Column 連載

クリエイターを訪ねる旅<欧州編>

第4回:電子音楽の本場オランダで、音楽家として生計を立てるには?

岡徳之

欧州在住のライター・編集者陣が、各都市で活躍する在住日本人・現地クリエイターの「ワークスタイル」「クリエイティブのノウハウ」をお伝えします。日本人とは異なる彼らの「はたらく」ことに対する価値観、仕事術が、あなたの仕事のインスピレーションソースになるかもしれない!?

プロフィール

岡徳之
岡徳之

編集者・ライター。株式会社Livit代表。慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。2011年に独立し、ライターとしてのキャリアを歩み始める。得意分野は、ビジネス、テクノロジー、クリエイティブ、企業のオウンドメディアの企画制作にも従事。2013年にシンガポール、2015年にオランダへと拠点を拡大。現在はオランダを拠点に、欧州・アジア各国をまわりながらLivitの運営とコンテンツの企画制作を行う。これまで「東洋経済オンライン」や「NewsPicks」など有力メディア30媒体以上を担当。

http://livit.media/

音楽に携わる人なら、一度は海外、特に自分が専門とするジャンルの本場で学んだり、仕事をしたいと考えるだろう。しかし、仮にそれを実現したとして、どのような生活になるのか(何より大事な「稼げる」のか)は、未知数に思えるかもしれない。

今回は、電子音楽を学ぶためオランダに渡り、そこで家族を持ち、そのまま現地で「フリーランスの音楽家」として活動することになった森本洋太さんに、音楽家としての海外生活の実情を聞いた。まずは、学ぶ場所としてオランダを選んだ理由から。

電子音楽を学問として学びたかった

森本さんは2006年、オランダ第三の都市で、同国の首都機能を担う「ハーグ」に渡った。ハーグには王立の音楽院があり、そこでさまざまな音の研究をする「ソノロジー」を学ぶことで、電子音楽に関する知識の幅を広げるためだ。

森本さんにこの研究所の存在を教え、留学を勧めたのは、日本の国立音楽大学時代の恩師。彼もまたソノロジーの専門家で、以前オランダで作曲家として活動していたのだ。

「『ソノロジー』は直訳すると、『音の学問』。他の音楽学部と違って音を『作る』ところから始めることもあるから、音楽はもちろん、数学やプログラミングの知識も必要。それらを体系立てて学べる、歴史ある場所って海外でも限られています。」

「『ソノロジー』は、音楽というよりも『音学』に近いですね」

「『ソノロジー』は、音楽というよりも『音学』に近いですね」

この国の「オープン」な姿勢を活かして

森本さんは、ハーグ王立音楽院でソノロジーの修士号、イギリスのバーミンガム大学で作曲の博士号を取得。学生時代からフリーランスの音楽家として活動の幅を広げていった。

オランダを活動拠点とする理由は、電子音楽の歴史の長さもさることながら、「オランダの音楽シーンが『気質』に合っていた」からだ。電子音楽の世界にも「学派」のようなものがある。フランスにはフランスの、オランダにはオランダの。「オランダらしさ」とは一体何なのだろうか――。

「オランダは音楽に対して『オープン』かもしれないです」

「オランダは音楽に対して『オープン』かもしれないです」

「オランダならではの良さは、古い音楽と新しい音楽、その両方を受け入れる『オープン』な姿勢にあります。バロックや中世の『古楽』を弾くいい演奏家もいれば、音楽院としては珍しくジャズ科もあったりして『コンテンポラリー』なものもどちらも好むんです。」

周辺のドイツやフランスのような「大国」と違って、歴史にとらわれない。だからこそ、挑戦的な音楽家も多い。例えば、古楽の演奏家が電子音楽などの新しい音楽を演奏することも珍しくないという。

「僕も古楽器のために曲を書き、エレクトロニクスやピアノを使って一緒に演奏します。オーディオ・ビジュアル作品を制作し、アートフェスに出演することも。いろんなことに興味がある人や、オープンな音楽家にとってオランダは活動拠点として適しているんじゃないかな。」

森本さんは自宅のスタジオで作曲をしている。「音」を作るところから始める

森本さんは自宅のスタジオで作曲をしている。「音」を作るところから始める

音楽家は海外で稼げるか?

