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「広告音楽」の新時代が到来。2020年代にグランドファンクが目指す音楽のあり方

CM、テレビ、映画、ゲームなどの音楽を手がける株式会社グランドファンクは、来期で設立30年の節目を迎える。その前年となる今年、同社は未来を見据えて大きく舵を切ることにした。27歳の剣持学人さんを取締役社長に任命したのだ。それと同時に、来たる2020年代に向けて、新たな音楽の可能性を模索していくことにしたという。そうした一連の動きには、どのような意図があるのだろうか。剣持さんに加え、同社の専属アーティストであり、菊地成孔とのユニットSPANK HAPPY(ユニット内ではa.k.a.ODとして活動)やCRCK / LCKS(クラックラックス)のメンバーとしても知られる小田朋美さんを交えて語っていただいた。
  • 取材・文:村上広大
  • 撮影:大畑陽子

生活に根ざした音楽にもっとアプローチしていきたい

これまで数々の映像・ゲーム作品の音楽制作に携わってきたグランドファンク。過去には、映画『BECK』や『嫌われ松子の一生』で日本アカデミー賞音楽賞を受賞。その功績は業界内でもトップクラスといえる。

とはいえ、ここ数年は、AIによる自動作曲や、デジタル機材の進化などによって、以前よりも高品質で制作できる環境が整ってきた。さらに動画広告も多様化し、この流れは、今後さらに加速していくことが予測される。そんな過渡期ともいえる状況下で、同社の未来を託されたのが、広告代理店直下のインタラクティブエージェンシーから転職し、音楽プロデューサーになった剣持学人さんだった。

剣持:来期で設立30年目を迎えるグランドファンクは、CM音楽制作の会社としてスタートした経緯があります。これまで、CMなどのいわゆる広告・ブランディング音楽のほか、テレビや映画などの映像に関する音楽を制作してきました。

しかし、これからどんどんテクノロジーが進歩して、高速大容量のデータ通信ができる5G(第5世代通信システム)が普及する2020年代には、広告はもっと多様化すると考えています。

いまはグラフィックで表現されているような広告看板なども、5Gが普及することで、どんどんデジタルサイネージ化、もしくはIoT化されていくはず。そうしたら、映像やプロダクトにはつきものの音楽ももっと求められるようになります。

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取締役社長・プロデューサーの剣持学人さん(右)

剣持:音楽制作会社は、そのなかでどのようにアプローチしていくかが重要になってきます。ぼくが今年、取締役社長に就任した理由もここにあって。グランドファンクも、新しい発想やテクノロジーを取り入れた広告音楽にどんどん挑戦していきたい。

だから、デジタル制作経験あり、インタラクティブ案件などを手がけてきた私が、前代表から「自由にグランドファンクを変えていってほしい」と、会社を託されたんです。

また、広告だけではなく、生活に根ざした音楽にもアプローチしていきたい。海外の場合、病院などの公共施設の世界観を構築するためにオリジナルの音楽を制作して施設内に流しています。ほかにもいろいろありますが、そういった企業ブランディングに対しても音楽でアプローチすることができる。そう考えると、ぼくたちの役割はとても広いのではないでしょうか。

映像関係の場合、配信型プラットフォームはUIこそスマホファーストですが、いまの音楽はあまりそこを意識してつくられていない。ほかにも、双方向的にシナリオを選べるNETFLIXなどの映像コンテンツでも、より没入感を楽しめるように、インタラクティブに音楽が変化していくやり方もできると思っています。現代の体験に沿った映像作品には、これからも真摯にアプローチしていきたいです。

笑顔を交えながら未来について語る剣持さん。取締役社長に就任し、明確なビジョンを持っているが、音楽プロデューサーになったのは、ほんの数年前のこと。「音楽業界未経験」というバックグラウンドが、かえって型に縛られない自由な発想につながった。

