Column 連載

会社員をアップデートしよう

「会社員を続けながら起業することで、相互に還元し合うワークスタイルを生み出す」HARES・西村創一朗

江口晋太朗(編集者)

企業に所属していながら、一人ひとりが意思と能力を持って行動する、これまでの会社員のイメージとは違った、新たな会社員としてのあり方を考えてみませんか? 起業すること、独立すること、会社員として働くこと。それぞれの良さを見つめ直しながら、多様な会社員のあり方を見出し「会社と個人の幸せな関係」と向き合うための連載企画です。

プロフィール

江口晋太朗
江口晋太朗

編集者、ジャーナリスト。1984年生。福岡県出身。TOKYObeta Ltd.代表取締役。メディア、ジャーナリズム、情報社会の未来、ソーシャルイノベーション、参加型市民社会などをテーマに企画プロデュース、リサーチ、執筆活動などを行う。「マチノコト」共同編集、NPO法人マチノコト理事、アートプロジェクトを推進するNPO法人インビジブル理事、インディーズ作家支援のNPO法人日本独立作家同盟理事などを務める。Open Knowledge Japan、Code for Japanメンバーとしても活動。著書に『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社)『ICTことば辞典』(三省堂)『パブリックシフトネット選挙から始まる「私たち」の政治』(ミニッツブック)ほか。

大企業の一社員と会社経営、二役をこなすワークスタイル

株式会社リクルートキャリアで採用や新規事業開発を担当しながら、2015年に株式会社HARESを起業し、以来「サラリーマンと起業家の二足のわらじ」を履き続けた西村創一朗さん。大学一年生で一児の父親になった経験から、現在ではNPO法人ファザーリング・ジャパンの理事も務めています。「仕事を通して幸せになれる人を増やし、不幸になる人を減らしたい。仕事も子育ても、本業も複業も、二兎を追って実現できる社会を作りたい」。そんな想いが発端となって出来上がった現在のワークスタイルのメリットとは? 会社員を続けながら起業することの意義と、これからの会社のあるべき姿についても伺いました。

10代で父親になって感じた仕事の重要性

江口:まずは新卒でリクルートキャリアに入社した経緯について教えてください。

西村:大学一年生の19歳で父親になった時、生まれてきた息子を抱いて「この子に幸せになってほしい」と心から思ったんです。でもそのためには、わが子を可愛がるだけでは不十分で、子どもたちを取り巻く社会自体をより良くすることが必要です。20年後、自分の今いる環境よりも社会を良くするにはどうしたら良いのかと考えるようになりました。

江口:父親になったことがきっかけで、仕事と子育てに対する意識が高まったんですね。

西村:今では父親が子育てに関わるのは当たり前ですが、10年前は決してそうではありませんでした。「男は仕事、女は家庭」といった固定観念があり、父親は子育てがしたくても仕事に忙しく、母親は仕事がしたいのに子どものために家庭に縛られがち……。これは、仕事が人間を不幸にしている一例です。しかし、僕が大学時代に出会ったファザーリング・ジャパンの人たちは、上手く子育てと仕事を両立していたし、さらに就職活動で出会ったリクルートの社員の方々は、仕事を通じた自己実現と社会の課題解決を両立して輝いている人ばかりでした。仕事は自分の人生を豊かにすることも潰してしまうこともできる諸刃の剣です。だったら、仕事を通じて幸せになれる人を増やし、不幸になる人を減らしたいと思うようになったんです。その時から、複業でも自分なりに何か世の中にとってプラスになるような活動をしたいとは思っていましたね。

HARES 西村創一朗さん

HARES 西村創一朗さん

江口:リクルートに入社後、これまでどのような仕事をしてきたんですか?

