博報堂ケトル・嶋浩一郎の雑学愛。仕事のアイデアは何気ない会話から

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博報堂ケトルの取締役兼クリエイティブディレクターを務め、雑誌『ケトル』の編集長でも知られる嶋浩一郎さん。「知らないことを知りたい」という強い知識欲から、さまざまな情報を収集し、多くの広告やコンテンツづくりを成功させてきました。そういった情報は、飲食店で隣に座った人との雑談からも仕入れることができるそう。ブルゴーニュワインを愛する嶋さんお気に入りのワインバーで、雑学の採集方法をお話いただきました。
  • 取材・文・編集:服部桃子(CINRA)
  • 撮影:有坂政晴(STUH)

Profile

嶋 浩一郎

株式会社博報堂 執行役員 兼 株式会社博報堂ケトル 取締役・クリエイティブディレクター。1993年博報堂入社。2002年から2004年博報堂刊『広告』編集長。2004年「本屋大賞」創設に参画。2006年博報堂ケトルを立ち上げ多数の統合キャンペーンを実施。雑誌『ケトル』の編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長などメディアコンテンツ制作にも積極的に関わる。「カンヌクリエイティビティフェスティバル」「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS」など多くの広告賞で審査員も務める。

いいお店に「定型」はない。本屋と飲食店の共通点とは?

―今回は、初台にあるワインバー「マチルダ」さんをご紹介いただきました。ここは嶋さんが雑誌『ケトル』で連載されていた「かなりいい店 ここで一杯」でも紹介していたお店ですが、どのようなシーンで使われているのですか?

嶋:ここ、コロナになる前は、土曜日のお昼頃から開いてたんですよ(※現在は18時オープン)。だから、その時間帯にふらっと来たりして。素敵なワインバーですよね。最初はスープストックの遠山さん(スープ専門店「スープストックトーキョー」などを運営する株式会社スマイルズの代表)に連れてきてもらったんです。

嶋浩一郎さん。取材前に別の収録があり、すでにワインを3杯ほど飲んだそうで、ややほろ酔い

―どのような部分がお気に入りですか?

嶋:ぼくは、まずカウンターのお店が好きなんですよ。それと、ワンオペでメニューが多いこと。あと、店主の人との波長が合うかも大事で。喋るときは喋ってくれて、ほっといてほしいときはほっといてくれる。そのスイッチの切り替えが上手かどうか。たくさん話しかけてくれるお店も、エンターテイメントとしては面白いけど、自分が長く通う店としては、一人で本を読めて、ときどき「最近どうですか?」って話せるところがいい。

―それでいうと、「マチルダ」はまさにドンピシャなんですね。

嶋:基本的に、個が立っているお店が好きで。ここ(マチルダ)は、夏になると、メニューにポストイットが貼ってあって、「帰り道用のパピコあります」と書いてあるんです。暑い夜の飲んだ締めとして、パピコを半分用意しているわけ。そういった心配りがいいですよね。あとは、店主の町田洋子さんのTwitterも素敵で。「今日お店に来る道でハナミズキの花が咲いてましたね」なんて季節のうつろいを呟いているかと思いきや、「最近急に一万円札で払う人が増えました」とか、日経新聞みたいなことを呟いたり。もう、キュンキュンするわけです。

―店主さんのお人柄がお店に出ているんですね。

嶋:個人の感覚を大切にするというのは、お店にとって大事なことですよね。自分は本屋(本屋 B&B)を経営しているからそういうふうに考えちゃうのかもしれません。本屋って元祖セレクトショップじゃないですか。年間6万冊以上も出版される本のなかから、何を選んで棚に並べるかには、店主の人格が出る。ワインバーだったら、どんなワインを選ぶかはお店の人のセンスに委ねられる。本屋と飲食店は、共通している部分があるように思いますね。

嶋さんが内沼晋太郎さんと立ち上げた本屋「B&B」(提供:博報堂ケトル)

―ほかにも、「いいお店」の定義はありますか?