剣持:私は音楽プロデュースの経験がない状態でグランドファンクに入社しました。当然ながら担当するクライアントがひとつもありませんでしたし、自分で新しい仕事を見つけてくることを期待されていたため、ひたすら営業の日々。広告業界のパーティーやオフ会に参加して映像監督を探したりもしました。そのときに活路になったのが前職での経験です。

自分の職能をいかしながら、何か音楽制作ができないかと模索していたので、インタラクティブ広告の仕事で培った経験をいかして、スマホカメラをかざすとARでアニメーションが発動するシール式の名刺とアプリを制作しました。それを持って営業に回り、今後はこういうテクノロジーをいかした仕事もグランドファンクではできることをアピールしていったんです。

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専用のアプリを開いてシールにかざすと、グランドファンクの過去の音楽作品が流れる

剣持:そもそもぼくが転職した理由は、好きな音楽で、好きな人と仕事をしたいと思ったから。やりたい仕事が来るまで口を開けて待っているような仕事の仕方は嫌だなと思うようになったんです。

そこで、昔から興味のあった音楽制作の仕事なら、自分の強みをいかして好きなことを仕事にできるかもしれないと、未経験ながらこの世界に飛び込む決意をしました。転職当時は、うまくいかないことも多かったのですが、「せっかく音楽に関わる仕事に就けたのだから、絶対に手放したくない」という気持ちで続けることができました。

「音楽プロデューサー」と聞くと、どうしても音楽の幅広い知識が求められるように感じられる。しかし、もっとも必要な能力は、ほかにあるという。

剣持:結果的に音楽の知識は必要になりますが、それは日々のなかで勉強していけばいいこと。もっとも必要とされるのは「良いものを良い」と言える判断力ですね。プロデューサーって、場面ごとに咄嗟の決断を迫られることが多いんです。そこで最善の選択を下せるかってけっこう重要なことで。

例えば、クライアントから急な変更が伝えられることだってある。そこで向こうの意見を汲むのか、こちらとしての意見を貫くのかでまったく結果が変わりますから。とはいえ、一朝一夕で身につくものでもないので、私も日々精進しています。

あと、これからの時代は「新しい発想」が求められると思います。友達と一緒に自撮りしながら音楽に合わせて踊る動画が流行るなんて、数年前は考えもしなかった。ぼくらも想像していない音楽の使い方っていっぱいあるんですよね。

それこそ、ムービーネイティブと呼ばれているような若い世代の子たちは、感性も違うはず。音楽に関わりたい人が、いろいろな業種から「新しいものをつくりたい」と、この業界に入ってくれたら嬉しいですね。

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クライアントの想いに対して、ゼロから音楽を生み出すためにプロデューサーがすべきこと

クライアントの想いに対して、ゼロから音楽を生み出すためにプロデューサーがすべきこと

では、グランドファンクに所属する音楽プロデューサーの役割は、どのようなものなのだろうか。

剣持:ゼロからイチを生み出すこと。それが私たちの仕事です。クライアントが具現化したいイメージに対して、ゼロから音楽の方向性を考え、それを実現できるアーティストに制作をお願いする。音楽メーカーに所属するプロデューサーが「表現としての音楽」を生み出す担い手だとしたら、私たちの仕事は、クライアントやユーザーの「課題解決のための音楽」をつくっているといえます。

具体的な進行は、まずサンプルとなる音源の用意からはじまる。さまざまなジャンルの楽曲を用意し、クライアントが求める音の方向性をある程度まで擦り合わせていく。ポップスなのかファンクなのか、はたまたクラシックや演歌の可能性も。その次にアーティストやスタッフを選定する。

剣持:この映像ならこのアーティストがいいよねという人を社内外からアサインします。それだけでなく、曲のクオリティーを高めるために演奏家やミキサー(音響機材を扱う人)なども細かに決めていく必要があります。

