仕事が楽しいから、日常もより輝く

株式会社ゆかい ただ(フォトグラファー)

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たださんは、仕事の話をしているとき、終始楽しそうに話してくれる。下積み時代のことを聞いてもその目には一点の曇りもなく、純粋に楽しかったんだろうなぁと伝わってくる。フォトグラファーという職業は、幼い頃から夢見ていたわけではなく、音楽やアートなど自分が純粋に“おもしろそう”と興味を持って勉強していたなかで、自然に行き着いた場所だという。「オンとオフが抱き合わせた状態」と話すほど、忙しい毎日を過ごしている彼がなぜ、そこまで仕事を楽しいと思えるのか。その自然体の姿を探った。
  • インタビュー・テキスト:中山夏美
  • 撮影:すがわらよしみ
  • Profile

    ただ

    1981年神奈川県横須賀生まれ。音楽やサブカルが好きだったことから、和光大学へ入学。卒業後、美学校へ進学。そこでアートユニット「ゴージャラス」の松蔭浩之氏と出会い、写真で作品を作ることのおもしろさを知る。フォトグラファーの道を目指すことを決意し、松蔭浩之氏のアシスタントとバイトを掛け持ちする生活を始める。同じくアシスタントだった池田晶紀氏の実家の写真館を手伝ったことがきっかけで2007年からゆかい写真事務所に所属。

好奇心の先に辿り着いた写真の世界

―たださんは大学時代から写真の勉強をされていたんですか?

ただ

ただ:いや、まったくしていませんね(笑)。大学は、文系の人間関係学部でした。和光大学を選んだのもおもしろそうだなって思ったから、選んだだけで(笑)。その頃は、フォトグラファーになるなんて、思ってもいませんでしたね。もともと、母親が音楽好きで楽器をやらせたがっていたので、小学生のときにブラスバンドに入っていたんですよ。幼いころからずっと音楽が好きだったこともあって大学では、バンドを組んでいました。メンバーは6人なんですけど、ギターが4人いるちょっと変わったバンドでドラムを担当していて、1曲15分ぐらいある曲とか作ってました(笑)。あの頃は、バンドとバイトに熱中していましたね。

—元々はバンドマンだったんですね。大学卒業後は美学校に進学されていますが、就職という選択はなかったのですか?

ただ:就職活動は、してなかったです。その頃は、将来についてあまり考えていなかったし、うすらぼんやりとしていました(笑)。美学校には進学というよりもアトリエに通う感覚で、自由に来て、自由に勉強するスタイルがいいなって思って。それで「サウンド視覚表現コース」を専攻して、蛍光灯楽器のオプトロン奏者である伊東篤宏さんの授業で、ミュージシャンの大友良英さんがゲスト講師としてきてくださったりと、すごくおもしろかったですよ。

―美学校に入ってもまだ、写真の勉強はしていないと。

ただ:そうなんですよ(笑)。1年目は、ずっと音楽の授業を受けていて、2年目になってから美術系の授業も専攻しました。そこで「ゴージャラス」というアートユニットを組んでいる松蔭浩之さんの授業を受けたんです。現代美術の授業だったんですけど、松陰さんが作品を写真でつくってて……。そこではじめて「写真で作品をつくるっておもしろい!」と思ったんですよ。そんなきっかけもあって、写真をキチンと学ぼうと思い、写真コースの授業も取りました。

―ここでやっと、写真の登場ですね(笑)。元々、音楽への興味のほうが大きかったと思うのですが、音楽の道に進もうとは思わなかったんですか? 

ただ:その当時、音楽は一番の関心ごとではありましたが、そもそもその延長上に仕事があるようには思ってなかったです。表現としておもしろいとは感じていましたが、それを仕事にしよういう風には考えていなかったですね。

―では逆に写真は、仕事に結びつけられる可能性があると感じたのですか?

ただ:そうですね。写真は、作品制作と同じ方法で仕事ができると思ったんです。音楽もそうですけど、ひとつの作品を作ってもそれを仕事として誰かに評価してもらって、お金に結びつくまでの道のりはかなり長い。自分が好きな作品を作っただけでは、お金にならないことのほうが多いと思うんですよ。それに比べると写真の場合はその境目が曖昧というか。作品が仕事に、そして仕事もそのまま作品になるのがおもしろかった。だからなにかしらの作品制作を続けていきたいと思っていた自分にとっては、写真のそんなところが魅力的だったんですよ。

わりと毎日、夢中でした

―写真を仕事にしようと決めて、美学校を卒業後は、どうなされたんですか?

