Column 連載

あなたの知らないデザインの世界

空気や分子も音にする! 深すぎる「空間音」づくりの極意を聞いてきた

デザインとは、目に見えるモノだけにあらず。私たちの生活にひっそりと息づく「デザイン」を紐解く連載「あなたの知らないデザインの世界」。第3回は「音」の世界に注目! 知らず識らずのうちに飛び込んでくる音は、私たちの行動や気持ちにどんな影響を及ぼすのだろうか。JR新宿駅の元祖発車音(!)や表参道ヒルズの館内音など、空間に溶け込む音をつくり続けて40年。サウンド・スペース・コンポーザーの井出祐昭さんに、深すぎる「空間音楽」の秘密を聞いてきた。

取材・文・編集:立花桂子(CINRA) 撮影:朝山啓司(2019/11/18)

分子や光、人の気持ちまで。森羅万象、音にできないものはない!

—「サウンド・スペース・コンポーザー」とはどのようなお仕事なのですか?

井出:直訳すると「空間音楽の作曲家」ですが、大きなテーマは「森羅万象を音にする」ことですね。歴史上、「音がない」時代はありません。人類が生まれる前も、風が吹けば風の音がしていたはずです。

モノが存在していて、分子や原子が振動している限り音はある。その森羅万象の音を聴き取り、メロディーに変換するのがぼくの仕事です。可視化ではなく可聴化、「ソニフィケーション」とも呼んでいます。

サウンド・スペース・コンポーザーの井出祐昭さん。ヤマハ株式会社でチーフプロデューサーを務めたのち、2001年に独立。2010年には音の未来を研究開発する「井出 音 研究所」を立ち上げ、商業施設や病院、イベントの音楽制作、音響デザイン、音場創生などを幅広く手がけている

サウンド・スペース・コンポーザーの井出祐昭さん。ヤマハ株式会社でチーフプロデューサーを務めたのち、2001年に独立。2010年には音の未来を研究開発する「井出 研究所」を立ち上げ、商業施設や病院、イベントの音楽制作、音響デザイン、音場創生などを幅広く手がけている

—そこだけうかがうと、ちょっと難しそうにも感じますね。具体的に教えていただけますか?

井出:たとえば病院のエントランスホールで流す音をつくるお仕事では、「患者さんの不安を和らげる音」というオーダーがありました。

病院って、どんな音楽を鳴らしても合わないんですよ。人によって好き嫌いがあってはいけませんし、好きな曲が流れていたとしても、病院や病気の嫌な記憶とリンクしてしまうといけない。そこでぼくは、人間の生命に刻み込まれている体のメカニズムを音にしました。

—体のメカニズムですか……!

井出:細胞が生まれ変わるために必要な「アポトーシス」という分子の働きを数値化し、それを音階に変換した曲をつくったんですね。アポトーシスが持つ「新生」のイメージは病院にもぴったりでした。このように、目に見えない空気やエネルギー、気配などを音でつくりあげるのがぼくの仕事です。

—「いい音をつくる」というより、「最適な音を見つける」というイメージに近いですね。

井出:そうですね。建築空間があるということは、その空間にははじめから音がありますから、音を「付け加える」のではなく「引き出す」イメージです。

—まずは、そこにある音を可聴化すると。

井出:分子や光、気持ちの変化から会社のロゴマークまで、どんなものでも音にできます。血液型の分子を音にしたこともありました(笑)。

不思議なことに、分子を可聴化すると完璧なメロディーが生まれるんですよ。人の体は、いろいろな楽器が合わさってひとつの曲を演奏しているオーケストラのようなものです。ひとり下手くそな奏者がいると、演奏が崩れたり、不協和音になったりする。それを病気と呼ぶのです。

注意させつつ安心させる電車の発車音って? 多くの矛盾をはらんだ一大ミッション

—井出さんは、平成元年にJR新宿駅・渋谷駅で導入された電車の発車音(現在は違うもの)をつくられたとうかがいました。そもそも、なぜ電車の発車音をつくることになったのですか?

井出:おもな理由は、電車の発車を知らせる「プルルル」という音がうるさい、というクレームを音で解消するためです。それから、JRからの「駆け込み乗車を減らしたい」という要望もありました。当時は「なんて難しいことを言うんだ」と思ったものです(笑)。

井出:いざ制作に取りかかると、たくさんの矛盾に直面しました。「いまから電車が発車するよ」と乗客に注意喚起しつつ、うるさくてはいけない。そのうえで「慌てちゃダメだよ」と伝える必要がある。注意を促しながら、リラックスさせなければいけないわけですね。

さらに、小さな音でもクリアに聞こえることも大切でした。駅の雑踏で聞こえづらいからといって、音量を大きくしてしまえば本末転倒です。年がら年中聞くわけですから、「新しく感じるのに飽きないメロディー」であることも求められました。矛盾だらけですね(笑)。

—かなり難しいオーダーですね。どのような音を目指したのですか?

井出:理想は「鏡のような音」です。人間には同質の原理というものがあり、たとえば厳かな場にすごく明るい人や声が入ってくると、イライラしたり、違和感を感じたりしますよね。人をリラックスさせるためには、その人の気持ちと同じ質の音を届けなければいけません。

ですが、駅にはいろいろな心境の人がいます。同じ人でも日によって気持ちは違いますしね。そこでぼくは、利用者の心境を映し出すような、鏡のような音を目指しました。心境によって暗くも明るく聞こえる音ですね。「あ、いま自分はちょっとイライラしているんだな」と気づけるような。

—音で人の気持ちをコントロールするのではなく、「引き出す」のですか。

井出:どちらかというと、「映し出す」イメージですね。そんな「鏡のような音」を目指して、1年以上かけて300もの音をつくりました。ですが、駅も病院と同じように、どんな音でもいいというわけではないんですよ。

そこでありとあらゆる「情報を伝える音」を研究した結果、たどり着いたのがお寺の鐘の音でした。

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さまざまな矛盾を克服する「鐘の音」に隠された秘密とは?

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