「自分がしっかり役割を果たさなければ、新しい音楽を広く届けられない」アーティストを支える覚悟と信念

ビートインク有限会社 若鍋匠太(『Beat Records』マネージャー)

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UnderworldやBrian Eno、Aphex Twinなどワールドワイドな人気を誇るミュージシャンの楽曲を数多く日本に送り出してきた音楽制作会社ビートインク。契約レーベルやアーティストのマネージメント、CD・レコードの制作、リリース、プロモーション、イベントの企画・運営に至るまで、その業務内容は幅広い。そんなビートインクで、レーベル部門「Beat Records」のマネージャーを務めるのが若鍋匠太さんだ。アーティストが制作に集中できる環境作りをすることや、そのための労力を決して惜しまないことを大切にしているという若鍋さんに、音楽を仕事にすることの醍醐味を訊いた。

Profile

若鍋匠太

音楽レーベルやイベントプロデュース、マネジメントなど、多岐にわたる事業を展開するビートインクにて、インディペンデント・レーベル「Beat Records」のマネージャーを務める。海外渉外、音楽作品のプロジェクトマネジメント、A&R、アートプロジェクトのコーディネーションなどを担当。

音楽にのめり込んだのは、留学先で出会ったホストファミリーの影響?

—音楽に目覚めたきっかけは何だったのでしょうか?

若鍋:僕が音楽に興味を持ち始めたのは小学校高学年の頃。当時は日本のCDバブルだったんですよ。L’Arc~en~Cielが3枚同時にCDを出したり、ミリオンヒットも連発したりという時代だったので、日本のトップチャートを気にして見たりしていました。あとは、父親がビートルズやフランク・シナトラとかを聴いていたので、「まだまだ知らない音楽がたくさんあるぞ」と感じ、それから洋楽を聴き始めました。

―お父様の影響も大きかったのですね。自発的に聴き始めたのは?

若鍋:J-WAVEの『TOKIO HOT 100』などのラジオ番組を聴き、Nirvanaとか、Blur、OASISといった洋楽に触れるようになりました。ただ、マニアックだったかと言われるとそうではなかったです。その後、高校3年生でアメリカに1年留学するのですが、そこでの出会いが大きかったですね。ホストファミリーに運良く同い年の男の子がいて、その彼と嘘みたいに気が合ったんです。お互い音楽もアートもファッションも好きだったから、感性がすごく近かったんですよね。それで一緒にいろんな音楽を聴くようになりました。

—たとえばどんな曲を?

若鍋:それこそ、今仕事で関わっているレーベルのWarp RecordsやNinja Tuneが出していた作品とか。何も前知識がない状態でホストブラザーや、その友達とみんなで聴いていました。そこから、いわゆるメインストリームではない音楽の世界というものがあって、それはすごく深そうだということに気付いたんです。

Underworldのいちファンだった自分が、カール・ハイドと共にイベントを作り上げる

―音楽業界は狭き門だと思いますが、入社はどのような経緯で?

若鍋:アメリカでコミュニティ・カレッジを卒業して、日本へ戻りました。就職はせずアルバイトをして過ごしていたんですが、高校留学時に一緒に遊んでいた友達のひとりが日本へ留学しに来ていて、その友達がビートインクでバイトをしていたんですよ。それで、「外注で翻訳する人を探してるんだけど、どう?」と彼から誘ってもらい、外部スタッフとして関わるようになりました。その後いろいろと手伝っているうちに社員になり、今に至ります。

―業務内容を教えてください。

若鍋:洋楽を中心に、CDなどを国内に流通させる仕事です。どういう作品が発表されるのかを把握して、宣伝プランや商品の製作がきちんと管理されているか、売り上げはどうか……という感じで、全体をチェックしています。ビートインクに関しては、付き合いが長いという理由から信頼関係が築けていて、アーティストとダイレクトなやりとりをする場合もあります。アーティストが来日した際にはアテンドもします。関わるアーティスト数は、正直、数えられないですね(笑)。

―たとえば、もともとファンだったアーティストと仕事をする場合、うれしさの反面、葛藤もあるのでは?

若鍋:葛藤というのとはちょっと違いますけど、リスナーでいた時の方が、気は楽だったなと思う瞬間はもちろんあります。でも、それと同じかそれ以上に、誰かが僕らのような役割を担わないと、「このアーティストの作品がきちんと世に出ない」とか、「日本の音楽ファンに届かない」という気持ちになるんです。いちファンであることとスタッフとして関わる上での内面におけるギャップくらい、犠牲にしてもいい犠牲なのかなと。

―「この人と一緒に仕事ができてよかった」と思うことはありますか?

若鍋:印象に残っているのは、入社当初の2007年に幕張メッセで行われた、Underworldがキュレーションする2万人規模の音楽イベント『OBLIVION BALL』ですね。Underworldのメンバーであり、デザイン集団「TOMATO」に所属するカール・ハイドの存在が大きかったです。その時は、TOMATOが夜通しライブペインティングをやることになったんですが、彼のアーティスト性に直に触れることができたのは感動でした。「こんな感じで仕事してるんだ」とか「カール・ハイドとリック・スミスの人柄があって、Underworldのチームは成り立っているんだな」など、ファンや仕事の境を超えた驚きがたくさんありましたね。そういうことが分かってくると、単純に「音楽が好きだ」という気持ち以上の「思い入れ」が生まれます。

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正解がない仕事だからこそ、やる意義はある。

正解がない仕事だからこそ、やる意義はある。

―若鍋さんは、どういう時にやりがいを感じますか?

