仕事をひとつに絞るのはリスクか? 台湾を代表するファッションデザイナーに訊く

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キャリア形成における正解がなくなったいま、私たちは一体何を基準にして自分に合ったキャリアを選べばいいのでしょう? 本連載ではその問いに対して、複数のワークスタイルの「型」を呈示していきます。また、本連載は台湾のカルチャー誌『秋刀魚』との共同企画で、アジアの事例も交えて紹介いたします。

ここ数年で、複数の仕事を持つ働き方が一般化していますが、一方で、自分が決めた「ひとつのこと」を極めるプロフェッショナルな働き方に憧れを抱く人も多いのではないでしょうか? 第3回目に紹介するワークスタイルは、まさにある職種の仕事において、自分の腕を磨き、深めていくタイプのキャリアモデル「追求型」です。

追求型は「自分にはこれがある!」という確固たるものを持っている反面、それがうまくいかなかったときのリスクは高い。ゆえに向き不向きが分かれるキャリアのひとつでもあるでしょうし、一生続けるには「好き」以上のものが必要なはず。

今回は、10年以上台湾ファッション産業の第一線を走り続けてきた、台湾発ストリートブランド「WISDOM(ウィズダム)」デザイナーのHANS CHYI(ハンズ チェイ)さんにお話を伺い、ひとつのことで食べていくために必要な特性や、スキルを伺いました。

※その他のキャリアのタイプはこちらから
あなたのキャリアは何型? 連載「自分のワークスタイルを探せ」がスタート
第1回:人生を何個分も生きている。複数のキャリアを持つよさって?(スラッシュ型)
第2回:芸術とビジネスを両立させる。台湾アートブックフェア主催者の職域横断な働き方(領域横断型)
  • 取材・撮影:『秋刀魚』編集チーム
  • イラスト:soremomatayoshi
  • 文・編集:光永智子(CINRA)

Profile

HANS CHYI(齊振涵)

台湾発のストリートブランド「WISDOM」のデザイナー。2009年にブランドを立ち上げ、コンセプトは「Urban Outdoor」。2020年には台湾電力会社とコラボで制服をデザインし、話題に。台湾の「WHITE ROCK STORE」にフラグシップストアを持ち、中国や香港にも卸し、多くのファンを抱えている。
https://www.instagram.com/hanstagram_chyi/?hl=ja
https://www.instagram.com/wisdom_official/?hl=ja
https://www.wisdom2009.com/

無類のスニーカー好き少年だった

ーまずはHANSさんがファッションデザイナーになろうと思ったきっかけを教えてください。

HANS:ファッションに興味を持ったのは高校生のとき。とにかくスニーカーが好きで、高校のクラスメイトと一緒に毎週、西門町(日本でいう原宿のような場所)に行ってはスニーカーを探していました。週末も、台北にある海外の輸入品を売っているいわゆる「アメリカンストリート」「リトル香港」と言われる場所に繰り出しては、ショッピングをしていたんです。

店員さんと雑談したり、雑誌を読んだり、資料を集めたりしていた姿を見た周囲の人から、「ファッションが好きなんだね」と言われて。そのときから「自分は心からファッションが好きだ」と自覚するようになりました。「将来デザイナーの仕事をしたい」と考えたのはそのタイミングです。

ーその後はどういう進路を?

HANS:「實踐大學服裝設計系」というファッション系の大学に入学しました。晴れて受かったものの、周りは専門学校出身の人が多くて。自分はゼロからのスタートだったので、はじめのころは、自分のつくりたいものと持っている技術のギャップに苦しみました。自分のスタイルが掴めてきたのは、大学3年生のときにファッションアワードに応募して、グランプリをいただくことができてからです。

それまでは「服づくりのプロセスがとにかく楽しい!」という気持ちだけで突き進んできましたが、他者から認められるという経験をしたことで、はじめて服づくりを仕事にできるかもしれないという手応えを感じました。

夢と情熱だけでは成功できないと知った

ーブランドは卒業後につくったのですか?

