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目指すは、「経営パートナー」としてのクリエイティブカンパニー

独立系制作会社の増加やテクノロジーの進化による低価格化で、「ほとんどの制作会社は近い将来生き残れなくなる」という趣旨の記事を見かけることが多くなってきた。より専門性を高めるか、よりクライアントの経営まで理解したパートナーになっていくか、残された道は多くないのかもしれない。アートアンドサイエンスは、完全に後者型。クリエイティブの力でいかにクライアントの経営的な課題を解決できるかを提案する専門家集団だ。代表でありクリエイティブディレクターの岡村忠征さんと、アシスタント・ディレクターの森脇菜津美さん、そして今回は実際のクライアントでもある株式会社昭文社の鶴岡優子さんにもお話を伺った。
  • 取材・文:CINRA.JOB編集部
  • 撮影:中村ナリコ

医者や弁護士と同じ。今はクリエイティブにも「説明能力」が求められる時代

クリエイティブとコンサルティングの両刀使いを標榜するアートアンドサイエンス株式会社。9名と少人数ながら、クリエイティブ面ではブランディングに関わるグラフィックデザインとWEBデザイン、編集、映像の4分野を網羅。さらにビジネスにも明るく、どんなクライアントとも直接やりとりをしながら、コンサルティングのような提案を行っているという。

岡村:デザインのリテラシーはお客さんの中でもどんどん高くなっています。中小企業でも大企業でも、ブランディングに対するニーズやWEBサイトをメディアとして戦略的に使っていきたいというニーズが非常に大きくなっていて。だからこそ制作会社の側も、ただ作るのではなく、クライアントのビジネスを理解したうえで戦略的に、なおかつクオリティの高いデザインを提案するべきだと考えています。

彼らの言う「ビジネス」とはどういうことだろう?

クリエイティブディレクター 岡村忠征さん

クリエイティブディレクター 岡村忠征さん

岡村:先方の経営者がまず話すことは、デザイン的な要望というよりはビジネスのこと。まずはそのビジネスの部分での要望を受け止めてあげないと、結局2~3時間そういう話をただ聞き流して、作るものはわりとテンプレ通り、みたいになってしまうケースも少なくありません。私たちはお客さんとの共通言語をきちんと見出して、お客さんの課題を十分に理解するべきだし、自分たちのクリエイティブに関する提案もお客さんにきちんとポイントがわかるように伝えるべきだと思うのです。

クライアントのビジネス課題を社内のクリエイターへ的確に伝え、制作物に反映する。そして今度は制作や提案の意図をクライアントへ伝える……。口で言うのは簡単だが、決して容易なことではないだろう。アートアンドサイエンスがクライアントと対峙する際に重視しているのは、「説明」だそうだ。

岡村:かつて弁護士や医者など、典型的な「専門家」「権威」と呼ばれていた人たちには「あなたはこの薬を飲んでください」というような“指示”する力が求められていたと思うんです。でも今はそれよりも“説明”することが求められるようになった。まずあなたは今こういう状態です、と問題を説明する。その上で、「だからこういう解決策とこういう解決策があって、それぞれのデメリットとメリットはこれです、どうしますか?」と、解決策を提案していくんですよね。お客さんが意思決定をするためのポイントがわかりやすく説明されれば、お客さん自身で決断ができる。デザインも同じで、専門職として、もはや「これが正解です」という単なる“指示”は、もうお客さんから求められていないと思います。

コンサルに必要なのは提案内容よりもヒアリング

彼らがコンサルティングにおいて最も重要だと考えているのは、何よりもヒアリング能力だという。まず初めてクライアント先に赴く際には、顧客から提示されている情報量に関わらず、以下の6点についてヒアリングをする。

・ ターゲットは誰か?
・ どういうシーンで使うものになるのか?
・ 何をゴールとして設定するか?
・ 自社の強みは何か?
・ 競合の強みは何か?
・ 業界の市場の状態=消費者からの印象は?

こう並べると一見「普通」のヒアリングのようにも思える。しかしアートアンドサイエンス流のヒアリングは、この全ての質問を、それぞれ5段階までは掘り下げて聞くのだという。「ターゲットは誰?」「それはどんな嗜好?」「本当にその属性で間違いない?」など、一つの項目を粘り強く、掘り下げて聞いていくことで、クライアント自身が気づいていなかった課題や、担当者だけでは決められない点などが明らかになっていく。2回目以降の打ち合わせでは、役員や社長が登場することも珍しくないそうだ。

