
会社が買収されたら、自分たちのやりたいことができなくなる。M&Aに対して、そんな漠然とした不安を抱く人は少なくないかもしれない。
では、買う側は、どんなことを考えて会社を買っているのだろう。
2024年、面白法人カヤックは、『イシューからはじめよ』『ティール組織』などで知られる英治出版をグループに迎えた。M&A後には、両社が「組織の結婚式」を開いたことでも話題を呼んだ。さらに、英治出版の社名とパーパスを守るため、売り手側に「黄金株」を残すというユニークな仕組みも採用している。
自身も会社を売却した経験を持つGOZEN代表の布田尚大さんの連載第1回では、M&Aを単なる「買収」ではなく、「会社の続編をつくる」ものとしてとらえた。今回は、その続編をつくる「買い手」の側からM&Aを考えてみたい。カヤックは何を基準に買う会社を選び、買ったあとに何を変え、何を残すのか。そして、売り手にとって「いい会社に買われる」とはどういうことなのか。
20社以上の会社をグループに迎えてきたカヤックの執行役員兼グループ戦略室長・佐藤純一さんと、布田さんに話を聞いた。
- インタビュー・テキスト・編集:齊藤大介
- 撮影:沼田学
買収した会社に、親会社はどこまで口を出す?
―まずは佐藤さんの立場から教えてください。カヤックと英治出版、双方に関わっていらっしゃいますね。
佐藤:カヤックでは、執行役員とグループ戦略室の室長をしています。グループ戦略室は、経営企画室と社長室のあいだのような部署ですね。カヤックはもともと単独の事業会社として成長してきましたが、上場後にM&Aも含めたグループ経営へ舵を切りました。そこから、グループ全体で成長していく仕組みづくりが本格的に必要になったんです。
グループ戦略室のミッションは、中長期的なグループバリューの最大化です。既存事業にはない領域へ広げていくことも役割の1つで、カインズさんとの資本業務提携や地方創生の事業など、新しい領域をつくるきっかけづくりを担っています。

面白法人カヤック 執行役員兼グループ戦略室長・佐藤純一さん
佐藤:英治出版には、取締役として非常勤で入っています。株主としては99.9%がカヤックですが、子会社でありながらパブリックカンパニーとしてのあり方も大事にしたい。だから取締役会では、ある程度の客観性を持って接することを意識しています。

M&Aナレッジカンパニー「GOZEN」代表・布田尚大さん
布田:取締役会とは別に、週1回のミーティングもされているそうですね。
佐藤:ええ、ほぼオンラインで行なっていて、こちらはもっとカジュアルな壁打ちです。「グループの別の会社がこんなことをやっているから、話してみたら?」とか、事業のことや中の人の話まで、世間話のように話していく感じですね。
布田:カヤックさんのカルチャーであるブレストに近い、発散の場なんですね。
なぜカヤックは英治出版を買ったのか
―英治出版のM&Aは、どのように始まったのでしょうか。
佐藤:きっかけは、カヤック代表の柳澤大輔と、英治出版の創業者である原田英治さんとの関係です。英治さんは本格的に事業承継を考えていました。英治出版は、大切にしていることがはっきりある会社です。だから、変なところには承継したくない。一方で、創業経営者は株式を持っている間は、気持ちのうえでも会社から離れられないんですよね。本当にイグジットするなら株式の整理も考えなくてはいけない。
英治さんは一時期、島根県の海士町に住んでいて、経営から物理的に距離ができた時期がありました。その間、現社長の高野達成さんがずっとオペレーションの中心を担っていたので、段階的な代替わりがイメージできるようになっていたんでしょうね。そのうえで引き継ぎ先を探すなかで、カヤックという選択をしてくださった。
―出版はカヤックがこれまで手がけてきた事業とはまったく違う領域ですよね。M&Aをすることに迷いはなかったのでしょうか。
佐藤:カヤックとして出版業の経験はなかったので、事業として一から調べる必要はありました。出版業界は斜陽と言われて久しいですが、たしかに将来性に不安があるのも事実です。カヤックは上場企業なので、株主に対して計画性のないお金の使い方はできません。そのため投資回収性はきちんと見ます。
ただ、カヤックには本好きが多いし、英治出版は僕らが好きな本をたくさん出している出版社でした。だから疑念を持ってプロセスを進めるというより、最初から「やる方向で進めよう」というムードがありましたね。

