CINRA

憧れの映画業界に転職したけど、コロナ禍で先行き不安。この先どうする?

クリエイティブ業界の若手が抱くお悩みに先輩がアドバイスする連載企画の第12弾。頼れる先輩は、デジタルマーケティング支援やオンラインメディア運営を行うインフォバーングループの田汲洋さんだ。クリエイティブ業界を渡り歩いた末に、現在人事を担当している彼は、業界屈指(?)のカウンセリング力を持っているとか、いないとか……。 今回寄せられたのは、映画業界で働くある若手からのお悩み。憧れの映画業界に転職したのはいいものの、業界全体が新型コロナウイルスの影響で苦境に立たされていて、会社の業績にも暗雲が……。この会社に残るべき? それとも別の業界に転職するべき? 映画を愛し、じつは自ら映画を撮った経験もあるという田汲さん。「好き」であるがゆえのこだわりから自由になって、新たな「好き」を見つけるための方法を提案してくれます。それにしても、映画って本当にいいもんですね。
  • 文・イラスト:田汲洋
  • 編集:佐伯享介、吉田真也(CINRA)

Profile

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田汲洋

新卒でちっちゃな広告代理店に入社する。その後、某雑誌主催の大喜利大会に出場して優勝。ここで思いっきり進む方向を間違える。2011年に出版社に転職。宣伝部でエロゲー雑誌やラノベ、マンガを担当し、テレビCMやキャンペーン広告ほか、ゲームショウやコミケなど数々のイベントを手がける。2014年にインフォバーングループに入社。2017年10月よりHR領域担当となる。

どうも。タクミです。

現在、企業のデジタルマーケティング支援を行うインフォバーングループで採用担当をしています。ちなみに、前職は某出版社の宣伝部などで働いていました。

迷える若手クリエイターたちの質問に対して、真摯にお答えする連載第4弾。曲がりなりにもクリエイティブ業界で経験を積んできたぼくが、これまで経験したことをもとにアドバイスさせていただきます。

新卒で入社した印刷会社で3年ほど働き、3年前に憧れの映画業界に転職しました。しかしここ2年間はコロナで売上がかなり厳しく、会社の存続も危ういと思っています。このまま映画業界にいていいのか、それとも他業界に転職すべきか悩んでいます。ぼくは今後、どうすればよいでしょうか?

映画配給会社 宣伝担当 マサオ(男性)

コロナで生活に影響が出た方は、働いている業界や会社規模の大小を問わず、たくさんいらっしゃると思います。映画業界も大きな影響を受けていますよね。

一般社団法人 日本映画製作者連盟の情報によると、2020年の映画の公開本数は1017本らしいです。興行収入10億円以上の作品は25本(邦画21本、洋画4本)。全体で見ると1955年以降で最低の入場人員、累計興行収入は2019年と比較して45.1%減の1432億8500万円。コロナの影響をモロに受けてしまいました(参考リンク:一般社団法人日本映画製作者連盟による2020年の全国映画概況)。

とはいえ、マサオさんにとってはわざわざ転職してまで入った憧れの業界。厳しい状況であっても、簡単には辞めたくないというのが本音だと思います。

こんなふうに映画館が超満員になる日は、いつになるのでしょうか

こんなふうに映画館が超満員になる日は、いつになるのでしょうか

「ポータブルスキル」があれば、どこでだってやっていける

本当に仕事や生活が厳しかったら、一度映画業界を出てみるのもよいと思います。そもそもマサオさんが未経験で業界入りできたのは、どんな業種や業界でも通用する「ポータブルスキル」があるからこそだと思うんですよね。たとえば課題を発見し、計画を立て、人を巻き込んで実行するというスキルは、どこの業界、どの会社であっても共通するもの。

多少の業界知識やその業界ならではのお作法はこの3年で得たと思いますが、仕事内容を振り返ってみると、実際にやっていることって以前とあまり変わらないのではないでしょうか? 業界の先行きに対する不安があるなら、映画へのこだわりを捨てて、今後伸びそうな業界にシフトチェンジするのもアリかと思います。

この手の悩みって「とりあえず転職すれば?」で解決しがち

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ですがその一方で、ひょっとすると悪い意味で映画業界の仕事に慣れてしまっている可能性もありまよね。そもそも、数字だけ見たらコロナ前でも映画業界の先行きは楽観的じゃなかったはず。それでもこの業界に飛び込んだのは、自分の中で映画に対する強い想いがあったからなのでは。ヒットしなくても面白いものがたくさんあって、それを宣伝することこそマサオさんの仕事の醍醐味なのでは? 憧れだった映画を仕事として扱っているうちに、当初抱いていた熱い想いを忘れてしまっていませんか?

