ITコンサルとSF作家を両立する樋口恭介に訊く。自分の時間軸で生きる方法
- 2021/03/22
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第4回目となる今回のキャリアモデルは「両立型」。稼ぎ柱となる仕事を持ちつつ、自分の好きな分野における副業(もしくは個人プロジェクト)でも収入を得るタイプのキャリアモデルです。
お話を伺うのは、外資系コンサルティングファームに勤務するかたわら、SF作家としてもご活躍されている樋口恭介さん。樋口さんは2017年に出版された小説『構造素子』で第5回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、作家デビューされています。
忙しいイメージがあるコンサルのお仕事ですが、作家業と両立するためのコツはあるのでしょうか? そもそも、仕事を一本に絞らない理由は? 仕事において多くの人が惑わされがちな「それっぽい正論」から自由になる視点もたくさん伺いました。
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・あなたのキャリアは何型? 連載「自分のワークスタイルを探せ」がスタート
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- イラスト:soremomatayoshi
- 文・編集:光永智子(CINRA)
Profile
樋口 恭介
SF作家、会社員(外資コンサル会社のマネージャー)。単著に長篇『構造素子』 (早川書房)、評論集『すべて名もなき未来』(晶文社)。その他文芸誌などで短編小説・批評・エッセイの執筆。ベンチャー企業Anon Inc.のCSFO(Chief Sci-Fi Officer)を務める。
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原点は音楽だった。書くことが得意だと気づいたきっかけ
ー樋口さんは企業に勤めながら執筆活動もされていますが、もともと小説家志望だったのでしょうか?
樋口:いえ、もともとやりたかったのは音楽です。中高時代に音楽活動をしていたのですが、自分で曲をつくりたくなったときに、「いい歌詞を創作するためには、いい文章にたくさん触れるべき」と思い込んで、小説を読みはじめたんです。そしたら、面白さに気づいて、そこから小説にハマりました。
同時に、音楽について周りの人と話したり書いたりするなかで、自分は音楽をつくって演奏するより、話すことや書くことのほうが得意なんじゃないかと思いはじめました。
樋口:そんな流れで、就活のときには音楽誌の編集者や音楽ライターになろうと考え、ロッキングオンとか受けていました。まあ結局、落ちたんですが……。
ーそうなんですか。なんで落ちてしまったと思いますか?
樋口:一言で言えば、イキってたからだと思います。ぼくは自分の意見をはっきり伝えるタイプだし、なにかと物申したがる性格なので、面接官に「そんなんじゃだめだと思いますね」みたいな感じで反論していたんです。編集者という仕事は客観的な視点も大事だから、OB訪問とかすると、いろんなところで「きみは編集者に向いていない」と言われましたね。
で、どうしようかと思いながら、当時、200社くらいエントリーしていろんな会社をみていたのですが、コンサル会社の説明会に行った際、コンサルは自分に向いてそうだと気づいたんです。多くのコンサル会社には「言いたいことを言っていい」「尖ってなんぼ」というカルチャーがあって、それが合っていると感じたんですよね。だから、いつもの自分のテンションでも、面接を突破できました(笑)。結果的に入社した会社が、現在も勤めているコンサルの会社です。実際に働いてみても、コンサルは建前と本音が分かれている人があんまりおらず、性に合っていると実感しています。いい意味でみんなイキリまくっていると思いますね。
ーとはいえ、いざ働くとなると、編集者とコンサル業はまったく別物だと思います。コンサル会社で働くことにした決め手は、ほかにもあったのでしょうか?
樋口:編集者になれなかったことで、自分は別に編集者という「職業」に固執しているわけではなく、文章を読んだり書いたりするという「行為」そのものに興味があるのだなと、あらためて気づけたのは大きいです。小説や批評などを見るのも変わらず好きでしたし、いつか自分で小説を書いてみたいという気持ちもあったので。コンサル業を選んだのは、いつか小説を書くときに役立ちそうだなと思ったのも決め手でした。
「職業名」はただの記号。両立型の幸せな本業選びのポイントとは?
ーコンサルが小説に役立つとは、どういうことですか?
