- 取材・文:宇治田エリ
- 撮影:丹野雄二
- 編集:佐伯享介(CINRA編集部)
「ものづくり」の面白さを味わうため、「チームづくり」から変えていく
―エルロイは「映像のつくり方を変える」ことを目標に掲げてきました。映像をつくる上でどのようなことを大切にしてきたのでしょうか?
和田:ぼくらが大切にしてきたのは、映像制作に関わる誰もが「映像をつくること」の面白さを味わえるということです。意識したきっかけは、プロダクションマネージャーという職種の働き方に疑問を感じたことでした。
映像制作におけるプロダクションマネージャーは、かつてはカチンコを打ったり現場を回したりするような、制作の中心を担うポジションだったんです。だけど、いつからか外注先に電話をして、段取りをするだけの役割がメインになってしまっていた。つまりいわゆる「カメラ前」の役割を現場ADに、ロケ地探しの役割をロケーションコーディネーターに、といったように、本来ならやりがいを感じられる仕事を外注スタッフさんに任せる比率が高くなり、映像プロダクションが本来持つべきスキルが空洞化していた。こういった体制のもとでは、ポジションによっては、映像づくりの本当に面白い部分を味わうことができない。
チームのみんなが「自分たちが映像をつくっている」という実感、言い方を変えると「手触り感」を持つことができる、そんな映像制作のあり方を探求して行き着いたのが、昔の映画制作にあった「組」のシステムでした。たとえば黒澤明監督の「黒澤組」のようなものですね。
「組」の場合はメインスタッフがある程度固定され、プロジェクトごとにチームを「全とっかえ」したりしない。だから、業務に集中することができる。そのようにチームのあり方を変えることで、より楽しく映像制作ができると考えたんです。
―映像制作の環境を変えていくためにエルロイを立ち上げて、10年かけてどんどん大きくしていったのですね。
高原:そうですね。「現場ファースト」で手触り感を大切にしていくことは、規模が大きくなってもブレずにやってきた事だと思います。
一方で、カメラマンやエディター、プロダクションマネージャー、プロデューサー、管理部など、さまざまな価値観とワークスタイルを持つ人が1つのチームにいるので、画一的なマネジメントができない難しさもありました。
そこで新しいシステムやテクノロジーを導入し、雑務を簡略化しながら、よりクリエイティブな作業に集中できる環境づくりに注力してきました。かなりスピード感を持って制作環境をアップデートしてきたと思います。
―この10年は、SNSの普及もあり、映像によるコミュニケーションのあり方も大きく変わったのではないでしょうか。
和田:映像業界も2年スパンで動向がガラリと変わってしまうほど、変化が激しくなりましたね。特に最近は、制作した映像の出稿先がInstagramやTwitterなどのデジタルプラットフォームであることが増えました。そうすると、クライアント側もさまざまなタイプの映像をつくらなければいけなくなり、1つずつの案件の予算が低くなる傾向にあります。
そのような状況に対応できるよう、「コストパフォーマンス、スピード、クオリティー」を高いレベルで提供し続けられるように変化しつつ、エルロイが大切にしてきた手触り感をどう両立させていくか。それが現在の経営課題ですね。
『怪獣8号』のプロジェクションマッピングPVを生み出したのは、エルロイならではのチームワークだった
―近年の作品で、課題を乗り越えてエルロイらしさが出せたと思うものを教えてください。
高原:最近だと、「ジャンプ+」で連載している松本直也先生の『怪獣8号』という漫画作品の、コミックス5巻発売を記念したPVです。弊社プランナーが「キャラクターが漫画から飛び出して現実の街を駆け回る」というダイナミックなアイデアをクライアントに提案したところ、「おもしろい、やってみよう!」と話が進みました。ただ、映像を事前に編集して、ロケーション場所を決め、実際にプロジェクターで壁に投影して撮影しなければならないという、とても実現ハードルの高い企画でした。予算にも限りがあり、制作期間も1か月半程度しか無いなかで進めたプロジェクトでしたが、エルロイメンバーが「やってみたい」という好奇心を原動力にして 形にすることができた作品です。高いチームワークを発揮できましたし、たくさんの人に見てほしいクオリティーが出せたと思います。
和田:あとは、東京電力のスマートフォンアプリ「TEPCO速報」のCM「家族になる篇」もエルロイらしい作品ですね。
高原:企画をエルロイのプランナーが担当し、TEPCO速報というアプリのコアな部分をしっかり考えた上で、ドラマという形式にうまく落とし込んで表現できたと思います。制作部のメンバーは、その表現したいことの本質を理解したうえでロケーションを探し出してくれて、それが作品のクオリティーに反映していると思います。その結果、見応えのある映像に仕上がりました。実際に作品も評価され、『第74回 広告電通賞』のフィルム広告部門では銀賞を受賞させていただきました。
変化を続けてきたエルロイが10周年を機に打ち出した「3つのアップデート」
―10周年を機に、エルロイでは「新しい経営陣、新しいつながり、新しいオフィス」と、3つのアップデートを行なったそうですが、具体的にどのように変わったのでしょうか?
