
あっという間に8月です。暦の上での夏の終わりを意識するせいか、毎年「残り4か月もないんだ……」とちょっと悲しいような焦ったような気持ちになります。今回の悩みは「ロールモデルの不在」です。会社に憧れられる先輩がいるといい指標になりますが、いなくてもきっと大丈夫。本記事読了後はそう思えるかもしれません。
- テキスト、写真:田汲洋
- 編集:吉田薫
- イラスト:Goofy Maruyama
Profile

田汲洋
新卒でちっちゃな広告代理店に入社する。その後、某雑誌主催の大喜利世界大会に出場して優勝。ここで思いっきり進む方向を間違える。2011年より出版社の宣伝部でエロゲー雑誌やラノベ、マンガを担当し、テレビCMやキャンペーン広告ほか、ゲームショウやコミケなど数々のイベントを手がける。2014年にインフォバーングループに入社。2017年10月より新卒採用担当となる。2025年2月に退社。2025年3月よりトマソンブラザーズという外資系っぽい名前の会社の代表になる。
もう8月だなんて、時の流れが早すぎませんか? これを書いているのがお盆なのでもう半ばです。ちなみにわたしの会社にはタレントも所属しており、蒼石盆太郎という僧侶がいます。お盆で盆太郎と覚えてください。僧侶なのでお盆はめちゃくちゃ忙しいらしいです。
それにしても日本って暑すぎませんか?
先日、会社の制服を買おうということで、某ブティックでセットアップを購入。洋服を買うのが1年半ぶりだからワクワクして、すぐにでも着たい!と思ったのですが、暑すぎてジャケットを着ることができません。9月もたぶん暑いだろうし、いつお披露目できることやら……。
まあいいや。気を取り直して、今回もご相談にお答えします!
弊社は肩書きも席順もフリー。Slackで社長にスタンプだけ返してもOK。でも最近「自由=不安」だと痛感しています。プロジェクトごとにチームと評価指標が変わり、背中を追う先輩もロールモデルも見つからず、明確なキャリアマップもなくてぼんやり……。フラットな組織で“よりどころ”を築くコツを教えてください。 IT業界 新卒1年目 たかお
「自由な組織」の中で、不安に飲まれそうになっていませんか?
「肩書きはありません」「席順もフリーです」「Slackで社長にスタンプ返すだけでOKです」
そんな言葉を聞くと、一見すると夢のような職場のように思えます。
管理されない、上下関係に縛られない、言いたいことが言える環境。まるで理想郷のような響きです。でも実際のところ、その「自由」を本当の意味で使いこなせている人はどれくらいいるのでしょうか。
ちなみに、ぼくが以前採用担当をしていたときは「我々の会社は自由です!」なんて言ったことはありません。なぜなら、自由には、責任と孤独がついてまわるからです。簡単に口にしていい言葉ではありません。ヴォルデモートみたいな感じですね。あなたが今、「このままでいいのか?」「自分はどこに向かっているのか?」と不安を抱えているならば、それは「自由の重さ」を正直に受け止めている証拠です。たかおさんは素直でいいやつの可能性がありますね。
フラットに見えて、実はまったくフラットではない現実
「フラットな組織」と呼ばれる職場には、独特の難しさがあります。たしかに表面上は肩書きもないし、年功序列も存在しないように見えるかもしれません。でも、そんな「ルールがない」環境に限って、むしろ目に見えない序列や空気が支配しています。
そもそも新卒で入社したあなたが自由に働けるわけがありません。なぜならすでに何年も働いている先輩に仕事を教わる立場だから。自由やフラットといいつつ、そこには目に見えない明確なヒエラルキーが存在します。
Slackで誰にでも気軽にスタンプが送れる。けれど、本当に「誰にでも」送れているでしょうか? 「あの人にスタンプだけ返すのは失礼かな」と無意識にブレーキを踏んでいないでしょうか? 逆に、頻繁に反応がつく人、意見が通りやすい人がなんとなく決まってきてはいませんか?