西村:リクルートキャリアには2011年4月に新卒で入社して以来、約6年勤めました。前半の3年間はインターネット業界の中途採用を担当していました。2年目から大手ネット企業を担当するグループに所属しながら、スタートアップ企業も何社か担当をさせてもらいました。たくさんのスタートアップ企業と関係性を築いていき、ベンチャー企業に資金調達・事業提携の場を提供するイベント「RISING EXPO(サイバーエージェント・ベンチャーズ主催)」のリクルートキャリア賞の審査員をやらせていただくこともありました。それらの成果が評価され、何度か社内で表彰していただいたり、3年目の頃には年間で通算して部でトップの成績を残すことができました。

とはいえ、このまま営業マンとして成果を出し続けても、ビジネスパーソンとして突き抜けられる気もしない。そもそも会社におけるバリューと社会におけるバリューはイコールじゃない。自分はリクルートという会社のなかだけでバリューを出したいわけじゃないことに気がついたんです。

江口:会社におけるバリューと社会におけるバリューの違いってどういうことですか?

西村:営業マンとして会社へのバリューを出し続けるだけではなく、社会に生きる自分自身として会社員として得られるスキルや経験だけではない、何か違うものを自分のキャリアに「掛け算」していかないと、仕事も人生もつまらなくなるんじゃないか。そこで何をするか考えた時に、学生時代にファザーリング・ジャパンの活動でブログを書いていたことが頭に浮かびました。もともと発信することは得意だったし好きだったんです。

ブログがきっかけで社内の新規事業立ち上げのメンバーに

西村:その頃サイバーエージェント代表の藤田晋さんの著書を読んでいて。そこにはブログの有用性が書かれていて「やるなら今だ!」と思ったんです。そこから、社会人3年目のゴールデンウィークにブログを開始しました。サイト名は座右の銘である『Now or Never』。最初は、面白いスタートアップや便利なサービスにネタを絞って発信していました。そうしたら「西村っていう変なやつがいるぞ」と社内でも認知されるようになってきたんです。

江口:ブログがきっかけで社内の人に認知されるというのは面白いですね。そもそも、リクルートにはそうした社員個人の発信や活動を許容する環境があるんですか?

西村:基本的に、社内規定に違反していなければ副業OKです。個人のブログやアフィリエイトサイトで収益を得ている人もいます。ただ、僕のように実名で発信している人は多くないかもしれません。

江口:ここ数年で、会社員でありながら個人名で発信する人も増えてきました。この連載でお話を伺ったNewsPicks櫻田さんもそうでした。

江口晋太朗さん

江口晋太朗さん

西村:個人の活動を社内の人に知られるのを嫌がる人も多いですが、僕は積極的にFacebookでブログの記事をシェアしていましたし、実名でスタートアップ界隈のネタをブログに書くことで「そういうところにアンテナを張っている人間なんだな」と社内でも認知してもらい、事業開発部門の人たちとの繋がりも増え、そうした繋がりがきっかけとなって、営業から事業企画部門への異動が実現できたのです。

「会社を辞めない前提」の起業だってある

江口:そこから、2015年に「二兎を追って二兎を得られる世の中」を目指す会社として株式会社HARESを立ち上げ、会社員と法人の二足のわらじになるんですが、法人立ち上げはなにかきっかけはあったんですか?

西村:ブログを通じて社内や社外の人に認知してもらうようになってきた時に、師匠として尊敬する方に「お前、このままじゃ企画マンとして伸びなくなるぞ」と言われたんです。それがすごく悔しくて。どうにかその人を見返したかったのですが、一社員が、役員の立場にいる人を超えるのには多くのハードルがあるわけですよ。会社という組織の中で自分がその人に勝てるレベルになる頃に、その人がまだ会社にいるかどうかさえ分からない。だったら、別のパラダイムで勝つしかないと。

江口:たしかに、社内で出世したり実績を作ったりするのにも時間がかかります。独立も視野にという考えを冒頭に伺いましたが、それが繋がっているんですね。

西村:いえ、実は法人設立は「半分ノリ」なんです(笑)。師匠に言われた言葉が悔しくて、Twitterで「ちくしょう起業してやる!」と何気なく投稿したら、それを見逃さない人がいたんですよ。

声をかけてくれたのは、起業を支援する新サービス立ち上げに関わっていた知人でした。僕がそのサービスのモニターになる代わりに、支援してくれることになったんです。いろんなことが重なったタイミングだったんでしょうね。起業の話がトントン拍子に進んでいきました。

