元『ランドネ』編集長に聞く、M&Aされた現場のリアル。親会社と社員のはざまで起きることとは?

会社が買われたら、明日からの仕事はどうなるのか。慣れ親しんだやり方やカルチャー、自分で決められる範囲は、変わってしまうのだろうか。M&Aのニュースを聞いたとき、現場で働く人の頭をよぎるのは、そんな不安かもしれない。

では、実際に買われた会社で働く人たちは、M&Aをどう経験したのだろう。

2020年12月、初心者向けアウトドア誌『ランドネ』などを擁する枻出版社(エイ出版社)のメディア事業の一部と、同社子会社であったピークス株式会社の全事業をドリームインキュベータ(DI)が買収することが発表され、翌年2月には新設のピークス株式会社へと引き継がれた。買収当初、編集部内ではKPIの設定や、ビジネス用語に対する戸惑いが広がったという。当時『ランドネ』の編集長だった佐藤泰那さんは、その後ピークスの執行役員に就任。媒体数の削減を含む構造改革が進むなか、買い手と編集現場のあいだに立つことになる。

連載第1回では、M&Aを単なる「買収」ではなく、「会社の続編をつくる」ものとしてとらえた。第2回では、続編のつくり手となるM&Aの「買い手」の側から考えた。今回は、実際に買収された「現場」の側からM&Aを見つめてみたい。M&Aによって、仕事、カルチャー、裁量はどう変わるのか。そして、変わったものと守られたものは何だったのか。

元『ランドネ』編集長で、現在は株式会社ほぼ日で事業づくりに携わる佐藤泰那さんに、自身も会社を売却した経験を持ち、クリエイティブ企業のM&Aサポートを行うM&Aナレッジカンパニー代表の布田尚大さんが話を聞いた。

  • インタビュー・テキスト・編集:齊藤大介
  • 撮影:You Ishii

INDEX

買収前、現場は何を守ろうとしていたのか?

―まずは佐藤さんのこれまでのキャリアを教えてください。

佐藤泰那(以下、佐藤):枻出版社に新卒で入社して、最初に配属されたのはハーレーダビッドソンの専門誌の編集部でした。バイクにはまったくなじみがなかったんですが、編集長に恵まれて。「編集者としてのスキルをつけるうえで、テーマは何でもいい。読者が何を求めているか、クライアントは業界がどう変わっていってほしいと思っているか。そのなかで自分たちに何ができるかを考えることが大事だ」と言われて、なるほどと思いました。

元『ランドネ』編集長・佐藤泰那さん

そのころ、社内のアウトドア媒体で女性向けの特集がヒットしたり、海外から女性向けのアウトドアウェアが入ってきたりと、「アウトドア×女子」の波が来ている兆しがあったんです。野外フェスも流行り始めていて。女性向けの新しい雑誌ができると聞いて、「絶対に異動させてください」と企画書を出しました。それが2009年、『ランドネ』との出会いです。山ガールブームが始まる前のことです。

M&Aナレッジカンパニー、GOZEN代表・布田尚大さん。佐藤さんと布田さんは、定期的に近況報告をしあう友人同士。

布田尚大(以下、布田):最初は編集部員の1人として関わって、2018年ごろに編集長になられたんですよね。

佐藤:はい。20代後半で副編集長になって、現場を仕切るような状態になっていました。編集長が何度か交代するなかで、読者のことがわかっていて、外から見ても『ランドネ』らしい人間を据えようと、会社が考えたんだと思います。

『ランドネ』編集部時代の佐藤さん(右から3番目)

布田:当時は、数字とクリエイションのどちらを重視していたんでしょう。

佐藤:明確に言われたわけではないけれど、黒字にすることはずっと意識していました。、創刊当初の部数も、徐々に下がっていくのが見えていたので。結果を出さないと、という感覚がありました。

それに、雑誌を作るだけでは「アウトドアを楽しむ女性を1人でも増やす」という目的は果たせないとも思っていました。読者アンケートを見てみると、仲間がいないと趣味は続かないことがわかってきた。だからイベントやツアーを企画したり、商品開発でコラボレーションしたりして、間口を広げていったんです。いまでいうIPビジネスのように、『ランドネ』からいろいろなマネタイズのポイントをつくろうとしていました。

布田:以前も発行頻度を減らす代わりにWEBやSNSに力を入れて、数字がぐっと良くなったというお話を聞いた記憶があります。ある種の事業再生を、社内でされていたわけですね。

佐藤:そういうことになるかもしれないです。一時2人にまで減った編集部が、5人まで戻るくらいにはなりました。ただ、当時の私はまだ「職人」で、「『ランドネ』は私が守らなくちゃ」という気持ちがすごく強かったんです。

そんなとき、漫画編集者でコルク代表の佐渡島庸平さんと話す機会があって、「具体的に何を守りたいの? それは『ランドネ』という媒体でなくても叶うんじゃない?」と聞かれて、ハッとしました。そこから、目の前の問題をもう少し分解して、本当は何をやるべきなのかを冷静に考えるようになりました。

「会社が買われる」と知ったとき、現場はどう受け止めた?

