Column 連載

クリエイティブ・エブリウェア

第1回:窓ガラス清掃職人の巻

住 正徳(ライター)

プロフィール

住 正徳
住 正徳

神奈川県横浜市出身。執筆 / デザイン / 映像制作。月刊誌「ソトコト」でのオリジナル小説の連載、「マリクレール」でのコラム連載などを経て、人気サイト「デイリーポータルZ」にて執筆。最近では、ANA「翼の王国」でのコラム執筆など。映像作品は、NHK青山ワンセグ開発にて作・演出・出演のショートコメディ「MR.SUMI」「トラブリング」の2作品を発表。著書に「ロマンの木曜日」(彩文館出版)。個人サイト「すみましん

http://twitter.com/sumimachine

クリエイティブな仕事は格好いい。若い頃は漠然とそんな風に考えていた。しかし、社会に出て20年が経ち、「クリエイティブ」という言葉は危なっかしいことに気づいた。クリエイティブ! なんて浮かれてピョンピョン飛び跳ねていたら、そのうち足を挫いてしまう。言葉の響きに騙されてはいけないのだ。

本来、クリエイティブとはどういうことなのか。

例えば、僕の仕事の経理をみてくれているおばさんの指サックである。経理のおばさんは、伝票をいじる時に左手の親指と人差し指に指サックをはめる。指サックは男性用の指サックで、大きいサイズを親指に、小さいサイズを人差し指にはめることに決めている。色々と試した結果、そのスタイルに落ち着いたのだという。2本の指に指サックをはめるスタイルによって、おばさんの伝票整理の効率は劇的に上がったのだ。多分。

どんな仕事でも、その仕事に対して自分なりの創意工夫で向かい合う。これこそがクリエイティブなのではないだろうか。最近、僕はそんな風に考えている。考えてはいるが、言い切る自信はない。だから、これから色々な職業の人に会ってそのことを確かめてみようと思う。クリエイティブはどこにだってある。「クリエイティブ・エブリウェア」を証明するために。

窓ガラス清掃・高所作業というお仕事

最初にお話を聞きたいと思ったお仕事は、高い所で窓ガラスを掃除している人、である。高所恐怖症な僕には考えられない仕事だ。高い所は怖くないのか、どうして高い所で仕事をしようと思ったのか、ロープが切れて落ちるといった悪夢にうなされる夜はないのか。聞きたいことは色々ある。

ネットで窓ガラス清掃業者を探し、株式会社湘南美創という会社の代表、堀口太郎さんからお話を伺えることになった。30代前半にして窓ガラス清掃会社の社長さんである。どのような経緯で今のポジションに辿り着いたのだろう。

堀口さんから指定された場所は六本木某所のオフィスビル、窓ガラス清掃の現場である。その屋上に、堀口さんはいた。

小さな点が堀口さん

小さな点が堀口さん

高所恐怖症が強い僕は、高い所を見上げるだけでも足がすくむ。上の写真、屋上部分を良くみていただくと分かると思うが、小さな点のようなものが見えると思う。その点が、堀口さんである。

カメラのレンズを変えて、望遠で堀口さんを覗く。

望遠で屋上の堀口さんを覗く

望遠で屋上の堀口さんを覗く

表情までは確認出来ないが、確かに堀口さんなのである。事前にうかがっていた携帯電話に電話をかけて、確認済みなので間違いない。屋上にいる堀口さんに会うためにエレベーターで登る。屋上に出ると、ロープを回収している堀口さんの姿が見えた。

ロープを回収中

ロープを回収中

何気なく見ていると見過ごしてしまいがちであるが、堀口さんの向こう側は何もない。膝より低い壁の向こうは何もないのだ。キャットウォーク的な鉄骨の上を歩いているが、その鉄骨の幅も30センチもないと思う。堀口さんがカイジの鉄骨渡りに挑戦したら、楽々クリアしてしまうだろう。鉄骨渡りが分からない人は、「カイジ 鉄骨渡り」で検索していただきたい。地上74メートル、魔天の地獄、鉄骨渡りである。

足場が狭い

足場が狭い

堀口さんの向こう側を想像しただけで、僕の心はざわざわしてしまう。安全なエリアに来ていただき、インタビューを開始した。

堀口太郎さん

堀口太郎さん

まず、「高い所は怖くないですか?」と一番聞きたかったことを聞いてみた。今になって思えば、なんてバカな質問だろう。

堀口さんは笑顔で「怖いと思ったことはないです。ですけど、まったく怖くないというのは危険なので、心のどこかで警戒するようにしています」と答えてくれた。

当たり前だ。高所恐怖症の人が高所作業の仕事を選ぶはずがない。高所が怖くない人だって世の中にはいるのだ。

そんな堀口さんの会社は、今年で10年目を迎える。現在では10名ほどのスタッフと一緒に窓ガラス清掃・高所作業などのビルメンテナンス事業に取り組んでいる。

そもそも、どういうきっかけで今の仕事に就いたのだろうか?

