王道ではない、自分たちだけの戦いかた

IN FOCUS株式会社

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2012年設立のIN FOCUS社を率いる井口忠正代表は、クラブのマネージャーから転身・渡米してWEBと写真表現を身につけ、起業に至ったという経歴の持ち主。現在IN FOCUS社は、WEB、グラフィック、写真、映像制作を軸に、デジタルコンテンツを中心とした制作を幅広く手掛ける。しかしこのスタンスはいわゆる「何でもやります」的なものではなく、今後のデザインに必要なもの、また自分たちがそこで武器にできるものを見極めたうえでの選択だという。「王道って強いし格好いいけど、自分たちだけの戦いかたがある」と彼が考える、デザイン会社のカタチとは?

渋谷のクラブマネージャーがクリエイターになるまで

渋谷にあるIN FOCUS社のオフィスでは、ユニークな作品がさりげなく壁を飾る。映画『スターウォーズ』の人気キャラが実在のハイファッションを着こなす、ジョン・ウー(同名映画監督とは別人)のドローイングも面白いが、部屋の奥にあったモノクロ写真が気になった。自然体のソフィア・コッポラをとらえたオフ・ショット的写真。フォトグラファーが誰なのかを井口忠正代表に聞くと、「あ、それは僕が撮ったものです」という意外な答えが返ってきた。

井口さんは、写真家とWEBクリエイターという2つのキャリアを並行して重ねてきた人。この日の取材ではまず、同社の誕生につながる井口さんの異色の経歴に「IN FOCUS=焦点を合わせる」ことから始めてみた。

IN FOCUS株式会社 代表取締役 井口忠正さん

IN FOCUS株式会社 代表取締役 井口忠正さん

井口:僕は都内の高校を卒業後、フリーターを経て20歳から渋谷のクラブでマネージャーとして働いていました。あるときからイベントのフライヤーなども自分たちで作ろうという話になって。僕がグラフィティや当時の原宿カルチャーが好きだったということもあり、デザインの知識があったクラブのオーナーからパソコンを教わりながらフライヤー作りを始めたのが、デザインとの出会いです。その後、このお店はクローズしてしまいますが、同じオーナーが経営する行きつけのバーで、クラブの常連さんにグラフィックデザイナーのアシスタント仕事を紹介してもらいました。

紹介先は、アーティスト / 写真家 / デザイナーの藤村育三さん率いるパックスクリエイション。グラフィックデザイナーになるなら絵を描けなくては、との助言で仕事と並行してデッサンの鍛錬を指示されたが、井口さんはどんなに頑張っても思うように上達しなかったという。

井口:上達しないことがつらくて、絵は向いていないと思いました(笑)。でも、「写真はちょっと向いてるかも」と藤村さんから言ってもらったんです。彼自身、自らミュージシャンの撮影などもする人だったので。今思えば、的確なことを言われていたんだと思っています。

パックスクリエイションは1年勤務した後、退職。その数日後、井口さんに再び新たな扉が開かれる。またもやバーで出会った人から、サンフランシスコを拠点にするbtrax社が日本人スタッフを募集中と聞きつけ、1年半の契約のチャンスを得たのだ。

井口:btraxは今、デジタル系の新進企業について日米の橋渡しをする仕事で知られますが、当時はWEB制作業の割合も大きく、僕はそれを手伝うインターンとして採用されました。ただ、実は当時の僕にはWEBの知識がほとんどなく、当然、それは現地ですぐにバレまして(苦笑)。結局、3ヶ月の猶予をもらって寝ないで勉強したのが、僕のWEB制作の出発点になります。

写真とWEBの、二足のわらじ

日本にいたときから、周りの友人はDJやペインター、デザイナーなどの表現者が多かったという井口さん。渡米先でもそれは同じで、せっかく海外へ行くからというので買った一眼レフで、現地で知り合った友人達の関わるライブイベントなどを撮影するようになる。そのうち、彼らからサイト制作の相談を受けるようにもなった。これが、現在の彼の写真とデザインを融合したスタイルにつながるきっかけとなる。

井口:友だち相手だから基本は無償。そうすると、予算もないから素材が限られてくる。アーティストなら絵だけ、音楽をやる人は音源だけとか。もうひと工夫したいねというとき「じゃあ俺が写真を撮るよ」といったことから始め、そこから自然と、自分の撮った写真とWEBを組み合わせて提供するスタイルが生まれました。