和田:まず「新しい経営陣」ですが、ぼくがグループ会社の本社機能を持つKOOENの代表に移り、高原にエルロイの代表取締役をバトンタッチしました。さらに4人のプロデューサーが執行役員となって経営戦略に携わるという、6つの頭脳で会社の方針を決定する体制になった。
ぼくはエルロイの代表という立場でやりたいことは、ほぼやり尽くしたという実感があったんですね。だから、10周年は経営体制を変えていく絶好の機会でした。
それで、次の代表取締役を誰に任せようかと考えたとき、プロデューサーのように売上をもたらす人をトップに据える映像制作会社が多いと思うんですけど、ぼくはクリエイターがトップにいた方が面白いんじゃないかと思ったんです。だから、プランナー出身であり、ソーシャルスキルが非常に高い高原に任せることにしました。
代表取締役のことをCEOと言いますが、実際はCPO(チーフ・ピープル・オフィサー)を兼任していると言ってもいいくらい、高原は社員の育成や社内コミュニケーション、人格教育など、人にフォーカスしたマネジメントに長けています。
―経営体制を強化しつつ、クリエイターに寄り添える存在をトップに置くというのは、手触り感を大切にするエルロイらしい決定ですね。続いて「新しいつながり」についても教えてください。
高原:1つの会社、1つのチームでやっていくと、チームワークが強固になる一方で、外からの刺激はだんだん薄れていってしまい、井の中の蛙になってしまう。そこで、これまでバラバラの場所にあったグループを1つのフロアにまとめ、他社の人が横にいるという環境をつくることで、刺激を生み出そうとしています。実際、Web、映像制作、空間とXR、CG、モーショングラフィックなどさまざまな領域のプロが同じ空間で毎日仕事をしています。これは大きなアップデートの1つである「新しいオフィス」とも連動しています。
環境だけでなく、教育の面も力を入れるようになりました。先ほど和田が言っていたように、社会も、映像業界も、そのあり方はかなりのスピードで変わり続けています。だからこそ自分たちの技術を向上させ、一定のレベル以上に進化し続けていかないと、可能性は広がらない。映像制作の面白さや楽しさも味わえなくなってしまうでしょう。
そこで単に現場で経験するだけではなく、現場で起きたことを振り返り、新しくつながった人たちとも話をしながら一人ひとりの学びをシェアすることで、得た経験を知識に変えていくことが非常に重要だと考えました。現在は月に2回、内外の有識者に講師をお願いして実施する講義「アカデミー」を社内で開講しています。
高原:加えて、チームでよりよいアウトプットを生み出すためには、人を思いやる気持ちもかなり重要です。最近はだいぶ減ってきていますが、やはり映像制作の現場は殺伐としがちです。切磋琢磨しながらもほかのメンバーを労うことができる、血の通ったタフな関係性をチームで築いていけたらと考えています。そのためにも、自発的にオフィスへ行きたくなる仕組みづくりがポイントになると思っていて。アカデミーを定期的に開催するだけでなく、オフィスに集まれば新しい出会いや新しい発想が得られるように、安心感がありながら刺激的なコミュニケーションが生まれる機会をつくっていきたいですね。
和田:映像制作はほかの仕事に比べてもかなり大変な仕事。だからこそ、みんなが面白がれるようにしていかなければ続きません。いまは個人の時代だと言われているけれど、揺り戻しもあると思う。これからはふたたびチームの良さも見直されていくはずです。一人ひとりがチームの一員としての自負を持ち、協力しながら高め合っていけば、チームによる映像制作がもっと楽しめるでしょうし、作品の幅もさらに広げていくことができると信じています。
―3つ目の「新しいオフィス」は9月に「CH:The Creation HUB」としてオープンし、ほかのグループ会社もこの拠点に集約されました。どのような経緯があったのでしょうか?
