「会社をやめたい」。通勤漫画家・座二郎が仕事と創作の狭間で揺れた20年を語る

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好きなことと仕事のどちらを取るかで悩む人たちに向けた本連載。第6回目に登場するのは大手ゼネコンに勤務するかたわら、行き帰りの電車の時間を利用して漫画を描く「通勤漫画家」の座二郎さんだ。

経済基盤を確立しつつ創作に励む「パラレルキャリア」の理想型を体現しているようにも見える座二郎さんだが、その口からまず飛び出したのは「ぼくだって、しょっちゅう『仕事やめたい』って思いますよ」という意外な言葉だった。

約20年、ライスワークとライフワークの狭間で揺れ続けながらも、どちらも諦めなかったその道のりについて語ってもらった。
  • 取材・文:辻本力
  • 編集・撮影:𠮷田薫(CINRA)
  • Profile

    座二郎

    1974年生まれ。漫画家、絵本作家、会社員。早稲田大学理工学研究科建築学専攻修士課程修了後、大手ゼネコンに勤務しながら、通勤電車のなかで漫画を描き始める。2012年から青年コミック誌『ビッグコミックスペリオール』のWEBで『RAPID COMMUTER UNDERGROUND』を連載。2012年第16回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門で審査委員会推薦作品に入選。同年、友人と共同で制作した絵本『ぼくのへや』が、「創作童話・絵本・デジタル絵本コンテスト」 創作絵本部門にて「金の星社賞」受賞。2013年より早稲田大学非常勤講師を1年務める。2016年、絵本『おおきなでんしゃ』上梓。2017年より2年間、『WIRED』のWEBにて「the superfluous city 座二郎の第9都市」を連載。2018年、「大地の芸術祭」の出品作品として「方丈記『試機』」を制作。

「作家としての欲望」に気づきながらも、大企業に就職したワケ

座二郎:大学は理工学部で建築を専攻したんですけど、別に「建築を超やりたい!」という感じではありませんでした。子どもの頃から絵が得意で、試験にデッサンがあるから受けただけで。

でも、2年生のときに作家性の強いデザインに特化した授業を受けたことで、建築の面白さに開眼し、自分のなかにある隠れた「作家としての欲望」に気づかされました。学校では、アーティスティックな方向と、依頼主からの要望を聞き、それをデザインに落とし込んでいく意匠設計との両方を学びましたが、正直後者はあまり得意ではありませんでした。

しかし、大学院卒業後に就職したのは大手ゼネコン。大きなプロジェクトを手がけられるのは魅力だが、制約も多い。少なくとも「自らの作家性を自由に羽ばたかせる」というベクトルの仕事ではないだろう。わざわざ不得意な分野を選択した理由は何だったのだろうか。

座二郎:友達もみんな驚いていました。「作家性の強いおまえが行くならアトリエ系の設計事務所だろ」って。ゼネコンを選んだ理由は、ぼくが超のつくサラリーマン家庭で育ったからですね。「食い扶持をどうするのか」みたいなことって、親の背中を見て刷り込まれちゃうものなんですよ。それに当時はいまより「大きな会社に入れば一生安泰」という雰囲気もあって、流されてしまいましたね(苦笑)。

「通勤漫画家・座二郎」は妻の一言から誕生した

設計士として働き出した座二郎さんだったが、社会人になってからも、秘めたる創作への情熱はくすぶり続けていた。

座二郎:当時は働きながらバンドをやっていて、マジで音楽で食っていきたいと思っていたので、会社は2、3年勤めたらやめてもいいかなと思っていました。プロのバンドの人たちがライブを見に来てくれたりもして、一時は「俺たちイケるんじゃないか」という手応えを感じていたのですが、結局売れることはなく……限界を感じて解散を決意しました。

音楽で夢破れた座二郎さんが、漫画家への第一歩を踏み出したきっかけは、のちに妻となるみのりさんからの「あなたは声がいいから、インターネットラジオをやってみたら?」という一言だったという。

座二郎:漫画家のタナカカツキさんがやっていたデジオ(でっち上げラジオの略)というネットラジオ番組があって。つき合う前の、ぼくが片思いしていた頃の妻が「こういうのやったら面白いんじゃない?」って提案してくれたのがきっかけです。

そのなかで「通勤電車で漫画を描いてみた」というエピソードを話したらやたらウケが良く、しかも漫画の出来も良かったので、「これはイケるぞ」と。40ページくらい描いて、『モーニング』の公募に送ったらいきなり上から2番目の賞がもらえたんですよ。賞を貰うまでに、ここまで漫画の練習をしなかった漫画家はぼくくらいじゃないでしょうか。