樋口:まずひとつは、単純に知識の側面です。ぼくは特にSF小説が好きだったのですが、当時は書かれているテクノロジー技術などが理解できない部分もあったんです。でもITコンサルの仕事を通じてテクノロジーの知識を身につけたら、もっと面白く読めるようになるだろうし、SF小説を自分で書くときにも役立ちそうだなと。
また、スキル面でもプラスに働くと思いました。コンサル業と作家業って、仕事のプロセスが似ているんですよ。たとえば、コンサルにおける「仮説をつくる」作業は、作家における「プロットをつくる」作業にあたる。「適切な情報を集めてゴールまでの道筋を描く」ことは共通しているし、コンサルの仕事で「鍵になるイシューやメッセージを書く」ことは小説家にとっての「文体とか文章のリズムをつくる」ことに通じます。
つまり、好きなことでもあり、やりたいことでもある「小説」との共通点から、コンサルという職業を選んだのです。まったく別の職業でも、求められる作業や職能が似ているというケースは、コンサルと作家に限らず結構あると思いますね。
ーなるほど。会社員の仕事とは別にやりたいことがある人にとって、その考え方は参考になりそうです。
樋口:「職業名」って、一言で内容を伝えられる便利な記号として名づけられているだけなんですよね。だから、表層的なイメージで職業を選ぶのではなく、自分の伸ばしたいスキルとのマッチングを重視したら、幸せな仕事選びができるんじゃないでしょうか。
なぜ小説家一本に絞らないのか?
ー逆にコンサル業と作家業の違いはありますか?
樋口:自由度ですね。コンサルは多くの人が関わるので利害関係が絡み、制約が多い。小説も紙と文字による縛りはあるんですが、コンサルで発生する制約とは質がまったく違います。正直、小説を書いているほうが断然楽しいです。
ー小説を書くことで、精神的にバランスを取っている部分はありますか?
樋口:それはめちゃくちゃあります。コンサルだけだと人生最高につまらないですから(笑)。小説を書くとき、ぼくは自分の人生を生きているという感じがします。余白に文章を書き込む作業が純粋に好きだし、小説を書いていると落ち着くんですよ。そういった意味でも、小説を書くことは動物的な欲求にも近いかもしれません(笑)。あと、長い文章を書いていると、自分の言いたかったことと書いていることがズレていく感覚が生まれるんですけど、それが楽しいんですよね。自分が小説を書いているんだから、コントロールできないはずがないのに、コントロールできない場面に遭遇する、という不思議なことが起きるんです。
ー樋口さんは会社員として勤めながら、書かれた小説が2017年「ハヤカワSFコンテスト」の大賞を受賞されています。小説一本で食べていこうとは思われなかったのですか?
樋口:それはめっちゃ思いますよ! ぶっちゃけ専業になりたいですね。でも、小説で稼ぐ収入がいまの会社員の年収を上回らないとダメだって奥さんに言われていて、それ絶対に無理でしょって感じなんです。だから両立をせざるをえない状況です(笑)。
いまの会社を続けるか悩んだときに、変えるべきは「環境」でも「自分」でもない
ー樋口さんは新卒から9年間いまの会社に勤められていますが、転職する若者が多いこの時代にしては長いですよね。
樋口:それはまあ、単純に転職する理由がないからなんですけど……。やる気もなければ不満があるわけでもないので、ずっと居座ってます。「成長したいなら、コンフォートゾーン(居心地のよい場所)から出ろ!」みたいなことを訴えるビジネス書もいっぱいありますが、「え、なんで?」と普通に思うので、ぼくはコンフォートゾーンから出ません。コンフォートでいられるならコンフォートでいたほうが絶対いい。
あと、キャリアを築くなかで、軋轢があった場合に「自分が変わるか?」「環境を変えるか?」っていう考え方が一般化しているじゃないですか。ぼくは、その二分法も腹立つというか、詭弁だと思っていて。どちらも結局は「自分を変えろ」ということを言っていると思います。
どういうことか言うと、たとえば職場でうまくいってない人が、上司や同僚に「環境を変えたほうが良いのでは?」と言われたとします。その場合、「転職」や「異動」を意味する場合が多いですよね。それって「この職場という型」にハマらなかったから「別の職場という型」に自分をハメに行け、ということなんですよ。とりあえずここからは出ていって、妥協できる職場を探してね、ということなので、結局「環境」は何も変わっておらず、「自分」を変えているだけなんですね。
しかも社会は、用意した職業や職種に人をハメようとするくせに、ハマったらハマったで交換可能なものとして扱ってくる。自分を変える努力までしたのに、都合よく捨てられる可能性もあるわけです。これは大事なことなので強調したいのですが、社会というのは、人間を「都合よく捨てられる代替可能な消費財」にするために、型にハメるんです。だから、自分を守るためにも、社会が要請してくる型になんかハマっちゃダメなんですよ。
だから、職場に不満があって、ある程度元気もあるなら、「現状の周辺環境を自ら変えていく」ということも大事ですね。「自分を変える」努力をするくらいなら、あるがままの自分でいられる方法や働き方を考えたほうがいいです。周りに合わせるのではなく、自分らしくいられる環境を「自分でつくる」とか「変化させる」ことが大事だと思います。
激務なイメージのコンサル業界。自分の時間軸で生きるためには?