和田:これまではグループ会社の拠点が3ヶ所にわかれ、それぞれがバラバラな状態でした。より管理しやすくするためにも拠点を1ヶ所にまとめたいと以前から考えていて、10周年を機に実現することにしたんです。そこからグループ会社をまとめようという構想も生まれました。
和田:CHの狙いは3つあります。1つめは「共創」。WebやXR、ひいては食や観光など、他分野と積極的にコラボレーションし、クリエイティブの相乗効果を狙う、創造の孵化器として機能することを目指しています。
2つめは「人を育てる」。いろんな業種の人と横断的に触れ合うことで刺激をもらい、施設を共有することでノウハウを教え合う。成長を促し合うことで、生産性も高くなっていくと考えています。
そして3つめは「創造産業の起業プラットフォーム」になること。日本政府が出しているクールジャパン戦略で、観光や食、地域産業の分野が創造産業として設定されているように、日本はさまざまな分野においてクリエイティビティが高い。また「コロナ明けの行きたい国ランキング」も日本が1位を獲得していて(2020年、日本政策投資銀行が日本交通公社と共同で12地域にアンケートしたもの)、日本の創造産業はコロナ再興のキープレーヤーになる可能性を十分に秘めています。CHを通じて新たな創造産業スタートアップを数多く起業し、創造産業を日本の新たな産業の柱にするべく尽力したいと考えています。また収益のためだけではなく社会や環境への貢献も重視した社会的投資も積極的に行いたいですね。
チャレンジを支援するだけでなく、失敗しても再チャレンジできる環境をつくる
―CHがオープンして間もないですが、変わり始めたと感じていることはありますか?
高原:CG会社であるサザビーとエルロイの若手エディターがソフトウェアの使い方について情報共有していたり、困りごとの解決策を一緒に考えていたりと、知識の共有が自然発生している様子を最近よく目にします。CHというハードの部分をうまく活用しつつ、新しいつながりを目指して、もっと掻き回すようなアクションを仕掛けていきたいですね。
和田:いろんなバックグラウンドやスキルを持ったメンバーたちが闇鍋のごとく混ざり合った後、会社としてどのようなアクションを起こしていくのかが重要だと思っています。
ぼくらは映像制作で社会をクリエイティブにしていきたいからこそ、一人ひとりその想いに賛同し、創造性を上げていってほしい。そのために何ができるか、現在進行形で考えているところです。
たとえば、起業の支援もその1つです。社員たちが起業したいとなったときは、半年間は家賃や管理費を払わなくてもCHを使えるようにしているんです。そうすることで、低いリスクで起業に挑戦できる。アメリカのある大学が行なった研究によると、シリアルアントレプレナー(連続起業家)は、普通の起業家に比べVCから高い企業価値評価を得ている上に、2度目以降の起業の成功率も高いという結果が出ています。ぼくらは起業家に必要な知見を与えつつ、その人に才能があればかなりの確率で成功するような条件も提示できると思っています。
日本のいわゆる「失われた30年(30年間の経済低迷)」は、新しい産業が生まれなかったからだと言われていますが、そうなったのは人の流動性がないことと、起業のしにくさに起因していると思います。その状況を打開するためにも、積極的にサポートして、失敗してもふたたびチャレンジできる環境をしっかり植え付けたいですね。
―メンバーの創造性を高めるため、これからやりたいと考えている施策があれば、教えてください。