妻のみのりさん。愛妻家としても知られる座二郎さん曰く「ぼくが漫画家になれたのも、生活できているのも全部みのりさんのおかげ」

こうして「通勤漫画家・座二郎」が誕生する。社会人5年目のことだった。いまなら、YouTuberが「⚫︎⚫︎やってみた」をきっかけにタレントデビュー、という感じだろうか。幸先の良いスタートを切ったかのように見えたが、漫画家という仕事の現実は厳しく、活動は早々に暗礁に乗り上げる。

座二郎:ぼくの悪いところなんですが、そこで調子に乗ってしまって、編集者の言うことを全然聞かなかったんですよね。気づけば担当編集もいなくなってしまって……。本誌デビューもできず、漫画家としてのキャリアはそこで一度止まってしまいました。

創作に没頭したい。でも家族も守りたい。理想と生活の狭間で揺れる

漫画家としての仕事はなくとも、設計士としては多忙な日々が続いていた。しかし、創作への思いは断ち切れない。そんなとき、転機となったのが、日本を代表する現代美術作家・大竹伸朗との出会いだった。

座二郎:2005年に東京都現代美術館でやっていた「大竹伸郎展」に行って、すごい感銘を受けました。大竹さんの真似とまでは言わないですが、その日からノートにコラージュを始めたんですよ。やっているうちに、「この上に漫画を重ねて描いたら面白いんじゃないか?」と閃いて。その思いつきから生まれたスタイルが、いまのぼくの漫画の原点ですね。

座二郎『long train city』

「食い扶持」である仕事は続けながら、自身のスタイルを確立し創作を続けた座二郎さん。再び芽が出始めたのは7年後、2012年のこと。

座二郎:大学生時代の友人がストーリーを書いて、ぼくが絵を担当した『ぼくのへや』という絵本をコンテストに出したら入賞できたんです。そのあとすぐに開催した絵本の原画展をきっかけに、小学館の編集者から連絡がきて、青年コミック誌『ビッグコミックスペリオール』のWEBサイトで連載が決まりました。そのとき描いたのが、通勤時間に地下鉄で漫画を描く、自分をモチーフにした会社員が主人公の漫画『RAPID COMMUTER UNDERGROUND』(小学館 / 2014年刊行)です。

コラージュ+建築の画法を組み合わせた作風と、通勤電車で漫画を描くというスタイルが業界内外で話題を集めた。さらには、次男に向けて描いた『おおきなでんしゃ』(あかね書房 / 2016年刊行)を上梓し、絵本作家としても存在感を示した。漫画家・作家として、傍目には輝かしい日々だが、当時を振り返る表情は、どこか悲しげだ。

座二郎:創作で食っていきたくて必死で頑張ると、一発で賞はもらえるんですよ。でもセールスが振るわなかったり、連載が打ち切りになったり、あとが続かない。悔しかったですね。努力が足りなかったのかもしれませんが、会社をやめて「背水の陣」で創作にすべてを注ぎ込むことはできませんでした。創作への強い思いがある一方で、家長として家族を養うことも諦められなかったんです。

『ぼくのへや』絵・ざじろう 文・ほたかわようさん

『RAPID COMMUTER UNDERGROUND』©️座二郎/小学館

「本業」の建築に向き合って、仕事と創作の距離が縮まった

身も蓋もない言葉でまとめるなら、「本が100万部売れていたら、そりゃ会社やめてるよ」ということになるのかもしれない。しかし、創作の道で大ブレイクを果たさなかったことが、結果的に自身の本業である「建築」を見つめ直すきっかけとなり、そのフィードバックがいまの座二郎さんをつくっている——そんな見方もできるのだから、人生はわからない。

座二郎:そのあとも細々と漫画を描き続けSNSなどで発信を続けるなかで、雑誌『WIRED』のWEBで連載をすることになりました。編集者から提案されたテーマは「建築」。「座二郎さんは、空間を描くのが得意でしょ? なら、そのものズバリ、建築をテーマにするのはどうですか」って。

2階の作業場所で制作をする座二郎さん

そうしてスタートしたのが「THE SUPERFLUOUS CITY 座二郎の第9都市」だ。イラストと文章で都市建設とその未来像を描いた連載をとおして、座二郎さんはこれまで避け続けてきた「建築」に正面から向き合うことになる。

座二郎:絵においては設計の画法を用いてきたものの、正直、創作で建築の話に踏み込むのには抵抗がありました。ゼネコンの設計士として職人的に働いていながら、同じ「建築」というフィールドで作家性の高いことをするのってどうなんだ? と。同業者からバカにされるんじゃないかと不安だったんですよね。

