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「鹿児島のまち」でクリエイティブは可能?お金、仕事、移住のリアルを聞いた

鹿児島県鹿児島市

首都圏を中心に活動してきたクリエイターが地方に移住を考えたとき、「仕事はあるのか?」「地域や暮らしになじめるのか?」など不安を抱くことは少なくありません。リモートワークや2拠点生活が可能で、働く場所をあまり問わないクリエイティブな仕事だからこその悩みではないでしょうか。そこで、東京で活躍後、地元鹿児島にUターンした中野さん、旦那さんの地元である鹿児島にIターンした山下さん、鹿児島で活動を続ける篠崎さんの3人に、鹿児島のシンボル・桜島が見える場所で「クリエイターのリアルな移住話」について聞いてみました。
 
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プロフィール

篠崎理一郎 / イラストレーター・アーティスト

1989年、鹿児島生まれ。大学で数学を学ぶ傍ら、作家活動を開始。国内外の展覧会やアートプロジェクトで活動するほか、近年は「TK from凛として時雨」のツアーグッズや、ワークブランド「Johnbull」や「Manhattan Portage」へのデザイン提供、後藤正文氏が編集長を務める『The Future Times』の表紙や企業広告などのアートワークを手がける。

https://www.reeeeeach.com/
中野由貴 / アートディレクター・デザイナー

1987年、鹿児島生まれ。専門学校入学を機に上京。「桑沢デザイン研究所」を卒業後、LABORATORIESや東京ピストルでの経験を経てフリーランスに。2018年10月にUターン。ももいろクローバーZのパンフレットをはじめ、宝島のムック本など、エディトリアルデザインを中心に幅広く活躍中。

https://nakanoyuuuki.tumblr.com/
山下ゆりな / イラストレーター

1986年、石川県出身。岡山県立大学デザイン学部卒業後、株式会社ケセラセラでWEBデザイナーなどに従事。2012年に結婚し、その後、第一子を出産。大阪でフリーランスとして活動後、2018年7月に旦那さんの故郷・桜島にIターン。鹿児島市役所桜島支所で働きながら子育てに奮闘していたが、2019年からフリーランスに戻り、教科書のイラストなどを手がけている。取材時は、第二子を妊娠中。

取材・文:横田ちえ 撮影:重久清隆 編集:青柳麗野(CINRA)(2019/07/30)

「東京は『遠隔の仕事』に抵抗ない人が多い。それに気づいて、鹿児島に移住を決めました」(中野)

―みなさんは現在鹿児島にお住まいですが、ずばり鹿児島の魅力は何でしょうか?

中野:やっぱり桜島です! 私は鹿児島市出身で、小さいころから見て育ったので、雄大でどっしりした桜島の雰囲気が鹿児島らしいなと。鹿児島の真ん中にあって目印になるし、いつも心の真ん中にいるみたいな気がしています。

篠崎:ぼくは、小さいころから当たり前に桜島があったから、県外から来た人が「おお~!」ってなっているのがあまりしっくりきていなかったんですけど、あらためて見るとすごいんだなと思うようになりました。

山下:私はIターンで移住してきたのですが、やっぱり桜島はすごいと思う。山の形がごつごつしていてかっこいいんですよね。桜島に住んでいるので、桜島ビジターセンターに通って桜島のことを勉強しています。あと、「パワーを感じる」とかで、海外から移住される方が結構います。世界有数の山だし、鹿児島のみんなはもっと桜島に来たらいいのに。

左から、篠崎理一郎さん、中野由貴さん、山下ゆりなさん

左から、篠崎理一郎さん、中野由貴さん、山下ゆりなさん

―「桜島」に一致しましたね。山下さん、中野さん、移住を決めたきっかけについて教えてください。

山下:夫が桜島出身なのでいずれ住みたいという話はしていましたが、ふんわり話していただけなので何も決めていませんでした。具体的になったのは、出産・休業を経てから。以前は大阪で待機児童が多い地域に住んでいたので、子どもを預けられずワンオペ育児でした……。社会との接点が少ないなかで、自分一人で子育てするのに不安を感じていました。

桜島なら義父母に育児を手伝ってもらえるし、保育園は待機児童ゼロだと聞いたので、それなら「子育てもクリエイター活動も両立できるかな」と移住を決断しました。引っ越してきたのは昨年の7月です。

中野:私はいずれ鹿児島に戻ろうとは思っていました。でも、東京で10年以上働いてきたので、鹿児島でデザインの仕事ができるのか全然わからなくて。そんなときに、『南薩トライアルステイ』というお試し移住プログラムに参加しました。

鹿児島の指宿市で1週間くらい農業会社のお手伝いをしながら生活したのですが、そのとき、PR用のチラシを自主制作してプレゼントしたらすごく喜んでもらえて。この体験が移住の一番のきっかけになりました。そこで出会った同世代の人たちとはいまでもつながっています。

中野さんが自主制作で手がけたチラシ(画像提供:株式会社hishi)

中野さんが自主制作で手がけたチラシ(画像提供:株式会社hishi)

―それからすぐに移住したのですか?