高原:まずは小さくてもいいのでチャレンジし、成功体験を積み重ねられるような環境にしたいと思っていて。CHにはスタジオや編集室などさまざまな機能が備わっているので、自主制作などでも上手に活用してもらいたいですよね。
実際に、すでに自主的にチームを組み、土日を使ってミュージックビデオやショートムービーの自主制作をしているメンバーもいるんですよ。クリエイティブなことをやりたくて集まってきているからこそ、クライアントワークとは違うところでつくりたいものをつくって、自分たちの創作力がどんどん向上していくような風土にしたいと思っています。
和田:オフィスシェアを超えて、より絡み合うような空間にブレンドしていきたいですね。カルチャーフィットするような同質性があるなかにも、クリエイターとしての個性が際立つ異質性があり、それらを掛け合わせることで組織全体を活性化させていきたい。
こんなにいろいろな会社同士、人同士が垣根なく交われる会社ってある? と思われるくらい、組織にいる良さを感じ、みんながいるから成長できると思える環境にしていきたいです。
映像制作の現場をもっともっと面白くするため、変化を恐れない
―これからのエルロイに必要な人は、どんな人だと思いますか?
高原:エルロイではチームワークを大事にしているので、ソーシャルスキルが高いことは共通して必要ですね。そして映像が好きで、ものづくりを心から楽しいと感じている人、ものづくりの楽しさを取り戻したいと思っている人。そして、変化を恐れず、新しいことにも楽しく取り組める人。
そのほかにも、自分の能力を突き詰めるだけじゃなくちゃんと小回りを効かせられる人や、暴れ馬のようなみんなに刺激を与えられる人も求めています。いろんな能力の「尖り」があっていいと思います。
―最後に映像業界に入りたい新卒採用希望者、新天地を求める中途採用希望者に向けて、メッセージをお願いします。
高原:いまはテクノロジーがどんどん進歩していて、1人でも映像制作ができる時代ですよね。だけど、組織に入って映像をつくる楽しさもあるし、チームだからこそつくれる映像というものもあるはずです。
新卒の人は、「映像をつくりたい」という自己の表現欲を満たしつつ、組織の中でものづくりをする喜び、チーム内で自分の信頼や経験を得るために必要なバランス感覚を習得できると思います。
すでに映像制作を経験してきた人は、現状のやり方に少しでも疑問を感じているのであれば、いかに楽しく映像制作ができるかをみんなで試行錯誤しているエルロイに、ぜひ来ていただきたいです。
和田:ぼくは映像業界に最初入って、広告代理店に転職して、その後また映像業界に戻ってきたんですが、やっぱり映像業界で働くのはめちゃくちゃ面白いんです。こんなに面白い仕事はなかなかないと思ってますし、エルロイはこれからも、映像制作に携わる人にとって「理想の会社かも」と思えるように成長を続けていきます。「自分が手がけた作品だ」と自信を持って言えるものづくりをしたい方は、ぜひ一緒にエルロイでやりましょう。
Profile
2022年、エルロイは創業10年を迎えました。会社が10年残る確率は3%と言われております。「変化」を恐れない姿勢。10年の壁を越えることができた理由は、そこにあると私たちは考えます。
社内に企画デザイン部、撮影部、制作部、編集部を持ち、案件成立から納品まで、お客様のビジュアルクリエイティブを一貫体制(Integrated workflow)でトータルサポート。
新たな制作力を持つプロダクションとして、絶えず変化をしてきたエルロイは今年、さらに変化します。新しい経営陣と、新しいオフィス。そんな私たちと一緒に、変化を恐れず、次の10年をともに戦ってくれる人材を求めます。