でも、優秀なアーティストやスタッフの情報はなかなか表に出てこないんですよね。いまだとサブスクリプションサービスで曲を聴くことが増えていますが、それだとまだスタッフクレジットがないことがほとんど。どんな人が楽曲制作に参加しているのかを知るために、CDショップに足を運んで、CDに記載されているクレジット情報に目をやることなどは、プロデューサーにとって当然必要になります。

例えば、SPANK HAPPYやCRCK / LCKSのメンバーとして知られる小田朋美さんが、グランドファンクに所属することになったのは約1年前のこと。どのような経緯で参画することになったのだろうか。

小田:はじめて仕事をしたのは2年ほど前のことでした。最初に仕事をした日に、仕事に対する姿勢や、コミュニケーションの取り方の波長が合うと感じたのですが、もうひとつ印象的なことがあって。

その日はたまたま私の誕生日だったのですが、担当のプロデューサーさんがサプライズでケーキを用意してくださったんです。さり気ないことなんですが、そのとき、きちんと信頼関係を築いていこうという姿勢を感じて、いい会社だなと思いました。

それから単発の仕事を数回重ねていくうちに「所属しない?」と誘われました。所属したことで、「アーティストとしてグランドファンクのために何ができるのか」という視点で物事を考えることも増えました。また、剣持さんのように新しい音楽表現の場を提供してくれることは、アーティストとしての幅も広がるので嬉しいですね。

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所属アーティストの小田朋美さん

クライアントの「なんか違う」のリアクションを整理して方向を示す。アーティストに責任は負わせない

プロデューサーが起点をつくり、それをアーティストが引き継ぐ。言葉にするのは簡単だが、それを実行するとなると非常に細やかなコミュニケーションが必要になってくるはず。その点において、音楽プロデューサーが気をつけるべきことはあるのだろうか。

剣持:いちばんに気をつけるのは、アーティストに不信感を抱かせないことですね。楽曲って、自分自身と向き合い続けて完成されるものなので、制作期間中は孤独な戦いだと思うんです。だから、もしイメージと違う楽曲が届けられたとしても、頭ごなしに「違う!」と否定するようなことはしないようにしています。

小田:確かに直接言われたらキツイだろうなって思うことも、すごく柔らかく伝えてくださるので助かっています(笑)。

剣持:そして、制作物に対して真摯にアプローチし続けることが大事ですね。第一に考えるべきなのは、映像にフィットするということだけではなく、一つの楽曲としても価値のある音楽を制作できるか。お金は副次的に生まれるものでしかありません。だから、対等な立場でよい音楽をつくるためのディスカッションができるようにしたいなと思っています。

小田:剣持さんは、どんなときもすぐにリアクションしてくれるのが素晴らしいんです。私が完成した曲を変な時間帯に送っても、すぐに返事をしてくれる。もちろん、即レスを求めているわけではないのですが、それくらい丁寧に寄り添ってくれるのはすごく頼もしいなって。


剣持さんと小田さんが手がけたCM音楽。東京海上日動・挑戦シリーズ「背中を押すもの」篇

楽曲制作で難しいのは、クライアントの意向とアーティストの思いのバランスをどのように取っていくかだろう。プロデューサーは、どのように舵取りをしているのだろうか。

剣持:まず、どのアーティストにお願いするかが大事になりますが、その塩梅がすごく難しくて。このアーティストにお願いすれば、こういう楽曲をつくってくれると想定できるものって100%のものしかできない。でも、グランドファンクに依頼があった以上は、120%の仕上がりで打ち返したいんです。

だから、意外性のある展開や、相手が驚くようなアレンジなど、スパイス的な要素を盛り込める絶妙なラインを見つけないといけないんですよね。でも、つくり上げたい方向性からずれてしまうくらいのアレンジだと、クライアントの求めるものを提供できない。