ただ:バイトをしながら、美学校での授業がきっかけで親しくなった松蔭さんの撮影アシスタントを始めました。

―アシスタントでは、具体的にはどのようなことを?

ただ:フォトグラファーは、撮影現場で一番動かなくてはいけない立場。そのフォトグラファーが仕事をしやすいように、お手伝いするのがアシスタントの仕事です。撮影機材の運搬、現場のセッティング、露出計で光の強さを測ったりなど、いわゆる「シャッターを押す」以外の様々な事をやっていました。

—それだけ聞くと、結構大変な下積み時代といった印象を受けるのですが…。

ただ

ただ:う〜ん……、そうかも知れませんが、大変だとは思わなかったです。わりと毎日、夢中でした。一般的にフォトグラファーになりたい人は、撮影スタジオでアシスタントの経験を積んだ人が多いんですよ。ぼくは、そこまで写真の勉強もしていないし、スタジオ経験もない。現場での勝手もわからないから、必死で目の前の仕事をこなしていくしかなかったんです。でも、それを辛いとか嫌だとか感じたことは一度もなかったですね。むしろ現場は、おもしろいところだったし、松蔭さんもエキセントリックな人だったので(笑)、働き方も生き方もおもしろいなぁと思って見てました。そんな人柄が好きになったから、アシスタントが楽しかったのもあると思います。

—それで、松蔭さんのアシスタントは、どのくらいされていたんですか?

ただ:その辺が曖昧で(笑)。今も松蔭さんにはお世話になっていて、現場に行く事はないけれども、その師弟関係みたいなのはずっと続いています。それで、今の事務所の代表である池田が、ぼくの前に松蔭さんのアシスタントをしていて、池田が独り立ちしてからは、池田のアシスタントもするようになりました。そしたらある日、池田に「写真で食っていきたいの? そんなに甘くないから、本気でやりたいなら、おれの実家の写真館手伝ってみるか?」みたいなこと言われて。それで実家も近かったので、横浜にある写真館の手伝いを始めることになったんですよ。

—写真館だと、今までと撮影現場が違いそうですね。仕事の内容も変わりましたか?

ただ:基本的には、池田の父親である社長の撮影アシスタントなので、松蔭さんのときとあまり変わりません。写真館のお客さんは、ほとんどが入学や卒業などの節目に記念撮影をする人。子どもも多いので、現場作りが大変でした。池田のお父さんは被写体を笑わそうと、おもしろい事を言ったり、わざと壁にぶつかったりして、すごくひょうきんな方でしたね(笑)。でも、地域の人たちからすごく人気があって、カメラの「カメ」をとって「カメちゃん」ってみんなに呼ばれているんですよ。おもしろいことを言って笑いをとったりって、フォトグラファーとしての技術には必要じゃないことなのかもしれないけど、被写体の良さを引き出すために努力する姿勢がかっこいいな、と思いました。現場での雰囲気作りは、池田のお父さんから学んだ部分がすごく大きいです。

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おもしろい人に出会えた環境を大事にしたい

おもしろい人に出会えた環境を大事にしたい

—では現在のゆかいには、いつから所属されているんですか?

ただ:池田のアシスタントをしながら、写真館も手伝っていて、その流れでゆかいにも出入りするようになって…気づいたら、いた、みたいな感じです(笑)。

—事務所に入るのは、自然な流れだったということですか?

ただ

ただ:でも、「よし、ここでやろう」という決意みたいなものはありましたね。運命論は信じていないですけど、池田と出会えたことがとても大きかったと思います。松蔭さんも池田もそうですし、おもしろい人に出会えた自分の恵まれた環境を大事にしたいと思ったんですよね。それと、ゆかいはチームで働くことの楽しさを教えてくれたのが大きいです。所属メンバー5人が個人で仕事をすることもあれば、ゆかいとして看板を前に出して一緒に活動することもあります。ときには、メンバーのアシスタントをすることも。そういうチーム感がぼくには合っていたんですよね。

—フォトグラファーは、フリーランスの方が多い職種だと思うのですが、事務所に所属していることの良さってなんですか?