HANS:いえ、ブランド立ち上げまでにはまだまだ距離があります。卒業後はカメラマンのアシスタント、アパレルブランドの店員、ファッションメディアの運営などを行いました。あと軍隊の入隊期間もありましたね。

ブランドをつくる直接のきっかけになったのは、2008年に仲間と一緒に立ち上げたセレクトショップ「WHITEROCK」です。

ただ、全然うまくいかなくて(笑)。売上がどうやったら上がるのか? 広告をどう運用するのか? そもそもセレクトショップとは言っているものの、どんなセレクトをするのか? 当時はよくわからないまま、夢と情熱だけで突き進んでいました。出費はかさみ、メンバーは次第に辞めていき、存続がむずかしくなりました。いま思うと当たり前の結果なのかもしれないですが、あのときは本当に散々だった。

事実上、解散となった状況を打破するために考えた次の一手が「自分の手で自分のブランドをつくる」でした。

ー自分の挑戦が立ち行かなくなったとき、諦めて違うことを探すという人もいそうです。でもHANSさんは一貫して「ファッション」ですし、一貫して「自分の手で生み出す」ことを続けるのですね。

HANS:はい。自分の原点はファッションだし、服づくりの技術しか自分は持っていないから。ただ、さすがにいままでの反省は踏まえなければいけない。このとき初めて、戦略的な視点で先々の動き方を考えました。そしてまずは、大学で学んだ「ブランドとは何か?」という基礎に立ち返りました。

当時の台湾ファッション産業の状況をお話しすると、基本的にブランドの服と言われるものは欧米のインポートもので、ドメスティックブランドはほとんどなかったんですよね。ゆえに「ブランド」という概念も根づいていなかった。なので、洋服の売り方も、かっこいいTシャツをひとつ出して、売れたら次の商品をつくる、のように場当たり的なものでした。

でも「ブランド」をつくるからには軸になるコンセプトがあるべきだし、それに基づいた世界観が構築されていなければならない。だから、自分がブランドを立ち上げるときは、コアコンセプトをつくり、それにあった商品を展開するようにしました。

アトリエには、日本の雑誌もたくさん

「いいものづくりをすれば売れる」はつくり手の幻想に過ぎない

ーそこから軌道に乗ってきたのですか?

HANS:いえ(笑)。ブランドをはじめたのはいいものの、つくった服が全く売れませんでした。自分では良いものづくりをしていると思っているのに、売れない。いままでで一番辛かった経験です。

なぜ売れないかを考えた結果、ターゲットユーザーを取り巻く状況に目を向けられていないことに気づいたんですね。それまでは、良いものをつくれば、ある程度経済力がついたユーザーが買ってくれると思っていました。しかし台湾では、経済力がついた人は、結婚したり子どもができたりするなかでファッションにお金を出さなくなる傾向にあることを知りました。「稼げるようになった人が服を買う」という考えは、間違っていたんです。

それからは、潜在層に「買いたい」と思ってもらえるような届け方を考え、「受け手がどう感じるか」という視点でメディアへの出し方を工夫したり、プロモーションにおけるデザインを調整したりしました。SNSで話題を生むようになった頃から、徐々にターゲットユーザーにリーチできるようになりました。

その経験があったから、ブランドはプロダクトの質だけで成り立っているのではなく、消費者への伝え方も含めた総合力なのだとわかりました。儲けはその後についてくる。

現在は、コアコンセプトである「UrbenOutdoor」を軸に「宇宙を旅する」というテーマを加えて服づくりをしているのだとか

周りは大企業で管理職をしている。それでも自分のつくる力を信じた

ーいわゆる「マーケティング」という概念を行動のなかで身につけていった、と。ここまで長い道のりだったと思いますが、心が折れることはなかったのですか?

