一流アーティストMV制作の裏側。林響太朗と須貝日東史に訊く、一体感の作り方
- 2020/08/31
- SERIES
一緒に仕事がしたいと思われるクリエイターの秘訣に迫る、連載「誰とするか」第3回。今回は林さんと須貝さんをお招きし、良作MVの制作秘話から、「やりやすい」と感じる仕事仲間の特徴まで、存分に語ってもらった。二人が考える、良い作品をつくるうえで、大切にすべきコミュニケーションのとり方とは。
- 取材・文:吉田真也(CINRA)
- 撮影:佐藤翔
Profile
林響太朗
映像作家 / 撮影監督 / 写真家 / 多摩美術大学 非常勤講師
1989年、東京都生まれ。多摩美術大学情報デザイン学科情報デザインコースを卒業後、DRAWING AND MANUALに参加。独自の色彩感覚で光を切り取る映像を生み出す。同時に3DCG、VFX、インタラクティブなどを駆使し、映像のみならずインスタレーションやパフォーミングアーツ、プロジェクションマッピングなどのクリエイションに数多く関わっている。クリエイターとしての活動と同時に大手グローバルブランドの広告から、メジャー・インディ問わずさまざまなミュージックビデオの演出・監督も行う。主な仕事にBUMP OF CHICKEN、星野源、Mr.Children、米津玄師などのMV、またSHISEIDO、花王、ソニー、トヨタ、adidas、PUMA、ワコールなどのCMを手がける。展示映像ではヴェネツィア・ビエンナーレ2016 日本館や上海で行われたSWFC8周年記念プロモーションの監修も行う。
受賞歴:2016年ヴェネツィアヴィエンナーレ特別賞 / ADFEST 2019 ブロンズ / MTV Video Music Award Japan 2019 最優秀ポップビデオ賞・最優秀ロックビデオ賞 / SPACE SHOWER MUSIC AWARDS 2020 BEST VIDEO DIRECTOR・VIDEO OF THE YEAR『Aurora』
須貝日東史
プロデューサー。株式会社コエ所属。1986年生まれ、北海道江別市出身。株式会社ワサビにてPM業務を行い、株式会社オクナックにてプロデューサーとしての活動をスタートする。その後、株式会社コエに参加。星野源、Perfume、RADWIMPS、松任谷由実、桑田佳祐、DREAMS COME TRUE、きゃりーぱみゅぱみゅ、安室奈美恵など。数多くのアーティストのMVをはじめ、大河ドラマOPや、CMなどの映像プロデュースに携わる。
現場の一体感を生むには? ディレクターとプロデューサーの役割
—須貝さんはプロデューサー、林さんはディレクターですが、まずは映像作品におけるそれぞれの役割を教えていただけますか?
須貝:一言でいうと、プロデューサーは総責任者です。クライアントの要件と要望を把握したうえで、予算やスケジュール管理、出演者のキャスティング、制作スタッフのアサインなど作品づくりの全体を管理します。
一方、ディレクターは現場監督。作品の企画や演出を考えて、カメラマン、音声、照明、美術など大勢のスタッフを束ねながら映像を制作します。おおまかな役割はそんなところですが、仕事の進め方やスタンスは人によってかなり変わりますね。
—では、須貝さんが意識しているスタンスとは?
須貝:ディレクターとともに、同じ熱量で作品と向き合う姿勢を大事にしています。チームで良い作品をつくりたいという気持ちが強いので、基本的に現場にも顔を出して、クライアントや制作陣とコミュニケーションをとっていますね。
林:プロデューサーが現場にいらっしゃらないケースはよくありますが、たしかに須貝さんとの案件では、ほとんどの現場で顔を合わせてますね。やっぱり「チーム」を大事にする方が現場に一人でも多くいると、一体感がより生まれる気がします。
—林さんはディレクターとして、どんなことを大事にしていますか?
