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地域×デザイン。デザインの力で社会の役に立つ、サーモメーターの仕事観

桜並木が美しい目黒川から一本入った路地に佇む『SURMOMETER Laboratory』(以下『SML』)。ガラス張りの開放的な空間に所狭しと器や工藝品が並ぶ店だ。「現代の民藝」として日用品を扱うこの人気店を営むのが、サーモメーター社。プロダクトデザイン、地方のブランドデザイン、書籍のデザイン、イベント運営、そしてショップの運営と、13人で展開しているとは思えないほど幅広く事業を行っている。今回は、代表取締役の山本加容さん、アートディレクターの山城由さん、デザイナーの瀬戸えり子さんにお話を伺った。そこから見えてきたのは、地域の風土に根差した食文化やものづくりを、デザインによって応援する、という姿勢だった。

人々の食卓・生活を豊かにする「生活に根差したデザイン」

店舗に併設するオフィス、木目調の机に腰掛けると「どうぞ」と小さなお菓子とお茶が振る舞われた。ミーティングスペースの壁を1枚隔てたオフィスからは、社員同士の笑い声が何度も聞こえてくる。セレクトされた商品や、これまでにデザインしてきた制作物から感じられる「温かみ」は会社の雰囲気そのままだ。サーモメーターが設立されたのは2004年。元々はグラフィックデザインを生業とし、そこからお店、企画やイベント運営等、事業は徐々に広がっていった。

山本:サーモメーターでは、創業当初から、コトをつくる『SM』、モノを伝える『SML』、人と人をつなぎ「good meeting(良き出会い)」の場をつくる『SM-g』という3つの事業を柱としてきました。『SURMOMETER』では、企画デザイン、パッケージや商業施設でデザイン面のサポートをメイン事業とし、本や書籍の装丁なども行っています。『SML』では器と道具のお店、『SM-g』では作家の個展やイベントを運営しています。ただ、事業を広げたという感覚はあまりなくて、『SML』を始める前からオリジナルデザインのグラスをお中元で勝手に送ったり(笑)。自分たちが楽しむという感覚で企画をしていた延長線上に今の事業があると感じています。

代表取締役 山本加容さん

代表取締役 山本加容さん

当初は土木やファッション、音楽といった異色ともいえるジャンルのデザインを手掛けていた。しかし、目の前にある仕事に夢中になって取り組み、好きなことをやり続けてきた結果、現在のサーモメーターの根幹となる「食」と「地域」というテーマに自然と会社が向かっていった。

山本:元々、料理を作る方ではなくて、食べることが好きな食いしん坊が多い会社で(笑)。偶然のつながりでお料理教室の会報誌の編集ディレクションをさせていただいてから、レシピブックのデザイン、飲食店の立ち上げツールのデザインなど、だんだん食に関するお仕事が多くなりました。また『SML』で出会った作家さんの周りに、食や暮らしに関するお仕事をされている方が多くいらっしゃるんです。彼らの拠点が地方にあるので必然的に「食」や「地域」に関するお仕事につながっていったのだと思います。

意識的にテーマを絞ったわけではない、と笑顔で語る山本さん。自分たちが目指す方向に自然と会社の舵を取ることはそう簡単ではないはず。だが、しなやかに仕事を受け入れる姿勢があったからこそ、今の姿にたどり着いたようにも感じる。現在は公園のランドスケープ設計をメインとしたまちづくりプロジェクトも手掛け、スタッフからは「地域に関わるデザインをしたい」という声が上がるようになった。デザイナーの瀬戸さんも、地域に根ざしたデザインがきっかけとなり、サーモメーターへの転職に踏み切ったという。

瀬戸:サーモメーターのことは、デザインの資料本で見かけたのがきっかけで知りました。そのときに掲載されていたのが、山城のデザインした『真岡の桜みちくさマップ』で。調べてみるとバイトの募集をしていたので、応募することにしたんです。だけど少し提出するのが遅くなってしまい、「今から送ったら、到着日はバレンタインデーだな」と気付いたので、会社宛にラブレターというコンセプトで作品集を送りました(笑)。今は入社のきっかけとなった『真岡の桜みちくさマップ』と同じように、鳥取県の地域に根ざした仕事を担当しています。鳥取が好きな方、日本酒や鳥取の食べ物が好きな方、関わっているお仕事を通して来てくださる方々の興味を知れることもあり、毎年楽しみにしています。

