湘南で生まれ育った少年が、GREENROOMのフェスディレクターになるまで

株式会社グリーンルーム 杉下正樹(フェスティバルディレクター)

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2005年にスタートし、2016年は2日間で約8万人を動員。既に国内で有数のフェスとして知られるGREENROOM FESTIVAL。今年はSuchmosやYogee New Waves、大橋トリオなど、今をときめくアーティストが横浜赤レンガ倉庫に会する。このフェスで、ディレクターを務めるのが杉下正樹さんだ。湘南・茅ヶ崎で生まれ育ち、サーフカルチャーに慣れ親しんだ少年が、今の仕事を選んだ背景には何があったのだろうか。フェスや地元に寄せる、杉下さんの想いを伺った。

Profile

杉下正樹

1985年、神奈川県茅ヶ崎市生まれ。日本体育大学卒業。フェスティバルディレクター。GREENROOM FESTIVALやOCEAN PEOPLESなどをはじめ、イベント事業の全体を統括する。趣味はフェス巡り、サーフィン、BBQ、飲み会など。今年は小型船舶免許を取得。

体育祭で神輿を担ぐ? 今の自分を形成する原体験とは

—湘南で生まれ育ったということですが、どのような学生時代を過ごしていたのですか?

杉下:家族や友人など、周囲はサーファーだらけという環境で育ちました。自然な流れでサーフィンをはじめ、徐々にそれを取り巻くサーフカルチャーに夢中になっていって。中高はサッカーに打ち込んでいたのですが、途中で辞めてしまいました。やんちゃばかりしていて(笑)。

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―その頃から、みんなを率いて企画をするのが好きだったのですか?

杉下:そうですね。高校時代、体育祭で応援団長をやったことがあって。僕のいた学校では、毎年クラスで一番やんちゃな奴が応援団長になる風習があったんです。案の定、僕が団長になりました。高校生活で最後のイベントだし、せっかくやるなら前例のないことをやろうと思って神輿をつくったんです。もちろん木材を買うところからはじめて。すごく大変でしたが、なんとか完成し、最後は神輿を囲んでダンスを踊りました。もう、めちゃくちゃでしたね(笑)。

—体育祭で神輿をつくるなんて聞いたことがありません(笑)。反響はいかがでしたか?

杉下:それがすごく良くて。毎年、優れた応援団に贈られる賞がいくつかあるんですが、僕たちはその年の賞を総なめにしました。パフォーマンスだけではなく、神輿をゼロからつくった行動力も評価されて。この時、「みんなの手でひとつのことをつくりあげていくのはこんなにも楽しいのか」と感動したのを覚えています。応援団長の経験を通して味わった一体感や達成感が、今の自分を形成する原体験になっているのかもしれません。

—想像するだけで鳥肌が立ちます! 高校卒業後はどのような進路を?

杉下:高校で色々とお世話になった先生が「お前は体育教師になればいい」と強く勧めてくれて。勉強はまったくダメでしたが、スポーツだけは得意だったので、日本体育大学へ進学することに決めました。

—え、体育教師を目指していたのですか?

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杉下:いや、それが真っ当な道を歩めるはずもなく(笑)。結局、教職課程も途中で頓挫してしまいました。大学時代も相変わらず遊んでばかり。仲間と一緒にサーフトリップを企画したり、とにかく毎日アクティブに過ごしていましたね。

「自分だったら、こうしたい」イベント制作会社時代に抱いたジレンマ

―大学卒業後は、すぐにグリーンルームへ就職したのですか?

杉下:いいえ。最初は別のイベント制作会社に就職しました。それからはひたすら現場で叩き上げ。ほぼ毎日、いろんなイベントやフェスに足を運び、会場運営をしていましたね。主催者ではなく、あくまでサポーター。請け負いの仕事がメインでした。

―イベント制作会社と一口に言っても、今の仕事と異なる点は多そうです。

杉下:自社イベントを持っているかどうかは大きな違いですね。ある時から、決められた範囲の仕事しかできないことに悶々としはじめたんです。「自分だったらここにこだわる」「ここにお金をかければ、お客様がもっと驚いてくれる」など、主催者側としてやりたいことが浮かんでくるようになって。いくら良いアイデアでも、それを実行に移すことができなければ意味はない。そのジレンマを払拭できず、退職を決めました。入社して5年という節目でもあったので、今後についてしっかり考えようと。

―退職後は、地元である茅ヶ崎へ?

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杉下:はい。地元の友人と一緒に飲食店をはじめました。お客様と直接コミュニケーションを図ってみたかったんです。前職のイベント制作では、現場とはいえクライアントを挟んでお客様がいるという関係だったので、リアクションを常に感じられる距離で仕事をしてみたいと思いました。また、お金の動きに実感を持ちたかったというのもあります。イベント制作って費用が膨大で、まったく手触り感を持てないんです。しかも、数か月後の振込が大半。現金商売を通して、ビジネスを基礎から学びたいと思いました。開業準備や日々の営業など、苦労はたくさんしましたが、その分得るものも多かったですね。

―充実していたようですが、なぜもう一度イベント制作に復帰しようと思ったのですか?

