藤原麻里菜が語る、継続論。「無駄なものでも、つくり続ければ価値になる」

気になる

Share :

「ウザい人をキスで黙らせるマシーン」「『別れました』とツイートされると光るライト」など、実用性はないが、現代人の心のツボを巧みに突く発明、その名も「無駄づくり」。YouTubeを中心に人気を博すこのコンテンツの発信者が、クリエイターの藤原麻里菜さんだ。元芸人である彼女がYouTuberとして始めたこのプロジェクトも、2020年で8年目を迎え、作品数は200を優に超える。連載「その仕事、やめる?やめない?」の第4回目。今回は、無駄なものをつくり続ける藤原さんにお話をうかがい、ひとつのことを継続するための秘訣に迫った。
  • 取材・文:辻本力
  • 編集・撮影:吉田真也(CINRA)
  • Profile

    藤原 麻里菜

    コンテンツクリエイター、文筆家、映像作家、発明家、YouTuber。1993年横浜市生まれ。2013年からYouTubeで「無駄づくり」というチャンネルを開設し、自作の実験工作や発明を動画で投稿している。2016年、Google社主催の「YouTube Next Up」に入賞。2018年6月、国外での初個展『無用發明展-無中生有的没有用部屋in台北』を開催。2万5,000人以上の来場者を記録した。著書に『無駄なことを続けるために-ほどほどに暮らせる稼ぎ方-』(ヨシモトブックス)。

美大を諦め、芸人に。「無駄づくり」が生まれたきっかけとは?

さまざまな「無駄」を、共感と脱力系の笑いで魅せる「無駄づくり」。公式のホームページYouTubeチャンネルを覗くと、動画やテキストなどで数々の無駄を地道に発信し続けてきたことがわかる。なぜ無駄なものをつくり続けているのだろうか。

藤原:単純に「こんなのができたら面白いな」と思うからです。語弊があるかもしれませんが、「良いものをつくろう」とは思っていないんですよ。

SNSとかを見ていると、みんなすごくクオリティーの高い作品とかをつくっているじゃないですか。そういうのを見ていると、ものづくりのハードルが上がってしまって、「あれを超えることはできないから」と挑戦するのを諦めたくなりますよね。

真新しさとか、誰もやっていないものを求めるのも良いですが、それで八方塞がりになってしまったら何も生まれません。稚拙でもモノマネでも良いから、とにかく手を動かすのが重要だといつも思っています。一度やってみないとわからないことや、生まれないものって、たくさんありますから。そういう試行錯誤をするなかで、面白いものを生み出すのが純粋に楽しいんです。


「別れました」とツイートされると光るライト


ミニ四駆でつくった壁ドンマシーン

「無駄づくり」の誕生は、藤原さんの芸人時代にまでさかのぼる。そもそもは美大に進みたかったという彼女だが、高校卒業後、吉本興業のお笑い芸人養成所NSCの門を叩いた。なぜだったのだろうか。

藤原:美大に入る学力がなかったんですよ。それに受験で必要になるデッサンも下手くそで心折れてしまって……。かといって就職する気もないし、「自分はこんなところで終わる人間じゃない」みたいな根拠のない自信だけはあって(苦笑)。

で、ちょうどその頃、お笑いにハマっていたので、母親に「私、芸人になるわ」と宣言したら、止められるかと思いきや、めちゃくちゃ喜んでしまって。「麻里菜はちっちゃい頃からすごく面白かったから、絶対芸人になれるよ!」と親バカ全開で、背中を押されました。引くに引けなくなってしまい、たい焼き屋さんで必死にバイトして、授業料の40万円を捻出しました。

藤原麻里菜さん

藤原麻里菜さん

憧れの芸人をやめる決断。ステージよりもインターネットの笑いが性に合っていた

1年間の養成所期間を経て、藤原さんが芸人デビューを果たしたのは2013年のこと。しかし、芸の道は厳しく、自分の才能のなさを痛感させられる日々だったという。そんなある日、「無駄づくり」が生まれるきっかけとなる企画が持ち上がる。

藤原:所属していた吉本興業で、芸人のYouTubeチャンネルをつくることになったんです。その一貫で、企画を出さなければならなくなりました。みんな芸人だから、持ちネタの動画とか、自分の趣味に関する動画のアイデアが多かったですね。

でも私は、芸人1年目で持ちネタも少ないし、自分の得意分野もわかっていませんでした。何ができるかなと考えていたときに、ふと思いついたのが、無駄なものをつくって動画にするというアイデアだったんです。