布田:英治出版は『ティール組織』など先駆的な本を出されているので、カルチャーフィットは側から見ても感じます。とはいえ、普通の会社なら、市場の成長率などの数字で判断が止まる場面もありそうと感じました。
佐藤:カヤックでは毎週投資委員会を行っていて、そこで判断しています。大事にしているルールは「最初は出てきた案件を否定しない」ということ。どんな領域でも、どんな事業状況の会社でも、まずは検討します。
そのうえで実際にM&Aを進めるかどうかで大きいのが、思い入れの強い人がいるかどうか。英治出版の場合は、本好きでいまは管理本部長の丹治拓未くんや僕も含めて、みんな積極的でした。カヤックと一緒なら何ができるだろう、と。我々と投資先の双方に面白がれる要素があると、リソースもしっかり投じられるんです。
実は会社を壊すようなM&Aは多くない。グループ入り後の英治出版
―英治出版のグループ入りから約2年。読者が一番気になるのは、買われたあと実際にどうなったのか、だと思います。
佐藤:「黄金株」(※)については、拒否権が発動されるような事態はまったく起きていません。そもそも英治さんは、社員が積極的に関わる経営をずっとやってこられた。そこは何も変わっていないと思います。
※子会社化の際、株式の1株を「黄金株」として英治出版の全社員で構成する一般社団法人に残す仕組み。黄金株をもつ社団は、パーパスや社名の変更に拒否権を行使できる。
むしろインパクトが大きいのは、グループ入りよりも代替わりのほうですね。代表が原田英治さんから高野さんに代わっていく。いまはそちらがメインテーマです。
面白いのは、英治さんって本をそんなに読まない人なんですよ。英治さんは良い会社をつくることにこだわっていて、出版にこだわっているわけではなかった。
一方、高野さんは元編集者で、本が大好き。本への思い入れがめっちゃあるんです。だから英治出版の舵取りに、英治さんとはまた違ったアプローチで高野さんらしい色がついてきていいと思うんですよ。
―カヤックとしては、英治出版とどう関わっているのでしょうか。
佐藤:親会社として支配性の強い舵取りをする場面はまったくないし、そういう危機感もありません。むしろ自律的な経営を応援している感じです。僕は取締役会で、視界が狭くならないように広い視点で助言する役割を意識しています。
あと、グループの経営者同士、本当に仲がいいんですよ。ほかのグループ会社から英治出版に「一緒にこういうことをやりませんか」ということがたくさん起きています。

布田:社会やメディアが言うほど、買った会社を壊すようなM&Aは多くないと僕は思っています。四半期ごとに業績を求められる上場企業が、まずは承継に寄り添うことを選んでいる。読者の方にとっても、買われたら会社が180度変わってしまうというわけではない、という1つの実例になりそうです。
佐藤:中長期的には、英治出版には本や書籍の新しい可能性を提示する存在になってほしいと思っています。漫画やアニメ、ゲームと対比するのではなく、その横に本が並ぶようなかたちですね。実際、英治出版つながりで語学書に強い三修社もグループに加わることになりました。書籍が担ってきた信頼性は、AIの時代にこそ大きな資産になるとも考えています。
「大切なもの」がわかっている会社は少ない
布田:英治出版のM&Aでは、「黄金株」のスキームが話題になりました。文化を守るのにこんな方法があったのか、と感じた人も多いと思います。リリース後、うちも同じスキームで、という相談はありましたか?
佐藤:ありますよ。でも、あれを実際にやるのは簡単じゃないんです。メディアなどでも面白い取り組みとして取り上げてもらいましたが、スキームのよしあしを判断するには、まだ期間が短すぎる。
M&Aの過程では、よく「大切なものを守りたい」と言うじゃないですか。でも、その大切なものが何なのかをしっかりわかっている会社というのは、実は少ないと思うんです。
布田:M&Aの現場で、すごくよく聞く言葉です。
佐藤:英治出版からも、大切にしているものを守る仕組みとして、拒否権をつけた1株を発行したいというリクエストがありました。そのこと自体はいいと思ったんです。問題は、その1株で何を守るのか。
当初は、取締役会の決議事項すべてへの拒否権を持たせる案からスタートしました。でも、それが本当にいいことなのか。親会社として支配性の観点から困る、という安直な話ではありません。将来に向けた経営の自由度は、お互いにとってものすごく重要なんです。大切なものは、時によって変わっていきますから。
―守るための仕組みが、変化を妨げてしまうこともあると。
佐藤:たとえば経営陣がこっちに舵を切るべきだと考えても、拒否権があるせいでそれができない、ということもあり得ますよね。だから、英治出版が普遍的に大切にすべきものは何かを見極めて、そこにだけ拒否権を設定しよう、と。
いろいろディスカッションした結果、社名とパーパスの変更に対する拒否権を持たせることに決まりました。英治出版というブランドと、「Publishing for Change」というパーパスは、会社がある限り守っていきたい。経営の自由度を失っても、ここだけは守る。そういうギリギリの見極めがないと、黄金株は手放しに「いいですね、やりましょう」とは言いにくいものなんです。
布田:スキームそのものより、その根っこにある「何が大事なのか」を突き詰めた議論こそが核心だったんですね。会社だけではなく、個人の人生を豊かにするのも「私らしい働き方」や「自分らしい人生」って何なんだろうと考えるところから始まる。個人でも法人でも、そこは変わらない部分だと思います。