それが、「目に見えないヒエラルキー」です。肩書きは消せても、空気は消せない。誰が発言してもいいと言われていても、「誰が発言していいかの空気」がその場を支配している。ルールが明示されていない分、グレーゾーンが広がっていき、それが精神的な圧力になります。
「自由であること」は、「何をしてもいい」ことではありません。むしろ、「何をすべきかを自分で決めなければならない」というプレッシャーの中に放り込まれることなのです。
最近の「フラットであることが正義」のような風潮には、少しだけ違和感を覚えます。フラットという言葉に縛られて、「誰の背中を追えばいいのかわからない」「誰かを勝手に目標にしてはいけない気がする」と萎縮してしまうなら、それは自由ではなく、不自由だと思うのです。
誰かを勝手に「師匠」にしていい。真似したくなる人がいたら、どんどん真似すればいい。学びを受け取りたいなら、受け取りにいけばいいのです。たかおさんが働いているフラットな組織は、その選択すらも自由にしてくれているのですから。
「ロールモデルがいない」は、あなたの感度が鈍っているだけかも
ほかの会社の若手社員と話していて、「ロールモデルが見つからない」とよく聞きます。ですが、それって本当にそうでしょうか? 「ロールモデルがいない」のであれば、どうぞひとりでがんばってくださいという感じですが、「ロールモデルが欲しいけど見つからない」のであればあなたがイケてない可能性があります。
ロールモデルがいないって、「社内にわかりやすいヒーローがいない」という意味でしかないことが多いように感じます。世の中には、驚くほど多くの学びやヒントが散らばっています。あなたはそれに気づけていないだけかもしれません。
たとえば、先日、近所のスーパーで買い物をしていたときのことです。
BGMとして流れてきたのが、大塚愛さんの“さくらんぼ”でした。スーパーで流れるインストゥルメンタルのあの独特なBGM。懐かしさに耳を傾けて、なんなら口ずさんでいたのですが、ある歌詞にまるで脳天を撃ち抜かれたような衝撃を受けたのです。
「泣き泣きの一日」
「自転車の旅」
泣き明かした一日ではなく、「泣き泣きの一日」という言い回しにこの上ない軽さを感じました。これ以上軽い「泣き」をぼくは知りません。この子はどんなことがあって泣き泣きの一日を過ごすことになったのでしょうか。飼い猫が死んでしまった……泣き明かすでしょう。彼氏とケンカした……泣き泣きかもしれませんが、もう少し重いかもしれません。忘れ物をした……これは泣き泣きかもしれない。スーパーで卵を探しながら、思考を張り巡らせます。
自転車の旅ってなんでしょうか。自転車の旅をしているカップルに出会ったことってあります? 自転車の旅が思い出の序盤に出てくるカップルはおそらくめちゃくちゃいい子たちですよね。幸せに生きて欲しい。「マルジェラを試着したり」よりは、愛せますよね。
そもそも自転車の旅ってひとりのイメージですけどね。それか大人数。ぼくは小学6年生のとき、近所のたつやくんと「自転車の旅をしようぜ」って言ってチャレンジしたことはあります。ですが、この歌詞に出てくる子は高校生か大学生だと思っていたので、「自転車の旅」というパワーワードに猛烈な違和感を感じました。
生麺の棚の前でどれを買おうか選びつつ、スマホで検索して“さくらんぼ”の歌詞をちゃんと読むと作中に出てくる具体的な思い出エピソードが「自転車の旅」しかないことに気づきます。怖すぎます。遊園地に行った、プリクラを撮った、部活帰りコンビニに寄った、週末買い物に行った、放課後カラオケに行った、など一切出てきません。それらの青春をすべて省略してでも伝えたかったのが自転車の旅だったのか。謎ですよね。あなたはこの事実をご存知でしたか? カラオケでなんとなく歌ってるだけでは気づきませんよね。この子たち、青春の思い出がほぼ自転車の旅しかないんですよ。多くを語らないことを『だって(思い出が)多いんだもん!!』って歌ってますけど、ひょっとすると自転車の旅しかない可能性があります。
しかもサビの部分が「笑顔咲ク」なんです。カタカナなんです。意味がわからない。国語教育の敗北です。さらに、おなじみ「もういっかい!」という掛け声とともにサビがリピートされる。これはひょっとするとトランス状態なのかもしれません。「もういっかい!」って革命的ですよね。試しにカラオケに行ったときに違う曲のサビで「もういっかい!」と歌ってみてください。ほぼ100%の確率で“さくらんぼ”の歌い方になります。
童謡『桃太郎』に出てくる作品を象徴する言葉が『きびだんご』(きびだんごという言葉を桃太郎以外で聞いたことがない)だとしたら、“さくらんぼ”という作品を象徴する言葉は間違いなく「もういっかい!」です。圧倒的なオリジナリティ。
