CINRA

第6回:ポップでカワイイ不思議な世界 イラストレーター、クラーク志織のロンドンライフ

欧州在住のライター・編集者陣が、各都市で活躍する在住日本人・現地クリエイターの「ワークスタイル」「クリエイティブのノウハウ」をお伝えします。日本人とは異なる彼らの「はたらく」ことに対する価値観、仕事術が、あなたの仕事のインスピレーションソースになるかもしれない!?

    Profile

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    角尾 舞(つのお・まい)

    ライター / 展示企画。「伝わるように伝えること」を目的として、デザイン分野を主にした執筆と、展示の企画を行う。慶應義塾大学・環境情報学部卒業。メーカー勤務を経て、LEADING EDGE DESIGNに入社。2013年から16年3月まで、東京大学生産技術研究所山中研究室のアシスタントデザイナー。学内ギャラリーで開催される、研究展示の共同ディレクションを行った。最近の仕事に「はじめての真空展 ― お弁当から宇宙まで」(2016年6〜7月・東京大学)の展示ディレクション、「日経デザイン(2016年6月号〜)」等での執筆など。現在はスコットランド・エディンバラ在住。

    イギリスに来てからイラストが仕事になった

    クラーク志織さんは、イギリスの首都・ロンドンを拠点に活躍するイラストレーター。約5年前に単身渡英し、現地で結婚、そして、昨年末には新しい家族が産まれた。今回取材で訪れたのは、サウス・ロンドンにある彼女の自宅兼アトリエ。カラフルでポップで、でも少し不思議な雰囲気もある彼女のイラストは、柔らかな日差しが入る窓辺のデスクで生まれる。イギリスで暮らす彼女の、仕事と生活、そして子育てについて、お話を聞いた。

    クラークさんの仕事場にて。スカーフは自身でデザインしたテキスタイルのもの。

    クラークさんの仕事場にて。スカーフは自身でデザインしたテキスタイルのもの。

    クラークさんがロンドンにやってきたのは2012年。イギリスは彼女の父親の故郷ではあるものの、生まれ育ったのは日本で、当時は英語もあまり得意ではなかった。家族も友人もほとんどいない土地に一人渡るというのだから、意を決しての移住だったのかと思いきや「新しい街に住んだら自分の作品も面白く進化するかなと思って、一年くらい住んだら帰ろうと思っていました。軽い気持ちだったんです」とのことだが、その結果、ロンドン生活は6年目となる。

    「『模様』って魔除けの意味が込められているのもありますよね。私も少しそれを意識していて、私のパターンやイラストを身に着けていたらなんだかいいことが起こる気がする!って、誰かのラッキーチャームになれたら嬉しいなと思ってるんです。」

    小さい頃から絵、特に女の子を描くのが大好きだったというクラークさんが、武蔵野美術大学で専攻していたのはメディアアートで、イラストを本格的に描き始めたのは卒業後。卒業制作として作ったインスタレーションが、数日間展示された後に解体されたのを見たことをきっかけに、イラストレーターを志したという。「卒業展示だけで解体されたのがとても寂しくて、残るものを作りたいと思うようになったんです。卒業後、働きながら東京で個展を開くなどしていたのですが、大きな仕事につながることは少なくて。イラストが本格的に仕事になったのは、実はイギリスに来てからなんです。」と話してくれた。

    ブックカバー、iPhoneケース、どちらもクラークさんがデザインしたもの。

    ブックカバー、iPhoneケース、どちらもクラークさんがデザインしたもの。

    これまでに手掛けたものには、雑誌やWEBマガジンの挿絵のほか、ドイツ・ダイムラー社のリサーチラボが作った絵本のイラストや、メディコム・トイ・ファブリックと作った「ハチ」シリーズのテキスタイル、また『CINRA.STORE』で販売中のiPhoneケースなどがあり、分野も形態もさまざまだ。

