体当たりで切り拓いた、洋楽のしごと

ホステス株式会社 飯沢 麻里(プロモーション)

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洋楽レーベルであるホステスに新卒で入社した飯沢さんは、元々邦楽好きで英語も全然話せない。だが体当たりと試行錯誤の繰り返しで、会社とともに成長を遂げ、現在はArctic MonkeysやRadioheadをはじめとした世界的アーティストのプロモーションを手掛ける。洋楽特有の難しさも笑って振り返る彼女の原動力は、好きな音楽を多くの人へ届けたいという気持ちしかないという。数々の経験談とともに、飯沢さんのこれまでとこれからに迫った。
  • Profile

    飯沢 麻里

    1984年生まれ。東京都出身。武蔵大学経済学部在学中に学生音楽団体「CRJ-tokyo」に所属し、ラジオ番組の制作やイベント企画に携わる。インターンを経て2006年に新卒でホステス株式会社入社。プロモーション担当として媒体への宣伝からスタートし、現在はマーケティング業務やイベントの企画・制作、さらには海外アーティストの来日時のアテンド、宿泊・配車手配など、多岐に渡り活躍中。

邦楽大好きの学生が、洋楽レーベルを目指すまで

―飯沢さんは洋楽レーベルでプロモーション担当ということですが、元々洋楽好きだったんですか?

飯沢:いえ、ずっと邦楽しか聴いていなかったんですよ。高校のときに「くるり」に夢中になったのが最初で、それからひたすら邦楽のインディーズを漁っていて。

—洋楽はまったく?

飯沢:洋楽で初めてちゃんと買ったのはMotorpsychoというバンドで、それもくるりが凄いプッシュしていたから聴いたんです。そこからMogwaiやMy Bloody Valentineも聴くようになりました。

―ちなみにホステスは洋楽のアーティストを扱いますが、英語は喋れるんですか?

飯沢 麻里

飯沢:それが全然(笑)。やっぱり海外とのやりとりが多い会社なので、社内でも英語がしゃべれたり、バイリンガルだったりするのスタッフが半分以上ですけど。もちろん、今も一応英語の勉強をしなくてはと思っているんですけど、なかなか難しいですよね……。

―洋楽と英語に無縁となると、ホステスに入社したのはどういう経緯で?

飯沢:大学時代にCRJ-tokyo(College Radio Japan)という、音楽好きの大学生を中心とした団体に入っていたんです。私が所属していた頃は、「SHIBUYA-FM」や「むさしのFM」で番組を担当してオリジナルチャートを発表したり、フリーペーパーを作ったり、ライブイベントの企画をしたりしていました。自分たちのイベントにSpecial Othersとか、トクマルシューゴさんにも出てもらったり。

―学生団体でも、かなり本格的な活動ですね。

飯沢:はい。そんな活動の中で、新譜のサンプル盤を送ってもらったり、何かと繋がりのあったホステスから、インターンを募集するということでCRJに声が掛かって。そこで真っ先に「やりたいです!」って手を挙げたのが最初でした。

―まずはインターンとして、ホステスに入ったと。

飯沢:当時はまだ社員も4〜5人で、事務所も白金にあった一軒家だったんです。10畳くらいの部屋に社長も一緒に机を並べていて。正直、最初の印象は「すごいところに来ちゃったな……」みたいな(笑)。

―まさにベンチャーという感じだったんですね。当時はどんな業務だったんですか?

飯沢:インターンとしては、例えば外部のメディアにサンプルCDや資料を送ったりなど、いわゆる雑務が多かったのですが、それが面白くて。そういったお手伝いをしながら、将来は何か音楽に関われる仕事がしたいという気持ちもあって。音楽業界を含めて就活をしていたんですけど、大手レーベルにはことごとく落とされました(笑)。そんなときにタイミングよく、ホステスでアシスタント的な社員が必要になったということで、運良くそのまま新卒として就職させてもらったんです。

「新しいアーティストを知ってほしい」採算度外視で続けるイベント

―なんだか巡り合わせを感じます。では改めて、ホステスとはどういう会社なんですか?

飯沢:基本は海外のレーベルから作品のライセンスを受けて、日本での流通とプロモーションを行う会社です。なので作品をゼロから作っているというわけではなく、基本は日本で展開するための代行業と言えばいいでしょうか。簡単に言うと、「海外アーティストの作品を日本で展開する役目」といった感じです。その中で私はプロモーション担当として入社したので、メディア全般、たとえば雑誌やラジオ、テレビ、WEBなどの媒体を任されて宣伝をメインにしています。

―例えば入社してから、自分の思うようにいかなかったり、壁にぶつかるような経験はありましたか?