杉下:当時、地元で開催されていたハワイアンフェスがあまりにもイケてなくて(笑)。「自分だったら、こうしたい」という感情がまた沸々と湧いてきたんです。やっぱり自分にはイベントの仕事しかないんだなと痛感しました。そこで、もし復帰するのであれば、サーフカルチャーを大切にしているグリーンルームに行きたいと思ったんです。自らの価値観やアイデンティティとも重なったので、もうここしかないと。

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―グリーンルームに転職した頃のお話を聞かせてください。

杉下:笑えるほど壮絶でした。というのも4月に入社し、その1か月後にフェスがあったんです。よりによって1年のなかでもっとも忙しい時期という(笑)。社内で飛び交う専門用語やフェスのルールなど、とにかく知識を補うことに必死でした。イベント本番直前ということでてんやわんやだったし、誰かが丁寧に教えてくれるような環境ではなかったので、そこに食らいついていくという感じで。

―そんな中でも、どうして杉下さんは踏ん張れたのでしょうか?

杉下:新卒時代に、現場で耐え抜いた経験があったからだと思います。グリーンルームで1年目のドタバタを過ぎると、忙しいというよりも「楽しい」という感情の方が自然に強くなっていきました。どれだけ大変なことがあっても、お客様の楽しんでいる表情を見ると、すべてが報われるんです。言葉にすると陳腐ですが、あの感覚を一度味わうと辞められませんよ。だからこそ「来年はもっと良いフェスにしよう」って思い続けられるんだと思います。

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―辛いことがあっても、その先に得られるものが必ずあるということですよね。話は変わりますが、フェス運営の裏側って意外と知られていないように思います。

杉下:うちの場合は、4月に代々木公園で行うOCEAN PEOPLES、5月に赤レンガ倉庫で行うGREENROOM FESTIVAL、9月に行うGREENROOM CAMP、そしてホノルルで行うGREENROOM FESTIVAL Hawaii。この4本柱を軸に1年が進み、ひとつのフェスが終わると次の日から翌年へ向けた準備がスタートします。また、フェスの半年前には告知がはじまるので、それまでに新しいロゴの制作やブッキングの調整、ライヴハウスに足を運び新しいアーティストを発掘するなど、挙げたらキリがないですね。

―特に思い入れのあるアーティストはいますか?

杉下:Suchmosはまだ結成して間もない頃から知っていて、常にアプローチしていました。去年に引き続き、今年もGREENROOM FESTIVALに出演してもらうことが決まったアーティストですし、ボーカルのYONCEさんが同じ茅ヶ崎出身でもあるので思い入れがありますね。

地鳴りのような歓声を、もう一度茅ヶ崎に。

—長年にわたり数々のイベントを手がけてきた杉下さんが、仕事をするうえで大切にしていることはありますか?

杉下:ひとつのフェスを運営するためには、音響さんや照明さん、アルバイトさんなどを含め、多くのスタッフによって支えられているんですよね。それこそ、GREENROOM FESTIVALでは、スタッフだけで2500名とか。いくら年齢を重ねても、スタッフに対する感謝の気持ちだけは忘れずにいたいと思います。もともと、現場に立っていたので余計にそう感じるんですよ。

—毎年フェスを開催し続けるにあたって、何か指標はあるんでしょうか?

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杉下:日本には約280のフェスがあると言われています。そんな群雄割拠のなか、僕たちのフェスに来てもらうためには、もちろん進化し続けることが求められます。社内で唯一課しているルールは「去年のイベントを越えること」のみ。興業としてやる以上、収益や観客数も大切ですが、それだけでは評価できないものがあるはず。フェスの価値を決めるのは、数字ではなくお客様ですからね。来てくださるお客様に「来年も参加したい」と思ってもらえることがもっとも大切だと思います。

—「お客様との関係性」を大事にしている杉下さんらしい価値観ですね。今後の野望などがあれば教えてください。

杉下:将来的には、茅ヶ崎でサーフカルチャーを伝えるフェスを開催したいと考えています。茅ヶ崎って、自然に恵まれて過ごしやすい場所なのに、観光地としてはまったく栄えていなくて。でも、サザンオールスターズの凱旋ライブが開催されると、地鳴りのような歓声が上がるんですよ。あのくらい地元が熱気に包まれるようなシーンをもっとつくりたい。サザンやSuchmosをはじめ、湘南の海を見て育ったアーティストだけを集めたフェスなんていうのも、最高じゃないですか? いつか必ず叶えたい僕の野望ですね。

—まさに、これからが正念場ですね。

杉下:はい。振り返ってみると、20代は見習いの時間だったと思います。業界を知るだけではなく、社会の構造を学んだりするための貴重な時間。それに対して30代は実践するための時間かな、と。これまで得たものを、臆することなくアウトプットするような。当然悩みは尽きませんが、今が一番楽しくて仕方がないんですよね。時間は有限。やりたいことをやらなきゃ、人生もったいないですよ。

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