中野:いえ、当時はフリーランスで仕事をしていたので、トライアルステイ後は、しばらく東京と鹿児島で2拠点生活をしていました。東京にいながら鹿児島の仕事を増やそうと思っていたんですけど、新規の仕事はなかなか増えなくて。

仕事をしながら気づいたのですが、東京のほうが遠隔で仕事することに抵抗ない人が多かった。それなら暮らしやすい鹿児島を拠点にしても大丈夫そうだなと思うようになりました。ちょうど東京の自宅も更新の時期だったので、環境のいいところでのんびり過ごしながらたまに東京に行くというのもいいなと思い、鹿児島に拠点を移しました。

「まずはその土地に慣れて、コミュニティーを築くことが第一」(山下)

―実際移住されるにあたってどのように準備しましたか?

中野:私は、移住前の2拠点生活の時期に1、2か月に一回くらい鹿児島に来て、イベントに参加したり、人に会ったり、コミュニティーを築いていました。

実際の移住に当たっては、鹿児島市クリエイティブ人材誘致事業の補助金制度を利用して、移住後の仕事場に必要な備品や設備投資費用を補助してもらいました。それでも、引っ越し費用以外に、アパート契約、車購入などの初期費用はかかりましたので、移住資金は本当に必要だなと思いました。

でも、やっぱり生活費は東京よりかからない気がしています。自炊するし、外食も減りました。収入は落ちましたが、使うお金も減ったのであまり負担額は変わらないなと。むしろお金は貯まっていく感じがします。

休日は気分転換をしに、車で近くの大きな公園に行ったり(画像提供:中野さん)

休日は気分転換をしに、車で近くの大きな公園に行ったり(画像提供:中野さん)

山下:私の場合、夫もクリエイティブ系の仕事をしているので、もともとは夫婦で独立を考えていて、鹿児島市クリエイティブ人材誘致事業の個人事業者向け補助金制度も検討していました。でも、私にとっては縁もゆかりもない土地でしたし、鹿児島弁もわからない運転もできないという状態だったので、生活に慣れることが第一でした。「まずはこの土地に慣れて、コミュニティーを築かないと」という話になり、地盤づくりのため夫婦ともに就職しました。

私は3か月の契約社員を経て、いまはフリーランスで働いています。ちなみに、2歳の息子は私よりも方言覚えるのが早くて「わっぜ(すごいの意)」とか普通に使っています。楽しそうに火山灰で遊んでいますしね。

山下さんとお子さんの後ろ姿。目の前に見えるのは桜島(画像提供:山下さん)

山下さんとお子さんの後ろ姿。目の前に見えるのは桜島(画像提供:山下さん)

「結局のところ、自分は何を追求していくのか・自分がつくったものをどう見せるかだと思います」(篠崎)

―篠崎さんは、クリエイター活動をほとんど鹿児島でされていますよね。

篠崎:そうですね。といっても、鹿児島っぽい絵を描くわけでもなく、自分が面白いと思うものをつくってWEBで発表してきました。自分では需要があるのかないのかわからないような作品だったのですが、意外な方たちから「こういうのやりませんか?」と提案をいただくようになり、それがいまにつながっています。

制作風景(画像提供:篠崎さん)

制作風景(画像提供:篠崎さん)

―ほかの土地で活動してみたいと思ったことはないのでしょうか。

篠崎:いろいろな作家さんたちと知り合ううちに、制作するうえで大事なのは自分に合った環境にいることと、その選び方だと考えるようになりました。都会に住んだことがないから比べたうえでのローカルのよさというのはあまりわかっていないですが、いまのところは鹿児島での制作活動にしっくりきているという感じですかね。

また、制作環境は大切ですが、結局のところ「自分は何を追求していくのか」「自分がつくったものをどう見せるか」だと思います。ぼく自身、最初はいうほどの実績がゼロだったから、それを積み上げないと説得力がないと思い、制作活動に打ち込んできました。

篠崎さんの過去の作品

篠崎さんの過去の作品

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「いただく仕事を素直に受けてみる柔軟さが、鹿児島にいながらも制作の幅を広げてくれた」(篠崎)