買い手に必要なのは、ビジネスの「クリエイティビティ」
―お互いにハッピーなM&Aを実現するために、売り手と買い手はそれぞれ何を意識すればいいでしょうか。
佐藤:難しい話ですね。まず売り手側は、いい買い手を探すこと、これに尽きます。悪い話ばかりではありませんが、M&Aのあとに不幸になってしまうような話があるのも事実です。買い手はハッピーでも売り手にとっては悪い、という非対称な事例は山ほどあります。
経営状態が苦しい状態でのM&Aが多いのもたしかで、いいところなんて出てこないと思って売ってしまう人も多いと思います。でも、カルチャーもやりたいことも合う相手はきっといる。僕自身、2011年に自分の会社をカヤックに経営統合した経験があるので、そう思うんです。

佐藤:一方で、買い手側に必要なのはクリエイティビティだと思います。特に地方にはいい技術や資産がたくさんある。でも、1社を買った・買われたという1対1の構図では、なかなか大きなことは起きません。
たとえばお茶どころで、1軒のお茶農家を買っても何かが起きるわけではない。何軒かのお茶農家と茶商を束ねたうえで、海外へ直接届けられる企業と一緒になる。さらにはファイナンスもいろいろなミクスチャーで考える。そういう産業再編的な編集力が、これからの日本には必要だと思います。
布田:カヤックさんの90%はクリエイターだとうかがっています。そのクリエイティビティを、コンテンツだけでなく事業やスキームに向けていくということですね。
佐藤:そうです。黄金株もそうですが、スキームやストラクチャーに落ちていくクリエイティブもある。M&Aや再編はネガティブにとらえられがちですが、仲間と新しい事業をつくっていく側面には、すごく未来があると思うんですよね。布田さんがやられているようなM&A仲介の立場にも、そうしたクリエイティビティが求められていると思います。
布田:僕自身、自分の会社を下着のOEMメーカーに売却した経験があります。また、いま行っているM&A仲介でもたくさんの事例を見てきましたが、いまのお話は多様な業種で20社以上の会社をグループに迎えてきたカヤックさんだからこそ持てる視点だと感じました。
何をするかより誰とするか。いい相手を見極めるには
布田:結局、M&Aは一周回って「仲間探し」なんだと思います。ただ、「気が合う人」というのは言葉にすれば短いけれど、実際に見極めるのはすごく難しい。M&Aの場面では、お互いにいい面を強調し合いがちですよね。
佐藤:それはたしかにあると思います。カヤックは「何をするかより誰とするか」を社是にしていて、人にこだわることで成長してきた会社です。だからM&Aでも、人で見る部分がかなり強く働きます。具体的なM&Aの話をする前にも相手の経営層とこちらの経営層でたくさん会うようにしている。
そのうえで、失敗例を振り返ると、最初にちょっと違和感があったケースが多いんですよ。そのときはノリで「めっちゃいいじゃん」となっていても、この人たちと一緒にやって大丈夫かな、という小さな違和感があったところは、あまりいい結末にたどり着いていない。いまでも言語化しきれてはいませんが、そうした感覚は大事だと思っています。

―M&Aを恋愛に例えるなら、どんな相手がいい買い手なのでしょう。
佐藤:たしかにM&Aは恋愛に似たところはありますね。事業なんて移ろいやすくて、カヤック自身、広告とゲームから始まって、いまはアニメや地域の事業までやっていますから。だから事業にはこだわらず、この会社と一緒にやれるか、という見方をするんです。
経営的な数字のことは見ればわかるし、見方も画一的です。決め手はむしろ人物感。会ってみて、みんなで「やっぱりいいよね」と言えたときは、うまくいきますね。
あとは、自分が大切にしていることを自覚しておくのがすごく重要です。黄金株の話と同じで、それを一度見つめ直してクリアにしておく。そのうえで、そこを大切にしてくれる相手を探すことですね。
布田:経験を重ねると、会社や人を見る精度は上がっていきますか?
佐藤:上がってはいると思うけど、それは見方が固定化しているということでもある。「こういう相手しか駄目」と決めすぎないほうがいいと思っています。M&Aをする前もした後も大切なものは変わっていく。それを両者がきちんと認識し続けることが、結婚生活と同じように大事なのかもしれませんね。