では、はたして音楽家として現地で「稼げる」のか聞いてみた。結論「音楽家は儲からないし、儲かることが目的ではない」。これが森本さんの答えだ。しかし、日本では珍しいオランダならではの生計の立て方や、フリーランス活動の実際について教えてくれた。

商売としての音楽家は、「演奏家」と「作曲家」に分かれる。森本さんは、演奏をしてお金をもらうこともあるが、基本的には「作曲家」。依頼があり、スタジオで譜面を書いて、録音。自分で演奏する場合と、誰かに演奏してもらう場合があり、コミッションをもらう。

「僕は業界のエコシステムにおいて、あちこちにまたがっているタイプ。だから、仕事もさまざまです」

「僕は業界のエコシステムにおいて、あちこちにまたがっているタイプ。だから、仕事もさまざまです」

最近手がけたのは、化粧品メーカーのCM音楽やエステサロンの音楽。他にも、メディアアート・フェスティバルや、音楽祭、作曲のコンペに出品することで人目に触れ、オファーが舞い込んだり、サウンド・インスタレーションやマルチメディア作品も作るので、ギャラリーへの出展やクラブでのDJ、VJの依頼がくることも。

大学や企業の研究に関わることもある。データを解析し、その結果を「可聴化」する仕事だ。例えば「心電図」。心拍の間隔はモニターに映る波形よりも、「ピッ、ピッ」という音のほうが把握しやすい。より分かりやすい音や聴きやすさが必要とされる場合、森本さんのような電子音楽家に声がかかるのだ。

自分で作った譜面を弾く

自分で作った譜面を弾く

作曲の仕事で提示される単価感は日本とはさほど変わらないそうだ。商業的な作曲の仕事の場合、アンサンブルからの委嘱よりも、締め切りがタイトになりがちだという。

財団からプロジェクトごとにお金を集める方法も

オランダならではの生計の立て方として、森本さんが教えてくれたのは、財団の「ファンド」を取るという方法だ。日本でいうところの助成金である。

何か特定のプロジェクトに取り組みたい場合、財団にその内容と必要な資金を、自分のポートフォリオとあわせて申請する。審査に通れば援助を受けることができ、森本さんも仕事で日本に出張する際に、度々利用していたという。

財団にも大小あるが、アーティストを留学させて、帰国後、個展の場を用意してプロモーションを行うところも。こうした支援は、日本に比べて手厚いそうだ。

森本さんは、財団が用意する機会にトライしつつ、依頼や委嘱を呼び込む「営業」のために、人と会ったり、人前で演奏することも怠らない。平日の午前中は子育てをし、昼は作曲、平日の夜や週末は外に出かけるなど、日々大忙しだ。

奥さんも音楽家でピアノニスト。後進の指導にもあたっている

奥さんも音楽家でピアノニスト。後進の指導にもあたっている

今後もできる限り、オランダで活動を続けたい考え。日本は地理的には決して近くはないが、一時帰国するのにも慣れてそこまでに苦には感じない。何より、オランダにいるといろんな人に出会えるし、それが自分の活動の幅を広げることにつながる。

最近は、ハーグ市内にあるビーチ「スケベニンゲン」にちなんで、「スケベ人間」という名のアンサンブルを結成。性に対してオープンなこの国らしく「エロ」をテーマに、ダンサーやグラフィックデザイナー、香りのアーティストなど異なるジャンルのクリエイターとのコラボを楽しんでいる。

「どんな仕事にも創造的な要素やチャレンジがあるので、これからもいろんな人と関わっていけたらいいなと思っています。」

オランダの『オープン』な音楽家、森本さんはまさにそれを体現し、音楽家人生を謳歌している。

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森本洋太
ハーグ王立音楽院修士(ソノロジー)、英国バーミンガム大学博士(作曲)。2006年に渡蘭、欧州を中心に活動。室内楽作品などが各地のアンサンブルにより委嘱・演奏されている他、「Transmediale(独)」や「TodaysArt(蘭)」などのメディアアート・フェスティバルでサウンド・インスタレーションやオーディオ・ビジュアル作品を発表。この他、アムステルダム映像博物館、LUSTLab、本田技術研究所、北海道大学、筑波大学などにサウンド・デザインや、ソニフィケーション・システムを提供。最近の仕事に、Amsterdam Sinfoniettaとの共演や資生堂「PLAYLIST」サウンド作曲などがある。
http://yota.tehis.net/about.html

(撮影:中井千尋)

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