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日本発、ナンバーワンUI企業を目指す!

株式会社グッドパッチ

Apple、Google、Yahoo!、Facebook。革新的技術やサービスを生んだこれらのIT企業は、いずれもアメリカ・シリコンバレー発だった。かの地への憧れから身ひとつで渡米し、帰国後の2011年に自らの会社を立ち上げたのが株式会社グッドパッチ代表・土屋尚史氏だ。波乱の人生の中でも転機を逃さず、話題のサービス「Gunosy」(グノシー)のユーザーインタフェース(UI)設計などで一気に注目を集める存在に。「日本でナンバーワンのUI企業になる!」と謳う同社は、どんな過程を経て上昇気流をつかんだのか。世界基準を目指す彼らの挑戦を紹介する。

取材・文:内田伸一 撮影:菱沼勇夫(2013/06/28)

不登校大学生がITベンチャーを目指すまで

シリコンバレーに憧れた若き起業家。そう聞くと学生時代からバリバリと開発に携わるイメージもあるが、土屋さんの場合は少し違う。大阪で社会学を専攻していた大学生時代は、「学校が面白くなくて、居酒屋、カラオケ屋、と夜型のバイト漬けの毎日」を過ごした。大学も休学し、後から思えばかなり荒んだ日々だったという。しかし21歳のとき、突然の大病で入院生活を余儀なくされたのが、人生を根本から見直す契機になった。本人は多くを語らないが、生死に関わる病気だったという。

株式会社グッドパッチ 代表取締役 土屋 尚史さん

株式会社グッドパッチ 代表取締役 土屋 尚史さん

土屋:まさか自分にそんな事が起こるとは信じられなくて、そのときは毎日泣いてましたね。でも幸運なことに、上手に病気と付き合うとふつうの生活が送れるようになった。そんなこともあって、さすがに前の堕落した生活に戻ろうとは思えず復学し、そこでベンチャー起業にまつわる講義を受けたのが今につながる第一歩でした。

その授業では、孫正義(ソフトバンク)、三木谷浩史(楽天)、堀江貴文(ライブドア/当時)など、個性的な先達の生き方に刺激を受けたという。彼らにも苦境や病を乗り越え、アイデアと技術でイノベーションを起こしてきた経緯がある。その姿に励まされると同時に、彼らに続く存在を目指そうと覚悟を決めた。

しかし当時の土屋さんは、ITに精通していたわけではなかった。そこで一日でも早く現場経験を積もうと、卒業を待ちきれず退学、大阪のITベンチャーに入社する。以降の数年は、持病の治療と家庭の事情で大阪・東京間の転居&転職が続くが、夫婦の二人三脚で乗り越えた。ECサイトのコンサルからウェブディレクターまで経験し、体調も仕事も安定したとき、起業への情熱はまだ消えていない自分に気づいた。

土屋:その時点では、自分が何をやるべきか明確ではありませんでした。おまけに、何をするにも肝心の資金の目処がまったくない。そんな悶々としていたある日、空からお金が突然ふってきた(笑)。これは嘘とかじゃなくて、「土屋さん名義で数百万の定期預金が満期です、どうしますか?」と郵便局からの連絡がきたんです。全く覚えはないし、親も知らない。よくよく調べると亡くなった祖母が、僕の17歳の誕生日から積み立ててくれていたんです。色々と思い巡らせたけど、これはおばあちゃんが「挑戦しなさい」と背中を押してくれているのか、と。

ITの世界に飛び込んでから5年目。2010年、彼は大阪の勤務先に辞意を伝え、起業に踏み出すことに決めた。

シリコンバレーに行きたいんや!