江口:ノリで起業というのも、ある意味で現代的ですね(笑)。ところで、一般的に「起業=離職&独立」と考える人が多いなか、会社員の状態を維持しながら起業されているのは独特だと思います。

西村:自分には守るべき家族がいるので、いきなり会社を辞めて独立する選択肢はありませんでした。会社員をしながら法人を作れたのも、会社にいながら個人でのさまざまな挑戦を許容してくれるリクルートだからできたことです。独立しての起業だと、安定した収益を得るためには好きなことだけやっていく訳にはいかないですよね。でも会社員をしながらであれば、収入を確保しながら空き時間で自分の会社の事業でやりたいこと・やるべきだと思っていることに100%の時間を割けるんです。金銭面のリスクが少ないから、予算度外視の挑戦もできます。

HARESでは、「二兎を追って二兎を得られる世の中をつくる」をコンセプトに、企業が「利益追求」と「従業員の幸福実現」の二兎が得られるように、採用・人事領域を中心にしたコンサルティング・顧問事業のほか、ストーリーを軸にした採用ブランディングや、集客支援を行っています。

江口:たしかに、これまでは起業と独立がほとんどセットでしたけど、必ずしもそれがすべてではないですよね。会社組織が個人の活動に対して寛容なところは、西村さんのようなワークスタイルが築けそうですね。実際に起業してみて、社員として働く場合と自分の会社を動かす場合の違いはありましたか?

西村:会社の仕事だけでは、どこまでいっても「リクルートキャリアの西村」という立場です。もちろん、社内のリソースが使えるメリットはあるけど、逆にそこに縛られてしまう部分もある。また、イントレプレナーのように社内ベンチャーとして新しいビジネスを起こすにも、「そのビジネスはどんなシナジーがあるの?」といった議論が生じてしまいます。会社の責任を果たすためにある事業なので、必ずしも自分がやりたいことすべてができるとは限りません。

対して自分の会社では、リソースは自分自身だけですが、自分がやりたいことを実践していくなかでどれくらいのバリューが出せたかが明確になります。少ないリソースのなかで、自分が動かなければなにも得られません。なので、自分の会社で100万円の仕事をもらうことは、会社員として100万円の予算をもらうことと比較すると、何倍もの経験値に繋がります。

江口:一般的に、会社員をしながら副業や起業などをすると、本業が疎かになるのでは、という懸念があります。そうしたなか、会社員としての立場と起業家としての立場はどのようにバランスを取っていますか?

西村:前提として、あんまり分けてはいないです。もちろん、会社員である以上は求められたことにきちんと応え、会社に還元することが最優先です。でも、「リクルートキャリアの西村」だからこそ出会えた人で、自分のビジネスに合うと思った相手に対してはプライベートで会社をやっていることも話しています。反対に、プライベートで出会った人がリクルートキャリアの仕事につなげられそうならば、もちろんそちらにも還元しています。リクルートキャリアでのリファラル採用の新規事業では、僕がサービス全体のプロモーションの表に立って推進したことで、多くのメディアに取り上げられるなどブランディングに成功しましたし、昨年9月にプロジェクトリーダーとして立ち上げた自社のリファラル採用プロジェクトでは、採用者数を前年の何倍も伸ばし、大幅なコストダウンができました。コストダウンした分を元手に日本初の採用特化型のオウンドメディアを立ち上げるなど、別事業に予算を割くことができるようになり、会社にも評価していただきました。

会社員×起業家の相乗効果

江口:自分で会社を経営していることで得た経験と、会社員としての事業の推進役としての立場が相互に影響しあってそれぞれの仕事に繋がるのは、会社員をしながら起業するメリットかもしれませんね。

今までは、24時間会社の名前を背負っているのが当たり前だった働き方の図式が、今後はどんどん融解していくと私は考えています。会社員であると同時に、一個人としての存在が、どう会社や社会に対して影響を持てるようになるのか。この連載では、そんなことを考えるきっかけになればいいな、と思っています。西村さんは、個人のやりたいことを実現することと、会社に籍を置いて仕事をすることが、互いに相乗効果を生むという可能性について、どのようにお考えですか?