林:「和やかな現場」にするための雰囲気づくりですね。現場の空気感は、映像のクオリティーにも影響しますから。出演者や制作陣がのびのび仕事できれば、個々の最大能力を引き出せる可能性は高まります。そっちのほうが、最高の作品に近づけるはず。
だから、自分自身が率先して現場を楽しむように心がけています。それこそ須貝さんとご一緒した、星野源さん『Pop Virus』のMV制作現場は、楽しかった現場の代表例ですよね。
須貝:めちゃくちゃ良い現場でしたね。出演者だけじゃなくて、スタッフもみんなノリノリで。
—MVの後半で、エキストラの方々を含めて出演者の皆さんが楽しそうに踊っているシーンは印象的です。
林:あのシーンも演出のひとつではあるものの、やっぱり現場の雰囲気も少なからず影響していると思います。とはいえ、多少の緊張感も必要です。楽しむところは思いっきり楽しんで、締めるところは締める。メリハリのある現場にするためにも、「いま何をすべきか」を明確にするのがディレクターの役目のひとつ。各出演者や各スタッフと事前に共通認識を合わせることは、かなり重要視しています。
現場をノリノリにするには? コミュニケーションを円滑にする秘訣
—事前に共通認識を合わせるために、工夫していることがあれば教えてください。
林:事前に関係者に渡す企画の資料は、誰が見てもワクワクするように意識してつくっています。チームで映像をつくる際は、スタートのすり合わせが肝心ですからね。仕上がりイメージをみんなで事前に共有できていれば、現場のコミュニケーションも円滑になると思っています。
映像制作における企画意図は、言葉で説明するよりも、ビジュアルで見せたほうが伝わりやすいので、企画書では文章よりも写真や画像を多めに盛り込んでいます。
須貝:林くんの企画書は、本当に丁寧でわかりやすいですよ。いつか「林響太朗の企画書のつくり方」っていう本を出してほしいくらい。それこそ『Pop Virus』のMVでも、電車内のグラフィックとかは企画書に載ってたイメージ画が忠実に再現されているよね。
林:そうですね。アルバム全体として、ブラックミュージックの要素が散りばめられていたこともあり、リード曲である『Pop Virus』のMVでは、電車内に描かれたグラフィックの力強さにこだわりました。企画段階から明確にイメージも持っていたので、具体的な参考画像をつくって企画書に落とし込んで。そのうえで、美術さんと打ち合わせしたので、仕上がりから大きな修正はほぼなかったですね。
ほかにも工夫したことでいえば、MVでの出演者の動きに関して、企画書でヒートマップ化しました。星野源さんの導線を確認する図を入れたんですが、曲が盛り上がっていくところは色を赤くして。盛り上がる場面を可視化したことによって、出演者もどこでノリノリになれば良いのか、わかりやすくなったかなと。
須貝:あと、一緒に手がけたsumika『ペルソナ・プロムナード』の企画書も、明快でわかりやすかったのを覚えてる。
林:あのMVでは、伝えたいことがはっきりしていましたからね。「インフルエンスを振りまこう」っていう歌詞をMVで表現しようと思って。MVを観ていただくとわかりますが、最初はsumikaの4人だけが赤い衣装を着ていて、周りの人たちは黒い衣装を着ている。でも、最終的にはみんな赤い衣装になるという構成です。
企画書では、黒いベタ面と赤いポッチをつくって、これが最後には全部赤になりますっていう簡単な概要にしました。こっちの意図が相手にわかりやすく伝われば、凝った資料じゃなくても良いんです。同じゴールの共有さえできれば、あとは勢いで作品をつくりあげるパワーが大事になると思います。
撮影3日前に突然の依頼。二人が初タッグを組んだ案件の裏側
—そもそもお二人が初めてタッグを組んだ経緯を教えてください。
須貝:MONDO GROSSO『TIME』のMV制作が初めての案件でした。じつは最初、海外のディレクターにお願いしていたのですが、撮影3日前くらいに先方のご事情で「出国できなくなった」と連絡があって。でも、撮影日はずらせないので、急いで片っ端からディレクターを探したんです。そしたら、共通の知り合いが林くんを紹介してくれて。
林:最初の電話で、ぼくの過去の作品を褒め殺ししてくださって……、相当困っているんだなと(笑)。個人的にMONDO GROSSOは好きでしたし、面白そうだったので引き受けました。
須貝:あのときは、本当に助けていただきました。当時、すでに林くんは業界で注目されていたし、印象深い作品ばかりつくられていたので、いつか一緒に仕事してみたいと思っていました。
実際に仕事をしてみると、映像制作に対する同じ熱量と波長を感じることができて。その感覚は、これまで一緒に手がけてきた案件のなかで、毎回感じていますね。林くんとなら良い作品をつくれるという確信があるから、安心して依頼できます。あらためて本人の前で言うのは、恥ずかしいですけど。
ビッグアーティストの案件を掴んできた秘訣は? お互いが感じる「やりやすさ」
—数々の案件を手がけてきたお二人ですが、MV制作においていちばん大事なことは何ですか?