自分のスキルを信じて転職するもよし、自分の想いを信じて踏みとどまるのもよし。どちらを選ぶことになるにせよ、ここはいったん立ち止まって、映画に関わることで自分のなにが満たされているのか、今一度深く考えてみてはいかがでしょうか。

映画が好きすぎたので勢いで撮って映画祭に送りまくったら謎の人物からメールが来た話

かくいう私も映画が大好きです。マサオさんの映画に対する想いも理解できます。今から21年も前の話ですが、こんな不思議な出来事がありました。

学生時代の私は映画が大好きで、映画の上映本数が世界一の街、パリに1年間住んでいた映画野郎でした。2000年4月に日本へ帰国したとき、突然、知らない人からメールを受け取りました。そこには英語でこう書かれていました。

君の映画『NAGA-HAMA』を観たよ。最高だった。次の作品を楽しみにしている。

Yellow Submarineより

じつはパリに行く直前、ぼくは『NAGA-HAMA』という映画を撮ったのです。主演はバイト先の友人のハマ。高校卒業後、就職しようとしていた矢先にバイクで事故を起こしたハマは就職できず、前歯も失い、悲惨な状態になっていたのでした。そこで映画が大好きなぼくが、映画を撮ったことなど一度もないのに、バイト先の主婦の方から借りた家庭用のビデオカメラで映画を撮ったのです。

「おれが映画を撮って、ハマをスターにしてやるよ」

「まじか、たくもん(※当時はそう呼ばれていた)! やろうぜ!」

こうして撮った作品が『NAGA-HAMA』でした。タイトルは大好きな北野武監督の『HANA-BI』を意識していますが、まったく関連性はありません。うす味なオマージュです。あらすじはこんな感じです。

道に落ちていたボロボロのナガハマという男を拾ったホシノくん。ナガハマは言葉を忘れており、ホシノくんとの間に奇妙な友情が生まれる。ある日、ようやく言葉を発することができるようになったナガハマに、兄がいることが判明。感動の再会とばかりに兄の家に行く。しかし、兄に邪険にされるナガハマ。最終的にナガハマが兄貴を殺して終わり。

15点くらいのヒューマンドラマでした。主人公のナガハマがリアルに前歯がなくてボロボロであるということ以外に特に見どころのない作品でした。

前歯がないという以外に見どころのない映画です

前歯がないという以外に見どころのない映画です

「Yellow Submarine」とは何者か。えっ、まさか、あの映画監督……?

たしかにぼくは、『NAGA-HAMA』のテープを片っ端からインディペンデント映画祭に送りつけてパリに旅立ちました。それじゃあ、『NAGA-HAMA』を観たと英語メールを送ってきた「Yellow Submarine」という謎の人物、こいつはいったい何者なんだろう。

一緒に映画を撮った仲間3人(ハマ、セッキー、KJ)にこのことを話すと、皆、ポカンとしていました。なんせインディペンデントすぎる映画(とも呼べないホームビデオ)のタイトルを知っている時点でありえない話です。気持ち悪いけど、とにかくメールのやりとりを続けてみようということで早速英語で返信しました。

ぼくの作品を見てくださってありがとうございます! あなたは何者ですか?

すると2日後にこんな返事が来ました。

私は映画監督です。一番新しいのだと、『ベイブ』って作品を撮りました。

今はブエノスアイレスにいます。

え? もしかしてYellow Submarineって、『ベイブ』や『マッドマックス』のジョージ・ミラー監督?

もちろん今思うとジョージ・ミラーなわけがないのですが、誰かのイタズラにしては手が込んでいるし、ジョージ・ミラーというチョイスもなかなか渋い。メールを送信した時刻を見るときっちり日本との時差が12時間ある。当時のぼくは、あっという間に信じてしまいました。

いつかジョージに出くわして街で話しかけたら、「あの頃のこと覚えてるぜ」ってこんな笑顔で言ってくれるかな?

いつかジョージに出くわして街で話しかけたら、「あの頃のこと覚えてるぜ」ってこんな笑顔で言ってくれるかな?