布田:2020年に佐藤さんは働き方を業務委託に切り替え、編集長として会社の外から『ランドネ』に関わるようになります。そして同じ年の12月、M&Aが決まったそうですね。

佐藤:私は業務委託でしたが、編集長でもあったのでたびたび会社には行っていたんですが、M&Aのことを知ったのは社員と同じタイミングでした。皆にとって突然の知らせでしたが、経営統合のような兆しはうっすら見えていたので、まったく想像していなかったわけではないんです。ただ、社内には「これから何が起こるんだろう」というざわつきはありました。最初から「絶対嫌だ」というより、みんなそわそわしている感じでした。

布田:ドリームインキュベータ(DI)はビジネスパーソンには知られた会社ですが、編集の方にとってはどうでしたか。コンサルティング会社に対して、構える気持ちもあったのでは?

佐藤:現場は「ピンとこない」という感じだったと思います。実際に始まってみると、最初は拒否反応のようなものも多少はありました。すぐ経営層と仲良くなれる方もいましたが、「メディアのことを、外側の方にわかってもらうのはむずかしい」という前提もあって。さらに、言葉もカタカナが多くなって、KPIが設定されたりもして。みんないい人たちなので、なんとなく笑顔でやり過ごしたりしながらも、ほんとうのところはついていけていないという方が多かったように思います。

―佐藤さんご自身は、M&Aされると聞いてどう思いましたか。

佐藤:正直、わたしはいい機会だと思ったんです。DIからいらっしゃった方たちの思いまではしっかり知らなかったので、確信まであったわけではないのですが、体制が変わることで、私自身含め社員一人ひとりが事業を考え直すきっかけになるんじゃないかと。でも実際には、経営層と現場とが理解し合えていない部分も感じ、このままだと何か問題が起きるんじゃないかと、少し外から傍観していました。

布田:そんななか、ピークスの執行役員へのオファーが届きます。組織的にも事業的にも、「火中の栗を拾う」ようなオファーだったと思いますが、なぜ引き受けたのでしょうか。

佐藤:傍観している自分への罪悪感があったんです。『ランドネ』は続けたいと思いながら、外からいいとこ取りをしているような後ろめたさもあって。前任の執行役員は数字にすごく強い方だったので、その部分を自分がやりきれるのか不安はありました。でも、経営層の意図を伝えるということは、編集長として現場をもっている自分にはやりやすい部分があるかもしれない、とも感じました。

それに、フリーランスになって誰かから注意されることもなくなり、自分が大きく変わる機会はもうないかもしれない、と思っていたタイミングでもありました。できるかどうかはわからなかったけれど、「やれる」と思って声をかけてくださったのだから、やらせていただこうと。

布田:キャリア戦略として「これは成長機会になる」と考えたわけではなかった?

佐藤:私はあまり「こうなりたい」というものがないんです。成長はしたいけれど、どう成長したいかは決めていなくて。目の前のものを受け入れていくなかで、成長していけたらいいなと思っています。

M&Aのあと、会社を立て直すために行ったこと

布田:M&Aの成立前後にわたり、当初の目的実現とシナジー効果の最大化に向けて行う統合プロセスを「PMI(Post Merger Integration)」と呼びますが、近くで見ていて、「これをやればたぶんいける」という初期仮説のようなものはあったんですか。

佐藤:ありました。でもそれは、私が入る前の半年間で、想定していたスピード感では立ち行かなくなっていたんです。「はじめから大きく変えるようなことはしません」という緩やかな方向性で始まっていましたが、蓋を開けてみると、私が担当することになったB to C事業のチームが、実はかなりの赤字だということが見えてきました。少しずつ改善すればいい段階ではなく、外科手術のようにしっかり手を入れなければいけないタイミングに、飛び込むことになりました。

布田:M&Aのなかでも、事業が好調な会社を買い、リソースを追加してさらに伸ばす、という成長戦略型ではなく、限りなく事業再生に近い状況ですね。準備として何か勉強はされたんですか。

佐藤:編集長を続けながら執行役員になるタイミングで、初めて経営に必要なことを勉強しました。いきなり役員会議に参加して、数字についてかなり突っ込まれる立場になったんです。それまでExcelもたいして触ったことがなかったので、まずは自分で全体像をつかんでおかないと、と思って。まわりの役員の方たちにアドバイスをもらいながら、「このマイナスはなくせるよね」というところをまず押さえて、そのうえで何が正解なのか、いくつか仮説を立てて試していきました。

カルチャーの違う買い手と現場は、どう歩み寄れる?