嶋:1人で行っても、2人で行っても、何人でも楽しめるお店はいいですよね。一人で来てる客と、複数で来てる客のニーズは違うわけで、お店側はそれぞれに合わせた対応をすることが大事。「いまこういう状況なんだろうな」と、その場その場に合わせて考える。

「配膳さん」って知ってますか? 最近、『配膳さんの仕事』って本で読んだんですが、京都に古くからあった男性だけの職業なんです。紋付袴を着て、茶事、宴会、儀式など、さまざまな行事をトータルプロデュースする役割を持っているんです。それこそ表千家・裏千家とか、名だたるお茶会のプロデュースもするんだけど、そこでは、掛け軸は何を置いて、茶器は何を使ってとか、お客さまをもてなすために考えることがいっぱいあるわけ。要はサービス業の極地ですよね。

その本を読んでわかったことは、サービスに「定型」はなくて、「臨機応変に対応する」のが、一番大事だってこと。シーンに合わせて、自分のクライアントが一番気持ちいい体験を演出する。そういう意味で言うと、このお店もそうだけど、そのときどきで、何となくこっちの雰囲気を察して、対応を都度変えてくれるっていうのは気持ちいいですよね。

「口コミやレビューに頼ることは、好奇心を他人に委ねるのと同じ」

―インターネットの口コミやテレビの評判を参考にしてお店を探すことはありますか?

嶋:もちろん、テレビで取り上げられるようなお店が「なぜ注目されるんだろう」とか考えますよ。Google検索の急上昇ワードは何かとか、視聴率の高い番組とかも、もちろんチェックしています。いろいろ、新しい発見がある。

でも、自分で店を発見するのは楽しいですよね。ネットとかですでに取り上げられているお店の価値はすでに他人が見つけたものだから。新しいお店に行くきっかけは基本的に、自分の信用する人から勧められるか、街を歩いていて急にぶらりと立ち寄るかで、新規開拓していますね。

―信頼している人か、自分の嗅覚で判断しているんですね。

嶋:口コミやレビューがあることで便利になったと思います。ただ、そういった「集合知」に依存する現代人の感覚は、興味深いところがあります。ぼくは、自分自身で面白いものを探すのが一番楽しいと思っているけど、口コミとかレビューとかを信用してお店やものを選ぶって、つまり自分の好奇心を他人に委ねているわけですよね。誰かの物差しを参考にして判断するっていうやり方は昔からあるけれど、集合知だけで判断するのは面白いのかなとも思ってしまう。

最近見つけたいいお店は、千駄ヶ谷にある「vinmari(ヴァンマリ)」。「ナチュラルワインとスウェーデンの伝統料理を出しているお店で、『BLUTUS』編集長の西田善太さんに連れてってもらいました。でも、この「マチルダ」はぼくが西田さんに紹介したんですよ(笑)」

―たしかに。「口コミで評価が低いから行かない」といった行為は、せっかく新しい経験ができるチャンスを逃していることにもなりかねないですね。

嶋:今って、損したくない願望が非常に強い世の中になっていますよね。コストパフォーマンスをとても気にする社会になっているというか。本当は、ダメなものがあるから、いいものがあるわけじゃないですか。お店でも映画でも本でも、酷かったり、つまらないものがあったりするから、一層「いいもの」のよさがわかるわけで。でも、行く前から「このお店はこれが美味しいです」、読む前から「ここが泣けます」とかを知って、実際に触れてみてそのとおりの感想を抱いたとしたら、もはやそれは確認作業ですよね。

―もっと、自分の嗅覚を信じたほうがいい?

