Interview 私としごと

客室乗務員から、ペンキも塗るギャラリストへ。

アッシュ・ペー・フランス株式会社
櫻井 史恵(hpgrp GALLERY TOKYO アシスタント)

ギャラリーで働いていると聞くと、美大を卒業したアーティスト気質な人物を想像するが、櫻井さんはhpgrp GALLERY TOKYOに入社するまで「ペンキ塗りのローラーも持ったことがない」ほど創作と無縁の世界で生きていた。大学もアートとは一見関係ないように思われる商学部を卒業し、一度は航空会社に客室乗務員として入社。そんな彼女が、なぜ表参道にあるギャラリーに勤めることになったのか。一般には馴染みの薄いギャラリストという仕事の魅力と共に、櫻井さんが考えるアートとの「一生ものの関わり方」について伺った。

プロフィール

櫻井史恵

1984年、福島県生まれ。2007年に早稲田大学商学部を卒業後、ANAの客室乗務員として2年間勤務。2010年2月からは、H.P.FRANCE株式会社に入社し、hpgrp GALLERY TOKYOのギャラリーアシスタントとして、hpgrp GALLERY TOKYO、H.P.FRANCE WINDOW GALLERYを中心にギャラリー運営の業務全般にあたっている。

インタビュー・テキスト:宮崎智之(プレスラボ) 撮影:すがわらよしみ(2012/6/20)

アートを仕事にすることは想像ができなかった

―櫻井さんはいつ頃からアートに興味を持ち始めたのでしょうか?

櫻井史恵

櫻井:意外と遅いかもしれませんが、大学に入学してからです。地元の福島県には鑑賞する場所も少なく、コンテンポラリーアートに触れる機会はあまりありませんでした。それで東京に出てきてから、コンテンポラリーを扱う美術館やギャラリーが沢山あることを知って、興味を持ち始めました。直接的なきっかけになったのは、2005年に原美術館で開催されていたオラファー・エリアソンの展覧会や森美術館で開催されていた杉本博司さんの展覧会を観た事です。彼らの明確なコンセプトや制作方法が面白くて、その後作品が展示されている金沢21世紀美術館まで足を運んだりして。それらを掘り下げていくうちにアートにどんどんハマっていったという流れです。

—大学ではどのような事を学んでいたのですか?

櫻井:母校の早稲田大学は懐の深い大学で、入学してから学ぶことを選べる自由な制度と校風があって、商学部なのに社会学のゼミに所属していました。

―商学部にも社会学のゼミがあるんですね。

櫻井:珍しいかもしれませんね。私が所属していたゼミは先生が国際教養学部に転部してしまったため、もうなくなってしまいましたが、他にも社会学のゼミはまだあるようです。先生の専門は複雑系で、ゼミでは都市論と芸術を結びつける研究をしていました。簡単に言うと、「東京の街の形成に関して芸術文化が果たしている役割を分析する」といった内容です。

―あまり簡単そうではないですが(笑)、少しずつ現在の仕事に近づいてきたように思えます。でも、就職活動では、アート系の職業を目指さなかったんですよね?

櫻井:はい。その時期は、自分が何をやりたいか迷っていて。アートは大好きでしたけど、それが仕事と結びつくということまでは想像ができなくて。本が好きだったので出版社は受けましたが、本当に好きな会社を数社受けた程度でした。それで就職か大学院進学か迷った末、やりたいことを探すにしても社会人経験を積む期間が必要だと考え、ギリギリでANAにエントリーして客室乗務員になりました。

華の客室乗務員からギャラリストへの道

―ANAの客室乗務員と言えば人気職種で、そう簡単に受かるものではないように思うのですが…(笑)。

櫻井:運が良かったんだと思います(笑)。ANAには、熱意を持って仕事をされている方が沢山いらっしゃり、とても勉強になりました。会社としての教育制度もしっかりしているので、短期間ながら社会人のイロハを学ぶことができたと思います。

―華々しい仕事でやりがいもあったと思うのですが、なぜ転職を考えたのですか?

櫻井:当時、まとまった休みが1年に2回あったので、その期間を使ってパリやスペインなどの美術館巡りをしていたんです。それで本当に自分が何をやりたいのかを考えていくと、やっぱり「大学時代から大好きだったアートと共に歩む生き方がしたいな」と思うようになっていきました。その時には「ギャラリーで働く」というビジョンがあったわけではないですし、通信教育で学芸員の勉強をしてはいましたが、どういう関わり方がいいのか見えてもいなくて。でも、とにかくアートの世界に飛び込んでみようと思い、退職を決意しました。

櫻井史恵

—そのとき、周りには止められませんでした?

櫻井:ありがたいことに逆に周りからは応援していただいたりしましたね。自分のやりたい事だからって。それで退職後に青山の複合文化施設「スパイラル」で開催されていたアートフェア「ULTRA」でインターンを経験し、さまざまなギャラリーの方にお話を伺う機会を得ることができました。そこで、今のディレクターである戸塚と出会い、hpgrp GALLERY TOKYOに入社することになったんです。

—なぜ、数あるギャラリーの中で、hpgrp GALLERY TOKYOを選んだのですか?

櫻井:企業運営のギャラリーというと、自社のCSR活動やブランドイメージのPRのために資金を提供してアートを支援したり、ギャラリーを運営してアーティストに場所を提供する所が多いと思うのですが、当社の場合はあくまでもビジネスとして成立する仕組み作りに力を入れています。そういうところが面白いと考え、入社したいと思ったんです。

—いわゆるメセナ的な活動とは違うといいますか。

櫻井:そうですね。企業がただ金銭的な負担をしているだけでは、アーティストも育たないし、企業側も運営を持続することが難しくなってしまいます。アートそのものがお金を生み出す仕組みをつくらなければ、意味がないんです。アートをビジネスとして成功させることが、一番の支援になるということ。今の日本にはアートの市場がほとんどないという状況なんですけど、市場そのものを作るのが私たちの仕事だと思っています。
例えば、アートを買うという価値観を皆さんに知ってもらうとか、既存のものとは異なるタイプのアートフェアを主催したり、企業向けのアートイベントを企画したりと、さまざまな角度からアートをビジネスにしていこうとしています。多くの個人ギャラリーのように、じっくりと作家さんやお客様と付き合い、一対一で販売していくスタイルも魅力的だしとても大切だと思いますが、当社の場合はもう少し大きな枠組みで社会のシステムや、人の価値観を変えることに取り組もうとしている会社だと思います。そしてそういう社会を実現してこそ、人とアートが一生一緒に歩んでいけるのかなと考えています。

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