布田:執行役員会議の言葉と、現場の編集長や編集部員たちの言葉。そのあいだに立つうえで、どんなことを意識していましたか。

佐藤:執行役員会議で話す内容と、編集長たちに伝える内容は、表現を同じにしないようにしていました。編集長が経営層の意見を理解しやすいように伝える「翻訳作業」を、すごく大事にしていたんです。

編集長の方たちとは週に1回会議がありました。上から言われたことをそのまま「これをやるべきです」と伝えると、「編集ってそういうものじゃない」と拒否されて終わってしまう。それに、編集長の方々はみなさん、私よりもキャリアの長い方たちなので、私が学ばせていただかなければいけないこともあるし、私自身も同じ編集者として、彼らの気持ちは理解できます。だからこそ、編集長たちが大切にしていることの延長線上に施策を置いて説明しなければ、と思っていました。

たとえばコスト削減のために雑誌の紙を変える取り組みも、頭ごなしに言われると「この趣味誌はこの紙で作るべきなんだ」という「べき論」が出てきます。でも具体的な代替案を出して、「こちらのほうが、本当はこの媒体がやりたいことに近いのでは?」と一緒に考えていく。大切なものを守るためには利益を出さなければいけないことはわかっている方たちでしたから。決定を伝えるのではなく、相談する。そのスタンスを大事にしていました。

布田:それは文化人類学的なアプローチに近いですね。一見理解しがたく見えるものにも、その人たちなりの論理があると理解しようとする。そのうえで、ただ通訳し続けるのか、それとも互いが少しずつ変わっていくのか。実際はどうでしたか。

佐藤:少しずつ、互いに変わっていきました。最初は私が通訳のような役割をしていたんですが、途中からDI側の方たちも編集部のゆずれないところを理解してくださったんです。生身の人間の感情に、お互いに向き合うようになっていたと思います。

編集はかなり属人的な仕事で、チームも小さいので、1人欠けるだけで回らなくなる。そんな一人ひとりが感じていることのなかにこそ、課題を解決できる答えがあったりしますよね。そんなことが、直接のコミュニケーションのなかから明確になってきて、少しずつ「敵」ではなくなっていきました。最初は違う言葉を話していたのが、共通の言語が生まれていった感じです。

布田:距離を縮めるために、どんな場をつくっていましたか。

佐藤:やりやすかったのは、趣味の媒体だったことです。経営メンバーにもゴルフや山登りが好きな方がいたので、一緒にゴルフに行ったり、飲みに行ったり、イベントにも参加してもらったり。ちょうどコロナ禍でリモートが多かったんですが、オンラインで一方的に決定が伝えられる感じになると、余計に違和感が募ってしまう。リアルな場で会って、仕事とは直接関係のない雑談もするなかで、人間関係が生まれていったと思います。

布田:異文化のあいだのディスコミュニケーションを解消していく。そこに編集のスキルが生きたわけですね。

佐藤:わからないですけど、編集者はこういう仕事には向いているのかもしれません。相手に気持ちよく話してもらって、それを読者が求めるかたちにまとめる。編集者は、そういう訓練をしてきた生き物なんだと思います。

買収されたら、作り手の裁量は奪われる?

―M&Aのあと、『ランドネ』をはじめとする雑誌の中身、コンテンツそのものは変わったのでしょうか。

佐藤:中身は変わっていません。どの媒体も誌面の方向性は編集部の意向が尊重されていて、変わったのは発行頻度や、サブスクリプションサービス、商品開発など、いわば「間口」を広げる部分でした。

反発が大きかったのは、WEB記事を増やそうとなったときです。定期刊行の雑誌と同じクオリティで数の多いWEB記事は作れない。コンテンツ量よりも記事の質を維持したいという声も多かったです。そこで、数を作るためにインターン生に手伝ってもらったり、アクセス解析をもとに読まれる記事を作ったりと試行錯誤しました。また、WEBメディアという大きな入り口と、専門誌の記事とをすみ分けることにしました。たとえば自転車なら、WEBの媒体である「FUNQ」の記事は専門誌『Bicycle Club』のようには作らない。入り口に多くの人が集まれば、そこから専門誌にも流れてくる、と整理していました。