須貝:アーティストの意思をちゃんと引き出したうえで、企画、ディレクションすることが大事だと思います。まれに「MVの方向性は、基本的にお任せします」というスタンスのアーティストもいらっしゃいますが、その場合、制作途中で「ちょっと違うかも」と言われることもわりとあります。
その原因も、だいたいがコミュニケーション不足なんですよ。曲に対して想いを込めていないアーティストはいないので、その想いをいかに汲み取れるかが重要ではないでしょうか。
林:ぼくもそう思います。アーティストが曲に込めた意思を、ビジュアル化するのがぼくたちの仕事。制作の事前段階でいかに意思を汲み取れるかが、カギになってきます。
それでいうと、須貝さんは最初にアーティストの意向や要件などをすべて聞いたうえで、必要な情報だけをディレクターに共有してくれるので、非常にやりやすいですね。余計なコミュニケーションコストがかからないように配慮してくれていると、いつも感じます。
須貝:情報を取捨選択して各方面に伝えてあげないと、プロデューサーが立っている意味がないですから。むしろ、ディレクター側には考える余白を与えてあげたほうが良いと思っています。
枠に縛られすぎると、アイデアの幅が狭まる可能性もある。だから、なるべく自由にアイデア出しをしてもらったうえで、予算やスケジュールと照らし合わせながら、各所と一緒に最適解を模索していくことが多いです。
林:必要な情報だけのほうが判断しやすいのは、クライアント側も同じです。制作の過程では、双方間で確認事項がたくさん出てきますけど、須貝さんはクライアント側への情報伝達も整理していますよね。
良い意味で、一緒に仕事するとラクですから、また依頼しようって思うはず。須貝さんにビッグアーティストの案件の相談がくるのも、「仕事のしやすさ」が要因として大きいでしょうね。
—では、須貝さんから見て、林さんが有名アーティストの仕事を担当することが多い理由はなんだと思いますか。
須貝:やっぱり圧倒的に良い映像作品をつくるからかなと。あとは、アーティストや技術スタッフから良いアイデアが出れば、「それ、良いですね」と素直に取り入れることができるところも林くんの魅力。現場監督としてワンマンになるんじゃなくて、「チームで良い作品をつくりたい」という感覚を大事にしているのが、周囲への信頼にもつながっていると思います。
セルフブランディングだけではだめ。二人が「一緒に働きたい」と思う人物像とは
—お二人にとって、一緒に仕事したいと思えるのはどんな人ですか?
林:雑食な人が良いですね。いろんな分野に興味を持って、インプットしている人とか、物事をポジティブに捉えられて、物怖じせずになんでも挑戦する人とか。一人のセンスだけで、映像作品ができ上がるわけではないので、そうやって幅広い知識やスキルを身につけてきた人が現場にいると心強いです。
たとえば、映画に興味ある照明さんのほうが、映像を意識したライティングができると思いますし、普段からこだわって音楽を聴いているカメラマンのほうが、音を気にしながら撮影するはずです。些細な違いかもしれませんが、広くて浅い知識でも作品のクオリティー向上につながるかなと。
須貝:ぼくも同感です。雑食の人がいると多方面でアイデアをくれたり、サポートしてくれたりするので、現場も助かりますよね。ぼく自身も、プロデューサーとしていろんな職種の人と関わるので、浅くても良いから広い分野のインプットを意識しています。音楽や映像の知識がどのくらいあるかで、プロデューサーとしての信頼度も変わってきますから。
—ほかにも、「一緒に働きたい」と思われるクリエイターになるために、意識すべきことがあれば教えてください。
林:人とのつながりは大事にすべきだと思う反面、そればかりを意識するのは逆効果だと思います。SNSでもフォロワー数や業界人とのつながりだけを意識して、セルフブランディングに力を入れている人もいますが、そもそも実力がないと仕事は続きませんから。
数字や名声を目的にするんじゃなくて、目の前の仕事に全力で取り組んだ結果で人とのつながりをつくることが重要だと、ぼくは思います。
須貝:本当にそのとおり。大きな仕事がほしい気持ちもわかるので、ある程度のセルフブランディングも必要かもしれませんが、実力が伴っていないと嘘になる。
ぼくだって完璧ではないので偉そうなことは言えませんが、まずは小さな実績をたくさん積み重ねて、地道にスキルをつけていくのがいちばんだと思います。虚勢を張らずに、できることをしっかりやることが大事。目の前の作品と向き合って、周囲の人から着実に信頼を得ていけば、「この人とまた仕事がしたい」と思ってくれる人は自然と増えますから。