    そもそも、彼女のイラストのファンの中には「ワンピースとタイツ」が出会いだった人もいるだろう。

    左:ワンピースとタイツから発売されたクラークさんデザインのタイツ。 / 右:イラストのなかのテキスタイルにもこだわりがつまっている。 ©Shiori Clark

    左:ワンピースとタイツから発売されたクラークさんデザインのタイツ。 右:イラストのなかのテキスタイルにもこだわりがつまっている。 ©Shiori Clark

    2011年、スパイラルで毎年開催される『SICF』(Spiral Independent Creators Festival)に出展し、審査員賞を受賞した彼女は、その翌年にも受賞者枠での展示を行った。大学の友人の米田年範さんと共に、大胆でカラフルな絵柄の入ったワンピースとタイツを作って展示したところ、話題になった。クラークさんはすでに渡英していたが、彼女が絵柄を担当したタイツやワンピースは、雑誌などで取り上げられ、米田さんは後に「ワンピースとタイツ」という名前のブランドを立ち上げる。彼女自身、これがきっかけでイラストの仕事が増えたと話す。

    「ヨーロッパっぽい」と「ジャパニーズ・カワイイ」

    現在、彼女のクライアントのほとんどは日本企業。営業は特にしていないというが、日本で登録しているエージェントを通して、知人の紹介、あるいはInstagramやTwitterなどのソーシャルメディアがきっかけとなり、仕事につながっている。イラストレーターの場合、作品を見た人からの依頼は多いが、その中でも時代をとらえているのが「LINEスタンプを見て」というもの。彼女が自身でクリエイターズスタンプを作成・販売したところ、それまで彼女のイラストを知らなかった人にも広まったらしい。

    現在発売中の「魔法少女ファイターちゃん」と「猫ちゃんとその仲間たち」のスタンプ一部。この他に「ロンドンガール!」「色々いるよ。」の全4種のスタンプが販売中。

    現在発売中の「魔法少女ファイターちゃん」と「猫ちゃんとその仲間たち」のスタンプ一部。この他に「ロンドンガール!」「色々いるよ。」の全4種のスタンプが販売中。

    イギリスにいながら日本の仕事を受けることに、不便はないのだろうか。

    「メールもSkypeもあるのでコミュニケーションで困ることはほとんどないけれど、屋外広告などの実物が見られないのは少し寂しいときもあります。あとは、時差の関係で、時計が日本より早く進むので、〆切を一日前倒しに考えないといけないとか……(笑)。でも、それくらいですね。大きな問題はありません。」

    逆に、日本のクライアントと離れて仕事をしている分、距離や時差だけでなく、普段接している世界観の違いがあることも、アウトプットの面でよい部分があるそうだ。

    イギリスで暮らすことへの苦労についても、言語の問題で多少もどかしい思いをすることはあるけれど、アジア人という理由での差別もなく、後述する子育てに関しても問題は感じていないという。

    築百年をこえる建築物が織りなす町並み、庭園の色使い、イギリスと日本では毎日見る景色が単純に異なり、彼女の作品に影響を与えてきた。日本では、クラークさんの色使いや、少女たちの表情を見て「ヨーロッパっぽい、イギリスっぽい」という印象を持つ人が多いそうだ。しかし、ここイギリスでは「ジャパニーズ・カワイイ・イラストレーション」のように評されることが多いという。日本のマンガ的な背景を感じるらしく、その感覚の違いも面白い。複数の文化背景を持つ人が作りだす世界観は、きっと誰にも真似できない特徴なのだろう。

    たとえば、クラークさんのイラストの一つの特徴である「白目」の女の子たち。その背景には、こんな想いがあった。

    ©Shiori Clark

    ©Shiori Clark

    「イギリスの教会巡りをしているとき、宗教画がとても気になったんです。なんだか、パワーがあるなと思って。宗教の外側にいる自分が描く、ある意味“真似っこ”の絵だから、あえて黒目を抜くことでどこかシリアスさを欠く感じになるのがしっくりきて。それ以来、他の人物も白目が多くなりました。