布田:現場のスタッフの受け止め方はどうでしたか。

佐藤:編集長の理解が早いと、スタッフの理解も早いんです。編集部にとって編集長はボスなので。私のチームも最初はざわついていましたが、私から「これまで大事にしてきたことを続けていくだけです」と説明すると、徐々に受け止めてもらえたかなと思います。

布田:M&Aを経て、キャリアが変わったスタッフもいましたか。

佐藤:編集チームでは、そこまで大きく変わった人はいないかもしれません。買収当初は戸惑っていたベテランの編集者もふくめ、ほとんどのメンバーがいまも会社に残って活躍しています。

一方でB to B事業サイドのメンバーは、経営層の風土への適応が早く、戦略的に物事を考えるようになったり、より大きな会社への転職を目指すようになったりと、野心的になっていった方もいた印象です。会社を外に向けてプレゼンテーションする力が鍛えられた方もいます。

布田:買収当初は戸惑っていた方が、いまも残っているというのは象徴的ですね。本人の仕事の仕方や、会社への向き合い方は変わったんでしょうか?

佐藤:編集部の方たちは、変化に適応しながらも、変わらない部分を強くもっている感じがします。でも、だからこそ続けられている部分もあると思います。

布田:同じM&Aでも、職種によって受け取るものがまったく違う。そこは現場の実感として、とても示唆的ですね。

佐藤:ひとつ補足しますと、ピークスはDIでの事業再生、ADDIXへの移行を経て、2024年にはJR東海グループの傘下に入りました。ただ、私が執行役員として現場にいたのは2023年の夏までで、今の体制になってからの具体的な状況まではわからないんです。いまも当時の編集メンバーとはお付き合いがありますが、今日お話ししている内容は、あくまで私が中から見ていた当時のリアルな体験です。

「メディアの人」から「メディアを手段にする人」へ

―このM&Aの経験は、佐藤さんのその後にどう生きていますか。

佐藤:一番は、「逃げなければ、全部自分たちのものになる」という感覚です。DIの方たちからのアドバイスに、初めは「それは違うんじゃないか」と感じることもありました。でも、相手のロジックを一度聞いてみると、自分たちが学ぶ機会になる。チームとして投げ出したくなるときもあるけれど、それでもやってみる。生身の人間同士なので、やりとりの言葉の奥に不安を感じたりすることもあるんですが、一度ちゃんと向き合うと見えてくる答えがあるし、本当に大切なことは守れる。そこはすごく鍛えられました。

布田:「乗っ取られる」のではなく、自分たちのプロジェクトとして引き受け直す。連載第1回で話した「会社の続編をつくる」ということの、現場版のような話ですね。

佐藤:もう1つの大きな変化は、もともと「メディアの人」だった私が、「メディアを手段にする人」になったことです。いまはほぼ日で事業をつくる部署にいて、地域に関心が向いています。いろいろな方が地域に関わったり、地域の方がプライドを持てるようになったりすることに貢献したい。そのためにメディアが必要だ、という考え方になりました。同時に、事業として成り立たせるにはしっかり稼がなければいけない、というとらえ方も身につきました。

振り返ると、私はもともと、もっと職人っぽい気質だったんです。それがこの経験を経て、「自分たちの作品をつくっているわけではない」ということが、身にしみてわかるようになって。メディアを通した発信へのこだわりが、少し変わってきた気がします。

布田:会社が買われることは、現場にとって終わりではなく、自分たちの仕事を問い直すきっかけにもなる。佐藤さんの歩みは、まさにその1つのかたちだと思います。

▼クリエイティブ会社の経営を語らう。CINRAトークナイト
・日時:2026年11月9日(月)19:00-21:00
・参加費:無料
・会場:MIDORI.so Nagatacho(東京都千代田区平河町 2-5-3)
・登壇者:坂根千里(水中代表取締役)、布田尚大(GOZEN CEO)、MC(CINRAメディアプランナー)
・詳細:https://peatix.com/event/5236136

▼クリエイティブ企業が事業承継を考える前に、知っておきたい3つのポイント
・日時:2026年11月24日(火)19:00-20:30
・参加費:無料
・参加方法:オンライン(Zoomを使用予定)
・登壇者:杉浦太一(CINRA 代表取締役・創業者)、布田尚大(GOZEN CEO)、MC(CINRAメディアプランナー)
・詳細:https://peatix.com/event/5235999

▼会社のこれからに、もっと自由を。クリエイティブ企業のためのM&Aと成長戦略の描き方

・日時:2026年12月1日(火)19:00-20:30
・参加費:無料
・参加方法:オンライン(Zoomを使用予定)
・登壇者:布田尚大(GOZEN CEO)、MC(CINRAメディアプランナー)
・詳細:https://peatix.com/event/5246848

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