デザイナー 瀬戸えり子さん

デザイナー 瀬戸えり子さん

サーモメーターが手掛けるデザインのジャンルは幅広い。酒、コスメ、インテリア用品などのプロダクトもあれば、イベントや商業施設のPRツール、NPO法人のWEBサイトまで多岐にわたる。一見、これらの事業テーマはそれぞれに関連性がないように見えるが、彼女たちの仕事の根底には一つの一貫した想いがある。自分たちが使いたいもの、食べたいもの、「一消費者である自分たちの暮らしが豊かになるデザインをしよう」という想いだ。

山本:スタッフもモチベーション高く続けられる仕事で、かつ世の中や社会のためにもデザインで何か貢献できることはないかと考え始めました。その時に、自分たちが使いたいと思える「生活に根差したデザイン」をすることが、スタッフのモチベーションを高め、同時に、会社として少しでも社会のため・次の世代のためにつながるのではないかと。例えば一過性の大量生産に加担したり、大量のゴミが出てしまうようなデザインはしない。それでいて、自然と使い手の気持ちになれるデザインの方が自分たちにフィットしていると感じるようになりました。

単なるデザイナーではなく、「使い手」と「作り手」をつなぐ存在

サーモメーターは、10年以上お付き合いのあるクライアントも多く抱えている。山本さんに会社として大切にしていることを伺った。

山本:第一に、クライアントさんの顔が見えない仕事はしません。間に仲介が何社も入っていると何のためにやっているのか、その先が見えなくなってしまう。また「一緒にいいものを作りましょう」というスタンスなので、早い安い、ということを優先しているクライアントさんはお断りしますし、お話を聞いてもっと合いそうな制作会社が他にあればご紹介することもあります。

きちんと伝えたいことは「使い手の気持ち」。クライアントとの関係性にもはっきりとしたスタンスがある。建て前ではなく本音で、お互い言いたいことを言い合える関係を目指しているそうだ。時にはデザインと関係ないことであっても、手掛けたお店の店員の接客や同メーカーの別ブランドのパッケージなど、疑問に思ったことは必ず伝えている。

山本:例えばパッケージデザインのお仕事をいただいているクライアントさんが、子供向け商品を発売されていました。私には5歳の娘がいるのですが「もう少しこうしたら魅力が伝わって買いたくなるのに」という、母親としての想いが強く出てきてしまって。頼まれていなかったのですが自主プレゼンをさせていただきました(笑)。デザインと関係ないところでも、手掛けた商品自体が使いづらければ伝えますし、プロデュースしたお店の店員さんの対応が気になれば伝えます。仕事を受けたデザイナーとしてだけではなく、実際に使うユーザーの立場から、疑問に思ったことは常に伝えようと心がけています。

付き合いが浅いクライアントさんだとしても気が付いたことはきちんと伝える、と山本さん。自分たちを単なるデザイナーとしてではなく、「使い手」と「作り手」をつなぐ存在として、できる限りのことをしようとする姿勢が一貫して感じられる。そんな姿勢からユニークなお付き合いの始まり方、「地方で買い付けに行った際につながって、お仕事が決まることもある」と話してくれた。

アートディレクター 山城由さん

アートディレクター 山城由さん

山城:鳥取・島根だけでもたくさんつながりがあるので、県のPRから、地方の眼鏡屋さんのWEB制作、最近では買い付け先で仲良くなった酒蔵の方と何かできないかなと話しています。

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「じっくり働いてもらえる会社を目指したい」、群馬からリモートワークで働くスタッフも。

「じっくり働いてもらえる会社を目指したい」、群馬からリモートワークで働くスタッフも。

アートディレクターの山城さんが入社したのは8年前。デザイン業界では3〜4年での転職も決して珍しくはないが、同じ会社で長く腰を据えて働きたいと思っていたタイミングで出会ったのがサーモメーターだった。

山城:採用選考を受けた時の印象は、会社の雰囲気が緩くてマイペース。代表の山本が面接中に「あ、もう行かなくちゃ!」と途中で離席してしまうような感じで、なんだこりゃと思いました(笑)。第一印象にはびっくりしたのですが、「転職してステップアップするのではなく、同じ会社でじっくり働いていくことが理想だ」と社長に伝えたら、社長も「まさにそんな会社を目指している」と言ってくれて。それが大きな決め手になりました。

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社員の半数近くがかなり長い年数働いているサーモメーター。じっくり働く方が多い理由は、デザイン以外の事業も「ウェルカム」な方針にある。

山本:根底から大きく外れなければ、デザイン以外の事業もやっていこうと思っています。デザインをやりたいと思ってうちの会社に入ってきても、何か違うこと、例えばゲストハウスをやってみたいと思ったらうちで試してみたらいい。なんなら、みんなで事業としてやってもいい、と考えています。