ー具体的にはどうすればいいでしょうか?
樋口:ぼくの場合は、小説を書くことやプライベートの時間を確保することがなにより大切なので、仕事の無駄を減らすことが重要だと思っています。そのためにも、自分の働き方のスタンスを周りにはっきり伝えるようにしていますね。たとえば、「俺は18時以降は仕事しないから」っていうのを公言することで、「そういう奴だから仕方ない」と周りに思ってもらうんです。チャットもメールも会議も全部無視します。
あとは、「この会議、意味なくね?」と思ったら「なくしましょう」とか「チャットで済ませよう」とか、めちゃくちゃ言います。変えられる部分を見つけて圧縮したり、消したりする作業は好きですね。
ー現状をそのまま受け入れるのではなく、疑問を持ってみることも大切そうですね。
樋口:そうですね。あとは、そもそも誰も目的とかわかってない状態で始まっている仕事とかは非常に多く、そういうのに付き合っていると永遠に仕事が終わらないので、疑問に思ったら相手にロジックを求めることが重要です。
たとえば、仕事が降ってきたときに「それ、やる意味あるんですか?」とか「その案件の狙いって何ですか?」と普通に聞く。さらに、疑問に思うことがあったらどんどん質問や提案をしていきます。すると、本当に意味がない仕事だったら話しているうちになくなったりもしますし、意味がある仕事だったとしても「こいつはめんどくさい人だ」と思われて、結果的に自分の仕事が減ることになります(笑)。
また、やると決まっている仕事だったとしても、一度スケジュールを確認し、より効率的なルートはないか検討します。目的を達成するための最短ルートが別にあれば、それを提示して、全体の作業時間を短縮します。あとは、必要に応じて目的そのものを再定義することによって、実はそんなに急ぐ必要はないのではないか、という提案とともに、納期の後ろ倒しを相談することもあります。タスクの締め切りというのは基本的に短期的なケースが大半ですが、冷静に、長期的な視点で見直すことが大切ですね。そうやって急ぎ案件を極力減らすことで、仕事に追われない状況をつくっています。
郷に入ったら郷に従わなくてもいい。自分の意思を大切に
ーなるほど。でも、周囲に嫌われちゃうかもと気にしたり、人間関係に軋轢が生まれるのではと不安になったりして、なかなか実践できない人が多いと思うのですが……。
樋口:ちゃんとロジックが通っていれば、大丈夫だと思いますよ。人間は一人ひとりの思考や価値観が違うんだから、普通に意見をぶつけ合ったほうがいいんじゃないですかね。もし、それで嫌われてしまうなら、根本的に合わない人なので仕方ないのでは? そして、あんまり職場の人間関係にこだわらなくてもいいとも思います。
ぼくも新卒社員のころは、郷に入っては郷に従おうとか、組織の人間として組織の型にハマろうと努力していました。でも、次第に精神的につらくなったので「やっぱどうでもいいや」と開き直りまして。いつでもクビにしてくれて構わないという気持ちで、思ったことを発言していったら楽になったんですよね。日本は労働基準法がしっかりしているので、実際に企業側がクビにするのは難しいですし、必要以上に自分の意思を抑え込まなくていいと思います。
ー型にハマったり、順応したりすることにエネルギーを使うのではなく、正直な自分で生きるためにエネルギーを使うべきと。
樋口:はい。会社や社会も、宇宙のなかで自然に発生してできたものではなく、人間が「あったほうが便利だな」と思ってつくった人工物なんですよね。人間がつくったものだから、変えられるし、変えたほうがいいものもきっとたくさんある。いちばん大事なのは、自分が「自分らしくいること」ですが、周囲を変化させることによって、結果的に苦しんでいる人も救えたらいいな、とは思いますね。
「スキルを身につけないと労働市場からあぶれる」はウソ?
