東京の仕事を続けながら地方移住。鹿児島クリエイターが語る、リモート処世術
- 2019/08/07
- FEATURE
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彼らに話をうかがうと、リモートで働くためのさまざまな工夫が見えてきた。
<お知らせ>
鹿児島市では現在、UIJターン向けのトークイベントや、お試し移住の参加者を募集中!
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Profile
田島真悟 / Lucky Brothers & co.代表
鹿児島高専、九州大学芸術工学部を卒業後、面白法人カヤックでエンジニア職に就く。2016年7月に独立し、同じく鹿児島県出身のディレクター下津曲 浩さんとラッキーブラザーズを設立。2017年2月に拠点を鹿児島に移す。JRAやアニメ作品のキャンペーンサイトのほか、アスクルの販売サイト、ロックバンドELLEGARDENのオフィシャルサイトなど、幅広いジャンルを手がける。
樋口耕正 / DeNAディレクター
面白法人カヤックでディレクターとして、LIFULL HOME’Sやベネトンなどのキャンペーンサイトなどを担当。3年間にわたり従事し、2015年からDeNAに在籍。『FINAL FANTASY Record Keeper』などのプロモーションを担当し、現在は新規ゲームタイトルの協業案件を手がけている。
取材・文:萩原雄太 撮影:高木亜麗 編集:青柳麗野(CINRA)
クライアントとトラブルになることも覚悟して、鹿児島移住を伝えた
―田島さんは、2016年7月にラッキーブラザーズを設立し、2017年2月に鹿児島に移住しました。なぜ、移住を計画されたのでしょうか?
田島:もともとカヤックから独立するにあたって、いつかは実家のある鹿児島に戻ろうと決めていました。ただ、それまで東京のクライアントとしか仕事をしていませんでしたし、いくら地元とはいえ、鹿児島に仕事につながるコネクションもありませんでした。最初から独立と移住をするのではなく、東京のクライアントと信頼関係をつくってから移住をしたほうがいいと考えました。
そこでまず、東京で会社を設立して様子を見ていたんです。すると、おかげさまで仕事をもらえることがわかり、信頼関係も築けたのではと感じ、「これは大丈夫だ」と判断しました。実際に移住をしたのは会社設立から半年後でしたね。
―わずか半年で移住!?
田島:「いつか移住したい」と考えながらダラダラするのが嫌だったんです。移住が成功するか失敗するかはわかりませんが、遅ければ遅いほど、失敗したときに受ける傷は大きくなりますよね。「失敗するなら早いほうがいい」と、早々に移住を決断した。ぼくが、26歳の頃です。
―移住するにあたって、クラアントにはどのように説明したのでしょうか?
田島:よくお仕事をいただいていた樋口さんには、移住する1か月くらい前、案件の進行中に「じつは、来月から鹿児島に行くことになりました」と切り出しましたね。
樋口:聞いてすぐは、けっこうビックリしましたよ(笑)。
田島:「え、聞いてないんだけど!?」と、トラブルになるパターンも想定し、少しオドオドしながら移住の話を切り出したんです。しかし、DeNAさんに限らず、どこの会社でもこの決断を快く受け入れてくれましたね。
樋口:私が手がけている案件でも、大阪の会社をパートナーとしているものがあります。全然不安はなかったですね。それよりも、若い田島くんが頑張ろうとしている姿を、個人的にも応援してあげたいという気持ちでした。
鹿児島移住後にもスマートフォンゲーム『FINAL FANTASY Record Keeper』のキャンペーンサイトをはじめ、さまざまな案件を継続的に手がけてもらっています。また、自分の案件だけでなく、DeNAの別のディレクターの案件もお願いしていますね。
―樋口さんは、田島さんが鹿児島へ移住したことを、まったくデメリットとして感じていないんですね。
樋口:私自身、仕事をする場所にあまりこだわりはなくて、電源とWi-Fiさえあればどこでも仕事はできるのだから、働く場所に縛られる必要はないですよね。
メールやチャットだけの関係だとドライになりがち。信頼関係の築き方とは?
―距離が離れていることのメリットはありますか?
樋口:対面で打ち合わせをすることがないから、移動時間を節約できるのはメリットかな?
田島:そうですね。もともと渋谷に会社があったので、DeNAさんに限らず、打ち合わせをする場合、必然的に「会って話しをしましょう」となります。電車ですぐの距離だったり、歩いて行ける距離だったりするのに、「ビデオ会議をしましょう」と提案するのはお互い違和感ですよね。「嫌いなんじゃないか……」「会いたくないのかな……」と思わせてしまいそうだし(笑)。
しかし、鹿児島に移住すると、そもそも会って話すという選択肢がなくなり、ビデオ会議一択にならざるを得ないんです。
樋口:それにミーティングを予定していると、細かいニュアンスをオンラインで伝えず「会ったときにまとめて言えばいいか」と、考えてしまいがち。対面の打ち合わせがないと都度都度伝えていくようになるため、仕事の速度も上がります。
田島:テキストのやり取りが増えることによって、コミュニケーションの粒度が細かくなりますね。報告・相談・連絡を細かくやるようになりました。
―ただ、直接の会話と、メールなどのテキストメッセージでは、受け取るニュアンスも異なります。その差はどのように埋めていくのでしょうか?