さらにネットで調べてみると、どうやらこの時期にブエノスアイレスでインディペンデント映画祭が開催されていたらしく、4人のなかで「ホンモノ確定だ!」と大騒ぎになりました。そもそも誰であろうと、こんなメールのやりとりをする意味なんてない。もう、ジョージ・ミラー以外考えられない。

Yellow Submarineとはいろいろな話をしました。あるとき、彼はオーストラリアにいました。そりゃそうです。ジョージ・ミラーはオーストラリア人だもん。ちなみに『ベイブ』は自分の中では全然気に入っていないって言ってました。ぼくは「『マッドマックス』がめちゃくちゃ好きなんで、はやく続編を撮ってください」と彼に伝えました。

半年くらいして、Yellow Submarineとは連絡が取れなくなり、いつのまにか仲間うちの話題に彼の名前が出てくることもなくなりました。それから15年後、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が公開されたとき、ぼくは映画館で「Yellow Submarine……もっと早くこれが観たかったよ。でも最高だったよ」と心の中でつぶやきました。

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のワンシーン。本当は火炎放射器付きのギターをかき鳴らしている男が好きなんだけど、絵を描くのが大変そうだったのでこれで!

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のワンシーン。本当は火炎放射器付きのギターをかき鳴らしている男が好きなんだけど、絵を描くのが大変そうだったのでこれで!

残念ながら、この話にはエビデンスがないし、当時もらったメールを見ようと試したけどHotmailにログインできず……。たしか、あの頃ぼくが使っていたメールアドレスはinokihiroshi@hotmail.comだったはずなのですが(アントニオ猪木が好きなんで)、もう彼のメールを見ることはできません。ただ、スマホもSNSもメッセンジャーもない時代に、メールのやりとりを半年間も続けてくれたことは感謝しているし、もしも彼がジョージ・ミラーじゃなかったとしても会いたいです。

もしも迷いがあるのなら、「好き」を要素に分解してみよう。こだわりから自由になれるかも

あの頃、ぼくらは映画に夢中でした。嘘でもいいからYellow Submarineにすがりたいって思っていたくらい、自分にとっては憧れの業界でした。ぼくは社会に出てから映画に関わることはできませんでしたが、映画とはまた違ったおもしろいコンテンツにたくさん関わることができたので、後悔はしていません。ちなみに、20年前の想定だと今ごろ俳優になっているはずのハマは、現在カナダでカフェを経営しています。

時を経て、ぼくらは今、映画体験そのものが変わっていく姿を目の当たりにしています。この1年はコロナの影響でなかなか映画館に足を運ぶことができませんでしたが、代わりにぼくは家でエンジョイするために75インチのテレビを買いました。そこそこ満足していますが、それでも映画館のあのワクワクする雰囲気は再現できません。水野晴郎さんが言っていた「いやー、映画って本当にいいもんですね」というのは、ド直球すぎるけどその通りだと思います。

『シベリア超特急』を監督したときの名前はマイク・ミズノ

『シベリア超特急』を監督したときの名前はマイク・ミズノ

さて、マサオさんの質問に戻りましょう。コロナで苦しい状況に陥っている映画業界で、働き続けるべきか否か。もしもマサオさんがまだ映画に夢中なら今の仕事を続ければいいと思いますし、ちょっとでも迷いがあるなら、映画に関わっているときに感じている「好き」という気持ちを因数分解してみてください。

マサオさんは、じつは映画に限らず「好きなものを広めること」が好きなのかもしれないし、映像そのものが好きなのかもしれないし、ひょっとすると「人を感動させること」が好きなのかもしれない。そんなふうに自分の「好き」を因数分解して、こだわりから自由になった視点で仕事を見つめ直してみてはいかがでしょう。そしてじっくりと、自分がどうするべきかをあらためて考えてみてはいかがでしょうか。「ポータブルスキルがあればとりあえずどこででもやっていけるから」と冒頭では申し上げましたが、仮に映画業界から離れても、マサオさんが夢中になれるものはきっと他にもたくさんあると思います。

もしぼくなんかではなく、映画監督に相談してみたいということでしたら、ジョージ・ミラー監督のアドレスなら知っているので、こっそり教えてあげますよ。

まとめ

・自分のポータブルスキルを信じて、転職するのもアリ
・好きを因数分解して、考え直してみよう
・いやー、映画って本当にいいもんですね

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