2013年当時は、YouTuberもまだまだ一般的ではありませんでした。ですが、その無駄な動画をYouTubeとかにアップし続けていったら面白いかもなと、可能性を感じたんですよね。子どもの頃から極度のインターネット中毒だったこともあって、ネットでウケるのがどんなものか、肌感覚的にわかっていたことも大きかった。モニターの前で無為に過ごしていた過去の時間が、結果的に役立ちました。

そして生まれた、「インターネットで見るコンテンツ」を意識した企画「無駄づくり」。最初にYouTubeにアップした動画は、寿司を食べるときの醤油をピタゴラ装置で取る「お醤油を取る無駄装置」だった。以来この「無駄なものを発明する」というプロジェクトは、彼女の活動の中心であり続けている。しかし、「芸人」という肩書は、いまはもうない。

藤原:芸人は2016年にやめました。お笑い自体は変わらず好きなので、当時は夢を諦めた感がすごくありましたけどね。自分が芸人に向いていないなと感じたのが、お客さんのダイレクトな笑い声がすごく苦手だったことです。

芸人さんって、むしろそれが気持ち良くてやっていると思うんですけど、私の場合は、その反応を見るのが怖かった。ステージに立って人前でネタをやるよりも、自分のペースでネットにアップして、視聴者の反応をポツポツもらうほうが性に合っていたんでしょうね。

藤原:あと、性別や容姿を安易にいじったりするお笑いの「お約束」が個人的にどうも苦手でした。それに調子を合わせている自分も嫌で……。つらくなることも多くて、きっぱりとやめることにしました。

たとえ憧れていた職業だったとしても、嫌な環境で働き続けるのは精神的にきつい。自分の気持ちを偽り続けるくらいなら、夢だった職業でも諦めたほうが健全だと私は思います。

大先輩の芸人と、母の言葉が支えに。「もうひとつの居場所があれば、やめてもいい」

結果的に、最初に志した芸人の道は諦め、その過程で生まれた副産物である「無駄づくり」はやめずに続けていることになる。この選択は、意識的なものだったのだろうか。

藤原:「何かをやめるなら、ほかに居場所がひとつはある状態でやめなさい」という母の教えが大きく影響していると思います。芸人をやめる決断ができたのも、「無駄づくり」が徐々にお金を稼げる仕事になってきたこともあり、「自分にとっての居場所である」という実感を持てたからです。

藤原:それから、とある有名な芸人さんがテレビで言っていたエピソードも、私の背中を押してくれました。その方は、芸人になる前はデパートの販売員をしていたらしく、すごく優秀で、自分でも向いていると思っていたそうです。だから、いまの相方に芸人になろうと誘われたとき、「ダメでも、いざとなったらデパートに戻ればいいや」と、芸人の道に踏み出すことができたとか。

私は以前、居酒屋でバイトをしていました。自分で言うのもナンですが、接客業はかなり向いていたんですよ。だから「無駄づくり」がダメでも、どこかのお店に入ればすぐ店長候補とかになれると思います。この自信もまったく根拠がないのですが、何とかなるだろうと。自分の得意なことは、あとで必ずわが身を助けてくれます。それを知るためにも、売れない時代にいろいろなバイトを経験したのは良かったと思います。

「やめない」が「信用」を生む。継続するために、ネタ切れを回避する方法とは?

現在「無駄づくり」は、YouTubeチャンネルやツイッターなどの映像媒体、WEBメディアやブログなどの記事媒体の2本柱で、月4本程度のペースで更新されている。さらには企業から依頼を受けて、PR用に作品をつくることも増えてきた。

藤原:依頼を受けて「無駄づくり」をつくれるようになったのも、やめずに続けてきたからではないでしょうか。これまでの発明をアーカイブ化して、インターネット上に公開しているのですが、それを見れば、私がどのくらいのクオリティーのものをつくれるかがわかる。続けてきたことが、ある種の「信用」になっている面はあると思います。


「Twitterで『バーベキュー』と呟かれると藁人形に五寸釘が打ち付けられるマシーン」は、クラウドファンディング型ECサイトのkibidangoのPR動画

そんな「無駄づくり」も、スタートして早8年目。アイデア勝負のコンテンツであるがゆえに、続けていれば、当然ネタ切れやマンネリといった問題にも直面するに違いない。どうやって回避しているのだろうか。

藤原:飽きたら、新しいことに取り組むようにしています。私自身、結構飽きっぽいほうなんです。「無駄づくり」も、一時期ウケた恋愛ネタの作品をよくつくっていたのですが、飽きてしまいました。私の場合、そういうときは無理をせず、全然違うことをやるようにしています。