アシスタント・ディレクター 森脇菜津美さん

アシスタント・ディレクター 森脇菜津美さん

森脇:クライアントからすればアピールしたいこと、語りたいことをどんどん聞いていきますから、すごくスムーズに話が進むんですよ。ヒアリングというよりはインタビューみたいな感じで、話も弾みます(笑)。あくまで考えながら答えていただきますが、たくさんの質問もそれほど違和感なくスルっと受け入れていただける印象ですね。コンサルティングというスタンスではありますが、上から目線の姿勢になることは一切なく、むしろ純粋な疑問を、真っ白な気持ちで聞きまくる。子供の素朴な質問に対して、大人が案外答えに詰まってしまうことがあるように、そのストレートな質問がすごく鋭いポイントを突いたりする。そんな時はクライアントの目が輝いて、話も、気持ちもどんどん盛り上がっていくのを感じますね。ただ漠然とデザインしたり記事を書いたりするために、「素材を集める」ように聞いているわけじゃないというのはやはり伝わるんだと思います。シンプルな問いを重ねながら、深いところまで、順序立てて掘り下げていく。相手を理解するためのメソッドとして確立されていると感じます。

岡村:このヒアリングメソッドは、実際にヒアリングに出向くディレクターだけではなく、デザイナー、ライターといったクリエイターにも徹底して共有しています。お客さんの要望を引き出し、持ち帰ってくるのはディレクターですが、その要望がディレクターだけで途絶えては意味がありません。プロジェクトメンバー全員で「今回のお客さんの要件定義はこれ!」っていうことを最初から最後まで共有するようにしていますね。現状を理解し、それを分析して課題を明確にする、そこから初めて提案すべき内容に踏み込めますから。

ヒアリング能力というと、属人性の高いものだとも思われる。メソッド化することで、スタッフ全員の平均値を上げられるものなのだろうか。

森脇:ここまで系統立てたメソッドは、他の会社ではなかなか教わることができないと思いますね。私の前職は書籍の編集者でしたが、現場では取材のやり方一つとっても人それぞれで、個人のスキルや向き不向きにクオリティが左右されてしまうところがありました。アートアンドサイエンスでは社員全体に基礎として「とにかく必ずこれは聞く」という意識づけができていますから、そういったことは少ないと思いますね。だからといって、みんな全く同じことをしているというわけではないのが面白いところで、個々人のアレンジ力や、知識量、専門性が反映されていき、案件それぞれに表情が出てくるのを感じますね。名前を伏せていても、これは誰のヒアリング案件だなっていうの、わかりますもん(笑)。

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昭文社がアートアンドサイエンスを頼るワケ

昭文社がアートアンドサイエンスを頼るワケ

ここまでアートアンドサイエンス流のクリエイティブコンサルティングに対する考え方を聞いたが、実際のクライアントサイドは彼らをどう評価しているのだろうか? クライアントである昭文社・鶴岡優子さんにもお話を伺った。

鶴岡:最初に依頼の声を掛けたのは、経営理念とビジョンを刷新し発表する、昭文社としては大事な局面でのサイトリニューアルでした。新しいコーポレートサイトでは、単に企業情報を発信するだけでなく、社内外に改めて「昭文社らしさ」をわかりやすく伝える必要性がありました。コンペは大手制作会社を含めて4~5社で実施したのですが、デザインの前提となる課題、論点出し、コンテンツやデザインでの解決方法まで、丁寧に咀嚼し、整理して言語化してくれたのはアートアンドサイエンスさんだけ。圧倒的な評価の差で、迷わずアートアンドサイエンスさんへの発注を決定しました。

昭文社 鶴岡優子さん(写真提供:アートアンドサイエンス)

昭文社 鶴岡優子さん(写真提供:アートアンドサイエンス)

岡村:競合との違いは何かという部分をかなりしつこく聞いたんです。そうしたらなによりもまず“編集者”だと。ユニークな編集者がたくさんいることこそが特徴なのであれば、それをちゃんとWEBサイトで人のバライティが豊かな会社というコンセプトで打ち出そうと。そこでまずは編集者へのインタビューにはじまり、新規ユーザー獲得のために幅広くテーマを広げながら、WEBマガジンのような形で展開することに決めました。今でもアートアンドサイエンスが編集企画から参加して年間で運用しています。

鶴岡:一般的な広告代理店に依頼する場合、クライアントがプロモーションの目的や対象、予算をオリエンテーションで明確に伝えるところからスタートします。その結果、ぶ厚い提案書は出てはきますが、オリエンで話した範囲以上のものは含まれません。予算はもちろんですが、私たちクライアント側の発注スキルによっても出てくる提案の質量に差が出てしまうのでしょう。一方、アートアンドサイエンスさんの場合は、クライアント側の課題が漠然としていて、粒度がバラバラな悩みや疑問のレベルからでも相談を受けてくれて。その時、クライアント側のミッシングピースについても、質問により気づかせてくれることが多いですね。結果として、当初こちらが想定した範囲を超えた、骨太で具体性が高い提案をしていただいています。

ところで、編集を生業としている出版社・昭文社にとって、会社の顔ともなるホームページの取材や編集を外部に依頼する不安はなかったのだろうか? そもそも、サイト制作の依頼をした当初、アートアンドサイエンスは設立したばかりで、編集の実績もなかったのだ。

