
2026年4月、ワーナーブラザース・ディスカバリーのM&A(合併・買収)に関するニュースが、メディア・クリエイティブ業界を駆け巡った。この買収劇ではNetflixとパラマウント・スカイダンスの熾烈な競合入札が行われ、ハリウッドの勢力図が大きく変わることが予想されている。
こうしたハリウッド規模の買収でなくとも、メディア・クリエイティブ業界では近年、M&Aが頻繁に行われている。CINRA JOBを運営するCINRA,Inc.も、2024年10月に株式会社WOWOWコミュニケーションズのグループに参画。オフィスの移転やグループ内での連携など、これまでにはなかった動きが生まれている。
M&Aと聞くと、「会社のカルチャーが変わるのではないか」といったネガティブな印象を持つ人もいるかもしれない。組織が再編され、上司が変わり、評価制度が変わり、これまで通っていた企画が通らなくなり……。実際にM&Aは、経営層にとってだけではなく、現場で働く一人ひとりの仕事に直接影響を及ぼす可能性のある大きな出来事でもある。
しかし、見方を変えれば、M&Aは「会社を終わらせる」ための「EXIT(出口)」ではない。新しい資本や視点を取り入れながら、これまでの価値をどう引き継ぎ、どう拡張していくのか。いわば、会社の未来をつくる選択でもある。
本連載では、企業のM&AをサポートするGOZEN代表の布田 尚大(ふだ なおひろ)とともに、クリエイティブ企業で働くビジネスパーソンが知っておきたい「M&Aのリアル」をお届けする。
第1回では、会社を売却した経験をもつ布田に、自身の経験を綴ってもらった。「M&Aは企業の続編をつくる」営みだと布田は言うが、それは一体どういうことなのだろうか?
- テキスト:布田尚大
- 編集:齊藤大介
Profile
布田 尚大ふだ なおひろ
スモールビジネス、ベンチャービジネスの経営とM&Aが専門。2022年、3年間経営したボディポジティブなランジェリーブランドfeastをM&A。4年間CEOとしてPMIに従事し、事業成長を実現。GOZENを立ち上げ、老舗百貨店高島屋、Forbes Japanでアワード受賞企業、M&A時24歳の若手起業家の事業など、幅広いM&Aの成約をサポート。ハフポスト日本版、M&A Onlineなど、取材・執筆実績多数。一橋大学 社会学部/同大学院 社会学研究科修士課程修了。WSD28期ワークショップデザイナー。1983年東京生まれ。
「いいこと」だけでは会社は続かない
連載第1回となる今回は、クリエイティブの世界でキャリアをスタートした私が、なぜM&Aの世界へ足を踏み入れることになったのか。その原体験からお話ししたい。
私が社会人になった2010年代は「個の時代」だった。どんなプロジェクトに関わっているかが自分のアイデンティティになるような時代。そんな空気のなか、私はエシカルファッションブランドのプロボノをきっかけにして、さまざまなプロジェクトに関わるようになっていく。

M&Aに関わる以前に布田が手がけたフェス、『instant GALA』。「思い出の服」をドレスコードに、ライブパフォーマンスなどが行われた。
思い出の服を着て集まる音楽フェスや、想いを継ぐことをテーマにしたストリート系バッグブランドのプロモーションソング制作。そうした社会を良くするためのクリエイティブを手がけるなかで、2010年代の終わりから、feastというボディポジティブなコンセプトを持った下着ブランドの経営を行うことになった。
しかしそこで壁にぶち当たる。ソーシャルグッドな意思を持ちながら、営利企業として成立させていくという「会社のリアリティ」に直面したのだ。
よく企業経営には「ヒト・モノ・カネ・情報」が必要というが、やはりカネの問題は大きかった。
通販という業態は、商品がお客様の手元に届くまで一切売上げが入らない。生地やパーツの仕入れから、サンプル制作、量産、モデル撮りなどに長い時間をかけて、その後にECで1着ずつ販売していき、じわじわと売上げを作っていく事業なのだ。いわゆるキャッシュフローの問題だが、これがいつもカツカツで、自分自身のフィーを止めて余裕ができたタイミングで振り込む、といった緊急対応もたびたびしていた。資金面がこんな調子なので、ロット数が大きなアイテムの製造や、思いきったブランディング・販促などは、やりたくても実行できないということが続いていた。
M&Aによって生まれたポジティブな変化