前述の通り、最初に特殊なアイデアやビジネスプランがあったわけではない。「今思えば適当過ぎですが(苦笑)、前職の延長でウェブ制作会社とかをぼんやり考えていた程度だった」という。次の転機は、ヒントを求めて通った業界のセミナーで、南場智子氏(現・株式会社ディー・エヌ・エー取締役)の講演を聴いたことだった。

当時のブログ「Like a Silicon Valley」

当時のブログ「Like a Silicon Valley」
http://likeasiliconvalley.blogspot.jp/

土屋:南場さんは日米間を行き来して暮らした経験から、「シリコンバレーではベンチャーの成り立ちが日本とまるで違う」とお話していて。向こうでは立ち上げ時からメンバーの国籍も多彩で、想定マーケットがそもそもグローバル。だから日本でこれから起業する人は、「多国籍軍を作りなさい!」と。僕はその日の南場さんの話に強く心を打たれ、まずは一度、本場のITベンチャーを見に行かなきゃと思ったんです。

とはいえ、ツテなし、英語力なし、海外経験なし(!)。しかもこれまで支えてくれた奥さんのお腹には、新たな生命が宿っていた。渡米はあらゆる面で無謀とわかっていたが、「ここで動かなきゃ、自分の人生変わらない」という己の直感に従うことにした。後に「シリコンバレーに行きたいんやー」との書き出しでブログに綴られる、土屋さんの渡米チャレンジの始まりだ。

サンフランシスコでインターン

2011年3月、米西海岸へ出発。日本人の現地進出を支援するNPOが主催する「シリコンバレー・カンファレンス 2011」に参加し、さらに「一度だけゴハンを一緒に食べたことがある」という知人の紹介でサンフランシスコのIT企業・btrax (ビートラックス)社に突撃。インターン採用を取り付ける。

土屋:実は出発が3月10日、つまり東日本大震災の前日というタイミングで、現地で震災を知ることになりました。もちろんすごく痛ましい思いをしましたが、もし1日遅かったら空港は閉鎖され、後の大混乱の中で僕は渡米をやめていたかもしれない。その意味でも、一連の決断は自分にとって何か運命的なものを感じました。

サンフランシスコの風景

勤務できたbtraxのあるサンフランシスコは、憧れのシリコンバレーよりも北にあるエリア。しかし、それも結果的には良かったという。ITベンチャー立ち上げの中心地は、近年サンフランシスコに移動してきていたからだ。原因は機器の省スペース化や、数人体制でも勝負できるアプリ業界などビジネスの多様化。広く安い郊外オフィスから、コンパクトでも利便性の高い都市部に人気が移っていた。実際、サンフランシスコにはTwitterやUstream、Instagramも本社を構える。

土屋さんはこの街で、妻子も呼び寄せての武者修行を3ヶ月間行った。滞在延長に必要なビザ取得の厳しさもあり、その後は帰国を決めたが、出会った人々や環境から受けた経験は「濃度でいえば1年以上いた感覚」と、当時を振り返る。

グッドパッチの設立と、波乱の道のり

2011年9月。帰国したその年のうちに、土屋さんは大阪から東京に拠点を移し、グッドパッチ社を立ち上げる。渡米先にて肌身で感じたことを、そのまま事業の3本柱とした。

1. コワーキングスペース事業

サンフランシスコの船倉庫を改造したDogpatch Labsでは、多くのスタートアップ企業がオフィスを共有し、刺激し合っていた。土屋さんはこれに感銘を受け(社名もこのDogpatchにあやかるほど)、日本にもこうした場所が必要と痛感し、事業の1つとして構想した。

2. ユーザインタフェース(UI)開発

グッドパッチ

UIへの意識水準の高さも、現地で感じた日本との違いだった。正式リリース前のβ版でも高い操作性・デザイン性にこだわるのは、サービスの差別化にはアイデアと同じくらいUIが重要との認識から。ユーザーとの直の接点であるUIが与える印象は、ブランディングにも影響する。そこで、日本におけるこの分野の意識改革を牽引できるプロフェッショナルを目指すとした。

3. 海外進出支援

インターン先のbtraxはウェブサイト開発やコンサル業務において、ITベンチャーの国際性を重視した事業展開をしていた。土屋さんも同社でゲームのローカライズや、日本からのスタートアップ誘致イベントに携わった。そこで、日米ITベンチャーの交流活性化のため、btraxとの継続連携を行うこととした。