そうした複雑な思いを抱えながら始めた連載は好評を博し、自身のなかで本業と創作との距離がぐっと縮まっていったという。

座二郎:ぼくのやっている設計の仕事は、大規模なオフィスビルをつくるような案件がメインで、アーティスト寄りのデザインというよりも、エンジニア寄りのデザインなんです。つまり、仕事で作家性を発揮できないフラストレーションを、「漫画家・座二郎」で解消している——そういう人生設計だった。だからこそ、創作では建築の外側に飛び出したいという思いが強かったわけです。でも、この連載を始めてから、考えも少しずつ変わっていきました。

『WIRED』に連載していた「THE SUPERFLUOUS CITY 座二郎の第9都市」の第5回「橋が都市をつなぎ摩天楼は空に浮かぶ」より。2017年、10年ぶりに訪れたNYで見た、クイーンズボロ・ブリッジを描いたもの

座二郎:同時に、2018年の「大地の芸術祭」に会社が作品を出すことになり、その社内コンペに受かって、会社員として作品をつくれたことも大きな出来事でした。会社やお客さんのあいだでも、「アート系の案件は座二郎さんに聞いてみよう」みたいな感じになってきて。これまで離れていた「仕事」と「創作」が、自分のなかで近づきつつあるという手応えを感じました。

2018年「大地の芸術祭」に出品した作品、「方丈記『試機』」

会社員として仕事に費やした時間。そのすべてを作品に投入できていたら……?

約20年間の会社員生活を経て、仕事と「やりたいこと」が一致する、ある種の理想に辿り着いたかのように思えた座二郎さん。しかし、その状況も磐石なものではなかった。

座二郎:そうか、これからはこういう感じで仕事も創作もやっていくのかな、と思っていたんですけど、ぼくの場合は仕事と「やりたいこと」が完全に一致することはないみたいですね(笑)。ゼネコンの仕事は、やはり創作とかけ離れていることも多々あるので、どうしても「やめたい!」と強く思ってしまう時期もあります。

座二郎さんの「パラレルキャリアの成功者」というイメージが、だんだんと変わっていく。一見、何不自由ない生活を送っているように見えても、その人なりの悩みや不満はある、ということか。それがなかなか人に理解されない類のものであればあるほど、当人としてはやるせなくなるものでもあるようだ。

座二郎:安定した収入があって、美人な妻と可愛い子どもたちがいて、しかも漫画家として作品を発表していて——いったい何が不満なんだ? と言われてしまうムードはひしひしと感じています。

でも、つい想像してしまうんです。会社員として仕事に使ってきた時間・労力を、すべて作品に投入できていたらどんな作家になって、どんな作品を残せていたのかな? って。もちろん、使える時間が限られているのは自分だけではない。むしろ経済的に恵まれている分、そんなことを考えるのは贅沢な話なのかもしれない。でも、仕事が忙しすぎてほとんど創作に時間を割けないここ2、3年の状況は、やはり辛いものがあるんですよね。

ライスワークに縛られながら、ライフワークもやっていく。20年で見つけた自分なりのバランス

「なかなか思いどおりにいかない」とこぼしながら、座二郎さんの作家としての模索は続いている。例えば、1年ほど前から福岡に単身赴任をしているため、これまでのように通勤時間を創作に充てることが難しくなった一方で、iPadなどの新しいガジェットを導入することで、隙間時間を有効活用しているという。また2019年に、自ら設計した屋根のないユニークな自宅を建てたのも、「仕事と創作の合体」の延長線上にあるようにも思える。

座二郎:「家族のため」という父親の視点と、作家としての遊び心を詰め込んだ「家」という名の作品ができたことには、すごく満足しています。これによって長いローン返済を抱えることになったので、会社をやめるという選択肢は本当になくなってしまったんですけどね(笑)。いわば、残りの会社員人生を担保に、自分にとって最高かつ最も高額な作品をつくった格好です。

座二郎さんが撮影した自宅。天井を取り外したリビングからは青空が見える

やめるやめると言いながら、気づけば早20年。諦念をにじませながら、それでも前を向く座二郎さんは、自分なりの「落としどころ」を見つけつつあるようだ。

座二郎:最初は2、3年でやめると言っていて、次はボーナスをもらったらやめる、その次は本が出たらやめる……そんな「やめるやめる詐欺」を繰り返しながら、結局ずっと同じ場所で働き続けています。結果的に、自分は会社員に向いていた、ということなのかもしれないですね。

家族の幸せも、自分の創作も諦めずにやってこられたことを考えると、やっぱり悪い働き方ではかったなと。自分なりの落としどころを見つけられれば、ライスワークに縛られながらライフワークもなんとかやっていける。それがぼくのスタイルなんだと思います。「あー、仕事やめたいな」という気持ちとは、これからもつき合っていかなきゃならないのかもしれませんけど(笑)。それも二足の草鞋でやっていく宿命なのかもしれませんしね。