飯沢:もちろん色々あるんですが、昔、全国のラジオをほぼひとりで担当しなきゃいけなかったときは結構堪えましたね。まずラジオのディレクターやDJに、「いまこの曲をプッシュしてます!」といったプレゼンをするんですけど、その時は、北は札幌から南は福岡まで、7都市を1〜2週間かけて、ひとりで大量のCDを抱えながら地方巡業っていう感じで(笑)。これがメジャーレーベルだと各都市に営業所があったりするのですが、そのときはコネクションも少なかったので、もう一か所一か所、知っている人を伝って、地道にまわるという(笑)。今思うと、体当たりの日々でしたね。

―努力の積み重ねですね。それに加えて、海外アーティストのプロモーションとなると、何かとスムーズにいかないことも多いのでは?

飯沢 麻里

飯沢:何事も順調にいくわけではないですよね。来日と言っても単純に日本でのスケジュールを組むだけではなく、場合によっては飛行機や配車の手配とか、ビーガンの人がいればケータリングや夕食場所のリサーチなど、前段階で準備しておくべきことがたくさんあります。国によって文化も違うので、イギリスやアメリカ、北欧など様々な国のアーティストと接することによって、それぞれにあわせたスケジュールやアテンドを行うなど、現場の雰囲気を感じ取って勉強していきました。また、無事に日本まで来てくれたとしても、私は英語がさほど出来ないので、いまでも移動中とかの簡単な会話でさえハラハラですよ(笑)。

―なるほど。手当たり次第、現場で経験を積んできた感じですね。

飯沢:手取り足取り教えてもらう状況でもないので、基本は現場主義といった感じです(笑)。ラジオのときもそうでしたけど、なんでも当たって砕けろというスタンスは、私を含め会社として根づいているかもしれません。最近はHostess Club Weekender(以下、HCW)という、週末に都心で自社アーティストのライブを楽しむことをコンセプトとしたイベントをやっていて、私も担当しています。大学時代にイベントを手伝っていたこともあり、ちょうどイベントを始めるというタイミングで「私もやりたいな」と社内でふわっと言ってたら、本当にやることになったという(笑)。HCWは2日間で3500〜4000人くらいの動員を見込んでおり、会場を探し始めたのが本番の3〜4ヶ月前。その規模で週末2日間を押さえられるところなんて全然見つからなくて、片っ端から必死に電話かけまくったことも、今ではいい思い出です(笑)。

―実際にイベントを始めてみて、チケットが思うように売れないとか、想定外だったことはありましたか?

飯沢:レーベルが行っているので、アーティストをリリース前のタイミングで呼んで、ライブを見せたり、メディアの人を招待したり、とにかくリスナーに知ってもらうことを重視したイベントでもあるんです。だから、元々イベントのみで利益を上げることを目的にしている訳ではなく、価格設定も普通に考えたら採算度外視。私は「ちょっと値上げしません?」と言ってしまう時があったりしましたが(笑)、その金額設定には社長がこだわっていて。それはやっぱり、新しい音楽と出会う場を作りたいという想いが強いんですよね。あと、実はHCWの物販エリアは、ほぼ全員ホステスのスタッフがやっており、お客さんの反応をダイレクトに知るいい機会にもなっていて。やっぱりネット上の反応も参考にはなるけど、リスナーの生の反応が一番参考になります。

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時代と共に変化していく、プロモーション手法

時代と共に変化していく、プロモーション手法

—例えば、プロモーションという仕事のやりがいは、どういうときに感じますか?

飯沢:アーティストによっては、海外での反響は大きくても日本ではその熱がまだ伝わりきってないケースがあります。だからその盛り上がりを日本国内にも持ってくることが出来るのは、やりがいの1つでもありますね。日本では早耳のリスナーさんの間だけで話題になっているバンドってたくさんいて、その様な音楽をメディアを通して露出させたり、プロモーションから徐々に噂を広げていき、日本国内のフェスに出演させることができて、単独公演でもお客さんが集まるようになったりする。そういった現場を見ると、自分がプロモーションとして携わる醍醐味を感じます。

—なるほど。その中でも、「これは会心のプロモーションだった!」というのは?

飯沢 麻里

飯沢:Arctic Monkeysは印象深かったですね。珍しく海外とほぼ同タイミングで日本でもデビュー当時からもの凄く話題になっていたんですけど、あれほど爆発的に売れそうで、歴史に残るバンドになると感じたアーティストはいませんでした。でも、当時のホステスはArctic Monkeysほど大きいアーティストをそこまでやった経験はなかったと思います。だから日本でどこまで火を付けられるかが、うちの会社次第というプレッシャーもあった。それで、かつてないくらいラジオやテレビでも宣伝して、雑誌でもたくさん展開してもらったり。音楽誌の表紙を軒並み取れたのもあれが初めてだったのでは、と思います。だから私だけで大きなきっかけを作ったというのではなく、会社みんなで一丸となったからこそ世の中のたくさんの人に届けられたんだな、と。あと、RadioheadのTwitter事件も強烈でしたね。