田島:2年にわたってリモートで案件を進行しながら、テキストと会話の差の埋め方についてはノウハウを身に着けていきました。どうしても、テキストだとドライに受け止められ、関係がギクシャクしてしまいがちですよね。
しかし、そんな場合は電話をかけることによって解消できます。電話をすると込み入った問題も「なんだ、そういうことか」と、あっさり解決することは多いんです。コミュニケーションの齟齬によって違和感が生まれたら、すぐに電話をするように心がけていますね。
また、ウェブサイトの制作画面には、言葉でなかなか伝えにくい作業もあります。そんなときは、テキストと電話の中間の情報量として、動画を使っています。たとえば、システム開発の作業を録画してチャットで送り、「こうスクロールしたときに、このような動きになる」と、解説しながら共有すればオフィスで会話をするのと遜色ないやりとりができるんです。
―移住以降、2年以上にわたって細かなノウハウを蓄積していった。逆にいえば、当初は、コミュニケーションも苦労をされていたのでしょうか?
田島:基本的な修正依頼なのに、認識がすれ違っていて、一日の作業が無駄に終わる……なんていうこともしばしばでした。小さなミスを一つひとつ潰し、同じ失敗を繰り返さないようにしながらいまの環境にたどりついたんです。
樋口:そのように、田島さん自身が努力を積み重ねたからこそ、距離があることを意識せずに仕事ができているのかもしれないですね。
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- 「地方でクリエイターをしている」こと自体が、ブランディングになる
「地方でクリエイターをしている」こと自体が、ブランディングになる
―丁寧なコミュニケーションと努力を積み重ねれば、直接会わなくても仕事はできると。
田島:とはいえ、「対面で話す必要がまったくない」とは思いません。会う機会が少なくなることで、たまに会うことの価値に気づくようになりました。ぼくの場合、仕事を超えた関係をつくるためにも、打ち上げだけは絶対に行くと決めているんです。
チャットでやり取りすると厳しい印象を受ける人でも、実際に会うと物腰が柔らかったりしますよね。一回でも会うことで、顔が浮かぶようになるとその後の仕事もやりやすいんです。
樋口:そうですよね。田島さんと仕事をしてきたなかでの反省点としては、私の仕事を別のディレクターに引き継ぐ際、最初から遠距離だったために二人にやりづらさを感じさせたこと。お互いの文脈をわからないと仕事をしにくい面もあります。一度会っておくのは必要ですね。
―では、移住によるデメリットはありますか?
田島:自分の会社を運営するなかで、「採用」のデメリットは感じます。制作会社の場合、即戦力でないクリエイターを採用することは難しい。しかし、鹿児島で即戦力の人はすでに独立している。採用の面ではほぼ諦めています。
―ラッキーブラザーズは今後、鹿児島ならではの仕事を展開していこうと考えているのでしょうか?
田島:鹿児島にいるからこそできることは、会社にとっても強みになります。東京の人ができない仕事を積極的にやっていきたいですね。
そもそも、鹿児島で仕事をしていることも「強み」のひとつです。渋谷で仕事をしているとき、コワーキングスペースを活用していたのですが、そのなかだけでもぼくらのような会社は10組くらいあった。
そのなかで目立つのは至難の業です。しかし、鹿児島に行くだけで、首都圏の人から見れば、「鹿児島の会社」というブランドが確立する。そのように「〇〇といえば××の会社」という認識を持つことで、ぼくらの存在に気づいてもらいたいと考えているんです。
ただし、「鹿児島の企業」というブランドで目立ったとしても、発注する側は「鹿児島の会社だから」では発注をしません。彼らは、あくまでもぼくらの技術力や特徴を見ており、距離のハンデを超えるためにはそれを上回る付加価値が必要になります。
東京時代はまんべんなく技術を勉強していましたが、鹿児島に移住してからは、自分の得意なことを徹底的に尖らせ、強みを伸ばしていく方向に意識が変わりましたね。
地元に根づいた商売か、東京の仕事を受けるかで、求められるスキルは変わる
―田島さんの目から見て、移住をするためにはどのようなスキルが必要になると思いますか?
田島:2つ方向性があると思います。東京からの案件を受けたいなら徹底的に尖ったスキルが、鹿児島の仕事を受けるならばジェネラリストとしてのスキルが必要になる。たとえば、鹿児島で新しいお店をつくるときには、「チラシ、WEB、フリーペーパーを一括でお願いします」という発注も多く、領域を横断した仕事が多いんです。東京のオフショアとして仕事をするのか、地元に根づいて商売をするのかで、求められるスキルは変わりますね。
―「移住」といっても、どのような方向性で仕事をしていくかで求められるスキルは全く異なっているんですね。
田島:そうですね。移住から2年を経て、東京の仕事と鹿児島の仕事の割合は8:2くらい。ちょっとずつ鹿児島の仕事も増えています。ぼくらのように、近年鹿児島にもUターンで戻ってきたクリエイターが増えており、それぞれが、さまざまなかたちで仕事をしています。なかでも、映像やグラフィックなどのクリエイターが多い印象です。
東京よりも狭いコミュニティーだから異ジャンルの方々とつながりやすいのも特徴ですね。自分自身、鹿児島に戻ったことによって、これまではつき合いのなかったジャンルのクリエイターと知り合って、WEB上に掲載する動画やモーションつきのロゴなどをお願いするようになりました。以前はそのようなコンテンツの発想はほとんどなかったので、新しいクリエイターと組むことで仕事の幅は確実に広がっていますね。
やっぱり、エンジニアの最大の利点はどこでも仕事ができること。いまはまだ数も少ないものの、今後はどんどん鹿児島在住のエンジニアも増えていくはずです。本音をいえば、あまりライバルには来てほしくないのですが……(笑)。
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