西村:2016年は、世の中の人々が働き方を考える大きな転換期だったと思います。つまり、企業と個人の関係性が変わろうとしていることが明確になった一年です。具体的には、ロート製薬が副業を解禁したり、Yahooが週休3日制導入を検討するなど、企業も組織体制や働き方をより柔軟に、そして多様なあり方を実践しようとしていることが見えてきました。こうした流れは今後ますます起きてくると思います。つまり「リソースを持っている会社」と「ノウハウを持っている個人」が対等な関係で仕事をしていくような図式。今後は、一人が一社に捉われず、複数のプロジェクトに同時に関わる機会が増えていくと思います。

「いい会社」だけが生き残れる時代

西村:これまでの日本の主な雇用の仕組みは、「終身雇用・年功賃金・企業別労働組合」の3つで成立していました。大きな企業に就職さえすれば生活が保障されるので、会社員は自らキャリアを作っていく責任から逃れることができました。しかし、会社と個人が対等な関係性になる未来は、働き手は自分自身の強みを見つけ、自分のキャリアについては自ら責任を持たなければならない時代といえるでしょう。「キャリア自立」が求められる時代です。

小銭稼ぎの副業ではなく、一人ひとりが本業とはちがうマイプロジェクトを持って、自分の人生を豊かにしていくことが重要になってきます。そうすると、仮に会社の看板が外れた状態になっても、自分が社会に何を提供できるか、自分自身のバリューと向き合うことができます。

江口:金銭的なリターンではなく、ある種のソーシャルリターンを得られることは重要だと思います。金銭ではなく信用や信頼、個人の考えを軸に他者とつながること。そのつながり方や関係性の仕方は、例えばオフラインであれば町内会で活動することや子育てや育児コミュニティ、オンラインであればブログで発信することなど、色々とあります。会社ではできないことをどう実現していくか、これまで以上に一人ひとりが考えていくべきなのかもしれません。西村さんは、会社組織は今後どのような道を進むと思いますか?

西村:いい会社をつくることが、結果として経済合理性もついてくる時代になっていくと思います。社員に生きがいや働きがいをちゃんと示せる会社でないと、優秀な人に選ばれない。今の流れがもっと進めば、優秀な人ほど会社に縛られずにより働きがいがある環境を求めていくからです。

一方で、働きがいがある会社は、働き手自身がつくるものでもあります。なので、やりたいことがあったら、それを会社に認めてもらう代わりに結果を出す。会社は一個人の要望を受け入れ、個人が成果を出すことで結果として会社自体の仕組みも大きく変化する機会となる。会社にとっても、主体的に行動する個人が組織にいることが会社にとっても大きなメリットとなることを理解するべきだと思います。

江口:会社で個人の意識を反映する意思があるのとないのとでは、そこで働く人の働き方そのものにも大きく影響してきます。会社も個人の要望を受け入れる柔軟性がないと、これからはやっていけないかもしれません。つまり、会社にとっても優秀な個人やさまざまな活動をする個人を生かすような柔軟な組織を作ることは、遠回りかもしれないが、結果として会社自体を刷新する大きなエネルギーになるというこれまでとは違ったあり方がある。

西村:実際に、個人のやりたいことを実現し、かつ会社の仕組み自体を変えるような提案を自分からし、きちんと成果を出している社員やそれを認めている会社をいくつか僕は知っています。すでにそうした新しい働く環境を実現している会社があるんです。個人の意見や意思を尊重し、「じゃあやってみようか」と言える会社であるかどうか。働き手も、そうしたことができる働く環境を積極的に求めていくことで、会社自体のあり方の新しいスタンダードができてくるはずです。個人の意思、そして組織の意思が互いに相補関係を持つ。そんな多様で柔軟な場がもっと生まれてくることで、これからの会社員のあり方も大きく変化していくはずだと思っています。

(構成:山越栞 撮影:萬崎友子)

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