第1回:デザイン、ビジネス、プライベートが共存する働き方
- 2014/06/20
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Profile
久保田 由希
東京都出身。日本女子大学卒業後、出版社勤務を経てフリーライターとなる。 ただ単に住んでみたいと2002年にベルリンに渡り、あまりの住み心地のよさにそのまま在住。著作や雑誌で、ベルリンのライフスタイルを日本に伝える。特にインテリア、カフェ分野での著作多数。主な著書に『ベルリンの大人の部屋』(辰巳出版)、『ベルリンのカフェスタイル』(河出書房新社)、『ドイツのキッチンルール』(誠文堂新光社)、『レトロミックス・ライフ』(グラフィック社)など。インターネットでは、ハフィントンポスト紙にドイツの働き方をテーマに執筆。
スタートアップが集まる都市としても注目されるドイツの首都、ベルリン。
今回から、ドイツ・ベルリンのクリエイティブな職場と、そこで働く人々を紹介していきます。日本との違いや共通する点など、新たな発見があるかもしれません。
ベルリンといえば、ドイツの首都。しかしこの国の場合、日本における東京のように、首都に一極集中しているわけではありません。ドイツは16の州が集まった連邦国家で、それぞれの州によって特色があります。例えば金融ならフランクフルト、重工業ならシュトゥットガルトやミュンヘンというように、各州や都市によって特色がはっきりと分かれています。ですから、たとえ首都でも産業の中心地というわけではないのです。
ベルリンの特色は、政治の中心地であり、文化の発信地であるということ。ヨーロッパの大都市としては比較的物価が安く、ヨーロッパの中心に位置している点から、近年ではスタートアップ都市としても注目を集めています。
今回取材でお邪魔したStudio Hausherrは、そんな躍動感あふれるベルリンで生まれたデザイン会社。オーナーのスヴェン・ハウスヘアさんを中心に、フリーランスの若いスタッフが集まり、コーポレートアイデンティティやエディトリアルデザイン、WEBデザインなどに携わっています。クライアントの多くは、アートやカルチャー、ファッション関連。いかにもベルリンらしいと言えるでしょう。スヴェンさんは、ベルリンで話題のスポットやカルチャーを紹介するメールマガジン「Cee Cee」も発行しており、広告デザインに留まらず幅広い活動を行っています。
インターンが内定に直結? ドイツの就活事情
お話を伺ったのは、Studio Hausherrで若手グラフィックデザイナーとして働いているカロリーナ・ロジーナさん。立場としてはフリーランスですが、週の約半分は同社のオフィスで働いています。残りの半分は、フリーとして本のデザインなどに携わっているということで、かなりフレキシブルなワークスタイルであることがわかります。
カロリーナさんは大学でグラフィックデザインを勉強し、学士号を取得しました。卒業後は、ミャンマーやマレーシアなどを旅行したそうです。友人の一人が同社で働いていたことがきっかけで、2012年からインターンとして同社のプロジェクトに参加し始め、その後すぐにフリーランスのグラフィックデザイナーとして独立。2013年1月からフリーランスとしてStudio Hausherrと契約して、働いています。
ドイツでは、早い時期から職業について考えます。小学校4年生〜6年生の時点で、大学進学か職業訓練校など、どういった進路を目指すのかが大まかに決めてしまうのが一般的。自分が将来どういう仕事に就くのか、早い時期から考えざるを得ない仕組みになっており、職業体験の機会も多いのです。
日本のインターンにあたるものには、アウスビルドゥングとプラクティクムという2種類があります。アウスビルドゥングは、一定のカリキュラムを修了した後は職人資格などが取れるものもあります。中には手工業分野の職人など、大学進学せずにアウスビルドゥングだけを経て職人になれるものも多くあり、より実務的な印象が強い職業体験です。
これに対してプラクティクムは、日本でいうインターンに近いもの。期間や内容に決まりはありません。高校では授業の一環として組み込まれている場合もありますし、大学在学中に経験することもあります。ときにはカロリーナさんのように、プラクティクムがそのまま就職につながることもあります。いろいろな職場でこうした経験をすることで、実際の仕事の進め方が勉強でき、自分の適性もわかります。