    むしろ、自分はハーフなので、日本にいたときのほうが、もしかしたら浮いているのかな、など気にせざるをえないときがありました。でも、ロンドンでは『ハーフ』っていちいち言う必要もないくらい普通のことだから、逆になじんでいる感じもあります。」

    外見的な違いを気にする人が少ないからこそ、自由に振る舞える人もいるかもしれない。

    「両親学級」と子育てをきっかけに、ローカルな発信へ

    サウス・ロンドンの公園で散歩する三人。

    サウス・ロンドンの公園で散歩する三人。

    クラークさんは、昨年お母さんになった。夫の牛込陽介さんとは渡英直後に知り合い、その約半年後に結婚。牛込さんは、現在ロンドン市内でデザイナーとして働いている。

    ロンドンの病院でのちょっと驚く出産経験は、彼女のブログにも綴られているが、今回伺ったなかで印象的だったのは「両親学級」の話。まだまだ日本では「母親学級」がメジャーだけれど、ロンドンでは両親での参加が一般的で、二人も両親学級に何度も参加し、そこで近所の友人も増えた。

    左:クラークさんが<a href="https://www.instagram.com/shioriclark">インスタグラム</a>で最近更新している「イギリスマタニティライフでの驚き」シリーズ。 ©Shiori Clark

    左:クラークさんがインスタグラムで最近更新している「イギリスマタニティライフでの驚き」シリーズ。 ©Shiori Clark

    クラークさんたちの住む地域は、ヨーロッパ随一の出生率を誇るといわれるほど、ベビーフレンドリーな街。

    「街を歩くとバギーばっかりで、カフェも、パブも、どこにでもベイビーがいる。元々お気に入りだった場所に子供を連れていけるから、子供ができたからといって、生活を変えなくてもよかったのがうれしいですね。昼間に両親学級で知り合った友達とランチをしていると、全員のバギーが出終えるまでドアを開けてくれているおじいさんがいたりするんです。地域の人みんなが子供たちに優しいから、窮屈な気分もなく、とても育てやすいです。」取材中、一緒に出かけた公園にも、ベビーカー連れの若いカップルがたくさんいた。

    「暗い部分もあるけれど、基本的には毎日楽しい。なんでもない日でも、朝起きるのが楽しみ」というクラークさん。牛込さんと一緒に、ロンドンでの育児と生活を満喫している。

    「暗い部分もあるけれど、基本的には毎日楽しい。なんでもない日でも、朝起きるのが楽しみ」というクラークさん。牛込さんと一緒に、ロンドンでの育児と生活を満喫している。

    子供が産まれたことでの仕事への影響も聞いてみたところ「描くスピードが速くなりました」とのこと。

    「迷いがなくなった感じです。雑になったわけではなくて、勢いのある絵になりました。また、おもちゃや子供服のようなものすごくカラフルでポップなものに触れる機会がより多くなって、興味の幅も広がったかもしれません。いい影響をもらった気がします。」

    クラークさんが両親学級で知り合ったお母さんたちの多くは30代後半。女性が結婚や出産に対して、年齢を理由に焦っている雰囲気は日本に比べると少ないようだ。

    今後の目標として「もっとイギリス企業とも仕事をしたい」という。

    「子供が出来てから近所の人と触れ合ったり、ローカルなカフェなどに行くことが増えたから、地元発信で、なにかできたらいいなと思っています。いまは、発表方法を考えながら、個人プロジェクトを温めています。」と、これからのことを話してくれた。クラークさんは母になったことを一つのきっかけに、より仕事の幅を広げようとしている。夫婦で子育てをすることが当たり前であること、また女性が出産をきっかけに第一線を退く圧力がないことは、女性の働き方への考えも変えるだろう。真っ直ぐな眼差しが印象的なクラークさんが、サウス・ロンドンから発信する新しいプロジェクトが待ち遠しい。

    クラーク志織WEBサイト
    http://www.shioriclark.com/

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