ただ:ひとつの作品をチームで作れること。ひとりでは作れない、チームじゃないとできないことってあると思うんです。個人の仕事でもそうですけど、被写体、編集者、スタイリスト、ひとつの作品に関わっている人は、みんなチームだと思うし、一緒にゴールを目指す感覚を大事にしたい。その感覚は、ゆかいに所属してからより強く思うようになりました。あとは、ゆかいには“写真”という同じ目的で結ばれた仲間がいるので、助け合いができるのも大きいかな。例えば、悩んだときにひとりで反省していても埒が明かないこともあるんですよ。そういうのって他人から突っ込んでもらわないと、何も見えてこない。自分だけで考えると、どうしても甘えが出ますしね。うちのメンバーは、その点、厳しいですから(笑)。

地道に歩いて、いい瞬間を切り取る

—フォトグラファーとして活動されるようになってから、意識されていることなどは、あったりしますか?

ただ:写真は、ぼく自身の色とか表現方法よりかは、被写体やその場の状況がまず第一だと思っています。それにちょっとだけ関わるのがぼくの仕事です。「自分だけでどうにかします」とか、全てをコントロールできるものではないと思うんですよね。被写体がいて、現場をセッティングしてくれる人がいて、色々な人がいるなかの一部がぼく。自分ひとりで完結できるものではないと思っています。ただ、二度と同じ時間は戻ってこないということだけは、すごく意識していますね。“いい瞬間”にシャッターを押せなかったら、意味がない。そのための努力は惜しまないようにしていますね。

—では、今までで一番“いい瞬間”に巡り会えたときは?

ただ:決めがたいですね……。どれも思い出深い現場ですから。いろんな捉え方があるなって思っていて、難しいところなんですけど、自分のベストオブベストが媒体によっては使いにくいときもあるわけなんですよ。だから、ぼくが「これだ!」って思った瞬間と見てくれる人の意識がピタっと一致したときがうれしいですね。現場が共通認識で包まれたときは「いい仕事したなぁ」って思いますね。

—逆に仕事ではなく、自分の作品を撮影するときと意識の違いはあったりしますか?

ただ

ただ:あるようでない……ですかね。ただ、仕事は撮影を担当しているのがぼくでも、最終的にどう仕上げるのかはクライアントさんとの間で決まっている事が多く、自分の意見だけで決められるものではありません。だけど作品は、撮影をしたあとに自分がどんな作品にしていくかを自分で考えられる。アウトプットまでが作品なんですよね。そう考えると最終的な到達点は違います。でも、ファインダーを覗いてシャッターを押すのは同じだし、実際に写真に対して意識していることも変わらないから、紙一重ですね。仕事と作品は、ぼくにとって分けることのできない関係です。

—作品制作はプライベートな部分だと思うんですが、仕事と同じ位置にあると、普段の生活と仕事を分けるのが難しそうですね。

ただ:たしかにそうかもしれませんね。去年、事務所の近くに家を借りてからは、よりプライベートと仕事の結びつきが濃くなったような……。事務所が自宅の“離れ”みたいな感じで(笑)。いつもプライベートと仕事を意図的に区別しようとも思わないし、互いが平行線で続いている状態が、日常になっていることを違和感なく受け入れられていますね。

—なるほど。では最後に、そんな仕事と普段の生活を両立させるための秘訣などはあったりしますか?

ただ:秘訣か……とくにないんですけど(笑)。でもプライベートと仕事がお互い浸食し合って、オンとオフが抱き合いながら進んで行く感じを今は、心地よく感じています。やっぱり写真を撮っているのが楽しいんですよ。だから、毎日忙しくても逆にがんばれるというか。オフのときに写真を撮らないわけではないので、あえて区切りをつけなくても悪い影響は与えていないと思うんですよね。フォトグラファーは、自分の足で地道に歩いて、いい瞬間を切り取るのが仕事。オンもオフも関係なく、毎日の“おもしろい”をうまく仕事や作品に活かせていけたらいいなって思います。

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    日曜大工

    昨年引っ越した家が改装自由だったのがきっかけで、日曜大工を始めました。その家、築50年なんですけど、ものすごく汚くて古い物件だったんですよ。住んだ当初は、事務所の女の子から「住める家とは思えない」と言われたぐらいで(笑)。だから、畳を板張りにしたり、壁に漆喰を塗ったりして部屋をきれいにするところから、改装を開始。1年間住んで、やっと人が呼べるレベルまできれいになりましたね。あと最近、改造した蛍光灯を使った作品制作にハマっています。あ、でもけっこう危険なのでよい子は、マネしないでください…!