Column 連載

『We Work HERE』番外編

鷲田清一インタビュー【後編】「これから、仕事と暮らしの関係が本来のかたちに戻る」

みどり荘

クリエイターやスタートアップ企業などが集まる中目黒のワークスペース「みどり荘」が『We Work HERE』という本を作ったらしい。職種、国籍、年代もさまざまな人々の生き方・働き方がつまった、100人分のインタビュー集。この本に関わったみどり荘のクリエイターたちに、この百人百様の濃密なインタビューを一冊にまとめるにあたり収めきれなかったエピソードを改めて語っていただきます!

プロフィール

みどり荘
みどり荘

みどり荘1@中目黒、みどり荘2@表参道、みどり荘3@福井で展開しているシェアドワークスペース。様々な仕事、国籍、趣味、考えを持つメンバーが集まってその混沌を通して生まれる「何か」を楽しみながら働くところ。8月8日に「みどり荘」の一風変わった仲間たちや、彼らとのつながりで出会った人たち、ワークとライフの区別が曖昧で、ただここで楽しく生きて働いているように見える人たち、「生きる」と「働く」が一緒になったような人たち、そんな100人に「働くとは何か?」という問いをぶつけてまとめた本『We Work HERE』を発売。只今絶賛発売中!

URL:http://midori.so/ 書籍URL: http://midori.so/weworkhere/

今回は、哲学者であり、京都市立芸術大学の学長を務める鷲田清一さん。ご自身の仕事論や、これからの時代に求められる働き方をお聞きしました。

前編はこちら

暮らしのベーシックを制御できないのが現代社会

—仕事をいくつも持つことでつくられる多層的なネットワーク。最近では敢えて東京都心を離れて仕事をする人も増えているのですが、地方でのネットワークのつくられかたは、都市のものとだいぶ異なるようです。

鷲田:Iターン、Uターン、Jターン、今までのいわゆる「労働環境」から離れた環境に自分を置くことも有効かもしれませんね。例えばビジネスの中心地から離れているとか、人が集まりにくいとか、敢えてそういう場所に行く。その代わり、ネットワークはものすごく広がる。なぜなら、ひとりでいくつも仕事をしなければならないから。

例えば、ITを仕事にしている人なら、東京とデータのやりとりをしながら、近くにスーパーもないから生活に必要なものを入手するために地域の人と関係を持って情報を得なければならないし、場合によっては食材の一部を庭で作ったりするかもしれない。奥さんも専業主婦をやめて仕事をするようになると、地域の人に子供を見てもらったり、逆によその子を見てあげたり、それぞれの作業にそれぞれのネットワークが必要になる。そして、ネットワークが多重化していくことで、安心して仕事できるし暮らせるようになる。

これからの仕事を考えるにあたって基本にならないといけないと感じるのが、自分の暮らしであり自分達の暮らしです。個人として生きながらえる、家族として生きながらえる、地域として生きながらえる、同胞として生きながらえる、一番大きくなると人類として生きながらえる、ということ。でも、この「生きながらえる」ということが当たり前でなくなってきた。僕らの暮らしを支える、生き延びるためのサバイバルの基盤が、僕ら自身にコントロール不能になってきている。

例えば「食」。食材は僕らにとって全くコントロール不能です。地域で自分で栽培するなら別として、都会で生活していると「食」が流通産業を介してやってくる。どこで作られたのか、その表示も信用もできないし、食材という僕らの命の基盤というものが自分達でコントロールできなくなってきています。そして生活に必要な商品の価格もコントロールできない。

ましてや株価といった金融につながる世界では、経営者ですら、自分の会社をコントロールできないような金融と経済のシステムになっています。食材から経済から政治も含めて、暮らしの一番ベーシックなもの全部が、自分たちでコントロールできない。裏を返していうと、規制のシステムにぶらさがっていて、それをお金で買う、サービスを買うというかたちでしか生きられない。

そして、そのシステムがいつ壊れるかわからないということを、この10年ほどで嫌というほど見せつけられました。一生勤めるつもりでいた会社が潰れる、食品の不正表示、何を信用していいかわからないし、政治に関しても僕らの声がなかなか届かない、原発が爆発すれば電気も止まるし人もそこに住めなくなる。そういう暮らしのベーシックを、自分たちで全然コントロールできない脆弱なものに預けているという怖さ。それが一番如実に現れたのが5年前の震災じゃないかな。

人間にとって当たり前のことを探求する

—みどり荘も震災直後にオープンして、電力を自給できるシステムを取り入れたり、スペースだけでなく仕事のシェアもしたり、生きるためのベーシックをいかにつくるかがテーマのひとつになっています。この本で取材した方々のなかでも、東日本大震災をきっかけに、自分の生活や働き方を見つめ直したという人がやはり多く、自分の手と目の届く範囲で、自分の生活の延長にあるような仕事を始めた人もいます。規模や売上よりも、いかに社会的に意味のあることを仕事にするか、どのように会社や外部のシステムに依存せずに、人生の決裁権を取り戻すか、そう考える人が増えています。

鷲田:過疎の村に行ったり、街の中で家やオフィスをシェアして、ご飯を作り合って食べたり、新しい働き方や共同生活のかたちを実験する動きが増えているのは、やはり震災の影響も大きかった。これはやばいぞと。自分達の暮らしは自分達で守る、相互扶助の仕組みをつくっておかないとやばいぞと、みんな思ったんじゃないかな。それがこの5年間で、前からあったけど急速に、都会の中で難民にならないような仕組みをつくり出している。

鷲田清一さん

鷲田清一さん

鷲田:そして職住不一致も当たり前ではなくなるでしょう。本来なら、暮らしているところで仕事をするのは人間にとって一番当たり前のこと。仕事をしながら家事もしながら子育てしながら、人間は複数の仕事をずっとやってきたんです。それが現代になってたまたま女性が家事をやって、男性は遠くに通勤して会社の仕事だけをやるようになった。本当はそっちの方が異常なんです。だからこれからは、仕事と暮らしの関係は本来のかたちに戻ってくるのではないかと思います。すると経済のサイズもうんと縮小したほうがいいんですよ。

既存の経済システム、流通システムに乗るだけじゃなくて、地産地消が可能な地域のサイズ、食っていけるための仕事が見つけられるようなサイズ、一種のコミュニティの縮小、経済圏の縮小をいやでも考えなければならないんじゃないかな。震災は不幸な出来事だったけど、その震災がきっかけになって、人間にとってごくごく当たり前のことが当たり前に探求されるようになってきている。僕はそこに大きな希望を持っています。

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