Column 連載

「表現の教科書」就活編

レッスン2 仕事って何?

山田ズーニー(文章表現エデュケーター)

志望理由や自己アピールなど、何かと「自分を表現すること」が求められる就職活動。「一体何を話せば……」と悩んだ経験をお持ちの方も多いのでは? 山田ズーニーさんは、高校・大学生からビジネスマン、プロライターまで幅広い方を対象に「文章表現」の教育に携わるプロフェッショナル。就活で苦戦している学生さんはもちろん、「書類審査で通らないことが多い」、「面接でなかなかうまく自分を表現できない」などなど、就活に悩めるすべての人にこの連載をお送りします!

プロフィール

山田ズーニー
山田ズーニー

文章表現教育者・作家。 Benesse小論文編集長を経て独立。フリーランスとして大学や企業で文章表現力・コミュニケーション力の教育を展開。 表現力ワークショップには定評があり、悩める就活生も見違えるような文章が書けるようになることから、「言葉の産婆」と呼ばれ、教育関係者を驚かせている。 慶應大学非常勤講師。著書『伝わる・揺さぶる!文章を書く』『あなたの話はなぜ「通じない」のか』など。ほぼ日刊イトイ新聞で 「おとなの小論文教室。」連載中。

就活の後悔を、こう語ってくれた人がいた。

「まるで大学受験をするように就職活動をしてしまった。
社会とつながることを考えていなかった……。」

私も耳が痛かった。小・中・高・大学と私たちがずっとやってきたのは
「勉強」だ。そのため勉強の延長で何となく仕事を捉えてしまっている。

同じ「仕事」という言葉をつかっている面接官と就活生の理解の「ずれ」。

このずれを払拭するだけで、
就活の表現(話す・書く)はもっと通じるようになる。

今回は、独りよがりでない、社会に通じる「仕事理解」をしていこう!

職場に出ても「勉強」してしまう人

企業に就職したものの、
先輩から「使えない」「銭にならない」などとさんざん叱られ、
ゆきづまってしまった男性Aさんに、「なぜ働くか?」とたずねたところ、

「自己の成長のため。」

と即答が返ってきた。Aさんは続けて言う。

「自分の成長につながらない仕事はやりたくないから、この仕事を選んだ。
今の職場で吸収できるものがある限り吸収するが、
吸収できるものがなくなったら辞めてもいい。」

それは仕事でなく、勉強だ。

と、失礼ながら私は思った。意外に多いのだ、仕事と勉強の区別がつかず、
社会に出てからも勉強してしまっている人。
Aさんも「吸収できるかできないか」、自己の成長が最大のモノサシに
なってしまっているあたり、これは勉強の成果を計るモノサシのままだ。

「勉強でない、仕事をするとはどういうことか?」

私自身、それを本当に理解したのは入社11年目だった。

それまでは、自分の充実感や成長に重きを置いてしまっていた。
企業で教材の編集者をしていたので、「仕事で有名人に会えた」とか、
「憧れの先生に取材できて、こんなことを学んだ」とか友達に自慢していた。
すごく頑張っていたにも関わらず、突き抜けなかった。

それが11年目に、新しい教材の開発のため岡山から東京に転勤になった。

そこで叩きこまれたのは、作り手の都合や先入観を一切排除し、
徹底的に「読者の側から物事を観て」ものづくりをすることだった。

教材を使った読者の反応も、自社が自社都合で検証するだけでは手ぬるいと、
専門の調査会社に頼み、徹底的に顧客目線で検証された。

検証結果を容赦なく突きつけられ、それまで自分のつくった教材は、
これ以上できないくらい充実していると思っていたけれど、
読者の高校生から観れば、「充実しすぎてとっつきにくい」、「小難しい」、
「イケてない」教材に過ぎなかった。

自分はどこを見て仕事をしていたんだろうと、ぺしゃんこになった。

それから私は、ありとあらゆる角度から読者理解に努めた。
読者の高校生が生まれた年から今までの社会背景を年表にした。
寝る時間を削って高校生に会い、教材に偏らない人生全般の話を聞いた。
高校生が好きだと言う音楽があれば、すぐさまCDを買いに行きライブも行った。

生まれて初めて自分以外の人間を、自分が無くなるほど、想いに想い考えに考えた。

その秋、リニューアルした教材は、会議を一発で通り、
試作品を持ってテストに行った営業が息を弾ませてこう言った。
「高校生がこの教材を見るなり “こんなのが欲しかった!”と 身を乗り出した!」
検証結果では、調査会社も驚くほど、読者の活用率・満足度が跳ね上がっていた。

そのころ海外に行った友だちから電話がかかってきた。それまで私の、
「仕事で憧れの先生に会えた」とかいう自慢を聞いてくれていた友だちだった。
でもそのときは、いまの仕事の状況を語ろうとして、口を突いて出てきたのが、

「読者がいた。読者がいることがわかった…」

それだけ言って涙が出てきて言葉につまった。
全く要領を得ないこの言葉になぜか友だちも泣いていた。

仕事は「他者貢献」である。

これが勉強と仕事の最大の違いだ。
どちらも努力や忍耐が要るけれど、勉強は最終的に自分を満たす。

他者を満たすのが仕事だ。

たとえ自分自身に成長がなかったり満たされなかったりしたとしても
人や社会の役に立てばそれで良し。
それどころか、まるで鉛筆のように、人の役に立てば立つほどに、
自分の身が削れていくことさえある。

就社か、就職か?