  
体制はミニマムなもので、コワーキング事業は土屋さん、UI事業は協同設立者の谷拓樹さん、という二人で創業。海外進出支援事業については社外の者との連携を目指した。サンフランシスコから帰国直後の起業。全てが順風満帆に思えた念願のスタートだった。しかし「今なら冷静に語れますが、やはり欲張りすぎたし、最初の半年はまったくうまくいなかった」と当時を振り返る。

株式会社グッドパッチ 代表取締役 土屋 尚史さん

メイン事業と考えていたコワーキングスペースについては、同じ目標を抱く社外の人々との共同事業となり、やがてグッドパッチの手を離れていく。そしてUI事業でも、制作の要だった協同設立者・谷氏が社を去る。創業の6ヶ月後にして、グッドパッチは土屋さん1人となった。

土屋:あのときは「人生そう簡単にうまくはいかない」ということを、痛いほど思い知らされましたね。もっと早い時点で、3つの事業を同時に進めるのは無謀だということに気付くべきだった。相方をなくして、その後の売り上げの見込みも落ちたし、その時点で会社のキャッシュも残り3ヶ月くらい。そしてなにより、1人になったことが本当に辛かった。そうして考え抜いて、一回すべてをリセットしようと思ったんです。それで何かひとつ選ぶならと考え、可能性をUI事業一本に絞って出直すことに決めました。

このときの決断を「自分の起業家人生を振り返ったときに、間違いなくターニングポイントの1つだった」と、土屋さんはいう。それが2012年の4月。7ヶ月前、大阪の知人たちが起業祝いのパーティで盛大に送り出してくれたのが、遠い昔のようだったーー。

苦境を支えたベンチャーの同志たち

しかし、その苦境を救ってくれたのもまた、ITの世界で挑戦を続ける同志たちだった。現在グッドパッチの仕事として広く知られるのが、「Gunosy」のUIデザインだ。実は彼らとの出会いもシリコンバレーだったという。

Gunosy

グッドパッチ社がUI設計をおこなう「Gunosy

土屋:初渡米時に行った「シリコンバレーカンファレンス」では、日本からの参加者同志でFacebookを通して声を掛け合い、一緒にGoogleなどの有名企業を見学したんです。そのメンバーのひとりが、帰国後まもなく「友人たちと作ってみました」と教えてくれたのが「Gunosy」。

当時の「Gunosy」を見た土屋さんは、「企画は面白いけど、UIが酷すぎて絶対使う人はいない」と感じたという。それほど「これは、なんとかしなきゃ」という気持ちが芽生えたと振り返る。

土屋:彼らはすごく優秀ですが、デザイン面には本当に無頓着で、ロゴもパワーポイントで作っていたくらい(笑)。僕も起業したてで仕事も少なく、「Gunosy」のバグを見つけて報告がてら、UIをうちでやろうか? と聞いたのが始まりです。といっても彼らはまだ大学生だったので、お金を取る気にはなれず無償でのお手伝いをしたんです。

その後、2012年5月の「Gunosy」リニューアルでもグッドパッチがUIを担当。ちょうどグッドパッチがUI事業一本で再起を図った直後の実績となった。まもなく、それまで地道にユーザーを広げていた「Gunosy」が、SD Japanの記事で取り上げられたのをきっかけに大きな話題に。さらに当時服役中であった元ライブドア代表、堀江貴文氏が自身のメルマガで紹介したことで、火が付いた。

土屋:その効果で、グッドパッチにも「Gunosy」のデザインを気に入ってくれた方々から新規の依頼が増え始めたんです。最初は学生たちのプロジェクトを無償支援する形で始まった仕事が、一番苦しかった時期に何百倍といっていい価値のリターンをもたらしてくれました。

「技術とマインドの共有」が生む成長

現在、若手スタッフ中心のグッドパッチで、そのUI開発を牽引するのがベテランデザイナーの貫井伸隆さんだ。土屋さんとは共通の友人を介して知り合い、今年同社に合流した。