堀口さん「学生時代、求人情報誌を見て、簡単で楽しそうだなぁと思って。軽い気持ちだったんです」

そんな軽い気持ちで始めた窓ガラス清掃だが、非日常的な空間での仕事が楽しくて、一気にのめり込んでいったのだという。アルバイトは4年続き、そのまま独立。その3年後に今の会社を設立した。

堀口さん「基本的に個人で完結する仕事なので、性に合っているのだと思います。自分なりに効率を考えて工夫して、技術が上達すると先輩の職人さんに認められる。僕の場合、上から認められることが何より楽しかったですね

堀口さんがアルバイトとして業界に入った頃、先輩の職人さんたちは今よりも職人気質が強かったとのこと。そんな中で、堀口さんは自分なりに窓ガラス清掃の効率を追求していった。例えば、窓を拭く際に使用するスクイジーという道具。その幅を広くすることで窓掃除の効率を高めた。さらに、スクイジーの素材にもこだわり、堀口さんは真鍮製しか使わない。

堀口さん「ホルダーにしまう時の音が最高なんです」

と、僕には良く分からないこだわりを見せてくれた。

この日伺った現場は10階建てのビルであったが、最高、どれくらいの高さまで掃除をしたことがあるのだろう?

堀口さん「今まで一番高いビルだと、40階建てですね」

40階というと、120メートルくらいある。カイジの鉄骨渡りの高さを超えている。それはさすがに怖かったのではないだろうか?

堀口さん「怖くはないです。ただ、それだけ掃除の面積が広い訳ですから大変です」

だから、怖くないのだ。

40階でも、この日のようにロープ2本で対応するのだろうか?

堀口さん「いえ、10階以上のビルだと、大抵ゴンドラが設置されてるんです」

ほほう、ゴンドラだとロープよりも安心でしょう。

堀口さん「逆ですね。ロープは自分で設置するのでちゃんと確認出来ますが、ゴンドラの場合は自分で確認出来ないですから」

ゴンドラよりもロープの方が安心できる。さすがは窓清掃職人である。僕はどちらでも無理だけど……。

絵本製作、という新しいジャンルにも

窓清掃職人として10年以上のキャリアを持つ堀口さんであるが、今年の9月から新しい事業も手がけている。高所は全く関係ない、オリジナル絵本の製作である。

堀口さん「コラッピブックという自分の子どもが主人公になる絵本です」

堀口さんの会社に子どもの写真を送ると、自分の子どもがオリジナルストーリーの主人公になるのだ。絵本のストーリーは堀口さんが考え、絵はイラストレーターに発注しているという。

全然違うジャンルの仕事だが、また、どうして?

堀口さん「2年前にiPhoneに機種変更したのが大きかったですね。色々出来るなぁと思って、今年の3月にMacを買いました。Macをいじってるうちに、オリジナル絵本作りを思いつき、事業化したんです」

堀口さんにとって、窓清掃のスクイジーとMacintoshはイコールなのだ。やりたいことを実現するための道具。それをどう使ってどうアウトプットするか。そこにクリエイティブがある。

コラッピブックはテレビで紹介されたこともあり、現在発注が激増しているという。

堀口さん「まだまだやりたいことが沢山あります。次はペット関連の仕事を立ち上げるつもりです!」

堀口さんのクリエイティブは止まらない。きっとペット事業もすぐに立ち上げることだろう。

それにしても、あれだ。そろそろ、僕は地上に降りないと限界だ。

堀口さん、どうもありがとうございました。

どこまでもクリエイティブな堀口さん

どこまでもクリエイティブな堀口さん

<取材協力>
株式会社湘南美創
東京都板橋区向原3-7-2-409
tel:fax 03-5965-0776

コラッピブック
http://www.corappibook.com

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