他者に貢献すると言っても、「タダで」やってあげるのなら、
掃除をしてあげるにしろ、演奏会をひらくにしろ、ハードルは低い。

でも、「1万円払ってもらって」となると、グッとハードルがあがる。

お金は社会に通用するものだ。

お金を払うとなると、人間は一段厳しく価値を審査する。
お金がもらえるかどうかは、社会に通用する価値があるかどうかだ。

仕事は、「他者にお金を払ってもらえるレベルで」貢献すること。

これを大学卒業したての22歳やそこらで一人でやるのは難しい。
私もそうだった。そこで、多くの人が選んでいくのが、

「就職」でなく、「就社」だ。

「就職」とは、医師・弁護士・作家など、手に職・脳に職をつけて、
「職」を通じて、自分と社会をつないでいく。

「就社」とは、「会社」という言わば、船の乗組員になり、
「会社」と自分をつなぐことを通して、間接的に社会とつながる。

会社というところはチームで利益をあげていこうというところ。
そこで果たすのは、自分の、ではなく「チームの目標」だ。
船のキャプテンにあたる上司を支えることが必要だ。

就社を選んだ以上、「分業」を選んだ、ということだ。

私は16年企業に勤めて独立し、今フリーランスだが、
企画も考え、原稿も書き、決済もし、経理もし、お茶くみも一人でやる。

一方会社は、企画、製造、営業、決済、人事など、チームで分業し、
それぞれ集中特化してやるから、とても効率がいい。

効率がよいのと引き換えに、自分の持ち場以外のことは見えづらくなる。
売る部署の気持ちが、造る部署にはわからない、
現場の言い分が、上の人に通じない、ということも
放っておくと自然に起こる。

これを補うのが、「コミュニケーション力」だ。

分業にとって、コミュニケーションは死活問題だ。
別の持ち場で、別の風景を見、別の経験を積む人々に、自分の持ち場から
話を通じさせるには、「翻訳」なみの苦労がいる。

就社を選んだ人は、コミュニケーションに骨身を砕かなければならない。
なぜそうまでして会社で働くか、と言えば、

個人の力をはるかに超えた規模で、社会に働きかけるためだ。

仕事で「自分のやりたいこと」はやれますか?

仕事で満たすのは、自己でなく「他者」。
分業化された自分の持ち場で目指すのは、「チームの目標」。
そう考えると、仕事というものは、単に自分のやりたいことをやる
というのとは、かなり距離あるものとわかるだろう。

にもかかわらず、こんな願望を抱く人があとをたたない。

「こどものころから親の期待に応え、いい子を演じ続けてきました。
それが就活で、きみのやりたいことは、としつこく聞かれ、
今までずっと蓋してきたものを、こじ開けられ、その気にさせられ、
今度こそ、望む会社に入りさえすれば、自分のやりたいことがやれる!」」

「自己表現」と「自立」と「幸せになること」。

この三つを人は希求するのだな、と私は表現教育で感じるようになった。

「自己表現」とは、自分が自分らしくあるためにする行為。
言葉で想いを表現したい人、ファッションで自己を表現したい人、
旅や、登山、スポーツなどを通して自分らしくあれる人など、色々だ。

「自立」とは、人や社会に貢献して、収入や社会的居場所を得て、
自力で生きていけるようにすることだ。

「幸せ」とは、人は愛を必要とするので、愛し愛される人間関係を築くこと。
結婚して家庭を築く人や、友愛を深めたり、コミュニティーをつくったり。

イチローにとって「野球=自己表現=自立=幸せ」だ。

「自分のやりたいこと」を一途に追っていけば、自己表現できるし、
そのまま仕事になるし、職場で女子アナと出逢って幸せな家庭を築く。

こうしたスターの生き方は、貴重だからこそもてはやされている。

でも多くの人は、「自己表現≠自立≠幸せ」で、それもいい生き方なのだ。

例えば、「野球選手にはなれなかったけど、好きな野球は趣味以上の
ライフワークとして一生やっていく(自己表現)。
仕事は市役所の広報として地元の活性化に努める(自立)。
職場でも野球でも出逢いがなかったので、婚活を頑張って結婚した(幸せ)。」

こんなふうに3つを別々にやっていった結果、「3つの自分の居場所」ができ、
3つを行ったり来たりできるのも自由なことだ。

生まれて初めて「仕事」に入っていくとき、

私たちは、「他者を満たす」なんてやったことがないから、
当然うまくできないし、できないから面白くないし、あれこれ拘束され、
叱られもし、「自分を表現できない、仕事はツライ」と思う。

そのうち鍛えられ、お客さんに導かれ、自分では気づけなかった力を引き出され、
技を身に着け、経験を積み、しだいにできなかったことができるようになっていく。

やがて自分のチカラで、他者を喜ばすことができたとき、
それまでの人生で感じたことがない「歓び」を得る。

「他者を満たすことが、自分を満たす。」

そう感じたとき、仕事を通じて自分の「本望」が表現できている
のではないだろうか。

就活で自分なりの「仕事理解」を伝えるときに

就活では、あなたが志望する仕事をあなたがどう捉えているかが明確だと、説得力がぐっと違ってくる。
事前に次の5点を入れて「仕事理解」を200字程度で要約しておくといい。
なぜ200字かというと、それくらい短い字数で言えないことは、実は自分でもよくわかっていないからだ。

1.会社の方針をおさえる。
2.その中であなたが志望する「持ち場」(例:営業、編集)を明確にする。
3.仕事を通してかかわる「他者」を明確にする。
4.その他者にどんな働きかけをして、
5.どう満足してもらうのか。
あなたが仕事を通して関わる「他者」はだれだろう?

医師を目指す人は「患者」、学校の先生なら「生徒」、
接客業なら「お客さん」、自分の会社の「社員」に向け貢献する人もいるだろう。

なにかと傷つくことも多い就職活動だが、そんなときは、将来自分が仕事を通じて
働きかける「他者」のことを想ってみよう。
ぐっと通じる言葉になるはずだ。

(イラスト:なかおみちお

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