土屋:「Dribbble」という、限られたデザイナーだけが自作を公開できる招待制サイトがあり、そこへ最初に招待された日本人が彼でした。それで知り合ってからは、ふらりと会社に遊びにきて若手にいろいろ教えてくれる不思議な人、という付き合いで(笑)。今年ようやく入社を依頼できる環境が整い、念願が叶いました。

チーフUIデザイナー 貫井 伸隆さん

チーフUIデザイナー 貫井 伸隆さん

貫井:僕はもともと新デバイスやサービスが出ると、そのUIをとことんチェックして、どうしてそういうUIになったのかを考えたりするのが好きなんです。前の会社を辞めてここにきたのは、彼らとなら自分のやりたいことをもっと突き詰められると思ったから。グッドパッチでは面白いサービスを見つけて隣のスタッフに話すと、「何それ?」と全員集まっちゃって、みんなそそくさと自分のiPhoneにインストールし始める(笑)。それが自社ブログのシリーズ記事に発展したり、そういう感覚を共有しながら仕事ができるのは嬉しいですね。

大切なのはいかに優秀かよりも、未経験でも仕事に対するマインドを共有できるかどうか。それは土屋さんが苦難と希望の日々から得た経験則でもあった。そこへ貫井さんのような実力者たちも加わり、若手の成長も加速しているという。土屋さんに今後の目標を聞くと、やはり挑戦的な答えが返ってきた。

土屋:まずは日本でナンバーワンのUIデザイン会社ですね。もうひとつは、世界中と仕事ができる存在になること。アメリカの企業文化に大きな感銘は受けましたが、日本人は勝てないというより、むしろ十分勝負できると思うことも多かった。UIは言語や文化の壁を越える可能性も高い領域だし、Google本社から名指しで依頼される日を本気で目指します。

リスクがあるからこそ生まれるチャンス

革新を起こすために、リスクを背負って挑戦する。そのベンチャー精神も土屋さんが渡米先で学んだものだ。リスクを避けすぎることの弱点は、「それによって意思決定が延びていくこと」だという。実行が1日ずれただけで明暗が分かれる世界は、かつて初めて国際便に乗ったあの日、そして着いた先で目にしたITベンチャーの猛者たちによる戦いぶりで身に沁みている。

この年末には、初めてシリコンバレーへの社員旅行を計画中。今年度の売上目標・利益目標の両クリアが条件だが、すでに実現できそうだという。

土屋:スタッフ数が20人を越えたので、全員でシリコンバレーに行くのは、リスクといえばそうですけどね(笑)。でも、現地を訪れることで皆が得られる刺激を考えれば、やるだけの価値は必ずあると信じてます。シリコンバレーの可能性を社員のみんなにも感じて欲しいんです。

社員一同でどこを目指しているのか。グッドパッチのHPには、こんな宣言ともいえるコピーがある。
 
グッドパッチ

土屋:新しいビジネスって、最初は「お前はバカか?」と言われるくらいでいいと思う。例えば、自分の部屋を貸したい人と、旅先の宿泊地を求める人をマッチングサービスである「Airbnb」は、初年度は利用者3人だったが、今や企業評価額は10億ドルを超えている。イノベーションってそういうもの。僕らもUI企業を謳いはじめた当時は、相手にされなかったこともあったけれど、今やUIを無視できない時代。だからこそ、まずは今、「日本でナンバーワンのUIデザイン会社」っていうものを本気で目指していきたいですね。

まとめ

米ITベンチャーの本場で得た感銘を活かしつつ、日本発のポテンシャルで世界を目指す彼らの挑戦。それはまさに「Goodpatch」という名が相応しい。patchには「適用する」「継ぎ合わせてつくる」との意味もあるからだ。社名ロゴの中央、「d」と「p」の間に絆創膏の形が見えるのもその象徴だが、そこには今、傷付いても立ち上がる力強さを新たに読み取ることもできる。そんなGoodpatchは今後どのように羽ばたいていくのか。日本と世界をつなぐITベンチャーとして、さらなる躍進を期待したい。