計算とか戦略ではなくて、単純に興味のあることをやったほうが楽しいし、ネタ切れも回避できます。「無駄づくり」自体はやめないけど、「無駄づくり」という範疇のなかでどんどん新しいことに取り組くむのは大切だと思っています。

気まぐれな企画が、ライフワークにもなる。仕事を育てるマインドとは

飽きずに継続するには、新たなチャレンジが大事だという藤原さん。そんなときに、心がけていることは何だろうか。

藤原:自分で納得できるところまで、突き詰めてやり遂げることが大事だと思っています。新しいチャレンジは、やっぱり難しいし、不安になることもあります。でも、最初はできなくて当然です。

私も、コラムを始めたばかりの頃は文章を書こうにも全然面白く書けませんでした。動画だって「無駄づくり」で初めて挑戦したので、下手だったし、イタくて自分でも見ていられなかった。でも、そこで踏ん張って、ちょっとずつでも良くしていかないと、心から納得いくものは生まれません。突き詰めた結果、「あ、面白くなったかも」と思えたものが、ウケたりバズったりしたときは達成感がありますし、「また頑張ろう」と思うエネルギーにもなります。

藤原さんは、つねに新しいことを模索しながら「無駄づくり」をバージョンアップし続けている。絶え間ないステップアップが、結果的に「続ける」ための原動力となっているようだ。

藤原:少しずつでも「段階を上っていきたい」という思いが強いんです。目標はあったほうが楽しいし、頑張れるじゃないですか。たとえば、文章を書くにしても、ちょっとずつでも良いから原稿料を上げていきたいと思っています。

最初はわずかな原稿料、交通費程度のギャラしかもらえない仕事だって、きちんと育てていけば、いずれは稼げる仕事になるかもしれません。小さな仕事の積み重ねがスキルアップや人脈につながり、あとからお金がついてくると思うんです。

実際、「無駄づくり」も、最初は事務所の気まぐれのような企画から生まれましたからね。それを、どうにか掴んで続けてきた結果、いまではライフワークになり、食べていけるようになっています。最近では、海外からの問い合わせも多くなってきました。少しずつですが、目標が高くなっていることに楽しさを感じています。

あえて「やらない」という選択肢もあり。仕事を継続するには、バランスが大事

「掴んだチャンスは無駄にしない」という強い意志を感じさせる一方で、藤原さんの仕事観には、良い意味で力の抜けた、自然体なところがある。それが「無駄」を楽しめる、おおらかさにつながっているのではないだろうか。

藤原:場合によっては「やりたくても、やらない」という選択肢もあるなと思います。じつは、ずっと前から小説を書いてみたいと思っていて、いろんな人に言っているんですけど、いまだに1文字も書けていません(笑)。

ほかにもやりたいことはいっぱいあるんですが、「やりたい!」って言っているときがいちばん楽しいじゃないですか。可能性は無限大なわけですから。「私にはやりたいことがたくさんある」って思っていれば、仕事に余裕ができる気がするんです。「やらなければ!」と考えて苦しくなるくらいなら、「やりたい」と言いながらも「やらない」を選ぶくらいのスタンスでいたほうが、気楽ですよね。

著書の『無駄なことを続けるために-ほどほどに暮らせる稼ぎ方-』(ヨシモトブックス)

著書の『無駄なことを続けるために-ほどほどに暮らせる稼ぎ方-』(ヨシモトブックス)

ひとつのことを続けるには「頑張りすぎない」「無理しない」という、ある種の「ゆるさ」も大切と教えてくれた藤原さん。最後に、「仕事をやめるか、続けるか」で悩んでいる読者へのアドバイスをうかがった。

藤原: 私の場合は「楽しい仕事」「お金になる仕事」「やったほうが良い仕事」をバランス良く選択するよう心がけています。生きていくために、お金は稼がなければなりません。かといって、どうでも良い仕事ばかりを継続的にやっていても、すり減るだけ。自分が仕事を続けていくために、案件を選ぶ基準も大事だと思います。

そのうえで、自分のやりたいことをとことん突き詰めることが大切です。それがどんなに「無駄」なことでも、続けていくことが価値を生み、いずれ自分を助ける武器になる。心に余裕があるなら、誰もやらなさそうなことに「あえて」挑んでみたって良いと思います。

最初は箸にも棒にもかからないものしかできなかったとしても、それを続け、極めることで、いままでどこにもなかった面白いものが生まれるかもしれませんからね。挑戦に「無駄」はないんですよ、きっと。