃないかな、なんて考えています。その代わり、一杯1000円くらいする超こだわりのコーヒーを出すとか。

—時代の空気やニーズに合わせて、コンセプトを決めるということでしょうか。

宮脇:はい。そこは本業である編集者的な視点が生かされていると思います。スナックとメディアの運営って、とても近しいんですよ。どんなコンセプトにするか、どういう人材をブッキングするか、それによってどんなお客さんが来てくれるか。それって、雑誌やWEBメディアの設計と変わらないですよね。

—たしかに、編集のスキルは汎用性が高いのかもしれませんね。実際、最近はさまざまな業界で「編集」というワードが聞かれるようになりました。

宮脇:そうですね。たとえば、雑誌『自遊人』の岩佐十良編集長は、十数年前に新潟へ編集部を丸ごと移し、2014年から「里山十帖」という温泉宿を始めました。旅館業のノウハウを持たない編集者が始めた宿なのに、いまでは予約がとれない人気ぶりです。1泊3~4万円くらいするのに、稼働率98%だそうですからね。

私も宿泊しましたが、すごく特別なことをしているわけではないんです。ただ、美味しいご飯といいお風呂、素晴らしい空気と景色があって、滞在するだけで豊かな時間を過ごせる。こういうことって、岩佐さん自身がどんな宿だったら泊まりたいか考え、お客さんの視点で旅館を編集しているからできるのだと思います。

実際、岩佐さんは「里山十帖」以外にも、老舗宿や自治体から相談され、さまざまな旅館や地域復興のプロジェクトをプロデュースされています。編集者の仕事が雑誌やWEBだけでなく、さまざまな業種に求められていることの証ではないでしょうか。

—自分視点ではなく、徹底的にユーザーの視点で考えることが重要なんですね。

宮脇:「何をすれば人は喜んでくれるのか」は、今後より一層考えていく必要があると思っています。とくに、WEBの編集者は。

いま、SNSで一般の方が面白い投稿をしてバズることが多いですよね。本人はそんなつもりがなくても、SNSのことをすごくわかっている人だと思います。一方で、何気ない些細な投稿が炎上してしまうことがある。それはやっぱり、その人が思う「面白いこと」と世間との基準がずれているからなんですよね。

でも、炎上とバズることは、じつは紙一重でもあって。WEBの編集者として、世の中とずれてないか、批判される可能性がないかは当然考えつつ、その紙一重の部分を見極められるかどうか。これはとても重要なスキルになってきています。

「どんなに忙しくても、絶対に飲み会の誘いを断らなかった」

—次々と新しい事業領域に挑戦されている宮脇さんですが、20年のキャリアのなかで最も忙しかったのはいつですか?

宮脇:フリーの編集者・ライターだった20代の頃ですね。当時はどんなにギャラが安かろうと仕事を断らなかったので。ピーク時は、4日徹夜したこともありました。それが最高記録かな。いま思えば超絶ブラックな仕事の振られ方をしていたんですけど、当時はまったく苦になりませんでしたし、そこまで自分を追い込んだ経験が現在の糧となっています。ただ、いまの時代にはそぐわないし、後輩には絶対に奨められない働き方ですけどね。

—若い頃の苦労は買ってでもしろ、という時代ではないと。

宮脇:下積みを否定するわけではないけど、いまはほかにも成長できる方法がいくらでもある。編集の勉強会などに参加し、各々のスキルを共有している若い編集者たちは、とても成長速度が速いと感じます。

また、ぼくらの世代は壁にぶつかって悩んだとき、自分を追い込んだ経験が支えになったけど、いまの若い編集者は別のことでカバーできている人が多いですよね。仲間とのつながりだったり、仕事以外の軸を持っていて気分転換ができたり、それこそ有給を使って美味しいものを食べに行ったりね。それでいいんだと思いますよ。

—宮脇さんご自身も、食事やお酒が気分転換になっていますよね。20代の頃から、食にはこだわりがあったのでしょうか?

宮脇:そうですね。当時から、いくら忙しくても食事は大切にしていました。それは健康のためというより、ただ美味しいものを食べたいから。フリーランス時代もインスタント系はほとんど食べず、わりとしっかり自炊していました。

あと、当時からお酒も好きでした。近所の酒屋から瓶ビールをケースで買って、毎晩1本まで空けていいことにしていた(笑)。飲み会の誘いも絶対に断らなかったです。お金はなかったんですけど、編集者や仕事関係の人が集まる場の飲み代はケチらないようにしようと。

「そういう人は飲食店さんから好かれますよ」と都々井の大将

「そういう人は飲食店さんから好かれますよ」と都々井の大将

「余裕がない上司」にならないために

—忙しくなると食がおろそかになる人も多いと思います。

宮脇:もちろん、ぼくも時間がないときは弁当を買って済ませることもあります。ただ、それでもなるべく美味しいものを選びたい。弁当でいうと、最近は五反田の「信濃屋」の鳥丼や「旬八青果店」の野菜系の弁当など、4つくらいのお店をローテーションしてますね。

あとは、好きなトンカツ屋があって、月2回くらい行きます。『美味しんぼ』の「トンカツ慕情」って回で、店主が学生さんに言う有名なセリフがあるじゃないですか。「いいかい、トンカツをな、トンカツをいつでも食えるくらいになりなよ。それが、人間えら過ぎもしない貧乏過ぎもしない、ちょうどいいくらいってとこなんだ」って。あれがすごく好きなんですよ。いまは自由にトンカツが食べられるようになれたので、ちょうどいいのかなと(笑)。トンカツを食べているときって、不思議といいアイデアが閃く気がしますね。

—宮脇さんは本当に食べることが好きで、それが仕事、そして、ものづくりへの活力になっているようですね。

宮脇:寝食を忘れバリバリ仕事をするタイプの方もいるでしょうが、ぼくの場合はしっかり食べたほうがやる気も出るし、単純に気分がいい。いつでも心のゆとりを持っていたいんですよね。

たとえば部下が相談したくても、見るからに余裕がない上司には話しかけづらいじゃないですか。ノオトの社員には、そういう変な遠慮をさせたくない。そのためにも、意識的にヒマな時間をつくり、美味しいものを食べるように心がけていますね。

お店の情報

寿司処 都々井
〒141-0022
東京都品川区西五反田1-9-3 リバーライトビル半地下

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