CINRA

人生を何個分も生きている。複数のキャリアを持つよさって?

コロナ禍によるリモート促進から、AIの発達によるスキルセットの変化まで、ここ数年で仕事を取り巻く状況は著しく変化しました。キャリア形成においても「これをすれば間違いない」という、いわゆる正解がなくなったいま、私たちは一体何を基準にして自分に合ったキャリアを選べばいいのでしょうか? 本連載ではその問いに対して、複数のキャリアの「型」を呈示していきます。

また、これからのキャリア形成に欠かせないのが、海外視座です。本連載は台湾のカルチャー誌『秋刀魚』との共同企画で、アジアの事例も交えて紹介いたします。
  • 取材・文:光永智子(CINRA)
  • 撮影:野崎杏奈
  • イラスト:soremomatayoshi

Profile

新井リオ

フリーランスのデザイナー / イラストレーター。2020年に『英語日記BOY 海外で夢を叶える英語勉強法』(左右社)を出版。ロックバンド「PENs+」のギターボーカルとしても活動中。いままでに日本で4枚、アメリカで1枚のレコードをリリース。

第1回目に紹介するのは「スラッシュ型」キャリア。ひとつの職業だけでなく、複数の仕事を掛け持ち、日常的にそれらのあいだを行き来するタイプのキャリアです。

今回、「スラッシュ型」としてご登場いただくのは、クリエイターの新井リオさん。イラストレーターとして活躍しつつ、著書『英語日記BOY』(左右社)を出版されたりバンド活動もされたりと、まさに多彩な顔の持ち主です。

そんな新井さんに、いまのスタイルに至った経緯から、「スラッシュ型」のメリット・デメリット、気になるお金の話まで聞いてみました!

※その他のキャリアのタイプはこちらから
あなたのキャリアは何型? 連載「自分のワークスタイルを探せ」がスタート

音楽もデザインも英語も、全部同じくらい好きになった

ー新井さんは「音楽」「デザイン」「イラスト」「英語」と、いろんな軸をお持ちですね。どのような経緯で現在に至ったのでしょうか?

新井:いまの働き方は、音楽をきっかけにして、自分にできることが少しずつ広がった結果だと思います。最初に興味を持ったのはバンドで、17歳から5年間ずっとバンド活動をしていました。インディーズでCDを出したり、カナダやアメリカでもツアーをしたりして。

でも、インディーズバンドってCDを出すだけじゃ収益が立たないので、ツアーのときにグッズを販売するんです。当時グッズデザインやイラストを描ける人が周りにいなくて、SNSもいまほど盛んじゃなかったので、制作してくれる人をインターネットで探す流れにもならず。必要にかられて自分でつくりはじめたのが、イラストやデザインのきっかけです。それこそGoogleで「デザイン、独学」と検索するところからのスタートです(笑)。

「PENs+」のCDとステッカー。新井さんがデザインを担当

新井:バンドグッズを自分でつくるようになって1年くらい経ったころでしょうか。ほかのバンド仲間から制作の依頼を受けるようになって。仕事というよりはお手伝いに近かったのですが、やっているうちにデザインにめちゃくちゃハマってしまい……! 「音楽もデザインも同じくらい好きかも」と思いはじめたんです。

もうひとつの転機は、20歳のとき。自分のバンドのカナダツアーをきっかけに英語を勉強するようになったら、夢中になりました。そんなこんなで、20歳で「音楽」「デザイン・イラスト」「英語」の3つの軸ができたという流れです。

ギターは、15歳のときに祖父に買ってもらったもの。これまで、日本・カナダ・アメリカすべてのツアーをこのギターで演奏してきました

ーそうだったんですね。今回「スラッシュ型」キャリアとしてご登場いただいているのですが、ご自身ではどう思われますか?

新井:言われて初めて気づきました(笑)。自分のなかでは仕事の軸が複数あるのは自然なことです。どれも同じくらいの熱量で好きだし、それぞれで使う頭が違うから刺激になるし、ひとつになんて選べない。だから、最初から「複合的に働こう」と思っていたわけではなく、あくまで自然にスラッシュ型になっていたのだと思います。でも、人生を3つ同時に生きているみたいですごく楽しいですよ。

バイト代よりも稼げていなかった時代

ーどれも出発点は「好き」という純粋な気持ちからなのですね。「これでお金を稼ぐ!」という意識ははじめからあったのでしょうか?