—Radioheadの公式アカウントが意味深なことをつぶやいて、大騒ぎになった事件ですよね。

飯沢:あれは渋谷のスクランブル交差点の街頭ビジョンで、世界で初めてシングルのプロモーションビデオを解禁する予定だったんです。バンドの公式アカウントから「渋谷 ハチ公広場 金曜日 18時59分」といったツイートがされたら、ビックリするくらい情報が拡散してしまって、警察からも連絡が来てしまったほど。結局中止にはなったんですけど、そのときにソーシャルネットワーク(SNS)の凄さと、Radioheadの影響力の大きさを痛感しましたね。

—SNSによって、プロモーションの仕方も時代と共に変わってきているでしょうか。

飯沢:いまも音楽誌・ラジオ・テレビ・WEBなどを通して情報を伝えることは続けていますが、現在はそれに加えてTwitterやFacebookなど、ソーシャルの力も増してきましたよね。もちろん作品によっては、昔ながらのプロモーション方法としてラジオに力を入れたほうがいい場合もありますけど、確実にその選択肢は増えています。いま、WEBの広告は私が担当しているんですけど、例えばディスプレイ広告やソーシャル広告を利用すれば、今までよりもっと届けたいターゲットに対して有効的にプロモーションが出来る。ただでさえ音楽は流行りがあるものなので、プロモーションにしてもどうやったらリスナーに届くか、時代の流れと共に考えなきゃいけないとは思いますね。

邦楽と洋楽の垣根を壊していきたい

—お話を聞いていると、仕事自体にはすごく自由度の高さを感じますが、海外とのやりとりがベースですとそこに難しさもあるのでは?

飯沢:もちろん、大変なことはたくさんありますよ(笑)。例えば、来日したアーティストが取材を突然キャンセルしてしまって、各方面への謝罪対応とか……。やっぱり思っていたように進まないことは山ほどあるんですけど、その場その場でフレキシブルに解決策を考えています。後は、少人数の会社だからこそ、アーティストの細かいリクエストを柔軟に応えられるケースも多いと思っていて。いまはRadioheadやBeckのように、もっと自由にやりたくて大手のレーベルから移籍したり、独立したりするアーティストが多い。そうするとパッケージやボーナストラックとかでも、出てくる要望も自然と多くなってきています。そういった自由度が増してできることは増えたけど、その分、予算とのせめぎ合いなども多くありますね。

—元々邦楽好きとしては、いつかは邦楽のプロモーションもやってみたい、なんてこともあったりしますか?

飯沢 麻里

飯沢:それはありますね。私は英語がネックになって、海外とのやりとりが大してできないし、邦楽はいまでも好きなので。ただ、邦楽だけにシフトしたいというよりも、ホステスだからこそできる邦楽へのアプローチをしたいです。今年はくるりがやっている『京都音楽博覧会』に、うちの会社のVillagersというアーティストが出演したんです。くるりのみなさんもVillagersのライブを楽しみにしてくださって。個人的には、そうやって、アーティスト同士の交流を増やせるといいなと思っています。

—ゆくゆくは、洋楽と邦楽の架け橋的な役割というか。

飯沢:それが出来るといいですね。今は邦楽と洋楽の壁がすごく高くなっている気がしていて、その壁を少しでも低く出来ればいいなと思ってます。国内外とか関係なく、良い音楽は本当に良い。だから、そういう垣根をなくすような働きを、ホステスの仕事を通して出来れば楽しいですよね。特に、邦楽のアーティストから支持される洋楽アーティストが多く所属しているのも、うちの強みだと思うんです。だから、邦楽と洋楽の接点をつくれる可能性はまだまだあるんじゃないかと。

—素敵な展望です。では最後に、いまやっている仕事の魅力を聞かせていただけますか。

飯沢:難しい質問ですね……。凄くミーハーですけど、アーティストの音源をいち早く聴ける立場だというのもあって、新しい音源を聴いて盛り上がれるのは役得ですね(笑)。あとは、世界中の本当にいろんなジャンルの音楽を扱っているので、「こんなカルチャーあったのか!?」みたいな気づきがすごく多いのは、海外の音楽を扱っているからこその醍醐味だとも思います。その様な中で、自分の感性で心から「良い」と思ったものを宣伝できる。キツいときもあるけど、なんやかんやで私は音楽が好きなんですよ。単純だけど、それが私の仕事になるっていることは、すごく嬉しいことです。

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    音楽も好きですけど、食べること、飲むことも大好きなんです。食に関する本やエッセイを読むことが好きで、この本は“料理本と出会ったきっかけや思い出を紹介する本”というか。その中に登場する食べ物や作り方も紹介しているんですけど、ただ料理本やレシピを説明するのではなくて、その料理に出会ったきっかけとか、著者の方の紹介している料理本との思い出話とか、そういうエピソードをまとめている本なんです。音楽もそうなんですけど、背景とか、歴史とか、想いみたいなものを知るのが好きなんでしょうね。それを知ってから読んだりする、また印象が変わってきて、オススメです。