Interview 私としごと

29歳。今やらなきゃ、いつやるの?

株式会社エウレカ
守屋 貴行(プロデューサー)

株式会社エウレカでプロデューサーを務める守屋さんは現在29歳。今年まで6年間勤めた前職のロボットでは、映像やプロデューサーという肩書きに囚われず、WEBやアプリの制作から企画・デザインまで様々な案件に取り組んできた。学生時代から大手代理店でコピーライターの修行と制作会社でのインターンを並行して勤めるなど、話を進めるごとに行動力の高さには目を見張る。常に「すっぴん」の自分に、スキルやノウハウを身につけたいと語る守屋さんの仕事観を伺った。

プロフィール

守屋 貴行

1983年生まれ。大学在学中から、博報堂C&Dでコピーライターの弟子入り、クリエイティブ全般に携わる。その後、同時に株式会社ドリームデザインにてインターンを開始する。グラフィックからWEB、映像とクリエイティブを全般的に学ぶ。その後、新卒で株式会社ロボットに入社。入社して早4年目でプロデューサーの名刺を持つようになり、マスを中心とした広告を制作。退社後は、株式会社エウレカに入社し、オンラインのプロモーションを中心に手掛けている。

インタビュー・テキスト:たろちん 撮影:すがわらよしみ(2012/11/15)

学生時代から現場で働く

―プロフィールを読ませていただいたんですが、学生時代からコピーライターに弟子入りしたり随分活動的ですよね。元々、このような業界に興味があったんですか?

守屋 貴行

守屋:そうですね。小さい頃から絵が好きで、よく描写が上手いって褒められてました。なんで興味を持ったかっていうと、あまりわからないんですけど、親が茶道や書道の先生をやっていたのも影響しているかもしれませんね。それこそ昔から“デザイン性の高いもの”が好きで、広告の仕事をやりたいと思ったのもそういうものをビジネスとともに作れると思って。それで、大学2年の時に知り合いのツテで博報堂C&Dに入れてもらったんです。

—広告をやってみたいという思いが、そんな具体的な行動に移ったのにはなにかあったんですか?

守屋:大学2年生くらいのときに漠然と「将来どうしよう」と考え始めたんです。それで大学にマスコミ講座があったんですけど、結構倍率が高くて優秀な学生は皆そこに入るみたいな風潮があったんです。だけど、僕は面接で落とされちゃった。僕より勉強できない友達とかも合格していたのでちょっとイラっとして、だったら俺はもう働いてやる! と思ったんです(笑)。

―それでいきなり博報堂C&Dっていうのもすごいですね(笑)。そこで現場から色々と学んでいく訳ですね。

守屋:そうです。でもコピーってすごいな、と思う一方で、コンテンツそのものを自らつくれることが時代的にも大事だなと思いはじめました。それでいずれは、もっと事業ベースでコンテンツ全てを作れるようになりたいと考えるようになって、平行してドリームデザインっていう制作会社でもインターンで働かせてもらうようになったんです。

―そのドリームデザインにはどういう経緯で?

守屋:その頃、「ブレーン」って雑誌を読んで、パッと開いたページの会社がめちゃめちゃオシャレだったんです。求人募集も出してなかったんですけど、すぐにそこに電話して「働かせてください」って言ったら「それは無理です」って(笑)。そりゃそうですよね。それでも翌日とりあえず会社に行ってみたら、たまたま社長が1階のロビーにいて、話を聞いてくれたんです。

―なんというか、すごい行動力ですね。

守屋:その社長が京都精華大学で非常勤講師をやっている方で、僕の想いを伝えたら、「そんなに興味あるなら、明日授業があるから来れば?」っていわれて、その日は帰らされました。後から聞いたらどうせ来ないだろうって思ってたらしくて、翌日京都に行ったら「ほんとに来たのか!」って驚かれて(笑)。それでその翌日から働かせてくれるようになったんです。インターンだから無給だし、雑用ばっかりでしたけど、何もかもが新しかったですね。

―それが大学2年生くらいなんですよね。そもそも、そんなに働きたかったんですか?

守屋:いや、もちろん今でも働かなくていいなら、働きたくないですけど(笑)。ただ、「男だったらどこまでいけるか」っていう野望みたいなものはあって、忙しくて寝れなかったりするのが辛くはあっても苦だと思ったことはないです。多分、目標やビジョンが自分の中で明確だからですね。ドラクエでメラゾーマ覚えるために、ひたすら経験値を稼いでるみたいな(笑)。

どれだけいい仕事に結びつけるか

―卒業後は株式会社ロボットに入社してますね。その他に就活はしていたんですか?

守屋:やりましたよ。就活って学生時代しかできない経験だな、と思って、この顔でアナウンサーとかも受けてみました。全然おもしろくなかったですけど(笑)。4年生になってマスコミ講座もリベンジして受かったんですけど、そのときはもう働いていたんで授業がつまんなくていかなくなっちゃった。それでドリームデザインで働いてみて、コンテンツ制作会社への道というのが見えてきて、その時に映像に強いロボットという会社があるのを知ったんです。

―学生時代にそれだけ働いていたら、最初からバリバリ働けたんじゃないですか?

守屋 貴行

守屋:いや、むしろ逆でした。他の新卒の皆が美大出身だったり、大学で映像を作ってたって人たちばっかりで、最初からイラレやフォトショなどの編集機器を使いこなせるんです。僕は働いていたといっても雑用だったりコピーライターの修行だったので、制作会社の現場では役に立たないんです。それがすごく悔しかった。それで1週間会社に泊まりこんでそれらのソフトを死ぬ気で全部覚えました。

—なるほど……。ロボットでは最終的にプロデューサーの肩書きを持つようになるんですよね。プロデューサーとしてはどのような仕事をしていたのですか?

守屋:営業とも少し似ているんですが、お客さんから案件をもらって予算を管理するというのが従来のプロデューサーの仕事ですね。予算を握っているので最終的な決定権を持ってる感じです。でも僕の場合はちょっと特殊なほうかもしれなくて、企画も考えるしデザインにも口を出すし、作品のクリエイティブコントロールは絶対にしていました。

—逆に一般的なプロデューサーはあまりそういうことはしないんですか?

守屋:プランナーやディレクターなど担当者がいるので、あまり口を出さないという人は多いと思います。でも僕は映像だけじゃなくて、色んな幅の案件を自分の中で増やしたかったんです。ゲームのFF5には戦士や魔法使いなど色んなジョブがありますけど、最後に「すっぴん」に戻った時に各ジョブで覚えた色んなアビリティを使えるようになるんです。それと同じように、「〇〇の守屋」じゃなくて、肩書きが無くなっても技術やノウハウが身についている状態にしたかった。だから映像以外にも、WEBサイトやアプリを作ったり、イベントのプロデューサーをやったり色々なことをやっていました。

—何か印象に残っている仕事などはありますか?

守屋:映像だとGoogleさんのテレビCMの案件とか。あとはモトローラさんの「Social 0.0 LAB」なども印象深いです。これはソーシャルの豊かさを皆で考えるようなストーリー仕立てのインタビュー映像なんですけど、元々はDOMMUNEの宇川直宏さんと飲みながら話したことから始まった企画でした。その頃は、仕事したのと同じだけのお酒を飲んでましたね(笑)。お酒を飲んで、面白い人たちとどうやって繋がりを作って、いい仕事をするかってことばかり考えていました。

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