新井:とにかく好きでやっていたので、はじめはお金に対する意識がありませんでした。じつは21歳のときにバンドを一旦休止して、デザイナーになるため、カナダに渡りました。1年半住んで、現地では生計が立つようになったのですが、帰国してしばらくは、バイトをしたほうが早いくらいの稼ぎしかなかった。

デザインを仕事にするようになった当初は、周りの相場も知らなかったので、言われるがまま格安で引き受けて、それを丸々1週間くらいかけてつくる、みたいなことをやっていましたね(笑)。とにもかくにも「仕事を貰えている!」というよろこびが大きくて、バンドつながりの依頼を中心になんでも受けていました。でも、心身ともに消耗してしまって……。

それ以来、人からの要望にただ応えるのではなく、「自分にしかつくれないスタイル」を築き、その作品で人を感動させたいと思うようになりました。お金は結果的についてくると信じて、今日に至るまで「スタイル確立」のことだけを考えてきました。

六本木のクリスマスイベントで使われた3つのイラスト。左から順に星、太陽、力をイメージ

ーイラスト・デザインの仕事も、軌道にのったのですね。

新井:でも、自分の成長を実感できたのは、最近になってからですよ。1年くらい前に、自分が尊敬している人から六本木ヒルズで開催されるクリスマスイベントのビジュアル制作をお願いされて。そのときにいただいた言葉が「こちらからの指示はありません。すべて任せます。リオくんがイメージする太陽や月を描いてください」だったんです。自分の感性を信じて、お任せしてくれることが心底うれしかったし、一任してくれたおかげで、新しい挑戦もできて、思い出深い仕事でした。いまは、やりたいことと社会の需要がマッチしている状態が心地よいです。

朝食の定番は、近所のおじいちゃんがつくるサンドイッチ。おすすめは卵サンドなんだとか!

スラッシュ型キャリアは「実を結ぶまで待つ」ことも大事

ー新井さんはすべて独学ではじめています。仕事にするまでは、どんなことを意識したらいいのでしょうか?

新井:時間がかかることを肯定し、実を結ぶまで「待つ」ことでしょうか。スラッシュ型キャリアというと、「それぞれの技量がトップレベルではなくても、3つ掛け合わせることでうまくやれる」みたいなイメージがあるかもしれません。ですが、ぼくは3つそれぞれプロレベルになってはじめて面白味が生まれると思っています。実際、音楽を10年、デザイン・イラストを6年、英語を5年やって、最近やっと活動を見てもらえる機会が増えてきました。

体感として、「思ったよりも長かった」という気持ちも正直あります。でも、自分の尊敬する作家の方々、たとえば又吉直樹さんや村上春樹さんは、どちらも30歳前後で作家活動をスタートしています。それまでに積んだ違う分野での経験が、作家業に生きている。こういった先輩たちの背中をみてがんばってきました。

新井さん「フリーランスだから上司はいないけど、本から学べます。又吉さんはぼくが一番尊敬している先輩です」

新井:あと、「何かがプロレベルに上手くなる」って、数年単位の時間をかけなければ叶わないことです。 だから「習得プロセス(花が開かない期間)を楽しめるもの」を選ぶのも大事だと思います。

最近、絵の予備校に通いはじめたんです。正直このままでも仕事をいただけている環境なので、わざわざ時間とお金をかけて学校に行くべきか悩みました。でも、もっと絵が上手くなりたいし、絵が上手くなっていくプロセスに自分で感動したいんです。選択に迷ったら、基本的には「心」が惹かれている方を選びます。

とはいえ、いまさら鉛筆で円柱を書くという、本当に基礎の基礎からはじまり……。道のりが長すぎて、せっかく信じた「心」が折れそうですけど(笑)。

好きなものに囲まれた作業場にて。収納はないけど、見せるディスプレイで工夫!