社内には井口さんが撮影した写真が飾られている

社内には井口さんが撮影した写真が飾られている

帰国後はWEBデザイナー兼フリーのカメラマンとして活動。その後、WEBマガジン「Qetic」を運営するQetic株式会社に入社し、WEBディレクター兼フォトグラファーを務めた。QeticではBeatinkが擁するNinja Tune、Warp Recordsのアーティストや、Hostess Entertainmentといったレーベルをはじめとする多数のミュージシャンを撮影した。記事に使う写真の撮影も自身でこなし、井口流の仕事スタイルをより本格化させる。写真とデザイン、各々の特徴や類似点、そして親和性を考えるうえで、WEBマガジンで働くことが出来たのは良い経験になったという。

井口:写真でもデザインでも、どちらかに特化して突き抜けている人には、僕はたぶん勝てません。でも、これらを本気で組み合わせて仕事をしている人は、少なくとも僕の周囲にはあまりいなかった。そんな未知な所に、ワクワクするんですよね。写真で言えばエディ・スリマンみたいに、ファッションデザイナーから写真家としても評価された人だっている。自分も既存のあり方にはこだわらずやっていこうと思いました。

王道の真逆をいく、「逆張り」戦略?

そんな井口さんが2012年に起業したのも、自然な流れだった。大きな組織に属することを選べるだけのキャリアも既に積んでいたが、そうすると結局、自分のスタイルは続けられないとわかっていた。ならば今までの組み合わせで、いちど会社を立ち上げてみよう、とまずは一人で起業。知り合ってから10年以上の友人達でもある、アートを軸としたクリエイティブエージェンシーen one tokyoの事務所の一角を借りた。「だめならそれでもいい。特に失うものもない」という気持ちだったという。

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キュレーションマガジン「Antenna」のTVCMプロジェクトのグラフィック部門のアートディレクションを担当。

井口:このころよく、周りの友達から写真とWEBを両方やることについて「最終的にはどうするの?」とよく聞かれました。僕はその時々の気分で適当に答えてたのですが(笑)、あるときから「それ、どちらかに決めなきゃいけないの?」と思っちゃって。だから、あまり気にしないことに決めました。写真家でもWEB屋でもいいやと思って。

会社設立は、そんな井口さんの決意表明でもあったのだろうか。ただ、やがて彼は会社の未来像をさらに広げ「WEB、グラフィック、写真、映像」を制作の4軸に据えることに決める。これからのデジタルの世界でクライアントの想いをカバーしていくには、写真とWEBだけでなく、これら4つの要素をすべて自分たちが提供できることがアドバンテージになる、と考えたからだ。そこには天の邪鬼的な奇想というより、ごく全うな分析があった。

井口:「歴史は繰り返す」の言葉もありますが、WEBの潮流も、それ以前の現実を踏襲しているように感じます。人類はまず言葉を生み、続いて文字を発案し、やがて新聞、ラジオ、さらに映像によるTVというメディアが発達してきた。ネットの世界でも、文字のやりとりを起点に、写真も用いるブログなどが盛んになり、ポッドキャストのような音声サービス、YouTubeのような映像サービスが生まれています。だから4軸の最後にある映像は特に、今後より重要になるはず。
従来がこれらの足し算の世界だとすれば、今後は掛け算効果をいかに出せるかが問われる。そのとき、これらを自分たちで一通りこなせる体制を持つことが、スピードにもクオリティにも違いが出てくると思うんです。

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初音ミクのYouTube公式チャンネルの映像制作を担当。

これを見据え、間もなくWEBディレクターと渡米時に知り合った友人の映像ディレクターが加入。今年からは信頼のおけるアートディレクターも加わった。それぞれ、デザイン、アート、映画と出自も多様だが、気心の知れた仲間たちだ。だが、正社員4人にインターンが加わった少数精鋭体制で、「WEB、グラフィック、写真、映像」をカバーするのは可能なのか?

井口:たしかに、「写真もWEBも」という僕個人の選択も、また現在の体制も、いわゆる王道ではないかもしれません。そして、王道の人は何だかんだ言って絶対的に強いとも思う。ただ、誤解を恐れずに言うと僕はまわりとは逆のことをしたい。というか、そもそも同じやり方で僕が対抗しても、上手くいくと思えないから。そういう意味では常に「逆張り」でビジネスしているとも言えるけれど、けっして無謀な賭けをしているつもりはないです。言い方を変えれば、IN FOCUSは変化球的に勝負しないといけない立場だと思っています。

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「変化球思考」が本質を突く時代

「変化球思考」が本質を突く時代

井口さんのこうした語り口には、大学や専門学校等に通うことなく、いわば叩き上げで自分のスキルを上げてきた独自の思考法も伺える。だが、それは単純な反骨精神というより、自分の立ち位置から、自分の好きなことでいかに勝負できるかを冷静に見つめる中から生まれたものでもある。そして、「変化球的」な思考はときに、失われた本質に辿り着く一面もある。話を伺う中で、ひとつ気になる言葉があった。それは「お客さんをだますような企業になりたくない」というもの。穏やかならぬ響きだが、具体的にはどういうことだろう?