とてつもなく平易な日本語で綴られた歌詞、曖昧すぎる言い回し、唐突に出てくる自転車の旅、リピートを促すサビ、キャリアプランを模索するよりもよっぽど興味深い。学ぶべきことの多いコンテンツだと思います。
ロールモデルはもはや「人物」である必要すらないのです。言葉や、歌詞や、本の一節や、街の風景にだってなれる。マンガ『アイシールド21』の蛭魔妖一みたいになりたい! でもいい。それに気づくために必要なのは、日常を「学びの対象」として見る姿勢です。
恐ろしく回りくどい言い方になってしまいましたが、前職でお世話になった方がよく「渋谷駅からこのオフィスに来るまでにいくつもの気づきや学びがある」とおっしゃってました。それができるひとは自ずとよいコンテンツを作ることができるし、ロールモデルも自分で見繕うことができる気がします。もし難しいようであれば、ぼくが勝手に誰かをあなたのロールモデルに任命しますので連絡してください。案外、強制的にロールモデルとして任命された人を追いかけてみるのも楽しい気がしますよ。
キャリアは「地図」ではなく「コンパス」です
「キャリアが描けません」「キャリアマップが欲しい」と不安を漏らす人に、私はよくこう言いたくなります。
そもそも先が見えてたことってあるんですか?(ぼくはいまだにゴールが見えてませんが……)
まあ、会社を辞めた立場としてはいろいろ言いたいことはあるのですが、まずは「そもそもキャリアって、地図じゃないですよ」と伝えたいですね。地図があれば安心かもしれませんが、それは誰かがすでに通った道でしかありません。それよりも、あなた自身の「感覚」や「価値観」に従って進むためのコンパス(羅針盤)を持つほうが、よほど大切です。
試しにiPhoneのコンパスアプリを使って、GoogleMapを使わずに目的地を目指してみてください。それがキャリアってやつの正体です。
ぼくのコンパスはポンコツでしょっちゅう間違った方向に進ませるのですが、偶然たどり着いた場所でそれなりに楽しめるマインドなので特に困っていません。「とりあえず外が晴れてるから歩いてみようか」みたいな。そんなもんじゃないですかね。
どんな人生にも予測不能な出来事があります。だからこそ、「ゴールを決めてそこに一直線に向かう」のではなく、「この方向には自分の好きな景色がある気がする」という感覚を信じることが、キャリアを持続可能なものにするのでは?
「この人と働きたい」「この仕事の哲学が好き」「この感情を忘れたくない」
そんな個人的で曖昧な「好き」が、あなたの人生を進める推進力になります。そしてそれこそが、自由な時代におけるキャリア形成の新しい軸なのです。
「つかまる杭」は、自分で打っていい
あなたが今抱えている「不安」は、決して悪いことではありません。むしろ、それは「自分で選びたい」という心の芽生えです。誰かの指示を待つのではなく、自分の重力圏を、自分で作りたいという欲求の証です。
だから、よりどころが見つからないなら、自分でそれを見つければいいのです。それは人かもしれません。言葉かもしれません。自分のノートに書き溜めたメモかもしれないし、YouTubeでたまたま流れてきた動画かもしれません。
揺れても戻ってこられる、自分だけの「よりどころ」を、丁寧に見つけていってください。それは組織が与えてくれるものではありません。自分で見つけ、自分で磨いていくものです。
そして「自由とは何か」を、もう一度考えてみてください。自由とは、「なんでもできる」ことではありません。自由とは、「選び取った結果に、責任を持つこと」です。
だから、あなたのキャリアは、これから始まります。ゴールを持たなくていい。 「地図がない状態で、進もうとする意志」こそが、あなたをつくっていきます。
迷っているあなたに、ひとつだけ伝えたいのは、その迷いこそが、あなたを動かす原動力になるということです。そして、「迷っていることを恥じないでください」。不安のなかにこそ、人生を切り拓くヒントがあります。もし本当に行き詰まったら、またいつでもメールしてください。そのときはもっと具体的なアドバイスをお送りします。
まずは今日から、身の回りの小さな「面白い」を見つけることから始めてみませんか?
まとめ
・自由な組織には目に見えないヒエラルキーがありがち。
・「ロールモデルがいない」は、あなたの感度が鈍っているだけかも。
・困ったらまたメールして。誰かに相談して、迷って、考えて。それだけでも充分。
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業務内容、職場の環境、働き方、給料、キャリア、人間関係など……些細な相談からディープな話まで、お悩みを募集しています。
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