その一方で、アーティストにはできるかぎり無責任に曲をつくってほしい。だから、完成したものがクライアントの意向と違うのであれば、それはすべてぼくらの責任です。

また、「なんかわからないけど違う」みたいなリアクションがクライアントから返ってきたときに、それをそのままアーティストに伝えてしまうと戸惑ってしまうだけになります。そういうときはプロデューサーのほうできちんと情報を整理し、方向を示すようにしています。

とはいえ、クライアントに対して強気の立場で臨む必要がある時もあります。そこはプロとして「良いものは良い」と判断する必要があるんです。それができない人はプロデューサーである意味がないですよね。適任と思うアーティストに楽曲制作をお願いしている以上、何らかの問題が発生したときにはプロデューサー側に問題があるはず。アーティストに責任をなすりつけるようなことは、やってはいけないことだと思います。

音楽が好きでしょうがなかった高校時代の自分が羨むような仕事をしている

では、アーティスト側はどのように考えているのだろうか。クライアントワークは、自分を表現する音楽づくりとは違うだけに、難しさもありそうだ。なかには、自分の趣味嗜好に合わない仕事が発生することもあるはず。

小田:CMなどのいわゆる広告物に音楽をつけることに対して、アーティストごとにいろんなスタンスがあると思うんですけれど、私の場合は自分のオリジナル作品を制作するのとは違うものだと思って取り組んでいます。

というのも、剣持さんが先ほど「ゼロからイチにするのがプロデューサーの仕事」とおっしゃっていたように、私が関わるのはイチから先のことなんです。悪くいえば無責任というか、プロデューサーが決めたコンセプトのなかで、変な力みなく制作に集中できる。それは、制作のすべてを自分でつくるアーティスト作品とは違った魅力があります。

小田:そもそも、アーティストに仕事を依頼する前段階で、プロデューサーがその人の趣味嗜好や得意分野などを精査してくれていると思うので、合わない仕事が発生することはあまりないですね。

また、自分の活動の方向とは違う楽曲制作の依頼だとしても、それはプロデューサーが私の可能性を広げるために依頼してくれたものだと思うんですね。だから「小田さんにやってみてほしい」といった打診があった場合は挑戦することもあります。

剣持:小田さんには本当にいろんな仕事をお願いしていて、結果としてアーティストとしてのインプットにも役立っていたらいいなと思っています。個人的には、さっきの「無責任」という言葉がすごくいいなって。

方向性の軸は意識しつつも、自由な発想でつくれる環境というのは、クリエイティブなジャンプが生まれやすい気がするんです。制作期間がかぎられているなかで、アーティストがどれだけ満足のいく仕事ができるかはプロデューサーの腕にかかっていると思います。

音楽プロデューサーという仕事は決して簡単な仕事ではないはず。しかし、剣持さんの表情はとても豊かで、楽しそうに見える。どのようなやりがいを持って働いているのだろうか。

剣持:やっぱり、いままでの職能をいかしながら、一流のアーティストと一緒に素晴らしい音楽をつくれることですね。それで最高のものがつくれたら、プロデューサー冥利につきます。音楽が好きでしょうがなかった高校時代の自分が羨むような仕事ができているんじゃないかなと思います。

ありがたいことに20代で会社を任せていただけたので、将来といわず、いまから日本の音楽を底上げするような楽曲をひとつでも多く世の中に送り出していきたいですね。いろんなところにグランドファンクという名前を刻んでいきたいと思います。

Profile

株式会社グランドファンク

株式会社グランドファンクはハイブランドやナショナルクライアントの広告音楽を中心に、映画、ドラマ、ゲーム、舞台などの劇伴音楽の制作やタイアップコーディネートを行っている音楽企業です。広告や映画などで活用できることはもちろん前提に、日本の音楽業界を盛り上げられるような会社を目指しております。

また2020年以降のコロナ禍を踏まえ、広告音楽の受託企業だけではなくミュージシャンの育成機関をつくり、実績がなくとも才能のあるミュージシャンにお仕事をつくるコミュニティの運営を始めております。

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