Column 連載

言葉の魅力、再発見

言葉は「取扱注意」。辞書づくりのプロが教える、日本語力の磨き方

私たちが普段何気なくつかっている「言葉」。編集者やコピーライターにとっては大切な商売道具ですが、そうでない人も、日常や仕事でつかい方に悩むことはたくさんあるのではないでしょうか。今回から始まる新連載「言葉の魅力、再発見」では、さまざまな分野で活躍する「言葉のプロフェッショナル」たちを訪ねます。第一回目のゲストは、辞書編纂者の飯間浩明さん。言葉に注ぐ並々ならぬ愛情から、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』にも出演し、Twitterでは日本語の語源、用法、新語などにまつわるツイートで親しまれています。知られざる辞書づくりの世界、そこで真摯に言葉と向き合う飯間さんが語る「言葉を扱ううえでいちばん大切なこと」とは?

プロフィール

飯間浩明
飯間浩明

1967年、香川県高松市生まれ。国語辞典編纂者。『三省堂国語辞典』編集委員。著書に『つまずきやすい日本語』(NHK出版)、『国語辞典のゆくえ』(同)、『ことばハンター』(ポプラ社・児童書)、『小説の言葉尻をとらえてみた』(光文社新書)、『辞書を編む』(同)、『四字熟語を知る辞典』(小学館)など。
https://twitter.com/IIMA_Hiroaki

取材・文:原里実(CINRA) 撮影:玉村敬太(2019/06/27)

本にテレビ、街なかの看板。世界はさまざまな「言葉」であふれている

—本がたくさんあるお部屋ですね。普段、どんなものを読まれるのですか?

飯間:いろいろ読みます。日本語の専門書もですが、ベストセラーとか、古本屋で見つけた昔の小説とか、とにかくいろいろな文章を読むことが楽しみでして。それに、辞書編纂者として言葉の「用例採集」をするのに、本は大切な情報源でもあるんですよ。

飯間浩明さん。ご自宅兼仕事場にお邪魔した

飯間浩明さん。ご自宅兼仕事場にお邪魔した

—「用例採集」とは、なんでしょうか……?

飯間:たとえばですね、このあいだ『わたし、定時で帰ります。』という本を読んでいたときに「燃える案件」という言葉が出てきました。そこで、「いまの会社ではこういう言葉をつかうんだな」「こういう状態を『燃える』と言うんだな」と学んだわけです。こんなふうにいろいろな言葉の「用例」を集めるのが「用例採集」です。

私は『三省堂国語辞典』の編集委員として、辞書をよりよくバージョンアップしていくことを仕事にしています。初版は1960年につくられ、その後改訂を重ねていますが、時代が変われば言葉も変わる。新しい言葉が増えたり、つかわれない言葉が出てきたり。言葉の説明についても、より適切なものへと改善しています。

—辞書に載せるべき言葉を見定めたり、言葉の説明をアップデートしたりするのに、「用例採集」が役立つんですね。

飯間:そうですね。読書をするときは、初めて出会う単語や用法、普通と異なる漢字表記など、書いてある「言葉」に注目しながら読んでいきます。一冊を読み終えると、60、70くらいの言葉は採集できる。すると1か月で400、500、1年で数千くらいになります。

もちろん、本だけではなく、テレビ、あるいは街なかの看板なんかも見ながら採集します。すると、本にはない言葉がテレビに、テレビにはない言葉が街なかに出てくる。こうしていろんなタイプの言葉を手に入れるんです。

本には書き込みをしながら読み進めるそう

本には書き込みをしながら読み進めるそう

言葉だけで、「右」の意味をどう説明する?

—言葉の説明文も書かれるとのことですが、「言葉で言葉を説明する」って、考えただけで大変そうです。

飯間:おっしゃるとおり、すごく難しいですね。辞書づくりの文脈でよく例に出されるのは、「右」という言葉。どんなふうに説明してあるか、ぜひ辞書を引いてみてください。それ以外でも、たとえば「厳重」なんて言葉、「説明してください」といわれたらどうでしょう。

—正しくつかえるつもりでも、説明するとなると……。

飯間:『三省堂国語辞典』は、一つ目の意味として、「万一のことがないように、きびしく念入りにするようす」と書いています。「厳重に警戒する」などというときですね。

そして二つ目の意味が、「いいかげんなことでは許さないようす」。「厳重に抗議する」「厳重注意」というときの「厳重」ですね。一つ目のように「念入りに」と置き換えてみても、意味が通らないケースです。

一つ前の版には「少しも隙を見せず、また手加減もしないようす」と書いてありました。しかし、たとえばボクシングの試合で「隙を見せない」選手に対して、「あいつ厳重だな」とは言わないですよね。それでいろいろ考えて、書き直したんです。

人はみんな、それぞれ違った「脳内辞書」を持っている

—最初は一つの意味だったところ、二つの意味に分けたんですね。

飯間:そうですね。意味のまとめ方を考えるにあたっては、「採集」したもののなかから「厳重」という言葉をつかった例文を見ます。意味や用法を一つひとつ見極めていくんです。それで、ほとんど「念入り」とイコールの意味の場合と、そうじゃない場合とがあると気づいたわけです。

本来は言葉って、一回つかわれるごとに意味が違うんですね。100の例文があれば、そこに込められた100の意味がある。でも、それを忠実に辞書に書いてしまっては、どんどん分厚くなってしまいます。だからなんとか整理する。これをすべての言葉についてやっています。

—お話を聞くだけで大変そうです……。

飯間:だんだん夢中になってくると、一日中「厳重」のことだけ考えていたりします。ちょっと頭がおかしくなりそうでしょう(笑)。

ただそういう作業をしていると、言葉の意味なんていうのは、人によって本当にさまざまにとらえているということがわかるんです。一つひとつの単語のとらえ方は、すべての人で異なる。人はみんな、それぞれ違った「脳内辞書」を持っていると気づくんです。

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よくある言葉の「誤用」問題。「単純に『誤り』と断罪できない」

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