若鍋:変な話かもしれないですけど、自分のプロジェクトへの貢献度が、そのまま満足度に直結することはない気がしています。もちろん自分の好きなアーティストがいて、「この作品はこうなってほしいな」というビジョンみたいなものはあるんですよ。でもゴールや目標はその時々で変化しますし、それが叶えられるのならば、どういう過程で誰が活躍したかどうかは関係なく、やりがいを感じるタイプですね。もしかしたらそれは人と違う部分なのかもしれないですけど。うちのチームが、もしくは、ビートインクがやったからこそ、この作品はこういう結果を出せたんじゃないかというケースはありましたが、その中で、自分のスタンスや、どう活躍したかということはさほど気にしていません。

―アーティストと接する時、「これだけは気をつけている」ということはありますか?

若鍋:アーティスト数も多いですし、ある程度はリリース・プランのテンプレートを用意しておく必要もあります。でも、そこにがっちりはめてしまおうとすることで、アーティストのポテンシャルを落とすことにもなると思うんです。メジャーレーベルで働いたことがないのでなんとも言えないのですが、「臨機応変にやれること」が、インディーの強みのひとつなのかなと。ビートインクはアーティストをリスペクトしたいという気持ちが強い会社です。アーティストは気まぐれなことも多かったりして、決して簡単ではありませんが、アーティストの意向を重要視することが、良い作品に繋がると信じているので迷いはありません。自分たちの都合で、アーティストのポテンシャルを潰すようなことは絶対に避けるべきだと思います。

―アーティストの意向を実現させるためには手段を問わないということでしょうか?

若鍋:Warp Recordsの設立者のひとりであるスティーブ・ベケットが社名について、「We are reasonable peopleの頭文字取っているんだ」って話していたんです。意訳すれば、「僕たちが必要なことをやるよ」ということ。それを聞いた時、「レーベルって、これからどうなるの?」とか「音楽業界ってどうなるの?」といった、本来気にしても仕方がないようなモヤモヤから解放されたことを覚えています。要は自分の考え方次第だなと。リスナーとアーティストの間を繋ぐ存在っていうのは、エージェントやマネージメントなどいろいろありますけど、どんな形であってもいいし、どんな役割であってもいいという広いスタンスでいていいんだって思えるようになりましたね。

国や場所を問わずに、世界を飛び回る音楽人へ

—今後やってみたいことはありますか?

若鍋:自分の将来について考える時に参考になる存在はたくさんいます。例えば、Flying LotusのマネージャーはLA、UK、ヨーロッパと「今どこいるんだろう?」っていうくらい、世界中を飛び回っています。そういう姿を見ていると、「より面白いプロジェクトに関わりたいな」という気持ちになってきます。彼のように場所も国も選ばずに、様々なプロジェクトに関わるような仕事の仕方ができたらいいなと。

—それは、ビートインクに所属したままできることなのでしょうか?

若鍋:できると思いますし、たとえ、社員として仕事をしていこうが、仮に別の形で仕事をしていようが、今の人間関係は続くと信じています。今のような関わりの中で、やっていければいいなって。あとはアート系のプロジェクトにももっと関わりたいなという気持ちがあります。大学時代の経験や先ほども触れた『OBLIVION BALL』のような大規模イベントなど、音楽とアートを掛け合わせて何かできたらと思っています。

—最後に若鍋さんが仕事をする上で一番楽しい瞬間とは?

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若鍋:大変なプロジェクトと関わっていても、やっているうちに楽しい瞬間はやってきます。来日しているアーティストから感謝の言葉をもらったりするのもうれしいですよね。海外レーベルの人たちとビジネスの話をして、アイデアを出していくのも、その後飲みに行って本音が出ちゃう、みたいなところも楽しい(笑)。どれが一番というのはないですね。

—どのエピソードにしても、人との関係性に楽しさを見出されているんですね。

若鍋:それはあると思います。仕事が大変で会社に遅くまで残ることになるなっていう時に、時差も異なる海外レーベルの友人に、何か面白い、良い感じの音楽送って欲しいとお願いをするんです。そうすると、「じゃあ特別にとっておきの音源を送っておくよ。これで頑張れ!」とか言ってもらって、「よーし!」と頑張れたり。そういう瞬間は、すごくテンションもやる気も上がります(笑)。

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草野球

高校の時の野球部の友人に誘われて、赤羽を拠点に活動する草野球チームに所属しています。仕事から切り離せる趣味なんて、久しぶりですごく新鮮。夏の時期だと朝6時から練習をやっているので、週末、オールナイトのイベントもなく、余裕がある日だと4時半に起床して始発に乗って練習に向かいます。「自分は何をやっているんだろう、アホだな」と思いながら……(笑)。野球の道具を買うのも楽しみのひとつで、グローブも新調しました。予算を決めて買いに行ったのに、いざ良いものを目の前にしちゃうと「(お金)全然出せるな」と。「野球が好きなんだな、俺は」とそこで確信することも(笑)。