鶴岡:当時、提案資料やミーティングでの会話から、取材や言語化のスキルの高さは十分信頼できると判断していましたので、実績は気にしていませんでした。それよりも、社内だけで編集したコーポレートサイトは独りよがりになりがちですし、一方、社外に丸投げしているサイトは当たり障りのない、個性が弱いサイトになっていることが多い気がして。昭文社のコーポレートサイトは、アートアンドサイエンスさんという信頼できる第三者に継続して取材・編集してもらうことで、社員では気づけない会社の強みや魅力を見つけて表現してもらおうと決断したんです。

(写真提供:アートアンドサイエンス)

(写真提供:アートアンドサイエンス)

岡村:その分、やはりクオリティにはすごく厳しかったですよ(笑)。相手は自分たちでも作ろうと思えばクオリティの高い記事を作れる人たちなので。でも、昭文社のみなさんの要望は、商品の企画や編集のほうにリソースを割きたい、つまりWEBサイトの企画編集を外部化することで、コア業務のクオリティを高めたいということでした。だからこれは完全外部に委託するんだと。でも出版社である以上、クオリティが低いものを発信するわけにはいかない。だからこそ、チェックも厳しくなる。私たちも、その期待に応えていかなければと努めました。提案するだけでなく、その過程をも共有しているようなイメージですね。

提案を受けて判断するというだけでなく、ノウハウはどんな形で昭文社に蓄積されているのだろう?

鶴岡:こうした共同作業を通じて、アートアンドサイエンスさんからアイデアや発想法について学ぶ機会も多いです。結果として、コーポレートサイトだけでなく、店頭販促、SNS、イベント、商品開発など、様々なアクションも包括的に考えることができています。

岡村:たとえば、昭文社のインバウンド向けサービス「DiGJAPAN!」立ち上げ時にも、まだその企画のコンセプト段階から情報を共有していただき、ブランディングのビジュアル面だけでなく、いちユーザーとしてサービスの方向性についてもご意見させていただきました。そういう機会には、自分たちも「外注先」というより「社内の一事業部」という気持ちで携わっているので、ゼロから一緒に立ち上げられるという醍醐味を味わえます。思い起こせば、昭文社との最初のお付き合いの時には、まだ広報や宣伝やグローバルコミュニケーションの専門部署はありませんでした。経営企画室に在籍されていた鶴岡さんと一緒に、まさに経営課題としてデザインやコミュニケーションに取り組んでいたんです。いまでは、SNSやWEBサイトの活発な運用、またインバウンド向けのサービスが本格化して、それぞれ専門部署が立ち上がっています。大げさに言うと企業コミュニケーションの組織体制作りに立ち会わせていただく貴重な経験だったと思います。

森脇:私たちとクライアントとの関係は、上下の関係とか、あるいはよく耳にする対等な関係とか言う表現よりも、コラボレーションとかセッションという感覚に近いです。ジャズの即興演奏のように、あるテーマを決めたら、お互いがお互いに耳を澄ませながら、それぞれ得意の音を発していき、一つの作品を作り出していくような感覚です。だからこそ、互いに新しい発見があったり、思いもよらないような場所に行けたりするんだと思います。

岡村:そこで大事なのが、音を出すより前にまず相手の音を聞くこと。とにかく良い音を出せばOKという価値感は、いわばクライアントから“指示”を期待されていた時代のデザイン会社の在り方。たとえクライアントの業界が変わっても、ヒアリングっていうところがぶれずに定着していれば、どんな案件であってもちゃんとその本質を見抜くことができる。つまりどんな相手ともセッションできる、というのが私たちの考えです。お客さんが何を求めているのかっていう輪郭をはっきりさせていくことができるっていうことですかね。今後もさまざまなクライアントに対して、「経営パートナーとしてのクリエイティブカンパニーが欲しい」というニーズに応えていきたいと思います。

Profile

アートアンドサイエンス株式会社

アートアンドサイエンスはたぶん「ちょっと偉そうな会社」です。クライアントにもストレートに意見しますし(代理店を通さない直接取引ばかりだからこそ)、「ただなんとなくデザインするだけ」のお仕事はあまり積極的に引き受けていません。「『何を』『どう』伝えるか」の『何を』の部分を考え抜いて明らかにすることが、私たちに最も期待されている役割だと思っているからです。

通常は「『どう』伝えるか」の工夫が、デザイン会社の腕の見せ所ではないでしょうか? もちろん「『どう』伝えるか」にもこだわりと自信がありますが、まずは「『だれに』『何を』伝えることができれば、そのプロジェクトは成功なのか」というゴール設定をしつこく考えます。

小さな会社ですが、仕事の内容は多岐にわたります。企業ロゴ、商品ネーミング、コンセプトメイキング、グラフィックデザイン、WEBサイトデザイン、映像・動画制作など、よく「ホントに10名以下の会社なの?」と驚かれます。そして、制作中心でありながら、クライアント企業のキャンペーン企画運営や年間コミュニケーション戦略も調査立案から行います。デザイン会社を標榜していますが、戦略コンサルティングや編集プロダクションのような側面も持っている会社ですので、プランニングや取材・ライティングのクオリティをご評価いただくことも多いのが特長です。

ありそうでないデザイン会社、それがアートアンドサイエンスです!

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