ーちなみに、これといってやりたい仕事がない人にアドバイスをするとしたら、樋口さんはどんなことを伝えますか?
樋口:難しいですね……。一生懸命、仕事しないように生きればいいんじゃないですか。とりあえず、できる限り給料がよくて、最低限の福利厚生があり、定時で帰れるところに就職するのが大事です。会社の業務内容とか創造性とか文化とか雰囲気なんてどうでもいい。とにかく、可能な限り楽に金をもらうことだけを集中的に考えるべきですね。あと、サボれる会社に行ったほうがいいですね。めっちゃサボって、のんびり過ごすといいと思います。
「努力しないと仕事がなくなる」とか「スキルを身につけておかないと労働市場であぶれちゃうよ」ってよく聞くじゃないですか。ぼくは、そんなことないっていうか、とりあえず会社に入ったもん勝ちだと思うんですよね。なぜって、必要になる仕事やスキルはマクロ経済や会社の業績などに左右されるので、実は自分の力でどうこうなる問題じゃないから。
どこにいっても通用するようなスキルを身につけて一生懸命働くぞ、ってやりたくもないことのために自分を奮い立たせている人、世の中にいっぱいいると思うんですけど。そんなことで自分を騙して疲弊するくらいだったら、棚ぼたみたいな採用案件を探してそこに応募していったほうがいい気がします。棚ぼたみたいな採用案件、実は世の中にいっぱいあるんですよ。
会社で必要とされるスキルは、入社してから身につければいいんです。だから、生きていくのに大事なのは、業務のスキルより景気動向を知っているかどうかですね。どういう業態や会社が業績を伸ばしているのか、ということを知っておけば、棚ぼたみたいな採用案件に出会う確率は格段に上がります。楽な仕事というのは、探せば確実に存在しているので、あとはそこに潜り込めるかどうかだけです。やる気がない人は、興味のない勉強を一生懸命やってスキルを身につけるよりも、ただ潜り込むことだけに全力を注ぐべきですね。
ー他人や噂から聞いた「正しそうなこと」につい流されてしまいますが、樋口さんの考えを聞いていると気にする必要ないなと思えてきました。
樋口:社会も会社も他人も、自分の未来を保証してくれないんだし、基本的には本音を大事にして生きていったほうがいいんじゃないかなと思います。
ー最後に、新型コロナウイルスの流行に多くの人の生活が変化しましたが、これからの「生き方・働き方」で大切だと思うことを教えてください。
樋口:最近、大切だと感じるのは「生き方・働き方」について深く考えすぎないことですね。楽しいと感じること、嫌だと思うことを避けることの積み重ねによって、結果的に「生き方・働き方」というメタなカテゴリが生成されていく。そんなイメージで、日々を生き延びていくのがよいのではないでしょうか。
▼一問一答
・影響を受けたカルチャーを教えてください。
最も影響を受けたのは、パンクロックです。ありものの素材を使って、生きづらさを叫ぶこと。ダラダラすること。どんなに雑で、醜く、異質なものであっても、開きなおって、それはあるがままにそうでしかないのだと世に問うこと。パンクからは、そういった思想を感じ取っています。・いま、樋口さんが注目している人(ものでもOK)は?
ミュージシャンのマヒトゥ・ザ・ピーポーさん。文筆家の木澤佐登志さん。両者に共通しているのは、それぞれ別の仕方で強く何かに抵抗していることだと思います。マヒトゥ・ザ・ピーポーさんはミュージシャンという肩書では全然足りていないような広い活動をしていて、もはや生きていることが表現のようにもなっており、今後の動向に目が離せないですね。あと、最近、木澤さんの「生に抗って生きること」という論考を読んだのですが、「すべては無意味である」というニヒリズムの思想を起点にして、凡百の書き手がそこで思考を止めてしまうところを木澤さんはさらに展開させていて、「すべては無意味であるために、優劣の図式は論理的に成立しない」「だから、すべては平等に、あるがままに存在していてよい」というようなことを書いていて、とてもいいなと思いました。・過去か未来の自分に出会えたら、どんな言葉をかけますか?
言葉をかけたくないのですが、会うと何か言いたくなってしまうので、会わないという選択をとります。・将来的にどのような働き方をしている状態が理想ですか?
ニーズがまったく存在しないことだけをして、生活ができている状態が理想です。・今後、挑戦してみたいことは?
国づくり。