個を尊重する自由な働き方で、実際に社員のひとりは群馬でリモートワークを行っている。

山本:長い人生の中で、仕事に対するモチベーションや実際に働ける状況というのは変化します。特に女性は出産や結婚といったライフステージの変化もある。他にも、海外に行って語学を勉強したいという気持ちが湧くかもしれない、実家に帰って親の介護で数年仕事を控えたいなど、そういった要望にもなるべく応えていきたいと思っています。群馬の実家に帰りたいと言った社員にも、辞めずに群馬で仕事を続けられる方法を提案しました。現在、昼間は農業、午後はWEBディレクターという働き方を実践しています。仕事に支障はないし、ときどき美味しい野菜を送ってもらえるし(笑)、他の社員も喜んで受けて入れていますよ。

月に一度はスタッフ全員でお昼を作り、築地市場まで朝に買い出しに行ったこともあるという。社内外の有志で活動している『GRAYSKY project』では、日本海地域から豊かな暮らしを学ぶためにプライベートで山形、金沢などを訪れ、職人さんの取り組みを自らの媒体で紹介。出会った地元住民と東京でイベントを行うなど、いい意味でプライベートと仕事の境目がなく、フットワークの軽いスタッフが多いと語る。

瀬戸:クライアント先にヒアリングに行ったその場でアイデアを求められることも多いので、普段から引き出しを多く持っておいた方がいいですね。また感性を磨いておくことも大事だと思います。新しいお店を見るだけでなく、本を読んだり、映画を見たり、自分の感覚を常に研ぎ澄ませておかないとデザインは提案できないと思っています。

デザインの力で、小さな組織を応援したい

昨年、瀬戸さんは他のデザイナーと共に、初めて鳥取や島根へ取材旅行に訪れた。『SML』で取り扱う器、それらが作り出される山陰の物静かで美しい街並み、働く人たち。デザインの背景にあるストーリーを多面的に吸収するための旅行だ。地方に赴く機会も多い分、そこで出会った人々が直面している課題にも気が付く。スタッフの気づきを通して、それらの問題は決して見逃せないものであり、サーモメーターとして何かできないか、山本さんは考えるようになったという。

山本:地方に行くと、デザインというものが誤解されているなと感じることが多いです。「デザインって、看板の文字のこと?」と言われることもあって。デザインの可能性を説明するのはすごく大変ですが、たとえば広告の出し方やパッケージなど、私たちの得意分野で少しでも力になれることはあると思っています。

直面している課題はデザインだけではない。後継者問題など、広く報道されるような社会問題の深刻さも間近に感じていると山本さんは続けて語る。

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山本:私たちも小さな会社なので、個人や家族経営のお店、地域においてひとりで何かに取り組まれている方など、小さな組織でやっていらっしゃる方に対して私たちに何かできることはないかと考えています。単純にデザインをするだけではなく、例えばデザインはせずともアイデアをシェアする、人を紹介するなど「広い意味でのデザイン」の力で何かできないかなと思っています。

山本さんの考えはスタッフにも着実に浸透している。山城さんは5年前からWEBデザインを手がけているNPO法人難民支援協会にプロボノとしても参加。告知ツールの企画・編集から携わるなど、デザインの可能性を探っている。

山城:デザインするということは、見た目をおしゃれにすることや華やかにすることではなくて、視覚的により良く伝えること。とっつきにくい難しい問題や、深刻すぎて目を背けたくなる社会問題にこそデザインという手法が役立つように感じています。

最後に、会社として取り組む「社会や世の中のためのデザイン」を見据え、スタッフの方々への想いも語ってくださった。

山本:若いスタッフは「社会のために何かしよう」という心と自分の仕事が最初は結びつかないことも多いと思います。ですが、デザインをして終わり、ではなく、自分が仕事で生み出したものが地球を汚さないか、人の役に立つかなど、ものづくりの先を考えてデザインをしてほしい。ですから、年齢が上のスタッフが率先して社会や世の中のためのデザインについて考え、社外でもそういったデザインを実践していく。若い世代が同じような考え方でデザインを行えるよう、自分たちの背中を見せていきたいと思っています。

Profile

サーモメーター株式会社

わたしたちは世の中にとって必要な「コト」と「モノ」を伝えるお手伝いをします。そのために、いっしょに「何が必要か」をとことん考え、見つけ出すことからはじめます。

伝えたい「コト」と「モノ」の魅力を編集し、力強いカタチにする。「温度」が届くように伝える。わたしたちが目指すのは伝える側の「温度」を受け取る側へ届け、気持ちを響き合わせること。

サーモメーターは、日々「熱い」気持ちで「工夫=デザイン」を続けています。その過程も楽しみながら。日本を元気にする力につながることを信じて。

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