嶋:人がすでに見つけている価値をあと追いするだけだと面白くないですよね。お店だって、自分の嗅覚で見つけたほうが愛着湧きますし。もちろん、多くの人がいいと思うものと、自分がいいと思うものが一緒じゃなかったら怖い、という感覚もわかりますよ。「自分のセンスが悪いんじゃないか」とか、思っちゃうんでしょうね。

「みんなが注目してないもの」からしか、イノベーションは起きない

―嶋さんご自身は、大多数と自分のなかの評価を比べて、不安になることはありますか? 自分がいいと思ったものが、SNSでは酷評されていた、とか。

嶋:しないしない。しないし、嬉しいと思う。

―嬉しい、というと?

嶋:だって、他人の趣味に合わせてごはん食べたり本読んだりしたら意味がないじゃない。それに、みんなが注目していないもののほうからしか、イノベーションは起きないですから。

朝日新聞社が発行していた若者向けタブロイド誌『SEVEN』(編集部私物)。スターバックスコーヒーなどで販売され、嶋さんは編集ディレクターを務めた

―その、逆張り的な感覚は昔から持っていたのですか?

嶋:どうだろう……。ただ、若い頃、ハガキ職人だった時代があって。80年代のオールナイトニッポンとかに、よく投稿してたんですよ。中島みゆきさんの番組とかにね。当時のパーソナリティーはたけしさん、タモリさんと、今の巨匠がずらりと並んでいた。

ところで、ハガキ職人の見分け方って、知ってる? 職人はね、ハガキを持ったら枚数がわかるの。ハガキは当時一枚40円とかで、なけなしの小遣いからハガキ代を捻出する小学生とか中学生からしたら貴重品だった。だから、感覚が鋭くなっていて、束を持った瞬間に「これは11枚」とか、厚みでわかる(笑)。まあ、ハガキ職人って、いまでいえばTwitterで面白いことを書いたらたくさんリツイートされるとか、そういうことに近いかもしれませんね。でもそういった、みんなが注目していないような、小さなネタを見出すというのは、昔からやっていましたね。

―そういった、「みんなが注目していないもの」はどうやって見つけるのでしょうか。

嶋:なかなか難しいね。別に虎視眈々と、「何かの役に立つかも」と思って探しているわけじゃない。義務になると辛くなるから。でも、人生全部が仕事のネタになると思っているから、日常生活で見たり聞いたりしたことにいろんなヒントがあるんだと思っている。だから、ワークライフバランスとかあんまり考えたことないし。

たとえば、いま読んでる橋本治さんの『これで古典がよくわかる』という本には、「方丈記」の鴨長明や「土佐日記」の紀貫之、「新古今和歌集」で歌を詠んだ藤原定家がどんな気持ちで古典と言われる作品をつくったか書かれているんだけど、ビジネスから遠いイメージがある古典みたいなもののほうが、仕事のヒントになったりするんだよね。

だからぼくは、人を待っている時間が5分でもあるとすると、とにかくこの隙間時間でひたすら情報をインプットしたいと思う。「知らないことを知れた、ラッキー」みたいなね。

―お店で人と話したり、一人で読書したりする時間も、すべてが仕事のネタにつながると。

嶋:意識してつなげているというわけじゃなくて、つながっちゃう。基本は無駄な話、無駄な読書くらいに思ってるけど、それでも、お店で隣に座っている人とのバカ話のなかで「ああ面白いな、初めて知ったな」という部分はたくさんありますし。意外に、仕事に役立つことはそこらにたくさん転がってる。

たとえば、「AIによって人の仕事が奪われるかも」みたいなメディアにいっぱい載ってる話をしても「そんなの知ってるよ」ってなるじゃない? やっぱり人と話すときにはその人なりの視点が聞きたいわけで、その人の解釈が重要でしょ。そのためにも、その人がどんなものに興味を持ったかって大事で、気になったことの引き出しがいっぱいある人は話してて面白いし、仕事もできると思う。だから、もしこの原稿に見出しをつけるとするなら、「どうでもいい、与太話や雑談のなかに、仕事のヒントはいっぱいある」って感じかな。

お店の情報

マチルダ
〒151-0061
東京都渋谷区初台1-36-1