布田はfeastの経営に携わる以前に、エシカルファッションブランドINHEELSのCOOを務めていた
feastの経営を始めたときの私は30代半ば。自分が何十年もこのブランドを運営しているイメージはできず、またブランドにとってもそれが最適だとは思えなかった。
経営をするなかで直面した「会社経営のリアリティ」と、自身のキャリア。このふたつに思い悩むなかで、私はfeastを大手下着製造会社へ売却(事業譲渡)することにした。
M&Aの最中、複数の買収候補企業とお話をしたが、私は以下のことを大事にしながら買収先を検討した。
・単なる資金提供ではなく、製造面や販促面など、なんらかの事業シナジーが見込めるか
・「ありのままの状態をより美しく魅せる」というfeastのブランドコンセプトをそのまますべて認めて尊重してくれること
買収に興味を持ってくれた複数の企業と商談をしながらM&Aの肌感を掴んでいき、最終的には、下着のOEMで国内最大級の株式会社ブルマーレとご縁を結ぶことができた。その後の4年間、私は子会社社長としてコミットしたが、そこではM&Aを行ったからこそのさまざまな事業シナジーを生み出すことができた。
例えば、親会社が運営する複数の海外自社工場を活用して、高品質かつ低価格でアイテムを製造することが可能になった。それにより、ロット数が多くなるためそれまでは作れなかったアイテムを発売することができた。
さらに、現場のクリエイターやスタッフたちにも「大きな予算で新しい挑戦ができる」というポジティブな変化が生まれた。
これらは、M&A以前では絶対に選ぶことができない選択肢だった。
「会社の続編をつくる」M&Aという選択肢
スタートアップ界隈では、M&Aはよく「EXIT」と言われる。会社の株に値段がつくM&Aは、その株を持つ創業者や投資家にとって出口と捉えられるからだ。この文脈が強すぎて、クリエイティブを核とする企業や、特にそこで働く従業員にとって、M&Aは縁遠いイメージになっているのではないだろうか。
しかし私は、M&Aは人気コンテンツの「映画化」や「続編制作」のようなメタファーで捉えられると思っている。新しいチームが入って体制が変わることによって、その作品がより良く、より大きくなっていくということはあちこちで起こっている。そしてそのような新しい制作体制は、新たな費用の出し手が支えているということが少なくない。
クリエイティブ業界のM&Aは、まさにこうした「続編制作」のように、会社というバトンを次に繋いでいく、「会社の続編をつくる」プロセスと言えるだろう。そして、そこでは会社の理念やミッションといった「原作」へのリスペクトが欠かせない。

布田が率いるGOZENでは、体験型店舗事業を手がけるYASUMI WORKS社のM&A支援などを行なってきた
そして、M&Aは企業の経営層だけではなく、クリエイティブ企業で働く従業員にとっても大きな出来事だ。M&Aによって案件の規模や意思決定のプロセスが変わるなど、従業員にとっても大きな転換点になる可能性が高い。ときには、従業員が経営に近い立場になるといった機会にもつながることもあるだろう。
feastの場合はM&Aによって、ブランドコンセプトや社内カルチャーを維持したまま、より大規模なブランディングや販促を仕掛けていくことができた。また、それまで予算的に作れなかったプロダクトの開発にチャレンジできるようになるなど、自分たちがやりたいことを追求できる環境が生まれた。
私は、クリエイティブ企業の経営者と、そこで働く従業員にとって、適切なM&Aはとても良い選択肢になりうると信じている。
M&Aのサポートは、コンサルティングファームや金融関係など、ビジネス畑の方々が担うことが多い。私にそういったキャリアはまったくなく、クリエイティブの世界から企業経営へ、そしていまはM&Aで世の中を変えていこうと試行錯誤を重ねている。
この連載では、そんな自分だからこその視点で、M&Aの知見や事例を紹介していく。
クリエイティブ業界で働くあなたの、M&Aのイメージや使い方が180度変わるようなきっかけになったらとても嬉しい。