ーでも、やっぱり目に見える結果をすぐ求められる社会で、そういう考え方をしたくてもできない人も多そうです。「自分の状態」より「人から得られる評価」を優先してしまうというか。

新井:そうですね。ぼくの場合は海外で暮らしていた経験が現在の考え方に大きく影響していると思います。欧米って、20代後半の学生とかもめちゃくちゃたくさんいるんです。カナダ人の親友はいま35歳だけど、彼が初めて就職したのは29歳で、20代はずっと学生をやっていました。

カナダでは、日本のように「大学卒業したらすぐ正社員として仕事をする」みたいな常識は本当にない! 旅やバイト、インターンなどをしながら自分自身と向き合う時間を、ごく自然に持っている感じがします。価値観が異なるなかで生活した経験があるからこそ、自分を貫き続けられるのかもしれません。

いまはコロナウィルス感染もあるから難しいかもしれないけれど、もし興味が少しでもあるなら、ぜひ一度、海外に住んでみてください。留学ではなく、全部自分でプロデュースして、1年くらい住む。自分を客観視できるきっかけになると思います。

影にうさぎちゃんが……?

複数のキャリアがあるメリットとデメリット

ー複数の軸があるからこそ得られるメリットってなんでしょうか?

新井:単純に、退屈しないです(笑)。最初にも言いましたけど、本当に「人生が3つある」感じがします。そして、これは結果的なところですが、複数のキャリアを持つことによってはじめて、「自分のなかでのバランス」が保てているのだと思います。

たとえば、英語には、正しい手順で進めれば誰でも話せるようになるという「確実性」がある。反対に、音楽や絵のようなアートって必ずしも技術を磨いたら売れるわけじゃないし、むしろ未熟さが魅力になることがある。これは、不確実だし、未知です。「不確実性」による不安を、「確実性」のある英語で補っている。自分はたぶん、こうやって安心感のバランスを保ちながら生きていきたい性格なんです。

毎日書き続けている英語日記。ペンはLAMYの万年筆

ー確実な軸を持つことで自分を保てる、という側面はあるんですね。

新井:そうですね。ただ、ぼくの場合はあくまで「後づけ」です。本当に好きなもの選んでたらたまたまこうなっていただけなので、戦略的に複合キャリアを選ぶくらいなら、「本当に好きだ!」と思えるものをひとつだけ突き詰めたほうがきっといい。

単純に、軸が複数あると、その分余計に時間を使うんですね。もうこの数年、ずっと勉強か仕事ばかりしている気がします。お酒を飲まないというのもあるんですけど、全然遊べていません。自分は「イラスト」「英語」「音楽」が本当に好きだからむしろいいんですけど、「どんな時間の使い方に心地よさを感じるか」は人それぞれ違うので、それこそ自分の「心」と相談ですよね。

そういう意味で、スラッシュ型は「好きなことが複数あって、どれも絶対に捨てられない!」という人が選ぶべきキャリアのかたちなのかもしれません。

25分集中したら、1トマト。時間管理はポモドーロ・テクニックを実行中

ー純粋な覚悟のうえに成り立っているのですね。逆に、軸が複数あることでのデメリットはありますか?

新井:「3つすべてプロになりたい」という思いは、自分に対して純粋かつ驚異的なプレッシャーを与えることもあります。「全部、中途半端でだめだ……」と悩むことも未だにあります。この感情を乗り越えるには勉強してうまくなるしかないので、やっぱり何度考えても、成就するまでに相当時間のかかるキャリアだなと思います。

ー最後に、新井さんが思う「これからの働き方」で大切なことは何でしょうか?

新井:その選択肢をちゃんと「心」で選んだか? ということだと思います。「これが稼げる」とか「社会的地位が得られる」みたいな脳みそで考えた理由ではなく、心が本能的に望んでいる道を選ぶこと。まだ自分の進むべき道がわからない人は、その場しのぎの道を選ぶのではなく、その「わからない」という気持ちを大切にしながら、いろんなモデルに触れてほしい。ぼくのワークスタイルがその一助になれば嬉しいです。

気分転換は近くの公園で!(壁に映っている影にも注目)

CINRA.JOB編集部の「ただ聞きたい!」

ー弱みはなんですか?

時間にルーズ。自己肯定感低い(だから勉強ばかりしているのかも)。

ー朝ごはんの定番は?

おじいちゃんのサンドイッチ屋さんのサンドイッチ

ー最近失敗したことを教えてください

最近……ではないですが、常にゴミ出しと皿洗いを溜めてしまいます。

ー好きな本と映画と音楽を教えてください

映画は『フォレスト・ガンプ』、音楽はアメリカのバンドSo Much Lightの『The Suburban Spellbound』で、本は村上春樹の『海辺のカフカ』です。

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