Studio Hausherrのスタッフは、担当するプロジェクトによって働き方が多少異なります。カロリーナさんの場合は、基本的に毎週月曜〜水曜日の9時〜20時頃までオフィスで仕事をしており、主な担当は書籍などのエディトリアルデザイン。それ以外に、ロゴやパッケージデザインなども手がけています。夜遅くまで残業をすることは稀だそうです。
一般的にドイツ人は、夜遅くまで残業することを嫌います。夜はプライベートのために使いたいからです。その代わりに、朝早くから仕事を始めて、早く切り上げる傾向にあります。フレックスタイムを導入している会社がほとんどなので、コアタイムさえ守れば、それより早く出社することも可能。だから仕事は朝型という人が多いのです。
自由にデザインすることを望まれる自社ブランド
Studio Hausherrの仕事の進め方は、多くの部分を共同作業で行っているのが特徴です。
まずクライアントから来た依頼を、スヴェンさんがカロリーナさんを始めとするスタッフに説明し、その仕事をやりたい人を募ります。スタッフは興味のある企画に自発的に参加するシステムなので、一方的に仕事を与えられることはありません。
依頼を受けると、まずはスタッフ全員で話し合い、デザインの方向性を模索します。そのミーティングを経て、叩き台となるデザイン案をいくつか制作し、それを元に再び全員でミーティングをして方向性を決定。その時点で各担当者に仕事が引き継がれるそうです。
ミーティングを元に、カロリーナさんがデザインに落とし込み、クライアントに提案するのは、だいたい1案とか。バリエーションはいくつか作ることもありますが、核となるデザインパターンは一つに絞り込んでいます。クライアントの中には、自身の企業コンセプトにふさわしいデザインイメージを持っていないこともあるため、提案するデザインをあえて絞っているそうです。
「私たちのクライアントは、Studio Hausherrのセンスを気に入って仕事を依頼してくれるので、自由にデザインすることができるのがいいですね。アートやファッション関連など、クリエイティブな業種のクライアントが多いので、私たちにも創造的な仕事を求められます」と、カロリーナさん。
同社の依頼は、数年単位のものは稀で、短期スパンが中心。例えば本のデザインをする場合、最初のデザイン出しに1〜2週間、それが通ると約3〜4週間で仕上げます。そのため、常に新しい仕事に取り組めて楽しいそうです。
ビジネスとデザインが共存できる街
Studio Hausherrのメンバーは、4〜5人のフリーランサーを中心に、プロジェクトごとに新たな人が集まります。スタッフ同士はみな仲がよく、アットホームな雰囲気だとか。カロリーナさんにとって、スタッフは仕事仲間であると同時に、友人でもあるそうです。
「少人数の会社だから、一緒に食事に行ったり、いい関係で仕事ができています」
実はドイツでは、仕事とプライベートを厳密に線引きするのが一般的。日本と違い、同僚と勤務時間後に飲みに行ったりすることは、普通はありません。それよりも早く帰宅して、自分の時間をゆっくり過ごしたいと考える人が多いのです。
しかし、Studio Hausherrでは、仕事とプライベートを区別しすぎずに、いい雰囲気を作りながら仕事に生かすよう活動している印象を受けました。それは人間関係だけではなく、仕事内容においても当てはまりそうです。つまり、クリエイティブな仕事というのは、オフィスにいる時間だけが仕事ではないということです。
ベルリンはギャラリーが多く、街のどこかで常にさまざまなイベントが開かれており、大勢のアーティストや建築家が活動している都市です。デザイナーとしてこの街で暮らしているのなら、こうした機会を通してアートやデザインに触れることも仕事の一環です。カロリーナさんも「ベルリンはビジネスとデザインがつながっている街なのだと思います」と話すように、生活を通してさまざまな物事に触れることで、デザイナーとしてのセンスが磨かれていくのではないでしょうか。
カロリーナさんのお話からは、仕事のおもしろさと仕事量、会社、クライアント、町全体の環境がうまく調和しているように感じました。では、環境の異なる日本で、ベルリンの状況を参考にできる点はあるのでしょうか?
ということで次回は、日本からベルリンに渡り、デザイン会社でインターンをはじめた方にお話を伺いたいと思います。お楽しみに!
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