社内風景

井口:起業前のことですが、グラフィックと写真を担当した飲食店で「もしロゴやメニューもお願いしたらどんな価格感になりますか?」と相談を受けて。実はもう別企業に発注済で……という話で、よく聞くと「この価格なら、もっとちゃんとやってあげればいいのに」と思うような内容でした。他にも、やるべきことの順番や予算組みがおかしいな、と感じることは時々あります。そういうときは、仕事になるからと引き受けるより、はっきりとそう助言します。「僕らの前にこういう人に相談したらいい」と。

IN FOCUSという言葉には、焦点を合わせるという意味から転じて「見極める」という意味もある。多くの企業や人々にとって「作りたいもの」が多すぎるとも言える今の時代、見極めるべきは自分たちの戦いかたと同時に、仕事相手にとって本当に必要なものは何か、でもある。同社の躍進を支えるのは、井口さん自身のビジョンの明快さであるのかもしれない。

井口:たとえばあるキャンペーンで、WEBも印刷物もイベントも同時にやりたい、といったことはよくありますね。そんなときも焦点をきっちり合わせて「最初はここから、次にこう」と順序よく物事を進める手伝いをしたい。そうしたコンサル的な側面と実践のなかで、最終的にクライアントの求めているものがピタッと合って「自分たちはこれをやりたかったんだな」と思ってもらえるものを提供できればと思います。そのために必要なら、予算組みを含めたマネジメント領域にも深く関わりながらお仕事することもやっていきたいですね。

実際、彼らの成長はこうした「困っている人を助ける」といったスタンスによってなされてきたものであり、今後もそこは変わらないという。

一歩先の現実にフォーカスする

そして今、井口さんは気心の知れた仲間たちと育ててきたIN FOCUSに、新しい血を迎えることを選択した。新スタッフをこれまでのように知人経由で探すのではなく、公募するという。

井口:一緒に働く仲間同士、気が合うのは重要。だけど、お互い似過ぎていてはダメだとも思っていて。必要なときに助け合える関係でいたいし、逆に全員同じような能力だと、ピンチのときに総倒れになってしまう危険もあると思う。その意味では、僕等の属するコミュニティとはまた別のところに目を向ければ、面白い人がもっとたくさんいるだろうし、と思えてきました。

彼らが目指すのはスタッフの歯車化ではなく、多様な能力同士の掛け算の可能性を高めることだという。

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井口:自分がそうではないぶん、専門分野を突き詰めている人は魅力的です。とはいえ、多領域に関心を持ってくれればなお嬉しい。たとえばアプリ専門のコーダーでも、それを突き詰めていれば仮に新しい開発言語や対象に向き合う必要が出ても対応できるでしょう。将来的には自社コンテンツもやっていきたくて、そこでも個々の専門性がうまく全体に活かされるものを目指したいと思っています。

淡々と、しかし熱い想いを語ってくれた井口さんだが、会話の節々に見せる屈託のない笑顔も印象的であった。

井口:やっぱり、この仕事は面白いですよね。毎回違う課題だし、仲間のスタッフが増えてきた今、彼らと過ごし、その姿を日々見ることにも楽しさのようなものを感じます。映画好きなスタッフに映画サイトの仕事を見つけたり、PVをやりたいスタッフにそのきっかけを用意したりするのも、各々の専門性のなかで「やりたいこと」で成長できるという、自分の経験ももとになっています。そこからスタートして、やがて自分で仕事を作り、交渉までできるようになればさらにいい。そうした積み重ねの結果として、デザインの力で多くの人を助けられる力を持てたら、と思っています。

  • Profile

    IN FOCUS株式会社

    IN FOCUSはWEB、映像、グラフィック、写真といったデジタルコンテンツに求められる分野を中心としたデザインスタジオです。 各分野を多面的に横断し、クライアントの目的に焦点を合わせた制作を行います。

    2017年:Awwwards 『Agency Of The Year』にノミネート
    2018年:NY支社を設立。CSS Design Awards 『Designer of the Year - Top 10 Studios』に選出
    2019年:The Webby Awardsにて『Webby Honoree』を受賞

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