HANS:今年で40歳になるのですが、自分が苦しんでいたとき周りの同世代はすでに大企業で役職についている人も多かった。彼らを横目にしながら、それでも続けられたのは、自分への信仰心が強いから。どんな環境に置かれようと「自分にはいい服をつくれる力がある」と思っていました。

私は、やりたいことにバカがつくほどこだわりがある。誰も信じてくれなくても、自ら選んだこの仕事を一生続けていくことへの覚悟はずっと持ち合わせていました。

ーそこまで言い切れるのはすごいことですね。「追求型」に必要な特性と言えるかもしれません。壁にぶつかったときどのように乗り越えてきたのですか?

HANS:いまやっていることと、自分の原点にズレがないか、自分自身と対話します。そこで違和感があれば、すでに慣れている働き方やスタイルなどを変化させることはいとわないですね。自分の原点を第一に考えます。

ー逆にいままでやってきてよかったと感じるのはどんなときしょうか?

HANS:街を歩いていて、自分のブランドを身につけている人を見たときです。「この人、めっちゃセンスあるじゃん!」とうれしくなります(笑)。あと、いままで続けてきたお陰で、最近は企業などからコラボレーションのお声かけがあったり、周りのクリエイターとの新たなプロジェクトも始まったりしていて。

台湾電力会社とは、スタッフのユニフォームを一緒につくりました。いままでジーパンだったスタイルを「WISDOM」のコンセプトに基づいて一新したのですが、その後、突然知らない方からメールで「ユニフォームが着たいから、台湾電力会社を受けたい」という連絡をもらって。自分のつくったものが、一般の人に届いているという実感が湧いて、こんなにうれしいことはないと思いました。

台湾電力会社とのコラボレーションで制作した制服

ーコラボや新プロジェクトなどでちがう分野の人とお仕事をされる機会も増えていますが、ファッション以外の仕事にもチャレンジしてみたいと思うことはありますか?

HANS:無理ですね(笑)。自分はまさしく「追求型」なので、他の領域のことはできません!

社会がどう変わろうと、大切なのは自分の原点をブラさないこと

ーお話を聞いていると、自分の仕事への確固たる意志を感じます。HANSさんは、これからの働き方で大切なことはなんだと思いますか?

HANS:これからと聞かれても……。一番大事なのは「自分の原点」ですよね。「初心はどこですか?」という話。コロナで社会が変わるとか、外部の環境は関係ないと思います。

ーどんなときも自分の内側にあるものを大切にする、ということですね。

HANS:はい。自分はブランドをやって今年で12年目になりますが、継続することのむずかしさを幾度となく感じてきました。ただ、いままでやってきてシンプルに思うのは「自分が楽しくなかったら仕事はついてこない」ということ。結果の前のプロセスが大事なんですよね。

あと、自分はデザイナーであると同時に会社の経営者でもあるのですが、会社のチーム、関わってくださるパートナーさんなどを含めて全員がよい状況で働けるか、ということは意識しています。

ファッション業界では、スタッフにすごく安い給料で働かせるという状況がありますよね。でも、夢の実現のために誰かが犠牲になるのはだめ。どこかで絶対に消費者にも伝わります。だから、自分のためだけじゃなくて、関わるみんなが幸せを感じられる状況をスタッフ全員でつくりたいです。


ーこれからどんなふうにブランドを成長させていきたいですか?

HANS:私たちのブランドは、一部のファッション好きの人だけに届けたいとは思っていません。いままでファッションを遠い存在に感じていた人たちにも届けたい。

台湾はまだ欧米ブランドの人気が根強いので、いつか台湾の半数以上の人たちが台湾のオリジナルブランドを認めてくれるようになってくれたらうれしいです。

▼一問一答

ー息抜きはどうしてる?

日本に行くこと! コロナがなかったら日本で展示会を見に行ったり、洋服を買ったり、文化の違いを楽しんだり。自分が好きなことをすることが自分の充電につながります。

ー生まれ変わったら何になりたい?

社会に無害であれば、誰でも良い。

ー尊敬するデザイナーは?

川久保玲、Raf Simons、高橋盾。

ー今後、何に挑戦していきたいですか?

カメラの前でうまく笑うこと。